買い出しの車旅

地方に車で出かける魅力は買い出しです。観光地や名所旧跡には行かず、一方でローカルスーパーや直売所、道の駅はなるべくのぞきます。持ち運びを気にせず、その土地の農産物や海産物を買えることは、大きな喜びでしょう。もうひとつのメリットは、グーグルマップで見つける二級、三級の埋もれた観光地や飲食店に立ち寄れることです。観光ガイドに載ることのない史跡や店舗は事前情報が乏しく、予定調和の観光とは異なり、その場で何かを感じる想定外の刺激が新鮮です。また、公共交通ではアクセスが困難な、眺望などが素晴らしい店に行けることも魅力の一つです。週末に行った松山なら、瀬戸内海を望む海沿いのカフェやレストランは、東京周辺にあれば人が殺到するでしょうが、店はガラガラで価格は良心的です。一方で人影の消えた旧市街の衰退を見ると、地方が豊かだった時代の建造物が消え去るのを待たず、有効に活用したいものです。

早寝早起きは夜型?

早寝早起きの朝型生活は健康の要ですが、度を過ぎれば夜型になります。早起きが進み、0時や1時に起きてしまうことが最近の悩みで、もはや夜型と言えます。寝つきが良く、悪いことに目覚めも良いために、そのまま起きてしまいます。ショートスリーパーになりたかった時期もありますが、健康第一の今は短眠をなるべく避けたいところです。時々役に立つこともあって、週末松山から東京に戻るときは深夜1時前に出発したため、上り線の渋滞を後目に東京の自宅には朝の9時過ぎに到着しました。夜中の高速道路は刺激的で、多くの区間が120km/h制限になった新東名での事故は増えていないようですが、ドイツ製高級車が200km/h近いスピードで疾走するのを見るとバブル景気の頃を彷彿とさせます。高級車が悪いわけではありませんが、物質的な豊かさに目を奪われると、他の車に気を配る余裕や思いやりがなくなり、心は貧しくなるのでしょう。

押しつぶされた伊豆半島

昨日は佐多岬半島に行きました。四国の最西端にある半島は、リアス式海岸で良港に恵まれ、その背後には急峻な山地が迫り、植生も含めて南伊豆あたりを思わせます。全長約50km、最大幅6.2km、最小幅800mというほとんど平地のない、日本一長く細い半島は風が強く、風力発電の巨大な風車が林立しています。みかんの生産量ではトップの座を和歌山県に譲った愛媛県ですが、柑橘類の合計では今も日本一の座を守り、急峻な山地の至る場所に作業用モノレールが設置されています。道の駅などで売られるみかんはおおよそ東京の半額で、詰め放題500円のみかんは、東京なら安い店でも1,000円以上はします。細いことと変わった名前以外に知名度が高くない佐多岬半島ですが、両側に海を望む独特の眺望や美しい海、海産物や柑橘類に加え、明治期の産業遺構が残るなど、一級観光地の資格は十分にあると思います。

車は小さいほど疲れない?

昨日は仕事で松山に来ました。急な予定で飛行機が取れず、10時間かけて800km以上を走りましたが、運転は好きですからそれほど疲れません。自動車の魅力は移動の自由を謳歌できることで、長距離であるほどむしろ喜びが増します。今のフィアットの前は、排気量が4倍以上ある大きな車に乗っていましたが、運転の疲労度と車の大きさや高級車であるか否かはあまり関係がないと思います。運転をしていることすら忘れるほど安楽な車は、かえって疲れる気がします。緊張感なくぼんやりしているときに、デフォルトモードネットワークにより脳がエネルギーを大量消費するように、集中している方が脳疲労は減ります。車が小さいほどリニアに刺激を受け、その緊張感で集中力が高まり、生きていることを実感します。人は、より身体感覚を伴う活動をすることで、センサーの感度を上げていると思います。

ビジネスモデルなき外食業界

最近になり近所の飲食店の撤退が目立ちます。あたかも呪われた土地かのように、数か月で撤退を繰り返す場所もあり、淘汰の激しい外食業界の厳しさを感じます。ヨーロッパの一部では飲食店の過当競争を避けるために、ライセンス制を採り行政がハードルを上げ、営業権が高額になる場所もあります。人件費や家賃がかからない家業であれば持ちこたえることができても、一般的な商売の難易度は高いはずです。そんななかでカレー店が潰れないことは良く知られています。確かに近所に2店あるカレー店はどちらも長寿です。食欲をそそるスパイスの香りで安定的に集客でき、食材原価が低く、ネパールなどの安い労働力を活用でき、特殊な調理器具を使わないために出店費用を抑えることができます。もしかしたら外食業界には、カレー店に見られるようなビジネスモデルの概念が希薄なのかもしれません。

