
昨日の朝は雨音で目を覚ましたのですが、今朝の新甲子温泉は氷点下5度ほどで雪です。
昨日は消防と県によるホテル建物の立ち入り検査がありました。消防の方はいつでも緊急出動ができる臨戦態勢です。検査中も無線が入る常在戦場の緊張感が漂い、高い使命感なしにはできない仕事だと思います。日本最長415kmのトレイルレースTJAR四連覇の望月将悟選手も静岡市消防局の職員で県の山岳救助隊に所属し、レース中でも遭難者がいれば救助を優先するとして、1グラムで軽くしたい荷物に救助道具を背負っていると言います。

昨日の朝は雨音で目を覚ましたのですが、今朝の新甲子温泉は氷点下5度ほどで雪です。
昨日は消防と県によるホテル建物の立ち入り検査がありました。消防の方はいつでも緊急出動ができる臨戦態勢です。検査中も無線が入る常在戦場の緊張感が漂い、高い使命感なしにはできない仕事だと思います。日本最長415kmのトレイルレースTJAR四連覇の望月将悟選手も静岡市消防局の職員で県の山岳救助隊に所属し、レース中でも遭難者がいれば救助を優先するとして、1グラムで軽くしたい荷物に救助道具を背負っていると言います。

昨日は小学校の同級生が会津へのスキーの帰りに寄ってくれました。温泉で1時間ほど話しましたが、卒業以来40年ほどの間に数度しか話していないのに、会うなり普通に会話が始まり、話が尽きないあたりは幼馴染ゆえなのでしょうか。
昨日で1、2階のトイレの改修が進みブースがつきました。50年前当時そのままの和式トイレを見慣れてきた私にとっては隔世の感があります。アメニティ水準が日々向上する家庭のトイレの標準にやっと追い付いたという感じです。
昔であればホテルなどの宿泊施設は、温水器がない時代に温水が出たり、エアコンがない時代にエアコンがあったりと家庭を上回る快適性を売りにできました。今日ではそうしたアメニティ水準による優位性を築くことは容易ではなく、むしろ昨日お風呂を借りた那須湯本の旅館のように家庭ではありえないくらい汚い(失礼)旅館にある種の郷愁を感じる、といった逆転現象さえ起きているようです。

今朝は那須方面に用事があり、途中県道那須甲子線はボブスレーコースのように凍っているところがあり、自分の意思とは関係ない方向に車が流されます。
途中那須湯本温泉の雲海閣で温泉に入りました。この旅館の発祥は江戸中期で常磐屋(ときわや)と称していた由緒ある旅館です。10年ほど前からその鄙びた素朴さ(汚さ?)がテレビなどに取り上げられる知る人ぞ知る旅館です。鹿の湯の源泉を引いている硫黄泉以外に明礬泉の浴室もあります。自炊のできる素泊まり専用旅館で一人4,500円ほどのようです。
このあたりの旅館はどこも歴史が長いものの、終戦の年に軍の硫黄鉱山が空襲され、逃げる際に倒したランプから大火となり、ほとんどの建物や書物は焼けてしまったようです。代々旅館をしていて後継ぎだった娘さんが早逝したことから、番頭をしていた現在の主人の伯父が継いだそうです。日本ビューホテルの箭内家もこちらで古くから営業をしていたようです。
温泉はすばらしいのですが、建物は正面玄関からして朽ち果てるに任せている感じです。風情といえば風情があり、東北の秘湯まで行く必要もなく、ここで長湯治すれば十分です。お風呂で一緒だった人もこの10年ほど年に数度来るヘビーユーザーで、食事は持ち込みで2泊すると話していました。硫黄泉の浴室は天井の一部がはがれ、外気が入るために露天風呂気分です。400円は個人的には良心的に思え、また入りに来たい温泉です。

