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隣の芝生は青く見える


世界で最もスターバックスの出店密度が高いのはソウルでしょう。なかでも38度線にあり北朝鮮を眺望する店舗と、漢江に浮かぶ店舗、映画館をリノベーションした京東1960店は、ユニークさと過激さでは世界五指に入るはずです。とくに1960年代に建てられた廃劇場をリノベーションした店舗は、この視察のためだけに日本から行く価値があると思います。大型店の常識を超える巨大さですが、全く席は空いていません。階段状の客席構造がそのまま残され、かつてステージがあったバリスタカウンターを見下ろすレイアウトが圧巻です。オーダー番号が壁に投影される演出のユニークさと、1960年代の剥き出しの木造の梁のリアリティの融合が刺激的です。何より巨大市場のど真ん中にこのフラッグシップ店舗があることに痺れます。隣の芝生は青く見えるものですが、街づくりのコンセプトの過激さとデザインの洗練において、ソウルに一日の長がありそうです。

平和な時間の尊さ


日本の都市は平野にあるので、ソウルのように都市に山岳が迫る地形は新鮮です。600年前に築かれた城壁があることもソウルの卓越した観光資産です。故宮を囲む第一の壁である宮城に対して、漢陽の街全体を囲む全長18.6kmの第二の壁が都城です。仁王山の城壁の近くにあるブックカフェに行きました。この建物は、1968年の北朝鮮による青瓦台襲撃未遂事件を契機に、大統領府を守るために置かれていた警備哨所で、30か所あった監視塔の一つを、2020年にリノベーションした建物です。既存のコンクリートや骨組みがそのまま使われ、デザイン的にも必見です。このカフェを卓越した存在にしているのは、ソウル全体を一望できる立地が、南北分断の歴史的象徴として50年以上に渡り使われてきた歴史と同居するからでしょう。1960年代の無骨なコンクリートと、2020年代のガラスと金属が美しく融合するカフェにいると、平和な時間の尊さを考えさせられます。

空間の正統性と土地の文脈


朝のソウルは氷点下10℃まで冷え込み、最高気温も氷点下2℃です。時々暖房の効いた場所に避難しないと歩き続けるのがつらいほどです。ソウルに最後に来たのは2019年でしたが、街全体のデザイン性により磨きがかかったように感じます。商業建築、インテリア、リノベーションの分野において現在のソウルは、東京よりも実験的で表現が大胆だと思います。トレンドの回転速度が圧倒的に速く、見たかった店が閉業しているケースもあり、いわばポップアップ店舗のノリです。ソウルのデザインの聖地であり、ザハ・ハディッドの遺作となった東大門のデザインプラザと言わず、オフィスビルの多くが滑らかなラインを描くのは、市が平凡なビルの建築を認めないからとも言われます。今のソウルが現代人のデザイン性に対する欲望を満たすのは、空間の正統性と土地の文脈を活かしたそのアイデンティティにあるように見えます。

本音で楽しむサウナ


昨日は仁川に朝の4:40に着いて、ホテルに荷物を預け、視察の目的である森の中の漢方ランドに行きました。アクセスは良好と言えず通常はバスかタクシーを使いますが、私の趣味嗜好を理解するAIは、メトロの独立門駅から山に入り3、40分のトレイルを歩いてスッカマにアクセスする方法を提案します。ソウルは中心街に山が迫り、新宿から高尾山に登れる感覚です。5か所のスッカマは、熱い炊きたては多くの人が敬遠し、室温の落ちた窯は女性グループの女子会の様相です。外の囲炉裏で芋などを焼きながらの楽しい会話はサウナの一つの理想形でしょう。日本では昭和のストロングサウナの影響か、いまだに熱さ至上主義的な根性論が根付きますが、フィンランドでも65℃程度の温いサウナに入りながら、サウナストーンで料理を作りピクニックをすることが好まれます。日本もサウナブームを超えて、本音で楽しむ時代に入る気がします。

旅の役割


7年ぶりにソウルに来ました。旅行は自分の探求したいテーマのために一人で来るに限ります。昨年来のサウナの源流をたどる旅で、日本の石風呂と同じルーツを持つスッカマを見るためです。日本にもスッカマを売りにする施設が京都にでき、石室内で松明を燃やす過激な施設が長崎県にできたのはだいぶ昔です。ソウルへのアクセスは京都や長崎と同様の便利さですので、本場を見に行かない選択肢はありません。旅の目的の4割は食事管理と運動による身体への投資、4割はスッカマをはじめ、ソウルの商業施設の最新トレンドからインスピレーションを受けること、残りの2割は完全なる無です。つまりサウナに入りただただ無為に時間を過ごすことです。この4:4:2の割合は日常生活と変わらず、それを普段より徹底することは旅の大きな役割です。個人的な旅行ですので、東京より寒いソウルの一月は内省のために好都合です。

