日本中どこでも人を呼べる

先月開業したプライベートサウナ、SAUN9NE大阪東心斎橋は戸建のリノベーション物件として注目されます。鰻谷商店街に建つ築60年の民家をリノベーションし、ロウリュウができるガラス張りのサウナと15度に冷却した信楽焼きの水風呂、坪庭での外気浴ができ、3時間の利用から宿泊も可能です。昨今のサウナブームはサードウェーブと呼ばれ、サウナが日本に根付くきっかけとなった1960年代が第一の波で、1990年代のスーパー銭湯ブームが第二の波、昨今のロウリュウ+外気浴の北欧式サウナが第三の波とされます。サードウェーブサウナは様々な業態を生み出し、経営主体のSAUN9NEはフランチャイズ展開により、限界集落の空き家をコンバージョンして人を呼ぶことを想定しています。少額投資ながらトランス状態をもたらすサウナの魅力に、デザイン性の高いプライベート体験を加えるなら、日本中どこでも集客が可能となり人の流れが変わりそうです。

簡単に治ると困る

夜中にトイレに行きたくなり目を覚ますことが続いていましたが、1分のセルフケアで治りました。内臓や各器官につながる末梢神経が集まる手のひらを押すだけです。膀胱とつながる反射区は人差し指と親指から線を降ろした交点の少し上にあり、7秒ずつ3回押すだけで、その晩から目が覚めなくなりました。これまで、あらゆる不調はセルフケアで治りました。膝の痛みは肥満が原因で、その肥満は朝食を抜くことで自然と一日一食になり、今は最盛期に比べて27kg減量しました。治療家を渡り歩いた腰痛も、腰にボールを当てながら骨盤を立てると治り、眼鏡使用が免許の条件だった視力は福島の山中で遠くを見る生活をしたら1.2と1.5に回復しました。花粉症はまだ治りませんが、沖縄に行く口実なのでこれは良いとして、健康の基本であるセルフケアは簡単で効果的です。それが広まらないのは、簡単に治ると困る人が多いからでしょう。

たとえ破滅の道だとしても

昨日友人とケータハム・セブン170Sの話をしていて、最初の車を買うときの候補でもあり、いつも気になる存在です。車は軽さが全てだと思っているので、490kgの車体は至高のハンドリングマシンのはずです。人生を変えてくれる車があるとするなら、この車を置いて他には見当たりません。彼への助言は後先のことを考えず、買ってから何とかすることです。自分の未来に賭ければ自ずと人生は開けるもので、たとえそれが身勝手な思い込みや幻想、破滅の道だとしても、平凡な人生で擦り切れるよりマシです。6年前に買った旅館も、先週買った白河の古民家も、買ってから何とかすると言う発想がなければ踏み切れません。リセールバリューというセーフティネットのあるケータハム・セブンの購入に、悩む必要など無用でしょう。人が晩年に後悔するのは、何かと理由をつけては先送りをして行動しなかったことなのですから。

昔は品質が高かった

昨日は天丼専門店、日本橋天丼金子半之助の日本橋本店に行きました。国内21店舗(内FC3店)米国5店舗、台湾2店舗の本店にしては日本橋の裏通りの分かりにくい場所にあり、1階にカウンター6席、2階にテーブル14席の小さな店です。総板長金子真也氏の祖父で明治38年創立、唯一の天ぷら専門の日本料理職業紹介事業一心会の二代目会長の名を冠した店は、伝統を装いながらベンチャー企業が運営します。穴子、海老2本、烏賊、半熟玉子、野菜を合わせた豪快な天丼に、門外不出の江戸前の丼たれがかけられ、丼鉢は底に空洞を施し保温効果を持つ有田焼を使用します。老舗イメージのある日本橋にあって、1,330円という比較的リーズナブルな価格によりアイドルタイムでも行列ができます。トレンドが移り変わる洋食に対して、戦前の庶民に愛された生粋の江戸前天丼というノスタルジーに訴えかけるのは、昔は品質が高かったという信念が今も残るからかもしれません。

車好きならでは

昨日は黒磯でスタッドレスタイヤに交換しました。フィアットのタイヤサイズは175/65R15と比較的小ぶりですが、東京や長野の量販店より2万円以上安く買えるのは、ブリヂストンの主力工場である栃木工場、那須工場、テストコースであるプルービンググラウンドがこの地区に集中しているからだと思います。2013年にVRXが発売されて以降は、スタッドレスタイヤであることを意識する必要がなくなり、年間を通して使用しています。サマータイヤと比較して静粛性、燃費性能も変わらず、乗り心地はむしろ良く、ドライの高速走行でレーンチェンジをしても昔のスタドレスのようなふらつきもなく、2シーズン4万km以上走っていますが著しいグリップの劣化は見られません。タイヤは路面状況を伝える重要なインターフェースで身体感覚に繊細な情報を伝えます。数年前に90歳近い父を乗せたとき、乗るなりタイヤを交換したのかと言ったのは、車好きならではです。