願いが通じたのか今朝は30cmほどの積雪がありました。夜明け前に、温泉から雪に煙るブナの森をながめていると心が落ち着きます。この時間は本来なら交感神経を高めていかなくてはならないのでしょうが、朝から心身ともにリラックスしてしまいます。雪はこれまでの舞い降りるような優雅な雪ではなく、地表へと急ぐような東京でみかける雪です。
駐車場の積雪が30cmほどあり、購入後2週間以上放置されていたスノープラウをやっと試すチャンスがやってきました。35kgの重量のスノープラウは一人で取り付け可能ですが、一定の慣れが必要です。30cm程度の駐車場の雪をかくことに関しては全く問題がなく、農繁仕様のクリッパーに装備される低速走行ギアが活躍します。しかし、駐車場から国道へ出るスロープはクリッパーの50PS、6.4kgf・mのトルクでは押し切れません。
結論としては、スノープラウは現実的な選択だと思います。手押し除雪機は最低でも30万ほどするのに対してスノープラウなら10万です。ここ新甲子温泉の雪の季節は3カ月ほどでしょうけど、除雪が必要な機会はおそらく15日程度と思われます。スノープラウでかききれないところは人力を併用すれば解決しそうです。スロープにたまった雪を都度人力でどかす作業が必要ですが、それ以外はヒーターのきいた暖かいキャビンで作業できるので安楽そのものです。

今朝も開業時期を確認するお電話を2本いただきました。ご不便をおかけしておりますが、現在の開業予定は3月下旬を予定しています。改めてご案内をしたいと思います。
まだ冬でいてほしいという願いもむなしく、午前中は雨のような雪、雪のような雨が降っていました。
今月末でサラリーマン生活に区切りをつけてから半年が過ぎます。これまで3回の転職で4つの企業で働いて来ましたが、いずれも退職翌日に入社していて収入が途切れたことがなかったために、銀行通帳の残高が減っていくのを見るのは胸が締め付けられる思いです。この話は、以前から起業した人の話として聞いてはいたのですが、前に進むしかありません。
そんな不安もあって、午後から少し薄日がさすようになったので、阿武隈源流に面するホテル隣の森の中で少し瞑想をしてきました。
別段特別のことをするわけではなく、ただ鼻呼吸で深呼吸をして呼吸に意識を向けるだけです。自然のなかでの深呼吸に勝るリラクゼーションはないと思います。向かいの江森山とその背後には真っ白な雪山が見え気分は爽快で前向きになれます。

一昨日、まだ冬でいてほしい、などと書いたらまた季節は冬に逆戻りで、今朝のフィアットの車載気温計は氷点下7度を示しています。今日は午後から那須の別荘に来ていた小学校の同級生がご子息と来てくれました。卒業以来ほとんど会う機会がないのですが、フェイスブックなどで近況はある程度把握していますので、久しぶりという感覚はありません。
こちらで生活をするようになり買い物の仕方が東京とは少し変わりました。東京ではレジ袋かマイバックを使うのですが、白河では段ボール箱を使うことが多いです。
ここ新甲子温泉では、レジ袋はプラスティックごみに分別の上、大きくないのに結構高い有料ごみ袋に入れて捨てないとなりません。ほとんど分別などせずに、いくらでも無料で捨てられた世田谷区とは大違いです。一方で段ボール箱は地区のリサイクルに出すとお金になります。しかも買い物は全部車で行きますので、段ボール箱でも全く不自由がないのです。

花粉症になったのはもう記憶にないほど昔です。この時期は思考が低下しますし、つらいことはつらいのですが、ここ数年は食事や運動による体質改善の効果なのか、単に慣れただけなのか、薬を服用していた頃よりは症状が改善し軽くなりました。
昨年は2月21日に本格的な花粉症が始まり、昨日の異様な暖かさでもう時間の問題だと思っていましたが、律儀にも今朝から花粉症の軽い症状が出始めました。
ここ新甲子温泉のあたりの標高は800メートルで広葉樹中心の森のため、日光国立公園のゲートがある標高600メートルほどの集落よりも花粉症の症状が軽いと聞いています。花粉症は血行障害もその原因らしく、自律神経を整えることや運動が対策になると思います。写真は昨日の朝スノーシューで散歩に出かけたときに見つけたうさぎの足跡です。おもしろいことに足跡が浮かび上がっています。ウサギが踏んでそこだけが固まり、まわりの雪が風で飛ばされたのではないかと考えています。

