第三の選択肢

昨日は東京に戻り、友人の紹介で新たなご縁をいただき、夕方からは数十年ぶりのプチ同窓会がありました。ぼくにとっての東京の魅力は世界最大の人口圏として人が集まっていることです。一方で、都市的価値観による呪縛がとけ始めたぼくにとっては、都市生活への疑問が湧いてきます。大切でないものを守るために大切なものを失った都市の姿には魅力を感じません。耐えがたいほど汚染された空気、醜い街並み、生気を欠いた人造の自然、豊かなのに満たされない生活などなど。

昨年あたりは資本主義の暴走に人々の注目が集まりましたが、農業革命、産業革命、そして貨幣経済と資本の蓄積などの根底にある産業論理そのものを疑う必要があると思います。産業革命に端を発するフォーディズムが生み出した「消費は美徳」といった価値観は人々を熱狂させ、産業にとって都合のよい幻想を生みだしました。産業化は経済的豊かさという新たなパラダイムをもたらした半面、生活習慣病などの現代病を蔓延させ、新たな病人を増やすことを成長の原動力にしてきました。強欲に乗っ取られた産業化と資本主義は搾取構造を生み出し、本来は生きがいとなりうるはずの労働をも労苦へと変えました。

今のぼくは二拠点居住という不便で過渡的な生活をしていますが、移動コストさえ下がれば第三の選択肢として有望だと感じています。

人生の半分の喜び

この15年ほどの間、目覚まし時計で朝目覚めることがありません。絶対遅刻が許されない日にはアラームを仕掛けますが、使うまでもなく目が覚めます。今の季節なら決まって3時40分で、この日の出前の時間帯は木々が発する酸素量が増え森の鳥が鳴きはじめる時間と同じです。この時間には明るく屋外での活動ができますので、人間も自然の一部であることを実感します。この習慣は就寝時間に関係なく毎朝決まった時間なので、体内時計と地球の自転周期のずれが毎朝リセットされるという説には納得できます。

よほど天気が悪くない限り、朝は散歩に出ます。生命の輝きに満ち溢れるブナの森の新鮮な早朝の空気を吸わないことは、人生の喜びの半分を放棄しているようにさえ感じます。

一番近い那須連山

天気の良い今朝は那須連山の縦走路にあり宿から一番近い甲子山(1,548m)に登りました。4時過ぎに宿を出て山頂まではスピードハイクのペースで1時間33分です。温泉の源泉がある甲子温泉までが32分、そこから九十九折を登りきった猿ガ鼻までが36分、さらに甲子山山頂までは25分です。帰路は山頂から宿までが1時間10分ですので、脚力のある人なら3時間あれば往復できます。

甲子山山頂からは、阿武隈源流の山である旭岳(赤崩山1,835.2m)の荒々しい山容を間近に望むことができます。登山道は整備されていませんが、いずれ登ってみたい存在感のある山です。縦走路の雪が消えれば、昨日登った赤面山(1,701m)から三本槍岳(1,916.8m)を経て甲子山、新甲子温泉へと続く全長25kmの周回コースも魅力的です。このルートは茶臼岳(1,915m)〜朝日岳(1,896,)〜三本槍岳に至る那須三山やその懐にある秘湯の三斗小屋温泉などへ足を伸ばすことができます。登山道まで至近のロケーションを生かして、遠ざかっていた山登りを復活させたいと思います。

自分を鼓舞するトレイル

快晴の今朝は4時15分に宿の玄関を出て30秒で始まる登山口から赤面山を登り始め、パノラマ展望台に04:40、沢を渡りそこから本格的な登山道が始まります。05:45にはスキー場跡地のリフト降り場を経由して赤面山山頂1,701mには6時5分に到着しました。山頂で朝食を食べてから縦走して甲子山に戻ろうとしたのですが、200mほど続き滑落すれば助かりそうもない雪渓と深い藪に道を阻まれて清水平直下で引き返しました。再び赤面山山頂を7時40分に出て、中間地点を08:15に経由して宿には9時10分に到着しました。

宿から赤面山山頂まではスピードハイクのペースですが、往路1時間50分、復路1時間30分です。復路は走れば短縮が可能です。

山に登ったのは1年ぶりぐらいですが、心と体を元気にして人が幸せになるすべてが山にはあると思います。阿武隈源流の遊歩道が不安や悲しみを洗い流してくれる癒しの森なら、赤面山に続くよく整備されたトレイルは自分を鼓舞して勇気を与えてくれます。

貧相な日本の観光地

昨日は大変お世話になっている二組の方にお泊まりいただきました。隣町下郷の八幡の大ケヤキ、大内宿、塔のへつりという宿近隣の定番スポットをまわりました。見る者を圧倒する樹齢950年以上とされる生物とは思えない巨木の存在感は何度みてもインパクトがあります。冬場閉鎖されていて見ていなかった塔のへつりも圧巻の奇岩です。ただ何事も見世物にしてどこに行くにも駐車料金を請求される日本の観光地はとても貧相に見えます。

