
終戦の日の昨日は、4万発を打ち上げ例年50万人の人出がある、諏訪湖の花火大会に行きました。諏訪湖SAを閉鎖するほどの人気に、混まずに観られる場所を探している際、諏訪湖に近い大熊城跡を教えてもらいました。椅子を用意する地元の人もいる穴場は、静かに花火を見ることができます。蒸し暑いイメージのある終戦の日ですが、昨夜は涼しく虫の声が響き秋を思わせます。美しくも儚く夜空に消える花火を見ていると、国を守るための尊い先人の犠牲を思わずにはいられません。美しいものほど、失われるのは一瞬です。戦後生まれの日本人が大半を占める今、単に平和の大切さを訴えるだけでは不十分だと思います。共産主義が世界でおびただしい数の自国民を死に追いやったことを考えると、理想を掲げる思想ほど、現実との乖離を警戒しなければならない気がします。
メディアで勝って事業で負ける


昨日の昼食は娘が食べたいというビャンビャン()麺を作りました。流行ったのは結構以前のようですが、食べるのは初めてです。Instagram やTikTokをクローラーのように巡回して若年層文化を知らせてくれる娘の存在は便利です。幅広麺の漢字の画数は57あるらしく書ける人はいないでしょう。SNSを介して大量にバズり大量に消える時代には、個別の商品を追うことに意味はありません。他方で、人々が反応する商品を観察することは、より正確に時代の空気を読むことができると思います。短いスパンで淘汰を繰り返す飲食業界では、時代の寵児だったブランドが数か月後には話題から消えます。その前途に希望を見出すことが難しく見えるジャングリアも、メディア戦略の勝者でした。セルフプロデュースとインフルエンサー戦略が一度は当たったものの、メディアで勝って事業で負けるという評価をはね返して欲しいものです。
親子の文化的ギャップ


夏休み中の娘と松本に行きました。普段は互いの行動時間帯が違い顔を合わせることが少ないので貴重な機会です。不思議なのは、娘とは40歳も離れているのに、文化的ギャップが少ないことです。車中では同じ歌を歌い、レストランでは似た料理を頼み、旅行先、美意識、社会への関心にもさしたる違いがありません。一方で私と戦前生まれの父は30歳差とむしろ世代は近いのに、戦前・戦中の価値観、戦後の物不足の中で人格が形成されたためか、そこには明らかなギャップが存在しました。戦後の平和な80年が、世代間の文化伝播を容易にしたと思います。加えてYouTube、Netflix、SNSなどのメディアの普及が、親子間の文化が断絶しにくい構造を支えている気がします。結果として私が父の時代の文化をほとんど継承しなかったことは、そこには文化的な変化があり、他方で娘世代との間には発展がなかったと言えるかもしれません。
幸福を得る場所

天候が崩れた昨日は里にいましたが、山で身体を鍛えるときは充足を感じます。今競技中のTJARのように、少ない荷物でなるべく遠くまで到達する山行には達成感があります。山を歩くことは単なる運動ではなく、自分の能力の限界を押し広げる行為でもあります。歩いた距離、獲得した累積標高は、健康診断の数値より意味があると思うのは、身体能力を現実に実証しているからです。山は現代社会の対極にあります。山の中では資産も肩書きも所有物も人脈も役に立ちません。最後に残るのは脚力、持久力、判断力、経験、精神力という自分自身です。備えあれば患いなしですが、最小限の荷物にこだわるのも、現代社会が所有物の多寡を競うゲームであることへの抵抗です。「まだ自分はできる」的な自己効力感が上がり、「自分らしく生きる」という自己一致が生じやすい山こそ、幸福を得る場所のような気がします。
苦手意識を消せない

数年ぶりにマニュアル車を運転するという娘の助手席に乗りました。フィアットパンダのときにも一度だけ助手席に乗りましたが、踏切の真ん中でなぜか2速から3速にシフトアップし、エンジンがストール寸前で肝を冷やした悪夢が蘇ります。普段から仕事でAT車は運転しているのですが、今ギアが何速に入っているか分からなくなるらしく、N-VANの世界最長のロングストロークエンジンは、8,000rpmのタコメーターを無情にも振り切ります。後続車両がいるととくに緊張するようで、坂道発進の交差点では案の定エンストをします。「今時のマニュアルはギアが簡単に入り楽だ」とか、「ギアがまともに入らない4速のコラムシフトで免許を取った」とか自慢するのは年寄りの証拠でしょう。何事も、できる人間にとっては簡単で、できない人間にとっては苦手意識を消せないものかもしれません。
贅沢なのは寒い山頂

