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人間関係は言葉の交換?

ロックダウンした英国から昨年暮に一時帰国した娘が渡英することになり、昨日は羽田空港に送りました。昨年夏には閉店していた空港内の飲食店も開き徐々に賑わいを取り戻しつつあります。英国の大学の授業は今もオンラインで行われ、現地でないとできない用事は寮を退出して9月以降に住む家を探すことぐらいです。現地なら先生と対面で話せるメリットはありますが、娘の世代がフルタイムで留学する最後の学生になるのかもしれません。打ち合わせやセミナーがZOOMに置き換えられて久しいですがそのメリットを考えればセキュリティ以外に目立った不満は聞かれず、大学の授業の多くはオンラインで事足りるのでしょう。われわれがこれまで人間関係だと思ってきたものは単なる言葉の交換に過ぎないのかもしれません。悩みの大半は人間関係とも言われますが、心の栄養になるような人間関係を保つことは難しく、親しい間柄であっても有益な面と負の面が混在しており複雑な人間関係を抱える人ほどテロメアが短くなる傾向が知られます。コロナ禍のメリットは体に悪い人間関係を見直すことだったのかもしれません。

曖昧になる嘘の境界

4月1日に気の利いた嘘をつくという習慣はすっかりすたれた印象です。ボルツワーゲンことフォルクスワーゲンのアメリカ法人が法人名変更の虚偽説明をした一件は洒落で済みません。嘘のセンスがいまいちでマーケティング能力の無さを晒した上に日にちを間違え株価まで乱高下したとあっては事態は深刻でリスク管理能力が疑われます。ホンダが公開した「スーパーカブ製造方法」も苦笑すべき内容でした。笑いのセンスが後退した反面世論操作のための嘘は大規模かつ巧妙になったと思います。嘘の中には相手のことを思った許されるべきものもありますが、多くの嘘は自分の利益のためにつかれます。誇張や印象操作、サブリミナルなどマーケティングテクニックや交渉術の進化は嘘の境界を曖昧にすることで罪悪感をなくし嘘が巧妙化される社会を作っています。さらにはファクトチェックを語りながらプロパガンダに利用する人まで現われました。人事採用の担当者に必要なスキルは求職者の語る嘘を見抜く観察力と洞察力ですが、白昼公然と嘘が語られる現代を生きるすべての人にその能力が求められると思います。

何があっても生きて行ける

新年度が始まる桜の季節は正月や誕生日などの節目と同様に、歳を重ねることを意識します。着慣れないスーツで通勤する新社会人を見ると常に自分の鮮度を保つ必要性を感じます。ときめきや新しいチャレンジという感情によって作りだされる神経成長因子の血中濃度が高いほど寿命を延ばすことが知られます。人にエネルギーを与えるものは豪華なご褒美ではなく、ときめきを感じ挑戦を続けることだと思います。年を重ねても新しい神経細胞が生まれるので、引退など考えずにチャレンジすることが右脳の血流を活性化させ生きる力になります。しかし人生経験が長くなるほど同じパターンで生活することが心地良く感じ、新しい挑戦が面倒になり精神面から老いが始まります。ストレス反応には脅威反応とチャレンジ反応の2つがあり、前者は血管が収縮するのに対して後者はリラックスし血流量は最大で心臓血管や脳の健康状態が良好に保たれます。身体がチャレンジ反応を起こすか決定づける要素はプレッシャーに対処できるという自信の有無とされ、それは何があっても生きて行けるという覚悟と自信なのでしょう。