不言実行内閣

かつてビートたけしが時の小渕首相を「海の家のラーメン」すなわち、不味いと思って入ったら意外に美味しかったと評しました。増税派と目され受けが悪かった岸田首相ですが、20日に召集される臨時国会の所信表明演説で、ウーバー型のライドシェア導入の検討を表明することは国民に歓迎されそうです。岸田首相には期待をしていませんでしたが、国防や経済安全保障など大切な政治課題を着実に進め、強力なロビー活動により一種のタブーであるライドシェア問題に切り込む今回の意思決定は評価できます。名首相と呼ばれるかどうかは後世の判断に委ねられますが、その資格はあるかもしれません。何でも検討する「けんとうし」と揶揄もされましたが、黙ってなすべきことを実行する不言実行内閣とも言えそうです。岸田首相から学べる点は、人の意見を真摯に受け止め、なるべく敵を作らないことでしょう。

生きる基盤こそが本当の豊かさ

週末は妻の実家で250個以上の柿をもらい、帰りにホームセンターで柿の苗を買いました。コロナ禍を経て、一部の人々の目は都市から郊外、そして地方へと向いていると思います。狩猟採集から農耕牧畜へと生活様式が変化し、集落はやがて街から都市へと発展してきました。世界の人口の多数派が都市に住みますが、原発事故や疫病の広がりに対し都市は脆弱で、仮に戦争にでもなればその危険性はさらに高まります。一方で日本の地方は人口減少に歯止めがかかりません。年々人口が減る集落からは毎年技術が失われ、先人たちが長年発展させてきた生きるための知識は忘れ去られています。限界を超えた日本中の集落には、食べ物を作れる土地があり、オフグリッドかつ自給自足の生きる基盤を持つことこそが、本当の豊かさであり自由だと感じます。

壇ノ浦が秘湯ブームの始まり?

週末は南会津に宿泊し、宿から車で15分ほどの湯ノ花温泉の共同浴場に行きました。湿原で知られる田代山を源流とする湯ノ岐川に沿って4つの風情ある共同浴場があり、うち2つは混浴です。700年前の鎌倉時代からと伝えられますが、付近は平家の落人伝説が残り、これほど気候の厳しい豪雪地帯まで逃げなくてはならなかった壇ノ浦の戦いが、今われわれが秘湯を楽しめるきっかけとも言えます。4つの共同浴場はそれぞれに異なる地区で管理し、河原に湧く温泉を引き込む石湯は、以前は21世帯の住民で管理していましたが、今は13世帯に減ったそうです。浴槽は48度前後の高温ですが、共同浴場はそれぞれに独特の仕来りがあり、住民が来るまでは迂闊なことができません。このあたりでは移住者が馴染めず出て行くケースもあると聞き、それゆえに共同浴場ならではの独特の風情と仕来りが残っているのかもしれません。

コンヴィヴィアルが宿の条件

週末は南会津町のタンボロッジに泊まりました。時々宿泊している、数少ない行きつけの宿です。アンデス(ペルー料理)・ヴィーガンをベースにした自然農法の食材を使った料理と、2年かけて手作りしたログハウスにリラックスできます。南会津の豪雪地帯にあり、宿の裏手を流れる舘岩川の清流など、豊かな自然にも癒されます。庭の大木から収穫された30kgの山栗を使ったモンブランパフェや、朝食のマフィンも魅力的で、トマトケチャップやソース、味噌などの調味料、ジャム等も無添加、手作りで安心できます。しかし、最大の魅力はそこに流れる空気でしょう。オーナーのこだわりが強いほど客を選び、似た嗜好を持った人が集まるコンヴィヴィアル(自立共生)な感覚です。唯一問題があるとすれば、魅力的な料理に魅かれ、普段は食べない朝食を食べてしまい、空腹が呼び覚まされることでしょう。

自然のなかで生み出す時間

南会津町に草刈りに行き、湯ノ倉山(1,343m)と大嵐山(1,635m)に登りました。東北の山らしく、累積標高892mを一気に登るそれなりにハードなトレイルは、渓流とブナ林に癒されます。紅葉の季節の週末にも関わらず、出会った人は2組だけで静かな山旅が楽しめます。期待せずに登った大嵐山の山頂からは、360度の眺望が広がります。下山後は値上げしたとは言え、300円で4か所の共同浴場に入れる湯ノ花温泉で入浴をし、レジャーとなった草刈りをして大量の栗を拾うこともでき、充実した休日になります。大衆消費社会の歴史は、贅沢品がやがて必需品になり、新たな義務と欲望を生む際限なき拡大でした。人々が贅沢と感じるものの多くは商業的な贅沢を指しますが、それは他人軸の生き方のような気がします。消費衝動を満足させることではなく、自然のなかで何かを生み出す時間こそ贅沢なのかもしれません。

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