
ソウルに行った際はいくつかのホテルを見ました。視察には3つのパターンがあって、客を装い入る、実際にホテル内でお金を落とす、フロントで身分を名乗り、もしくは次回泊まりたいからと言って見せてもらう場合があります。ソウルを代表するライフスタイルホテルであるモンドリアンホテルに行った時、ちょっとしたアクシデントがありました。スキー板を持った宿泊客がエレベーターホールの照明器具にぶつけて壊してしまったのです。こういう時、自分がホテル側だったらどのように対処するかを考えます。スキー場のホテルではありませんので、このケースの場合ホテル側に落ち度はなく、100%客側の管理責任が問われるはずで、よほどの上顧客でもない限り賠償請求をすると思います。さすがに休業補償までは請求に含めないまでも、デザイン性の高いホテルだけに、照明器具の値段は双方が気まずくなる金額になる気がします。
日本を離れてインスピレーションを受ける

連日氷点下10℃のソウルでは街中でも冬山装備が必要ですが、東京に戻ると日本の冬がなんとも穏やかで温暖な季節に思えます。飛行機なら2時間足らずで着き、直前予約のピーチの片道運賃は1万円少々で、仁川に4:40に着いて、復路は22:50発と現地滞在を最大化できます。様々な健康リスクやストレスを考えると海外旅行に食指が動かないのですが、コト消費の王様はやはり旅行です。スマホの翻訳アプリがあれば国内旅行の感覚で不便がなく、娘に交通ICカードを借りたので、現金を使ったのはスッカマで買ったシッケ(韓国の発酵飲料)だけです。物価は日本とほぼ同じで、現地の交通費が安いことも海外旅行のハードルを下げます。全くストレスのない国内旅行とは違い、多少のストレスを受けることも脳を活性化するには好都合で、日本を離れてインスピレーションを受ける異国の最右翼はソウルをおいて他にはない気がします。
飲食店のLCCモデル


ソウルでは基本的にミシュラン・ビブグルマンのLCCモデル(低価格・高回転・単品勝負)の店に行きました。断トツの高収益店舗は武橋洞プゴクッチプです。干しスケトウダラのスープ専門店で1968年創業の老舗です。朝7時の開店に行っても100席の店内はすでに埋まり、氷点下10℃の強風のなか20人ほどが並びます。10分ほどすると最初の回転で入れます。メニューは干し鱈のスープのみですが、栄養価が高く、美容や二日酔いに良いとされます。主たる客層はサラリーマンと観光客で、早く食べたい人には最適です。座ると同時にスープが出て、オーダーの手間ゼロ、提供待ち時間最短、会計は単一料金と驚異の回転率です。ざっくり計算すると坪売上は150万ほどに達する化け物店舗で、厨房6名、ホール6名で大量の客をさばきます。別段美味しいとは思わないのですが、大量仕入れにより上質な食材を煮崩れしない状態で出せるのでしょう。
最高のショールーム





ソウルに来た目的はサウナの源流とも言えるスッカマの構造を見ることですが、ほかに聖水洞のリノベーション商業施設と梨泰院のライフスタイルホテルの視察です。梨泰院は3年前に159人が亡くなったハロウィンの悲惨な事故の現場ですが、傾斜は10%程度で一見して危険な感じがなく、当日の人の過密が異常なものだったことが伺えます。ホテルは1980年代のアメリカのブティックホテルの源流の一つであるモンドリアンで、今はアコーの商品ラインです。当時のブティックホテルの大半はグローバルホテルチェーンの傘下に組み込まれましたが、アコーはチェーン化によりホテルが退屈になることを避けるために、運営を完全に切り離したことは賢明でしょう。1980年代にオリンピック目当てに開業したホテルを140億円で買い取ったのは中堅ゼネコンで、これは自社の施工技術とリノベーション物件の実績に関する最高のショールームと言えそうです。
夢のような旅をかなえる




連日氷点下10℃で乾燥しているソウルに来て風邪をひきました。日本にいるときは風邪の兆候が出た初期に民間療法で治しますが、勝手の分からないソウルではAIが頼りです。まず熱いシャワーで首の周りのリンパを温めて血流を改善し、近所のコンビニで買える内服液やはちみつ、ドリンク剤を、10時の開店を待って参鶏湯店に視察を兼ねて入り、その後はホテル近くのオリーブヤング(韓国最大コスメチェーン)でプロポリスやマヌーカハニーの喉スプレーを入手する、と指示は的確かつ具体的です。視察目的を伝えれば、優秀なコンシェルジュでも対応できないほどの的確さで市内のマニアックな情報を伝え、会話を繰り返すほどによりディープな体験を紹介します。1泊20万円するアメリカのスパ以上の効果が出るソウルの街での過ごし方、といった無茶振りにも苦も無く答え夢のような旅をかなえてくれます。
隣の芝生は青く見える





