役所との関係が深い旅館業

今朝も新甲子温泉は快晴です。明け方にかけて青い空に雪をかぶった山がくっきりと浮かびあがり、モルゲンロートが美しい朱色に山を染めていきます。

昨日は、地元西郷村の消防署を訪れました。フジヤホテルが持つ、旅館、飲食店、温浴施設のそれぞれの営業許可を出すのは保健所ですが、排水は国立公園内の国有林を借りていますので森林管理署、入湯税は村役場ですし、警察との関係も少なくありません。しかしおそらく一番関係が深いのは消防署かもしれません。現場を持つ警察や消防の方々は、約束をしていても緊急出動などの場合もあります。

初めて目にする動物

昨夜から突風が吹きつけましたが、今朝は快晴です。昨日から那須に抜ける道は地吹雪のため通行止めになっています。

5時過ぎから温泉に入っていると、樹高15メートルほどの浴場前のブナの木に登っていたリスと思しき小動物が、隣の木に10メートルほどの距離を目にも止まらぬ速さで飛びました。ホテルのまわりには動物の足跡がたくさん見られるのですが、意外にも動物の姿を目にするのは初めてです。

今朝は5時頃から除雪が始まりましたが、いつもより大型の除雪車が来たようで、前の道は道幅が広くなっていました。いずれにしてもこれだけの雪を押しのける力は相当なもので、車体の強度も凄いと思います。クリッパーのスノープラウは、積雪30cmほどまでで、氷などには対応できず、時速5km/h以下でないとスノープラウも車も壊すと言われています。

自動車内こそ瞑想に最適?

用事で東京に戻り、今朝ホテルに戻ってみると、温泉管のエア抜きをする枡が完全に雪に埋まっていて60cmほど下から掘りだしました。風が抜けるために雪があるところとないところが極端に違います。甲子温泉に抜ける道でも、ほとんど積雪がないところもあれば雪の吹き溜まりでミラーを超える積雪になっているところもあります。

自宅に近い首都高の永福インターから白河インターまでは202kmあり、通常料金で5,670円、週末のETC料金で4,530円になります。行き来をする機会が多いので、この金額は負担になります。そこで、東京から新甲子温泉までの移動はもっぱら国道4号線を使っています。高速なら2時間半で着きますが、国道4号線と環状七号線を使っても4時間ほどですから、約5,000円と1時間半を天秤にかけて、よほど疲れていない限り高速は使いません。

国道4号線の矢板以南は片側車線が2車線か3車線あり、信号も少なく高速とそれほど違わないスピードで流れています。私は東京から名古屋あたりなら一般道で行くことも結構あります。全く風情の感じられない高速よりは、むしろ街歩きの感覚で色々な発見がある一般道の方が楽しいものです。

昔は運転中の時間が無駄だと思い英会話を聞いたりしていましたが、今は瞑想をしていることが多くなりました(もちろん目は開けています)。一人でいられる自動車内の空間は、実は冷静な自分を取り戻すのに意外にも最適な場所なのです。

年を取るほど生活に変化が必要

今朝の東京は気温が低く空気が澄み渡り、この時期らしい青空が広がり雪をかぶった丹沢山系を間近に望むことができます。近くの公園では梅の花が咲き始め季節の移り変わりを教えてくれます。しかし季節感に乏しい東京で最も季節を意識するのは、あと10日ほどで始まる花粉症です。ここ数年間で花粉症は軽くなっているような気がしますが、それはこの4、5年、食事の見直しや運動を始めて身体が健康になっているからだと自分では思っています。私がいる新甲子温泉は標高が800mほどあり、ブナなどの広葉樹が中心の森に立地することから花粉症が軽くて済むと聞いていましたので、今年はさらなる改善に期待をしています。

正月や自分の誕生日ではなく、花粉症の季節が一年という時の経過を一番意識させてくれます。よく年をとるほどに時間の経過が早くなると言います。以前は私もそう思っていました。重ねた年齢と比べると、相対的に一年の長さを短く感じるものなのだろうと理解していたのですが、最近になってそれは違うのではないかと考えるようになりました。

