最新情報

Information

尖った商品は趣味から生まれる


自分の年代は年金逃げ切り世代とも言われます。地味に暮らしていれば逃げ切ることができるかもしれません。他方で現在の生活もすでに地味です。愛車は商用軽のN-VANですし、視察と家族の誕生日以外には外食をせず、唯一の贅沢と言えば月一度通うサウナぐらいです。毎朝コンビニでコーヒーを買うことも、自動販売機で飲み物を買うこともありません。倹約をするのは、事業と称する、趣味の一種に投下資金が必要だからです。まともな事業なら資金調達は可能ですが、トラックレコードのない企業の場合、一定の自己資金が必要になります。白河、南会津の古民家サウナに続く阿武隈源流の旅館跡地の新築予定物件は、ある意味この数年の集大成になります。半分趣味、半分事業という甘えがスケールできない致命的な理由ですが、他方で、尖った商品は非合理な趣味から生まれる気もします。

高齢社会の課題


昨日は母の一周忌法要でした。母の写真を前に読経に耳を澄ますと、祖先や人の生涯について考えます。女性が自転車に乗ることさえ許されなかった昭和初期に育った母は、専業主婦として常に家族を優先し、自分のことは後回しにしてきました。母に何を返すことができたのか考えると、思い浮かぶのは反抗した記憶ばかりです。家族を支えることが生きる目的であった人生が幸せだったのか、確かめる術はありませんが、母なりに自分の役割を生き抜いたことは間違いありません。スティーブ・ジョブズの「もし今日が人生最後の日だとしたら・・」という言葉を思い出します。その境地には程遠いものの、この数年のモラトリアムを経て、死ぬまでに成し遂げたいことの輪郭が少し見えてきた気がします。高齢社会の課題は医療費や介護費ではなく、役割と目的の喪失のような気がします。

脳に求められる余白や偶然


多くの経営者は本の有用性を説きます。最近の悩みは本を読めなくなったことです。読み始めても冗長的でまわりくどい表現に耐えられなくなり、途中で投げ出してしまいます。これはビジネス書に限った話で、楽しみとして読む本は別です。その理由はYouTube動画を2倍速で聞くようになったことかもしれません。情報伝達の場合、多くの研究は倍速程度までは理解度が低下しないことを示します。読書に限らず、テレビを見ることが苦痛なのも、アナウンサーの話し方が遅く感じるからです。電話でも「早く話してくれ」、「結論だけ言ってくれ」と思う機会が増えたように感じます。もちろんこれは悪いことばかりではなく、倍速によって短縮された時間を何に配分するかによると思います。情報処理をAIが代替する時代には、人間の脳に求められるのは、従来の生産性概念とは対極にある、余白や偶然のような気がします。

旅で人生は変わらない?


旅は娯楽の王様であり、人は人生を変えるような感動体験を求めます。4月に行ったエベレスト街道も、標高5,500mの世界に立てば、自分の人生を変えるようなことが起こるのではないかと淡い期待を持ちました。そんなことは起きません。エベレスト街道の壮大な山々に感動し、自分はここで人生を変えるのだと決意はします。しかし、帰国して日常生活に戻り、1月半が過ぎる頃には元の習慣に引き戻されます。旅を自己変容装置にするには「感動」はその入り口ですが、すぐに消えます。一昨日のエベレスト登頂報告会の参加者の多くが、日本人の50万人に1人しか登っていないエベレスト登頂者です。人間は統計よりも身近な環境に影響を受けるので、「もしかしたら自分も・・」という自己効力感が生まれます。しかし、これでも人生は変わりません。結局人は、撤退できないような状況に自らを追い込まない限り変わらないものだと感じます。

50万人に1人


昨日は、4月に同行したエベレスト登山隊の帰朝報告会がありました。20人ほどが参加しましたが、驚くべきは大半の人が複数回8,000m峰に登っていることです。21世紀に入りエベレストの商業登山の時代が始まって以来、エベレストに登頂した日本人の数は200人から250人とされます。われわれの隊長のように8回も登っている超人もいますが、エベレストに登った経験のある人の数は、日本人50万人に1人程度の割合ですから、今回集まった集団の異様さが引き立ちます。歴代のエベレスト登頂者の同窓会とも言えますが、超人に囲まれていると、もしかしたら自分も登れるのではないかと錯覚を始めることは、心理学的に説明できます。エベレスト登頂は世間的には異次元の行為ですが、登頂者と食事をするなどそばで接すると心理的障壁が一気に下がります。それが可能だと信じる登頂者コミュニティに身を置くことこそ、大きな挑戦の原動力のような気がします。