虚構の世界に入った自動車の楽しさ

週末に滋賀県まで往復1,000kmを運転し、寄り道をしながら半分は一般道を使いました。家族3人とラブラドールが移動するにはフィアットの1.2Lで十分です。ただ機能的に移動するわけではないので車の速さなんて気になりませんし、長距離運転の楽しさに車の大きさは関係ないと思います。持て余すほどの馬力を出す現代の高級車は日本の道ではストレスにしかなりません。自動車が楽しかったのは1980年代までだと思います。1989年に発売された日産フェアレディZの3Lツインターボエンジンの最高出力280馬力(206kW)をきっかけに1989年から2004年まで自動車の最高出力を280PSに抑える自主規制が行われました。現在では700PSを超える車も普通に公道を走りますが、無分別な馬力競争とともに自動車の楽しさは虚構の世界に入り込んだと思います。強烈な個性や独自の魅力、躍動感みなぎる楽しさならむしろ排気量の小さい車に軍配が上がります。昨今の車にワクワクしないのは、頻繁にギアチェンジして走らせる非力で軽量なホットハッチが全盛だった1980年代ほどの実在的な豊かさを感じないからでしょう。

三方よしを失った日本?

週末に行った滋賀県の近江八幡市や高島市は近江商人の本拠地として知られます。その起源は、鎌倉・南北朝時代にさかのぼると言われ西川産業の創業455年を筆頭に、小泉産業305年、髙島屋190年、伊藤忠商事・丸紅163年、日本生命保険132年と日本を代表する老舗企業も近江商人の流れをくみます。近江を治めた織田信長による安土城下の楽市楽座などの商業基盤がその繁栄に貢献したのでしょう。城下町への商業誘致を進めるために自由な営業を許した楽市楽座は、近隣の戦国大名の城下町でも導入されました。信長は通行税を徴収していた関所の撤廃など商人に恩恵のある政策を進め、これらの経済政策は豊臣秀吉にも受け継がれ近江の商業は飛躍的に発展することになります。現在の日本は消費増税で商売に懲罰を加え、総務省問題に見られるように利権に群がり既得権化する動きばかりが目立ちます。近江商人の経営哲学として知られる「売り手、買い手、世間の三方よし」、すなわち社会の幸せを願う精神は自由な商売の環境においてこそ芽生えるものでしょう。

スキルが通行手形になる時代

3月末になり花粉症はほぼ収まりました。もっとも症状の重い3月の1、2週を那覇で過ごしただけで身体への負荷は下がり花粉症は深刻な問題ではなくなります。かつては農閑期に湯治場へ行ったように、来日した欧米人に避暑地が必要だったように、リウマチなど冬場に悪化する持病を持つ人にとっては季節が逆転する南半球で過ごすと負担を減らすことができます。リタイア後にハワイで暮らす生活がひとつの憧れとなるのも、四季のある日本より身体への負担が軽いからでしょう。移動の権利を認められ航空運賃の値段が下がった現代は、体調維持のために季節を超えて地球規模で移動することは現実的なライフスタイルです。リモートワークの普及によりしばらく会社に行っていないという人も増え始め、昔のように仕事をあきらめる必要もなくなりました。場所を選ばず自由に働き自由に生きられる時代が到来する一方で、雇用関係のないギグワークなど企業は将来負債を抱える終身雇用を嫌いより低廉な労働力を探すようになるはずです。現代の通行手形は、どこにいても働けるスキルなのかもしれません。

家庭に回帰する食事

昨日は近江八幡に行きました。身を寄せ合うように木造家屋が美しく建ち並び立派な寺社が目立つ湖岸の街は往時の発展をしのばせます。日本で数多くの西洋建築を手懸けたウィリアム・メレル・ヴォーリズが住み、多くの近代建築作品を遺した地としても知られます。1905年に滋賀県立商業学校の英語科教師として来日したヴォーリズはキリスト教伝道のかたわら生活の糧を得るために建築設計の仕事をスタートし、副業とは思えないほどの建築作品を残しました。1910年に米国へ帰国した折にメンソレータム社の創業者と出会い日本でのメンソレータム販売代理店となりそれが今日の近江兄弟社に発展します。日本でキリスト教伝道に尽くすヴォーリズを資金面で助けるための一種の副業とも言えます。昨夜は東京への帰路、友人宅で夕食をご馳走になりましたが、日本離れした居心地の良い部屋で食べる食事は格別で、贅を尽くしたレストランがどうしても超えられない一線がそこにあります。シェアリング・エコノミーの発展とともに副業の時代は本格化し、産業が一度家庭から切り離した食事は再び家庭に回帰すると思います。

