最新情報

Information

外古内新


松本のブックカフェ栞日に行きました。「高橋ラジオ商会」の看板が残る電気店だった建物を借りてリノベーションしたものです。独立系出版物を扱う2階の天井高は5m以上ある片流れの屋根で、太い鉄骨が工場跡を思わせます。いかにもリビセンらしい定石通りの内装に意外性はありませんが、アンティーク家具が置かれ落ち着きます。1階に置かる活版印刷機は東京の印刷所で使われていたもので、アクセントになります。スターバックスで働いた経験のあるオーナーは、カフェ激戦地の松本にブックカフェを2013年に開業し、2016年には現在の場所に移転、旧店舗は宿泊施設にして、2020年には真向いの銭湯「菊の湯」を事業承継、2022年には市議選に無職属で出馬し、他県出身者ながらトップ当選しました。地元の人たちに親しまれた街の景観を変えることなく、街に新しい機能を加えた温故知新ならぬ「外古内新」の実績が評価されたのだと思います。

衝撃のツケ


ThinkPadがメーカーの修理から戻ってきました。システムボードを交換したので、もう一台買えるほどの修理費ですが、身代金なので払わざるを得ません。IBM時代のx20以来、四半世紀以上ThinkPadを使い続けているので、キーボードから手を離す必要のない人間工学的に優れたキーボード+TrackPointはもはや体の一部です。IBM時代には宇宙船に積まれ、戦場でも酷使された堅牢性と信頼性がウリでしたが、今のThinkPad は2年と経たずに壊れます。ChatGPTによると熱と物理的ストレスが故障原因のようで、確かにYogiboに腰掛け膝の上で操作するとき、底面の吸気口が塞がれPCが熱くなることがありました。また液晶パネルを開いた状態で片手で持つことなども筐体に負荷をかけ悪影響があるようです。PCは精密機器ですから日々衝撃を与え疲労を蓄積しないことが重要なのでしょう。扱い方を誤ると、どこかでそのツケを払わされるのは人体と同じなのかもしれません。

使い切る達成感


常念岳と蝶ヶ岳をまわる途中で、トレランシューズのソールがはがれ始めました。同じモデルを毎年更新していますが、ソールの剥離は初めてです。4月のエベレスト街道から使い始め、甲斐駒ヶ岳の黒戸尾根ピストン、御嶽山、赤岳を含む船山サーキット、そして八ヶ岳にいる間は毎朝のように西岳と編笠山を通るラウンドに使い続けてきましたので、壊れたことよりも、むしろ使い切ったという達成感があります。これは私が山に求めているものと似ている気がします。人々が山に向かう動機や、そこで得る報酬はさまざまです。百名山のようにピークハントに喜びを感じる人もいれば、山頂で過ごす時間を楽しむ人もいます。私の場合は、日帰りのスピードハイクで、最小限の荷物で、同じ道を通らずにスタート地点へ戻ることに面白さを感じます。感じているのは、山に登るという達成感ではなく、自分の身体を使い切ったという自己効力感なのだと思います。

地方都市のメリット


常念岳と蝶ヶ岳に登りました。俗に言う三股サーキットで、スピードハイクなら6時間強でラウンドでき北アルプスの稜線を楽しめます。夏は長野県にいることが多く、昼頃思い立ってN-VANで出かけたのですが、コスパの良い小旅行になりました。前日は登山口数km手前にある四季の郷のお風呂に入ったのですが、サウナのできが予想外によくたっぷり汗をかいてから、19時頃には登山口に着きそのまま家の寝具で就寝しました。人気の登山コースだけに登山口の近くに停めることは困難ですが、この時間には空きが目立ちます。ルートは全般に歩きやすく、甲斐駒ヶ岳の黒戸尾根や舟山サーキットほどハードでもなく、御嶽山のラウンドほどお気楽でもない適度な負荷です。蝶ヶ岳からの下りはとてもよく整備されたトレイルで、途中で登山道の補修をしていました。東京はどこに行くのも遠いのですが、思い立って出かけられるのは地方都市のメリットでしょう。

商品化する以前の余白


御嶽山に登る前に藪原宿にある蕎麦屋のおぎのやに行きました。明治とされる古民家の高い天井が印象的で、隣接する蔵は客室のようです。12席の囲炉裏+8席の店の生産性を倍にするのは簡単に見えますが、ざるそばにも口直しの梅シャーベットがつくなど丁寧な接客が印象的で、観光色が薄まる冬に訪れたいと思わせます。妻籠、馬籠宿は団体が押し寄せる見世物小屋状態ですが、最も早くから街並み保存を前提にしてきた土地が、映えスポットとなり、団体バスで来て短時間写真を撮る場所になったことは皮肉です。奈良井・藪原・福島など、よりマイナーな宿場街は完成された観光商品でないことが幸いして、現代の成熟した個人旅行者に刺さる可能性が高いと思います。日本人もいない鳥居峠に向かう道を欧米ハイカーが歩く姿は、成熟した旅行とは何かを考えさせます。観光資源として商品化する以前の余白こそが必要なのでしょう。