今朝は5時過ぎから甲子温泉に抜ける旧道をスノーシューで歩きました。屋外に出ると多分気温は0度前後で、これまでの悲壮感漂う寒さではなく、肌に心地よい寒さです。あれほど寒さが辛かったのに、いざ暖かくなってみると、まだ冬でいて欲しいと思うから人間はわがままです。
星を見る趣味はないのですが、月が出ていてもはっきり見える満天の星空は見飽きません。道路の雪面には色々な種類の動物の足跡が残っています。阿武隈源流のせせらぎと、時おり聞こえる鳥のさえずりが清々しく響きます。
せっかく買った軽トラ用のスノープラウは未だに使う機会がありません。そういえば、昨日発注した覚えのない雪道での脱出シートがアマゾンから届きました。おそらくクリッパーのスタックをご存じのFB関係者のご好意かと存じます。この場を借りて厚く御礼申し上げます。
もちろんこれからも数度まとまった雪が降るそうです。白河の南湖公園の桜の開花は4月20日頃ですが、この時期のみならず5月の連休も雪の特異日と言われています。ちなみに福島県内の桜前線は福島、郡山、白河とここだけは北上ではなく南下するそうです。
今朝は那須にも足を伸ばしましたが、完全に春スキーの天候です。ついでに普段は縁がない那須ガーデンアウトレットにも寄りました。あれほど多くの店があるのに、西武百貨店のコピーのように「欲しいものが欲しい」と思いました。

今日は会津若松に行きました。せっかくの機会なので白虎隊で有名な飯盛山にも寄りました。小学校の修学旅行で行って以来40数年ぶりに行きましたが、当時の記憶と重なるものは何もありません。ただ当時バスのなかで覚えた白虎隊の歌は今でも歌えるから人間の記憶とは不思議なものです。
また、以前から見たかった高瀬の大木を見てきました。慶長年間に上杉景勝が築城した神指城の築城前からすでに大木だったと言われるこのケヤキの樹齢は約500年とされます。
根元の周囲12.55メートル、目通りの幹囲10.45メートル、樹高は24.64メートルあります。巨木が好きで東北地方を中心にかなりの数を見ていますが、このケヤキは木という概念を超える巨体です。木は不死であるとする説もありますが、この木を見ているとその説に納得します。いつも巨木を写真に撮るのですが、写真にすると現場での感動が全く伝わらないのは毎度のことです。
帰り道は大内宿こぶしラインを抜けて、少しだけ大内宿にも寄りました。「第31回大内宿雪まつり」 が先週末にあったために、雪のかまくらや、大きな灯篭などが残されていました。

昨夜は珍しく夜中に目が覚め1時頃から温泉に入りました。外は強風が吹きつける悪天候ながら、きれいな星空が見えました。最近の歩数計を見ると一日に2,500歩から4,500歩ほどしか歩いておらず、これは東京にいたときの4分の1程度の運動量になります。
今朝は第三セクターが運営するキョロロン村まで、林間トレーニングコースをスノーシューで歩きました。車で行けば1、2分の距離ですが、林間コースを使うと片道で1、2kmの距離になります。ウッドチップを敷きつめたトレイルはもちろん雪の下にあり、道の痕跡はありません。スノーシューをつけていても、場所によっては股下まで雪に埋まる柔らかい雪もありますので、運動になります。トレイルは国道に近く、時おり車の音はしますが、一人だけの森はマインドフルネスになれます。
踏み跡のない未開の美しい雪面の好きなところにルートをつけることができる快感は降雪期ならではです。通常の登山と変わらないペースで登っていくと、高度を上げるほど積雪が深くなりますので、体が暖かくなってきます。
普段はトレイルを外れて歩くことはありませんので、人知れず長い年月を過ごしてきた大木を見つけることができるのもこの季節ならではです。ロビーに置くテーブルの天板と同じ栃の木も多く見られます。南会津産の栃の木の天板は幹の幅が710mmあり、栃の大木を見るたびに、どれほどの大きな木だったのか想像します。
帰路、ホテルの近くに来たあたりで大木の近くの急傾斜地で雪の穴にはまり、胸の高さまで雪に沈み、雪のなかでもがくうちに片方のスノーシューがはずれました。そこは大木の倒木があったことから、雪の吹き溜まりになり胸まである積雪になっていました。雪の底にあるはずのスノーシューが、いくら掘っても出てこないのです。幸いホテルに近かったので、スキー用のズボンに着替えてシャベルを持って再び現場に行き、胸の高さまである雪を雪洞のように掘ったのですがスノーシューは出てきません。狐につままれるとはこのことで、あれほど大きなスノーシューが忽然と姿を消してしまいました。もう春まで見つかることはないかとあきらめかけたときに、あらぬ方向からスノーシューのゴムバンドの先端がわずかに雪面に顔を出しているのを見つけました。雪穴に落ちた際にかなり早い段階にスノーシューが外れたようで見当違いの方向に埋まっていました。
スノーシューは気軽な運動だと考えていましたが、やはり山に入ると危険と隣合わせであることを実感しました。