私は2001年の元旦から日記をつけているのですが、16年前の今日まで振り返ると、当時はまだ前の前のさらにその前の会社にいたのですが、おもしろいことに気付きました。同じ職場にいるときは非常に時の経過を早く感じるのです。それが1年前のことでも10年前のことでもそれほど時間の長さに差を感じないのです。去年の今日は祝日で休みだったのですが、当時買収検討をしていたホテル物件の事業収支検討をしていました。あれから本当に色んなことがあり、人との出会い、別れ、会社を辞め、旅館を買い、一人暮らしを始め・・と振り返ると時間の長さの概念とは違うのかもしれませんが、少なくともあっという間に一年が過ぎたという感じはしません。

だいぶ以前に読んだトム・ピーターズの本で、自分では25年のキャリアだと思っていても、それは25回繰り返された1年分の経験だと書いてあったことを思い出しました。年を重ねるごとに残された時間を意識せざるを得ないのですが、悔いを残さないためには年を重ねるほど生活に変化をつける必要があるのではないかと思います。

世界で唯一の理想の車

昨日でフィアットパンダは2年半で3万5千キロを走りました。この3代目フィアットパンダに乗る前に、今から四半世紀ほど前にも初代のフィアットパンダに乗っていた時代があります。製造工程を考慮した直線で構成されたスパルタンなボディーとミニマリズムに通ずるジウジアーロの美しいデザインは芸術の領域だったと思います。他方で現在のフィアットパンダは、ここ新甲子温泉で乗っても、その卓越した雪道走破性や燃費の良さなど、車の機能は素晴らしいのですが、唯一の泣き所はデザインの悪さです。酷さと言っても過言ではないでしょう。

この30年ほどにわたり、自分の車としては12月に買った軽トラックのクリッパーを例外に国産車を買ったことがないのは、そのデザインの悪さでした。しかし今ではそれは過去の話となり、フィアットパンダのデザインランキングを付ければ、昨今の国産2ボックスカーと比較するなら最下位に位置することでしょう。

それでも外車の関税が高く、外車=高級車という刷り込みをされてしまった、私世代にとっては今でも左ハンドルは特別な存在です。左ハンドル、4WD、ディーゼル、マニュアルトランスミッションという私が車に求める四条件を満たす車は世界広しといえども、おそらく日本で入手可能なのはフィアットパンダしかないのです。

運動に勝る心の薬はない

一昨日は以前の職場の親しい同僚が、昨日は長年の友人がわざわざ来てくれました。一人でいると会話もなく思考も硬直しますのでありがたいものです。私自身、こちらで生活をするようになって性格が少し変わりました。一言で言えば社交的になったということなのですが、普段人と話す機会が少ないために、誰彼かまわずではありませんけど話をするようになりました。以前は社交的な人に憧れのようなものを持っていましたが、もしかしたら社交的な人の内面は孤独なのかもしれません。

今朝は小雪が舞うなか、剣桂神社まで長靴で散歩をしました。この数日積雪がなかったために以前降った雪が凍り、積雪の割には歩きやすいコンディションです。散歩をしたのはわずかな距離ですが、それでも気分が良くなるものです。何か活力とやる気が湧いてくるようです。運動に勝る心の薬はないと思います。

イグニッションキーも凍る?

今朝も3時過ぎから除雪車が国道の雪かきを始めました。除雪が必要な時期は一年の3分の1ほどでしょうが、あのような高価な特殊車両を維持・運用するコストは相当なものです。以前なら道路の冬季閉鎖を不便に感じたものですが、ある意味当然のことだと思います。

今朝の気温はフィアットの車載気温計では氷点下5度なのですが、凍りついたのかドアも開かず、エンジンをかけようとすると今度はイグニッションキーも回りません。しばらく回しているうちに氷がとけたのかエンジンは一度で始動しました。車だけではなく、玄関のドアも30度ほどしか開かなくなりました。冬の暮らしは何かと手間のかかるものです。

温泉のエア抜きに行くと地上から50cmほど露出している温泉枡の上にさらに40cmほどの雪が積もっています。

今週末は白河の一大行事、白河だるま市が開かれます。この時期を境に春へと向かっていくと言われていますが、会津気候のここ新甲子温泉ではまだまだ雪が降りそうです。

お昼からは白河の官庁街にある福島森林管理署白河支署に行き貸付地の名義変更をしました。これは浄化槽からの排水を国有林を借りて流しているもので、賃料も発生します。福島森林管理署の建物は官庁街にあっても、どこかそれらしい雰囲気を漂わせています。

もうファックスはいらない?