世界はジレンマで成立している


米軍による電光石火のマドゥロ大統領の拘束は世界を震撼させました。同じ斬首作戦でも、4年もの泥沼から抜け出せないロシアとの力の差は歴然としています。国力差が圧倒的とはいえ、一国の元首を自軍の犠牲なしに国外へ連れ出す鮮やかな手腕は、米軍以外にはなしえなかったはずです。いわゆる有識者たちは条件反射のように「国際法違反」という正論を振りかざしますが、AIに見解を求めると、「法的な正しさ」と「道徳的な正しさ」のジレンマを踏まえた、より本質的な回答を提示します。テレビや新聞といった一方向のメディア空間で重用されてきた、独善的で視野の狭い知識人たちは、AI時代の到来によって、彼らの有害さはさらに際立つことになるでしょう。彼らは自身の狭い世界を守ることに汲々とし、大局的かつ長期的な視点で世界を捉える能力を欠いているような気がします。

見ようとしていなかった


数日前に東京の夜空では人工衛星が見えないと嘆いていたのですが、全くの誤解でした。昨日は朝4:30から入浴し、水シャワーを浴びてから、地下にあるドライエリアで横になり、小さく切り取られた開口から空を眺めていると、高速で移動していく人工衛星をはっきりと見ることができます。地球の自転方向に西から東に移動する人工衛星は、高度約400kmにあるISS(国際宇宙ステーション)や、中国宇宙ステーションなどの大型の有人施設のようです。一方で、八ヶ岳で同時に5機を見た南から北にゆるやかに移動する人工衛星は高度600km〜1,000kmあたりを飛ぶ地球観測のための極軌道衛星のようです。飛行機に乗ると地上は雨でも上空は太陽が眩しいように、まだ地平線の下にある太陽の光が、宇宙にある衛星に反射して目視できる現象にはロマンを感じます。最大の気づきは、見えないのではなく見ようとしていなかったことです。

一瞬の破壊的な幸せ


昨年は古来より脈々と続く山口県での石風呂の体験に始まり、四国、九州まで石風呂の遺構調査に遠征するなど、サウナの源流をたどる一年でもありました。これまで入ったサウナで気持ち良く汗をかけた施設に共通するのは、サウナストーンの量が多いことだと気づきました。今も北欧で愛される伝統的なスモークサウナにも大量のサウナストーンが置かれ、その点で石室そのものを温める石風呂や韓国に見られるスッカマは、サウナの正統な源流と言えそうです。昨年末には業界を震撼させる事件が起き、サウナを取り巻く環境は決して良くありませんが、それでもサウナの素晴らしさは変わらないと感じます。それには前提条件があって、良好な体調、サウナ室の温度・湿度、良い水質と適切な水温の水風呂、冷気を浴びられる開放的な外気浴などが揃った結果生まれる、一瞬の破壊的な幸せのためにサウナはある気がします。

夜空の恩恵


昨日の朝5時過ぎに散歩に出かけると、長野県の気温は氷点下6℃まで低下します。森が途切れる場所で空を見上げると、満月に近い月が西の空に沈み始め、視界のなかを動いて行く人工衛星を5機数えることができます。宇宙では日々冷戦が激化しているはずですが、星の一つに見えるその物体の動きは何とも厳かで神秘的です。東京でもラブラドールとの早朝の散歩中に流れ星を見ることはありますが、人工衛星を見た記憶はありません。光害の少ない場所なら、天候と時間帯によっては容易く人工衛星を見つけることは可能だと思います。散歩から戻る頃にはまだ暗い空に流れ星を見ました。ロマンチックなのは流れ星で、そのはかなさが古来より人々に特別な感情を抱かせてきたはずです。光が氾濫し、夜空の恩恵を受けることのできない都市に住む必然性について考えてしまいます。

寒さで実行力が身につく


元旦は諏訪大社前宮に初詣をしてから、7時に近くのスターバックスに行き、帰宅後おせち料理を食べてから八ヶ岳の西岳に登るのが数年来の恒例です。例年ほど寒くなく雪も少なめですが、下り道のスノーランはセロトニンが分泌されるような幸福感があります。寒い季節になると、ついつい暖かいところを離れることが億劫になりますが、サウナの水風呂と同じで、この季節の山の寒さは、免疫力向上と代謝アップのトリガーになります。ビジネス人がサウナを好む理由は、水風呂の刺激にあると思います。冬の朝の水シャワーと同じで、少しの勇気が必要ですが、その後にやってくる調いの快感を知ればその躊躇はなくなります。これは仕事も同じで、ちょっとした躊躇に自分から飛び込む習慣をつけることで、人に背中を押してもらわなくても実行力が身につくのかもしれません。

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