テレビ終焉の年


メディア史に残るフジテレビのスキャンダルを端緒に、テレビの瓦解が始まるのかもしれません。売上ではすでにネット広告に逆転され、テレビを見ない人は一定数にのぼります。フジテレビのスポンサーの3割が離れたと伝えらますが、トヨタと経団連会長企業の日本生命が距離を取ったことは雪崩現象の予兆です。テレビCMの有効性に疑問が呈されていたところに、テレビCM自体が企業価値の棄損や消費者離れにつながるとなれば、横並び発想の日本企業が広告の出稿を取りやめるのは時間の問題です。大宅壮一氏がテレビの低俗性が、人間の想像力や思考力を低下させる「一億総白痴化」に警鐘を鳴らしたのは70年近く前ですが、昨年はマスメディアによる選挙報道の偏向ぶりが露呈した一年でした。もの言う株主とスポンサーの撤退により、今年はテレビ終焉の年として記憶される気がします。

進歩していない80年


金曜日は大月短期大学の最後の授業があり、以前から行きたかった大月防空監視哨跡に行きました。ここに特別の思い入れがあるのは、かつて自宅の近所にB29が墜落したからです。勿論その痕跡はありませんが、娘が通っていた中学校には、鈍く光る機体の一部が保管されています。富士山を目標に飛来したB29は、大月上空で右旋回し首都圏への空襲に向かい、その最前線が大月と言えます。日中は双眼鏡で監視を行い、夜間は聴音壕内で音から機種を探り警察電話で通報をしたと言います。この情報により空襲警報が発令され、立川にある飛行集団本部が迎撃の判断をしました。自宅の近所に落ちた機体は、1945年3月の東京大空襲を上回る562機もの機数で行われた5月24日未明の空襲で、6基の75mm高射砲が置かれた千歳船橋高射砲陣地からの砲撃による撃墜とされます。聴音壕の石積みは、戦後80年の世界が何も進歩していないことを物語るように見えます。

美学や生き様が随所に現れる


山口県の石風呂のインパクトが強過ぎたので失念していましたが、その帰路に立ち寄った宇部サウナセンターは、国内トップクラスの施設だと思います。まず小野湖の湖畔にある敷地も非凡ですが、自作のドーム型サウナが独特です。さらに肉厚でスパルタンなストーブは、鉄工関連の仕事をするオーナーの自作です。元々は養魚場の施設であった小屋を、10年ほど前から改修をはじめ、地元の赤土を練り込んだサウナは4年前に作ったと言います。自然豊かな水辺は、サウナにとって最高の立地です。シーズンを通して17℃の水風呂は、地下120mの岩盤層から自噴する、ほんのり硫黄の匂いがするph9.6の冷鉱泉が贅沢に使われます。何よりも、鉄工屋、お好み焼き屋、風呂屋、街の便利屋を営む、オーナーの美学や生き様が随所に現れる施設は魅力的です。

街中の秘湯


昨日は山梨県の竜王ラドン温泉に泊まりました。源泉100%掛け流し、驚異の秘泉などとうたい、WEB上には泉質を賞賛するコメントが並びます。地下1,000メートルから湧き出たナトリウム-炭酸水素塩泉は毎分130リットルの掛け流しで、肌にまとわりつくようなお湯は飲泉もできます。老朽化が目立つ館内は秘湯風情が漂い、東京から1時間半の街中の秘湯といった雰囲気です。指示通りに浴槽に10分つかり、次にラドンガスが送られるラドン吸引室の浴槽に20分入りますが、一般の温浴以上の効果は感じません。浴室内には病気の治効成績90%と書かれ、ここまで言い切って大丈夫なのか心配になるほどですが、サウナ以上の発汗作用も、山梨最強の湯治効果も体感することはできませんでした。前評判で期待値が上がり過ぎたのか、サウナに入り過ぎて通常の温浴では汗をかけない体質になったのか、自分にとっては普通の温泉でした。

サウナを巡る旅の終着点


岸見の石風呂を見るために山口に行きましたが、収穫は大きくサウナを巡る旅の終着点は周防国かもしれません。事業者目線でサウナブームを見たとき、すでに市場の熱狂は去り、終焉の時を迎えていると思います。なぜ人はサウナに入るのか、サウナの本当の価値は何かを自問しながら、本場フィンランドに行くべきなのかとも考えました。しかし、岸見の石風呂に入り、その歴史を調べたことで霧が一気に晴れました。石風呂も北欧式スモークサウナも基本構造は同じで、おそらく発祥経緯も似たものだと思います。1180年の南都焼討により焼失した東大寺再建のため、巨木を求めて周防国佐波川上流の山奥を切り開き、労働者の保養と治癒に石風呂が作られました。石風呂は病に効くと評判になり戦後まで使われ続けました。東大寺再建を進言した時、重源上人が自分と同じ年齢であったことにも少し運命を感じます。