蘇る420年前

昨日は関ヶ原の古戦場に行きました。先日沖縄戦の激戦地の嘉数や前田高地を見ましたが、新都心としてビルが建ってしまったシュガーローフと違い今でも当時の様子を想像することができます。420年前の古戦場ながら、関ヶ原の地形も当時と大きく変わっていないと思われます。石田三成の陣地となった笹尾山に立つと東西で15万とされる軍勢が衝突したとは思えないほど両軍の配置は近く激しい戦闘だったことを想像させます。兵力においても、東軍を取り囲む西軍の布陣を見ても、戦いの結果を知らなければ西軍の勝利を確信すると思います。東軍への内通や戦況を傍観する西軍武将の日和見がなければ徳川の治世はなかったはずです。幕末の長州が決死の覚悟で徳川幕府に立ち向かったのは、関ヶ原で毛利が一丸となっていたなら家康に勝てたと言う苦い反省があったからとされます。西軍が壊滅し総崩れとなるなか関ヶ原を埋め尽くす東軍諸隊は石田、島津の軍勢に押し寄せたと言われます。専守防衛の島津は敵味方構わず討ち払い、家康本陣を横切る敵中突破により大きな被害を出しながら薩摩に戻ったとされますが、268年後に長州と薩摩が倒幕の原動力となったことは歴史の必然だったのでしょう。

家畜化される消費者

いつ頃からか一日三食食べることが負担になり、食間を16時間あける一日二食が今の自分に合っていると感じます。一日一食で24時間開けると胸焼け気味になり、食間が16時間以下だと健全な空腹を感じられません。単に朝食を抜くだけですから誰でもやっていることですが、体調が維持され中年太りとはもう何年も無縁です。空腹と運動の重要さはどれほど強調しても誇張にならないように、肥満と運動不足は健康リスクを指数関数的に増加させます。人生における最大のリスクは健康を害することですが、健康を維持する方法はきわめて簡単でお金もかかりません。皆が実践してしまえば外食、医療、健康産業が困りますので、生活習慣病患者と介護が必要な高齢者を生み出すための世論形成が必要になります。医者が増えると生活習慣病も増えるという不都合な事実は陰謀論として消されマスメディアが伝えることはなく、被爆を増やす様々な検査が奨励され、お年寄りにやさしいふりをして運動不足にさせます。ビジネスを安定化させるために消費者を家畜化していると言っても過言ではないのかもしれません。

マーケティングのための幻想

ホンダが世界初の自動運転レベル3のレジェンドを発売しました。オリンピックが決まった頃は2020年には自動運転車が街を走ると期待されましたが、一年遅れてオリンピックに間に合った印象です。自動運転ができるのは渋滞路など一定条件下に限られますが、ドライバーが不要になるレベル5も遠からず実用化されることでしょう。高級車ブランドのジャガーが2025年以降電気自動車のみの生産に移行すると発表しましたが、レシプロエンジンとマニュアルトランスミッションを失えばもはや自動車は熱狂の対象ではありません。まだ豊かでない時代の自動車は消費者の間に自発的な熱狂を生じさせましたが、今日の消費者を熱狂させるのはマーケティングのために作り出された幻想だと思います。豊かな時代のさらなる豊かさより貧しい時代の素朴な豊かさのほうがより幸せになれる気がします。若者誰もが車に熱狂していた時代の車を見ると、今でも直感的なエネルギーを感じるのは単なる懐古趣味ではなく、虚飾にまみれた暖衣飽食の生活が人間から原初的で肝心な感情を奪うからだと思います。自転車や自分の足によるミニマムな人力移動がむしろ人気なのは、鈍ったセンサーの感度を取り戻す動きなのでしょう。

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