手軽な3,000m峰


御嶽山に登りました。日本最西端の3,000m峰で、富士山に次ぐ日本第2位の標高を持つ火山です。これほど存在感のある巨大な独立峰なのに、いつも八ヶ岳から眺めるだけの山で登らなかった理由は、日本アルプスほどの華がなく、東京から遠く、2014年の噴火の影響もあったと思います。3,000m峰なので登るのが大変、というイメージもありましたが、中の湯駐車場の標高はすでに1,820mあり、荷物を少なくして日の出の頃から登り始めれば、三の池、摩利支天、王滝の奥社をラウンドしても午前10時過ぎには下山できる意外にも手軽な山です。702年開山という古くからの霊山ですが、今もその信仰は生きており、白装束の団体が山頂を埋め尽くします。山歩きを楽しむと言うよりは、山を自己鍛錬の修行の場と考えるトレイルランニングこそ、山岳信仰を現代風に解釈した正当な後継者と言えるかもしれません。

自由を運ぶ小さな別荘


御嶽山の中腹にある中の湯駐車場で泊りました。N-VANで登山口まで行き、そのまま車中泊すると、翌朝は誰よりも早く登り始めることができ、予約も不要なので直前の天気を見ながら出かけることができます。ドアを開けると登山口という贅沢さは癖になります。地元の温浴施設に行き、スーパーで食材を買えば事足ります。N-VANの強みは運転席以外が完璧なフルフラットになることで、商用車にしかできない芸当です。自宅の布団で寝られるために、慣れないテントやシュラフと違い、熟睡できます。必要そうなものをとりあえず全部積んで、帰りには米や野菜を買って帰ることができます。まれに上空を通過する飛行機以外は無音の世界に、星が広がる幻想的な体験です。これまでは用途を限定された車にお金を使いましたが、こんな自由を実現できる小さな別荘が100万円台で手に入る日本は幸せです。

大切なことほど原始的


2年と経たずに壊れたThinkPad X1ですが、集荷まではスムーズでした。問題はその後です。もう一台買えそうな金額の見積をPDFで送ってきたのですが、それを一度印刷して、該当箇所に〇をつけて署名をして再びPDFにしてメールで返信しろ、という指示です。あるいはスマートフォンで撮影し、編集アプリで画像に必要事項を記載して返信、とあり署名した画像を貼り付けます。自宅なら印刷してスキャンはできますが、出先にいる自分には不便です。しかもメールは送信専用で、返信先アドレスのリンクから送るとメールがエラーで戻ってくる始末です。悲惨なユーザーインターフェースを放置する企業姿勢は、IT企業でなくても疑問です。それなりの理由はあるのかもしれませんが、修理を依頼した瞬間、突然FAX時代に戻る企業が顧客体験(UX)を語るのは悪い冗談です。こういうところに企業の本当の姿が現れるのでしょう。

一人で来るに限る


河口湖自動車博物館・飛行館を訪れました。ハイライトは一式陸攻22型と艦上偵察機彩雲11型です。ゼロ戦と、よりスリムな隼を同時に見ることは、海軍と陸軍の設計思想の違いを理解できます。見たかった一式陸攻はB29との縮尺比較で理解していたので小さいと思っていたのですが、想像以上に大きく積載する800kg の91式航空魚雷の巨大さはフルサイズのアメ車並みです。機内が見られることは貴重で居住スペースは広く、機体左側の日の丸の位置にトイレがあり上部に横長の窓がついていることも意外でした。飛行館が通常の博物館と違うのは収集、保存、展示に加えて修復を行う現場で復元過程を見せることです。レストア中の美しい彩雲は日米に1機ずつ現存しますが、米国のスミソニアンでは未公開のため世界で唯一見られる機体です。熱心に観察するオタク風の夫と迷惑そうな妻という既視感のある光景を見るにつけ、8月に一人で来るに限ります。

最後の時代への郷愁


河口湖自動車博物館を見ました。標高1,100mの別荘地に8月だけ営業する施設は、開館30分前からマニアが集まり始めます。目的は併設の飛行館で一式陸攻を見ることですが、博物館としての完成度は自動車館が上で、しかも1,000円とバリューです(飛行館は1,500円)。最大の価値は、馬車→初期自動車→戦前→戦時中→戦後→現代という連続した時間軸のなかで、自動車の歴史が連続性を持ちつながることです。ある意味で工芸的な機械だった戦前の自動車と、戦争により高度化した工業技術、量産性、性能が戦後に結合する「理想的な結婚」が50~60年代なのだと感じました。そして自分が車に乗り始めた70~80年代は、車が移動する電子機器になる前の最後のマシーンの時代なのだと思います。この年代の車に魅力を感じるのは、人間が機械を操る最後の時代への郷愁なのでしょう。

Translate »