健康増進のための歩く瞑想

今朝の新甲子温泉は快晴で、日の出前の森の新鮮な空気を吸いに散歩に行きました。陸上トラックまで行くと足元に美しい雲海が広がります。一日で新緑が増すように足元にも草が芽をだして毎日違ったトレイルを歩いているような錯覚を覚えます。毎朝歩いている1時間ほどのトレイルは適度に山に登り、渓谷沿いのアップダウンのある地形のためにそれなりの運動量になります。早朝の森が発する新鮮な空気には不安や悲しみを癒す力があるようで、一周してくると気分がすっきりとします。広葉樹の森を抜ける歩く瞑想は心身の健康増進効果が大きいと実感しています。

都会になくてここにあるもの

今朝も小雨の降るトレイルを散策しました。赤面山(あかづらやま)登山道から阿武隈渓谷に下る変化のあるトレイルでは動物をよく見かけます。今朝は小柄な牛ほどの大きさのカモシカが、源流からトレイルを横切り急傾斜の渓谷を登っていきました。食べられそうもありませんが、トレイルにはキノコも出ています。

宿を経営する人と料理の話をしていると、岩魚も出さないのか?刺身も出さないのか?天ぷらも出さないのか?と一様に驚き、あきれられます。ステレオタイプの旅館像においてはあって当たり前のこうしたアイテムを売りにすることは、今となっては難しいと思います。これまで当たり前と言われてきた業界論理や昔ながらの「旅館はかくあるべき」という思い込みがこの業界を時代から取り残し斜陽化させてきたのでしょう。

飲食店のあふれる都会から食事目当てに人が来るという発想にはどこか無理があると思います。ぼくは食欲を満たす生理的な食事ではなく、健康になるための食事を出したいと思っています。料理は宿半径30km圏の地元西郷村、白河市で収穫された野菜や日本の伝統食材を中心に、米国の国立がんセンターのデザイナーフーズピラミッドを参考に作っています。デザートも一部を除いてドライフルーツなどを使用した砂糖不使用にしています。

ついでに言えば、これもよく聞く「料理に手間を惜しまず」という言葉にも誤解があると思います。新鮮なものになるべく手を加えず自然な状態で提供することに価値があるとぼくは考えます。都会になくてここにあるのは自然だけなのですから。

歩く瞑想で不安が消える

今朝も日の出前からトレイルを1時間ほど歩きました。森のなかのトレイルに入ると猿でもウサギでもない小動物が物凄い勢いで走り去ります。日の出45分前に木々が吐き出す酸素量が増えるという話を本で読んだことがありますが、広葉樹の森は清涼感に包まれそれを実感できます。

朝夕散歩をするようにしていますが、赤面山に続く登山道から阿武隈源流の渓谷に下る変化に富んだトレイルは歩く瞑想に最適です。歩いている間に考えがまとまり不安が消えていきます。散歩の最後に剣桂神社で手を合わせると、今日も一日新しい自分に会おうと思えて清々しい気持ちになります。

昨日は浴室の前にあったつつじ8本を植え替えて温泉からの山の眺望がずいぶんと良くなりました。また、宿から阿武隈源流に下る遊歩道の倒木処理をしていただき格段に歩きやすくなりました。

人間の愚かな性

今朝は日の出前に宿から車で5分ほどの「阿武隈源流西の郷遊歩道」に行きました。全長3.6kmの遊歩道は大自然のなかの庭園といった感じの歩きやすい道です。阿武隈源流は宿の前より水量が増え、表情を変えています。この遊歩道から山に入ると別荘分譲地跡のような広い土地が広がり、人間の愚かな性を象徴するかのようにトラックが打ち捨てられていました。

午前中は行政区の人と宿の前の花壇に花を植えました。一年草ですので、毎年植え替えが必要ですが、一番花持ちのよい種類を選んでいるとのことです。

雨に洗われる鮮やかな新緑

今朝は3日連続の雨です。森のなかのトレイルはひどい雨でなければ木々が傘になってくれますので、昨日はトレイルに行きました。宿の前の全長4.5kmのトレイルは雨に洗われ新緑が鮮やかです。

昨日は会津で渓流釣りをされる方が宿泊されました。一人で泊まれる宿を探していたとのことです。従来の宿泊施設は一人の宿泊を敬遠する傾向が強く料金も高めです。自己の内面と向き合い健康になるためには一人になれる時間がこれからは一層重要になると思います。宿の料金体系を変更して一泊朝食付きのB&Bをベースにして、8,000円(一人一室の一人料金)、7,500円(二人一室)、7,000円(三人一室)で夕食は+2,000円(いずれも消費税、入湯税込み)としています。

食事は先進国で先駆けて生活習慣病に取り組みガンを減らしてきたアメリカの国立がんセンターのデザイナーフーズピラミッドを参考に地元西郷村、白河市の野菜で作りたいと思います。昨日のごぼうのポタージュに次いで今朝はブロッコリーのポタージュを作りました。都会に暮らしていたぼくにとって自分の住む地域で様々な種類の野菜が作られること自体が新鮮な感覚で、瑞々しい野菜を安価に手に入れることができることは大きなメリットです。

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