旅は止まらない


3連休にかけて、滋賀、京都、兵庫、岡山、広島、島根、山口、鳥取と8府県のサウナ施設と古民家を見ながら2,565kmを走りました。Googleマップを使い、通り道にある神社、巨樹、磐座も見ながらの旅にN-VANは最適で、大きな車が通れない裏路地に入り込むことができます。ブラタモリ的な男性一人旅が増えていると聞きますが、マニアックになるほど旅は一人で行くものでしょう。旅の性格は、物見遊山、宴会などの娯楽から、知見やインスピレーションを得る学びへと変化していると思います。知りたいことが、さらに知りたいことを広め、帰宅後は旅の目的であった石風呂について調べ始めました。その歴史は1180年の東大寺焼失に始まります。再建のために、後白河法皇の領地であった周防国から木材を調達し、労働者の保養や治療のために主には佐波川沿いに70か所以上が作られたとされます。山と同じで旅も止まらなくなります。

遅いけど遠くまで行ける


昨日は山口県の萩に泊まっていて夜中に目が覚め、そのままN-VANで出発しました。サウナ施設と古民家を見ながら日本海沿いに城崎温泉まで北上し、そのまま姫路に南下して、高速道路で東京に戻りました。城崎温泉は凄い人の数で、日本海の海鮮食材+温泉風情と言う最強の組み合わせが人を引き寄せるのかもしれません。結局東京に戻ったのは丸一日後で、1,150kmを走りました。そのうち600kmが一般道であることを考えるとN-VANほど長距離走行に適した車はありません。これまでは眠気覚ましにコーヒーを飲んでいましたが、優秀な寝台を備えたN-VANなら、眠気を感じた瞬間に、靴を脱ぐだけで熟睡態勢に入ることができ、2時間の仮眠で体は完全復活します。トラックのペースで走った高速の燃費は22km/Lと良好で、軽自動車×深夜料金なら姫路~東京は7,050円とリーズナブルです。遅いけど遠くまで行けるN-VANに乗ると、日本が小さく見えてきます。

山口県はサウナのメッカ


岸見の石風呂に入りました。写真を見ると子供が洋服を着て入っているので、熱くないだろうと思ったら凄い汗で、一般のサウナと変わりません。匂いのしないスモークサウナといった感じで、世界の入浴文化は洋の東西を問わないのだと思います。朝7時から石室内で火を焚き始め、10時に入った頃には火は外に出されていましたが、体感80℃です。ヨモギやセキショウなどの薬草の上にゴザが敷かれ、寝た状態で5人が入れます。夕方4時でも一応汗はかけるようで、石室はレプリカだと思いますがその蓄熱性には興味をひかれます。体調が良くなるという話も聞き、すごい汗のわりにシャワーを浴びたようにさっぱりして、なかなか体が冷めません。山口に遠征した甲斐がありましたが、近隣の寺にも同様の石風呂があり、再び訪れる必要がありそうです。北欧ばかり注目していましたが、灯台下暗しで日本の石風呂文化こそ復権させるべきでしょう。

地方にこそイノベーション


昨夜は津和野に泊まりました。高校生の冬に寝台列車で来て以来ですから、数十年ぶりです。当時もそうであったように、生業的な小さな宿には、他に宿泊客はありません。ついでにWi-Fiもなく、デジタルデトックスになります。到着してからお湯を沸かしてポットを持って来てくれるのですが、不便ながら、もてなされた気にはなります。風呂に入る時間を聞かれそれに合わせて脱衣所にストーブを用意してくれます。ストーブはなくても良いと言ってはみたものの、風呂場は倒れて運ばれそうなほど寒く、一方風呂はとても熱いのに、ふたがないので冷め放題です。経営感覚など不要だった時代の懐かしさを味わえるのも、時間の問題かもしれません。夕食も採算度外視的に豪華で、ご飯を3杯も食べてしまったのも高校以来の気がします。小京都と言われる城下町はどこか寂れた様子で、地方にこそイノベーションが求められていると感じます。

ただただありがたい


昨日宿泊した岡山県湯郷温泉にある旅館かつらぎは、過去一バリューな宿でした。宿泊した別館9Rは、従業員宿舎として使われていた建物ですが、デザイン性が高く12㎡の客室に過不足はありません。何より皇太子時代の上皇・上皇后が宿泊した宿に、税サ込3,700円で泊まれるのは驚きです。浴室にはハルビアのストーブが入る素敵なサウナまであります。別館は一度本館から外に出る必要がありますが、その分セブンイレブンへは徒歩1分とむしろ好都合です。シーズンオフということもありますが、5,000円前後の宿のなかには驚くほどコスパの高いものが少なくありません。高価格の宿なら良くて当たり前ですから、感動することなどありませんが、信じられないほど低価格なのに滞在を満喫できる満足感と感動は、この価格帯の宿でしか得られません。Wi-Fiが遅いとか風呂が温いとか、些細な文句を言う気もなくなり、ただただありがたいだけです。

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