白樺湖夏祭り花火大会に行きました。花火につきものの渋滞と人混みが嫌いなので、車山
の山頂から見ることにしました。車山肩駐車場から、夕焼けで赤く染まる北アルプスの稜線を見ながら登って行くナイトハイクは刺激的です。風は比較的穏やかでしたが、外套を着ても寒い山頂を夏に味わうことは贅沢でしょう。山頂から白樺湖までは数km離れていますので、湖畔で見るほどの臨場感はありませんが、山頂の魅力は何と言っても満天の星空です。昨日は空気が澄んでいて、暗闇のなかで人工衛星や流れ星を見ることができます。花火の魅力はお腹に響く大音響と自分の上から降ってくるかのような火の粉ですが、山頂から見る花火はそれとは対極にある、静寂な夜空です。夏と言えば花火ですが、より贅沢なのは寒い山頂で星を見る事のような気がします。
旅が残すもの

プルジャの登山隊の遭難を聞いたとき、真っ先に思い出したのは4月に行ったエベレストベースキャンプで聞いた雪崩の音です。実際の雪崩は映像でしか見たことがありませんが、氷点下十数度の暗闇のテントの中で、姿の見えない巨大な雪の塊が山を崩れ落ちて行ったであろう不気味な轟音は、古来より人々が感じてきた自然への畏怖を初めて経験する機会でした。それは8,000m峰を見たときの感動とも、カトマンズの喧騒における異文化体験という旅の記憶とも異なるものです。自然を見たのではなく、自然の力を知った瞬間でした。圧倒的に巨大な自然は、小さな人間の営みなど意にも介さず、自然のリズムを繰り返します。今回の雪崩事故と音の記憶が結びつき、意味を持ち始めたのだと感じます。雪崩は、人間の力ではどうすることもできない現象であり、自然は、人間にとって本質的に畏怖すべき対象だという感覚が今も身体に残ります。
現実を無視する能力

ニルマル・プルジャ率いる登山隊10名全員が壊滅的雪崩により死亡した事故は、山岳関係者を超えて教訓を残したと思います。登山史における大事故の多くは気象判断や撤退判断に関係しています。大雪の影響を受け、多くの登山隊が撤退・下山したなかで、なぜプルジャは残ったのかが最大の焦点です。大雪直後は雪崩リスクが最も高いことは初心者でも知っています。ネパールの貧しい家庭からグルカ兵となり、英国特殊部隊を経て、その経験を登山に持ち込み一躍スーパースターとなったプルジャの人生を貫くのは、不可能だと思われていることを可能にすることです。成功体験は能力を高めると同時にリスク許容度も高め、これは彼の最大の強さであり、同時に最大の弱点にもなり得たと思います。限界を突破することが人類の文明を前進させてきましたが、いわゆるファーストペンギンは、ある種の現実を無視する能力が必要だった気がします。
43歳鬼門説の真相

ブロード・ピークに登攀中だったニルマル・プルジャが、7月29日に発生した大規模な雪崩に巻き込まれ、43歳で亡くなり世界に衝撃を与えました。189日で8,000m峰14座を完登し、冬季K2登頂も成し遂げた現代を代表するアルピニストでした。山岳界では、以前から「43歳は鬼門」と囁かれてきました。2024年にK2西壁で亡くなった平出和也氏も生前この話に触れていました。平出氏の長年のパートナーだった谷口けい氏が事故で亡くなったのも43歳。日本アルピニズムの象徴である植村直己氏がマッキンリーで消息を絶ったのも43歳でした。おそらく43歳はアルピニストとして一番脂が乗り、一方で体力が低下に向かう分岐点であり、最も難易度の高い挑戦をする可能性があるからだと思います。登山家の野口健氏が「先鋭的な登山を続けていれば、一部の例外を除いて時間の問題でいつかは死ぬ」と記したことが印象に残ります。
鎖は解けていた

四半世紀ほど使ってきたMS Wordですが、その別れに何の未練もありません。これほど長く使ってもいまだに操作が良く分からず、デザインは垢ぬけず、意図しない記号を勝手に挿入するなど、不愉快なことばかりが起きます。最近Canvaを使い始めたのですが、1時間もすれば美しくデザインされた資料を思い通りに作れるようになります。あまりにも長く鎖につながれた結果、とっくに鎖は解けていたのに、いつまでも牢屋から動かなかっただけなのかもしれません。AIと相談しながら作業すると、テンプレートを使わなくても自分好みの資料をセンスよく無料で作れますので、Adobeなど美しい資料作成をウリにしてきた企業にとっても死活問題でしょう。AIはアートディレクターのような機能を果たしますので、どのソフトを使うかは重要ではなく、「何を作りたいか」を言語化できる力の方が価値を持つ気がします。