不気味に移動する大型動物


昨日は大月に出講する日で、大学の裏山にあたる菊花山に登りました。御前山経由で厄王山登山口に下るラウンドルートは、少し身体を動かしたいときに最適です。毎週のように雪形を変える富士山や大月の街並みを見下ろす眺望が楽しめ、下りは走れる自分のホームグラウンドですが、昨日は途中で引き返しました。菊花山の山頂を超え鞍部に差し掛かったあたりで、落ち葉を踏み分けながらゆっくりと不気味に移動する大型動物の気配を感じたからです。昨年、同じ稜線にある九鬼山の先の鞍部で、1.4mほどのツキノワグマと遭遇した記憶が蘇ります。連日のように熊による事故が報道されますが、死亡事故がこれほど多かった記憶はありません。熊は沢と沢をつなぐ鞍部を移動経路として使うことが多く、地形の把握と遭遇する前に感じるセンサーが増々重要になりそうです。低山でも熊がいることを前提に歩く時代に入ったのかもしれません。

外国車には戻れない


N-VANを6カ月点検に出しました。半年ごとのオイル交換に合わせて点検もしています。平日のホンダディーラーには次々と車が入庫し、10卓ほどあるテーブル席もすぐに埋まり、以前出入りしていた近所のひっそりとした外車ディーラーとは対照的です。点検結果はカラー写真付きで分かりやすくまとめられ、整備料金も良心的です。肝心のN-VANは今回も異常なく至って健康体です。以前乗っていた車の排気量は今の7倍ほどありましたが、行ける場所は変わりません。むしろ車中泊ができるN-VANになってからの方がよく走り、実質1年半で6.5万km走ったのは自分史上最速です。点検を待ちながらコーヒーを飲んでいると、担当者が半年前の些細な出来事について丁寧にお詫びに来ます。サービスの品質は、車と人と仕組みによって支えられており、高い割によく壊れた外国車に戻ることはない気がします。

サウナ好きの女性を増やす


週末はサウナ三昧の生活でした。最も分かりやすい効果は肌に出ます。大量の汗を失い、良いことばかりではないかもしれませんが、顔色が目に見えて良くなります。鏡を見なくても肌がしっとりとして繊細で、触ると指に吸い付くように適度な潤いを感じます。その点で、サウナは女性にこそ使ってもらいたいのですが、利用が進まないひとつの理由は日本のサウナ固有?の熱すぎるサウナ室だと思います。伝統的な日本のサウナはサウナストーブに水をかけることを禁じてきましたが、今般のサウナブームはサウナストーンを積んだ北欧方式で、ロウリュによって湿度を上げ、温度を上げずに汗をかけるようになりました。また冷たすぎる水風呂もサウナ嫌いを増やす一因かもしれません。昨日入った南会津のサウナの16℃の山水が流れ込む水風呂は自分にとってベストで、マイルドながら覚醒感があります。サウナを模索する日々が続きます。

理想に近づけたい


昨日は南会津の古民家に初めて泊まりました。電気ストーブのサウナは風情に欠けますが、渓流を見下ろす解放感はこの施設の強みです。と思っていると目の前を二人の釣り客が横切ります。誰が見ても私有地ですが、藪をかき分けずに川にアクセスできるので、人家を通るのが都合が良いのでしょう。過度に権利を主張するつもりはないのですが、注意をしに行くと折り悪く大物を釣り上げたところで、しぶしぶ川に戻していました。釣りの趣味はありませんが、敷地内で魚が釣れることは特長と言えるかもしれません。山水が流れ込む水風呂は16℃と適温で、ガッシングシャワーを浴びて、森を抜ける風とせせらぎの音を感じながら椅子に横たわるのはサウナの最上の時間です。他方でこだわり切れなかった部分もあり、パワーの強い薪ストーブをあきらめたことはその代表です。今後作る予定の川沿いのサウナ小屋は、妥協を排し理想に近づけたいものです。

コンセプトは美しい


昨日は板室温泉のゲストハウスLeu.に泊まりました。古い旅館をリノベーションしたデザイン性の高いゲストハウスで、4,900円は妥当に思えます。平日とは言え宿泊客は他になく、源泉かけ流しの温泉などの固定費を賄うのは難しそうです。事業が成立するのは、親会社である中堅ゼネコンの財務基盤が厚いからかもしれません。天保年間に江戸で創業した材木商に始まり、業歴が200年に及ぶ老舗企業です。戦時中に疎開先の栃木県黒磯市で材木商、家具の生産を手がけ、那須は第二の祖業の地とされます。自社施工は他の施設より有利な条件ですが、他方で自社のショールーム機能を持たせるなら施工費はそれなりにかかり、補助金があったにせよその前途は多難が予想されます。地域コミュニティ+長期滞在という関係人口創出型ゲストハウスは、コンセプトは美しいのですが、板室温泉の実需とは乖離しており、強力な営業力が必要なのでしょう。

Translate »