世界で最もスターバックスの出店密度が高いのはソウルでしょう。なかでも38度線にあり北朝鮮を眺望する店舗と、漢江に浮かぶ店舗、映画館をリノベーションした京東1960店は、ユニークさと過激さでは世界五指に入るはずです。とくに1960年代に建てられた廃劇場をリノベーションした店舗は、この視察のためだけに日本から行く価値があると思います。大型店の常識を超える巨大さですが、全く席は空いていません。階段状の客席構造がそのまま残され、かつてステージがあったバリスタカウンターを見下ろすレイアウトが圧巻です。オーダー番号が壁に投影される演出のユニークさと、1960年代の剥き出しの木造の梁のリアリティの融合が刺激的です。何より巨大市場のど真ん中にこのフラッグシップ店舗があることに痺れます。隣の芝生は青く見えるものですが、街づくりのコンセプトの過激さとデザインの洗練において、ソウルに一日の長がありそうです。
平和な時間の尊さ





日本の都市は平野にあるので、ソウルのように都市に山岳が迫る地形は新鮮です。600年前に築かれた城壁があることもソウルの卓越した観光資産です。故宮を囲む第一の壁である宮城に対して、漢陽の街全体を囲む全長18.6kmの第二の壁が都城です。仁王山の城壁の近くにあるブックカフェに行きました。この建物は、1968年の北朝鮮による青瓦台襲撃未遂事件を契機に、大統領府を守るために置かれていた警備哨所で、30か所あった監視塔の一つを、2020年にリノベーションした建物です。既存のコンクリートや骨組みがそのまま使われ、デザイン的にも必見です。このカフェを卓越した存在にしているのは、ソウル全体を一望できる立地が、南北分断の歴史的象徴として50年以上に渡り使われてきた歴史と同居するからでしょう。1960年代の無骨なコンクリートと、2020年代のガラスと金属が美しく融合するカフェにいると、平和な時間の尊さを考えさせられます。
空間の正統性と土地の文脈

朝のソウルは氷点下10℃まで冷え込み、最高気温も氷点下2℃です。時々暖房の効いた場所に避難しないと歩き続けるのがつらいほどです。ソウルに最後に来たのは2019年でしたが、街全体のデザイン性により磨きがかかったように感じます。商業建築、インテリア、リノベーションの分野において現在のソウルは、東京よりも実験的で表現が大胆だと思います。トレンドの回転速度が圧倒的に速く、見たかった店が閉業しているケースもあり、いわばポップアップ店舗のノリです。ソウルのデザインの聖地であり、ザハ・ハディッドの遺作となった東大門のデザインプラザと言わず、オフィスビルの多くが滑らかなラインを描くのは、市が平凡なビルの建築を認めないからとも言われます。今のソウルが現代人のデザイン性に対する欲望を満たすのは、空間の正統性と土地の文脈を活かしたそのアイデンティティにあるように見えます。
本音で楽しむサウナ





昨日は仁川に朝の4:40に着いて、ホテルに荷物を預け、視察の目的である森の中の漢方ランドに行きました。アクセスは良好と言えず通常はバスかタクシーを使いますが、私の趣味嗜好を理解するAIは、メトロの独立門駅から山に入り3、40分のトレイルを歩いてスッカマにアクセスする方法を提案します。ソウルは中心街に山が迫り、新宿から高尾山に登れる感覚です。5か所のスッカマは、熱い炊きたては多くの人が敬遠し、室温の落ちた窯は女性グループの女子会の様相です。外の囲炉裏で芋などを焼きながらの楽しい会話はサウナの一つの理想形でしょう。日本では昭和のストロングサウナの影響か、いまだに熱さ至上主義的な根性論が根付きますが、フィンランドでも65℃程度の温いサウナに入りながら、サウナストーンで料理を作りピクニックをすることが好まれます。日本もサウナブームを超えて、本音で楽しむ時代に入る気がします。
旅の役割

7年ぶりにソウルに来ました。旅行は自分の探求したいテーマのために一人で来るに限ります。昨年来のサウナの源流をたどる旅で、日本の石風呂と同じルーツを持つスッカマを見るためです。日本にもスッカマを売りにする施設が京都にでき、石室内で松明を燃やす過激な施設が長崎県にできたのはだいぶ昔です。ソウルへのアクセスは京都や長崎と同様の便利さですので、本場を見に行かない選択肢はありません。旅の目的の4割は食事管理と運動による身体への投資、4割はスッカマをはじめ、ソウルの商業施設の最新トレンドからインスピレーションを受けること、残りの2割は完全なる無です。つまりサウナに入りただただ無為に時間を過ごすことです。この4:4:2の割合は日常生活と変わらず、それを普段より徹底することは旅の大きな役割です。個人的な旅行ですので、東京より寒いソウルの一月は内省のために好都合です。