無価値に価値を

結城市でサウナを見た帰りに前橋市の白井屋ホテルを見ました。白井屋は森鴎外や乃木希典に愛された300年の歴史を誇る旅館でしたが、1975年にホテルに建て直され2008年に廃業し放置されていました。2014年にJINSを創業した田中均氏が個人で買い取り再生を手がけたアートホテルです。寂れゆく地方都市で請け負うホテルオペレーターもない逆境を跳ね返し、名だたる現代アーティストがほぼボランティアで参画するプロジェクトは、6年半の時間と採算度外視の投資により、視察の絶えない名所に生まれ変わりました。前橋市民に親しまれた記憶を残すためだけに、歴史的価値も建築的価値もない建物を再生したケースは異例です。価値がないものに命を吹き込み価値あるものに転換することこそ、現代の建築家やアーティストにとっては醍醐味なのでしょう。大胆な吹き抜けと既存建築を減床したわずか25室のホテルは、地域活性化の起爆剤として街を変えつつあるように見えます。

サウナ旅の破壊力

昨日は結城市で旧呉服店の築90年超の袖蔵を活用したKURASAUNAに行きました。急な階段を登った2階には強力な薪ストーブが置かれ、薄明りのなかで炎が揺れます。向かいの老舗味噌屋の仕込樽を使った水風呂には鬼怒川の伏流水が流れ込みます。古民家の中庭で気持ちの良い風に吹かれていると確実に整います。予約枠のうち男性3人に対して女性は4人と多数派で、一人で来ていることが印象的です。20代と思しき女性は北海道から九州までサウナ目的の旅をしていると言いサウナ旅の破壊力を実感しました。話題は全国の記憶に残るサウナで、従来にない社交の場になる可能性を感じます。熱を閉じ込めることには不向きな蔵を使ったサウナは全国に3か所と言われますが、各地の旧城下町には取り残された古民家や蔵が残り、サウナへの改装コストはおそらく5百万円程度と参入障壁は低く、遠からずレッドオーシャンの時代が訪れるのかもしれません。

消えゆくワーカホリック文化

長時間労働を避け必要最低限の仕事だけして、仕事への熱意も会社への帰属意識も低い「静かな退職」(Quiet Quitting)が米国で注目されます。リモートワークによって無駄な会議やパソコン仕事で時間をつぶせなくなった反面、米国の生産性は、調査を始めた1948年以来、最大の下降を辿ったと言います。ギャラップの調査では「やる気を持って仕事に取り組んでいる」と答えたのは33%で、従業員の60%が「仕事から心が離れている」、19%が「惨めだ」と回答しました。仕事とプライベートの線引きを曖昧にしたリモートワークをきっかけに、自分のアイデンティティからキャリアを切り離したいと考える人が増えたのかもしれません。企業戦士の必須アイテムとして一世を風靡した栄養ドリンク、リゲインのテレビコマーシャル「24時間、戦えますか」は今なら放送コードに触れそうですが、猛烈に働くワーカホリック文化が消えて行くのも寂しい気がします。

ドーパミンとセロトニンの比率

人は衝動的に食べ、その行動の結果は体型に現れます。食べたものを記録する食べ物日記を付けると、食生活を客観視でき、食事と体調の関係を知る手がかりになります。頻繁に記録する食品は納豆、味噌汁と黒ニンニクです。保温した炊飯器に10日から2週間放置するだけで作れる黒ニンニクは、甘酸っぱく発酵熟成し、匂いもなく、強力な抗酸化作用を持つポリフェノールやS-アリルシステインなどの機能性成分は生ニンニクの数倍に高まります。食物繊維やオリゴ糖が豊富に含まれ、腸内環境を整えナチュラルキラー細胞を活性化し免疫力が向上します。食事をウォンツと捉えるなら食欲を満たし楽しむことに重点が置かれ、他方でニーズと捉えるなら体調を整えパフォーマンスを発揮することを重視します。前者がドーパミンによる幸せなら、後者はセロトニンによる幸せで、両者の比率を何対何にするかはその人の健康観を示すのでしょう。

歴史好きによる老舗経営

老舗和菓子店船橋屋の元社長が起こした逆切れ恫喝事故の波紋が広がります。家族は元より従業員や無関係な全国の船橋屋にまで被害は及び、誹謗中傷につながる記載を控えるように会社が注意喚起する事態に発展しています。表参道にある船橋屋の店舗を見ました。営業時間前でしたが、目立つデザインや今後の発展が期待できそうな立地にも元社長のやり手ぶりが伺えます。一方でインフルエンサーの元には内外から告発が集まり、社内での暴君ぶりも露呈し始めました。年収が低いと囁かれる従業員を尻目に、数千万円の高級車を乗り回す段階で経営者として疑問です。養子によって217年の暖簾を守ってきた船橋屋ですが、学生の頃から船橋屋の歴史を調べ、今も国会図書館に通い社史を研究しているという新卒入社の女性役員に交代し、歴史好きによる老舗経営が怪我の功名となることを期待したいものです。