フルタイムの終焉

「ゆるミニマリスト」や「シンプリスト」といったシンプルライフを送る動きは若い女性を中心に人気です。不安な経済情勢を反映して、節約や生活防衛のサバイバル的要素、日本発の「断捨離」や「こんまりメソッド」といったお片付けブームも加わり、物質主義的な生き方に対する反動は大きなうねりになっています。さらにスピリチュアルな要素が加わると、極限まで「減らす」ことが目的化する脱消費原理主義的な傾向も現れます。この背景には、リンダ・グラットンが近著で主張したように、コロナ禍によってわれわれが、仕事のあり方、生活のあり方を見直す絶好のチャンスを手にしていることがあると思います。生活や仕事における時間と場所の柔軟性が増したことは、フルタイムの教育、フルタイムの仕事、フルタイムの引退という時代遅れの生き方の終焉を意味するのかもしれません。

自給自足しかない?

農業経済学者の鈴木宣弘氏の書いた「世界で最初に飢えるのは日本」を読みました。ウクライナ北東部ハルキウにある世界最大級の種子バンクが、ロシア軍の攻撃によって損害を受けたことは、イラク侵攻時になぜか種子バンクが破壊されたことを思い出させます。アメリカは貿易相手国の農業を駆逐するために貿易自由化を強要し、自国の補助金漬け農産物で世界を支配する方法が一番安上がりであることを知っています。かつては自民党の大票田だった農家が年々その力を削がれ、穀物メジャーは全農を買収するために協同組合の株式会社化を要求して来たと言います。戦後学校給食をパン化させ、日本で売られるほとんどの食パンからは発がん性のあるグリホサートが検出されています。バイオメジャーの種と農薬を買わなければ農業ができないという悪夢から逃れる方法は、自給自足しかないのかもしれません。

プチ移住先、白河

週末に白河に行き古民家を買いました。日記によると新甲子温泉の旅館の売買契約をしたのも奇しくも6年前の同じ日でした。戊辰戦争のときにはすでに建っていたという母屋はいずれ改装する予定で、当初は賃貸用のコテージと土蔵を修復したサウナを建築予定です。白河最強のパワースポットとされる鹿嶋神社に近く、敷地は名工小松寅吉が彫った狛犬のある八雲神社に隣接します。大量の土器が出土し、弥生時代後期の集落遺跡のある天王山の麓にあり、白河小峰城以前にあった山城の結城白川城跡も至近です。千年以上に渡り奥州の玄関口として栄えた歴史が今も息づく白河は、自宅のある東京西南部からも意外に近く、年々高速化が進む新4号国道による時間距離は、山梨県の小淵沢に国道20号線で行くより短時間です。農作物が豊富で自然にも恵まれる白河は、プチ移住先としても有力な選択肢です。

よすがとしての神社

昨日は白河に行き、中心部から車で10分ほどの新地山羽黒神社に行きました。羽黒神社の本殿は天正年間に拡張された山城跡の山頂に祀られ、標高393.2mの四等三角点峰でもあります。麓の参道入口には白河藩主松平定信の歌碑があり、それを囲む石柵は石工小松寅吉が彫ったものとして知られ、石の扉を支える狛犬が逆立ちしていることが印象的です。神社を示すサインも訪れる人もいない静かな里山に登ると、地場エネルギーの高い自然の巨石を中心に祭祀場が作られた、神社様式の原型ができ上がる以前の縄文時代の祭祀のあり方に思いを馳せます。都会の神社が神の降臨する神聖な場所としての痕跡を消されているのに対して、自然に恵まれる地方都市に人知れず埋もれている神社には、イヤシロチらしいリアリティーを感じます。今のように混迷を深める時代こそ、日本人にはよすがとしての神社が必要だと思います。

畏怖の対象からパイクカーへ

近所の建売住宅には家とは不釣り合いなベントレーやポルシェが置かれるのですが、最近そこに真新しいランボルギーニが加わりました。この奇妙な光景はおそらく日本固有のものだと思います。風呂なし四畳半に住んでフェラーリに乗るといったライフスタイルが、かつて話題になりましたが、自動車は今でも消費財の王様なのかもしれません。何を見ても羨望のまなざしを向けた子供時代に見たランボルギーニは、路上に降臨した畏怖の対象でしたが、今やオーラのないパイクカーに見えます。産業が隠したい真実は、たとえそれが高嶺の花のスーパーカーだとしても、その人が最初に乗った原初の体験を超えることができないことです。原付であれ軽自動車であれ、初めて原動機の力で風を切って走ったあの日以上の感動を伝えることは不可能です。豊かさを手にした消費者は、消費によって昔のようにワクワクすることはないのでしょう。

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