今朝は雪で、フィアットの気温計は氷点下5度を指しています。ただ金曜日に受け取ったクリッパーのスノープラウでかくほどには駐車場の積雪はありません。

今日は旅館業、飲食業、温泉施設の営業許可に関する代表者変更と食品衛生責任者変更で白河市内にある県南保健所を訪れました。

保健所に行くと、今朝「フジヤホテルは電話に出ないが営業しているのか?」とお客様から保健所に問い合わせがあったと言われました。現在館内工事中で営業をしておらずご不便をおかけしております。

電話と言えば今後ファックスをとりはずすことにしました。私自身この10年ほどは誤送信や紛失の問題からファックスを使っていません。他方、ファックスで送られてくるのは「マイクロバス買い取ります」といった人の紙を使った売り込みばかりで苦々しく思っていたところで、毎月の電話料金が1,000円ほど下がることもありファックスは廃止することにしました。

温泉のエア混入はかなり激しく毎日のエア抜き作業は必須です。今朝はバルブのある温泉菅の枡は完全に雪に埋もれていて掘り出しました。

新幹線停車駅と国立公園がある村

新甲子温泉がある西郷村の人口は2万人ほどで、読谷村や東海村に次いで日本で三番目に人口が多い村です。日本で唯一新幹線停車駅があり、企業も多く、白河のベッドタウンとして人口が増えています。ちなみに人口上位100の村のうちで人口が増えているのは14の村だけです。こうした都市化の一方、村の一部である甲子地域は1950年に東北初の国立公園として指定されました。

西郷村の歴史で有名なのは旧陸軍の軍馬補充部です。白河支部は明治30年(1897年)に西郷村小田倉に設置されました。現在は西郷村歴史民俗資料館となる写真の建物は、昭和10年(1935年)に軍馬補充部白河支部事務所として建設されたものです。白河支部は軍馬補充部支部の中で最も東京に近いため、天皇や皇室が訪れ、写真右手の松は皇太子時代の昭和天皇が大正5年(1916年)に訪れ植えたものです。

昨日白河市立図書館で西郷村の歴史を読んでいたら実物を見たくなり、買い物に行く途中に寄ってみました。

冷静な歴史評価が必要なのでは?

東京では梅の花がほころぶ季節になり春を感じますが、ここ新甲子温泉でも午前中は暖かく、昼を過ぎてからは気温が急激に落ち始めました。金曜日に受け取ったスノープラウを試したかったのですが、幸か不幸か駐車場の雪は消えてしまいました。これだけアスファルトが露出するのは雪が少なかった正月以来です。

今日は午前中に白河市立図書館で、新甲子温泉の歴史を調べました。相談カウンターに聞くと、たちどころに10冊近い本を紹介してくれました。東京ならここまで手厚いサービスを受けるのは難しいかもしれません。

甲子高原フジヤホテルの50年の歴史は、1961年に開発された新甲子温泉の歴史よりはやや短いものの、日本の多くの観光地が経験した光と影、栄枯盛衰と重なり合います。かつては12軒あった旅館が今日では4軒という、うつろいやすい人の世のはかなさとでも言いましょうか、その歴史を学ぶことで何か教訓が得られるかもしれないと思い、この温泉地の歴史に興味を持ちました。

昔懐かしい手書きの資料などをめくっていると、希望に満ちた昭和40年前後の活気あふれる時代の息吹を感じることができます。歴史は繰り返すものなのだと感慨深くもあり、やたら成長戦略をとなえるどこかの国も、冷静な歴史評価が必要だと感じました。

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