なぜ利益が出るのか

久しぶりに外食をしました。何かが食べたかった訳ではなく、一部で話題の550円ランチを体験しました。中華料理激戦地の赤坂見附駅至近にある中華茶房8は24時間営業のチェーン店です。昼の11時過ぎの200席ある店内は閑散としており、回転率で利益を出せる状況ではないようです。ご飯、サラダ、スープ、春雨、エビせんべい、杏仁豆腐、コーヒー、ウーロン茶がブッフェ形式で提供され、お腹は満たされます。チャーハンと麻婆豆腐のセットは1,000円と言われても文句の出ないレベルです。社員の調理人を雇いスピード勝負で売上を上げる餃子の王将型ビジネスとも違い、550円のランチの横で3,980円の名物北京ダックが出るという不思議なビジネスモデルで収益化しているように見えます。高級店は原価積み上げ型ビジネスが許されるためにイノベーションは起きませんが、その値段でなぜ利益が出るのか不思議な低価格の店には革新のヒントがあり興味をひかれます。

働き方改革の本丸

総務省によると、65歳以上の働く高齢者は過去最多の909万人となり、65~69歳の就業者に限れば初めて5割を超えました。主要国の2021年の高齢者就業率は、日本の25.1%が韓国に次いで高く、米国18.0%、カナダ12.9%、英国10.3%、ドイツ7.4%に比べて際立ちます。好むと好まざるとに関わらず、長く働き続ける70歳現役時代の訪れの評価は分かれるところですが、長寿地域として知られるブルーゾーンの特徴の一つは身近に労働があることです。働くことは健康寿命と一定の相関があり、一生働く時代を前提に、義務的・受動的な働き方を、主体的・能動的に変えることが働き方改革の本丸でしょう。それなりにお金と時間を持つ、今の日本人の余生がそれほど幸せに見えないのは、仕事を失うからだと思います。生物が生存のために恒常性を保つように、遊び、仕事、家庭のバランスを生涯保つことが後半生のQOLを高める気がします。

馬とフェラーリとベントレー?

文化2年(1805年)創業 の老舗くず餅製造、船橋屋の社長が信号無視で起こした自動車事故がYahoo!ニュースのアクセスランキング1位になりました。逆切れして暴言を吐き、相手の車のドアを蹴る動画は410万再生され、SNSには「元祖クズ」といったコメントが並びます。くず餅乳酸菌のサプリメントや化粧水を開発し、老舗和菓子屋を健康提案のベンチャー企業に変えた敏腕経営者は「カンブリア宮殿」をはじめ、メディア露出が多く、5人の新卒採用に1万6,000人の学生がエントリーしたことでも知られます。事故の動画が投稿されたのは9月9日ですが、会社が事故を公表したのは27日で、SEO業者を雇い、検索エンジンのキーワード予測機能から事故関連投稿を消す工作をしたことも批判を浴びました。車が4,000万ほどする赤いベントレーコンチネンタルだったことも印象的で、馬とフェラーリは買うな、と経営者の一部で囁かれるジンクスにベントレーも加わるのかもしれません。

ロジカルな先祖返り

1985年7月に開業した観音崎京急ホテルが今月末で37年の歴史を閉じます。2005年に開業した温浴施設SPASSOとともにリニューアルされ、来年初夏には共立メンテナンスの運営により再開業します。ドーミーインやラビスタ、旅館群を展開する共立リゾートは、「高級大衆」という日本人の本音に近いコンセプトで実需を吸収してきたイメージがあります。経済成長期の70年代的な雰囲気を、よりロジカルに実現した先祖返りが半世紀前と違うのは、日本経済の見通しが明るくないことです。文化という名のまやかしで値札を正当化し、引き際が見えなくなった80年代はもう来ません。微細な差に意味を持たせるアフォーダブル・ラグジュアリーが無駄遣いに見えるのは、われわれが本物だと思うものは脳が処理する電気信号に過ぎず、贅沢をするほど余計な執着だけが増え、人間らしさの本質から遠ざかるような気がするからです。

サウナ戦国時代

昨今のサウナブームは、温泉信仰の篤かった日本人の旅行観を変え、宿泊業界の勢力図を塗り替える可能性があると思います。インターネットが個人経営の宿泊施設をメジャーな世界に押し上げたのに匹敵する影響を与えそうな勢いです。他方で、グランピングブームは曲がり角に来ているのかもしれません。所詮テントは不便で冬は寒く、よほど自然環境の素晴らしい場所以外はアメニティレベルを上げ、元の豪華主義に戻るという自己矛盾に陥ります。投資額の少ないサウナは自律神経バランスを整え脳疲労さえ癒す力を持ち、エビデンスを見なくても血行がよくなり肌に潤いと弾力が戻る効果を体感できます。徒手空拳の若者が始めたリビルド・サウナが、全国のサウナランキングの上位に入る現象は、インターネットの黎明期を思い出させます。甲子高原のように冬の気候の厳しい土地でこそ魅力を増す、自然を活かしたサウナから目が離せません。

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