虚構の贅沢

突然打ち切られたGoToでは高級施設が活況と聞きます。しかし、らしからぬ失態で不快な思いをすることもあり、安い宿なら裏切られる心配がありません。消費者は記号を消費します。マグロなら大間、果物なら千疋屋、フレンチならミシュランのように記号を通じて高価格は正当化されます。メロンを有難がるのは千疋屋が数万円で売るからであって、滋養豊富なバナナの200倍の値段に納得するのはそのためです。手打ちそばが高級だと思うのは現代人だけで、文明開化の頃なら機械で正確に切られたそばに価値があったはずです。そう考えると非の打ち所がない高級旅館より民宿の方に現代の消費は軍配を上げると思います。Wi-Fiが使えず、隣室の音が漏れ、布団も自分で敷きますが、見せびらかし消費を卒業したフラッシュパッカーにとっては飾らない接客で嘘が少なく、リアルな日常に近い民宿を評価するでしょう。今どき高級旅館でさえセントラルキッチンや半製品を使う時代ですから、手作り料理を出す料理自慢の民宿は貴重です。われわれが演出された虚構の贅沢を好むのは審美眼が未熟で権威に弱くお金を払うことに意義を感じるからでしょう。

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