しばらく東京で過ごしていると自然欠乏症になります。といっても別段発作が起こるわけではなく、山で過ごしているときに感じる瑞々しい充足感が恋しいだけです。環境心理学者は、小児期の自然環境への曝露と後年の環境選好との関連を指摘しますが、子供の頃には清流と言えないまでも近所には小川が流れエビやイトミミズなどが生息していました。その当時の記憶なのか、はたまた遠い原始の祖先の記憶なのか、物欲や食欲よりもむしろ自然に触れたい欲求が強くなります。もちろん都会にいても自然を意識することは可能です。早朝にラブラドールと近所の神社に行き、大木が覆う参道を歩くと今の季節なら日の出前の4時頃には鳥が賑やかに鳴き始めます。鳴き声のシャワーを浴びてから公園で空を見上げ、日の出の太陽光を浴びるだけで心が安らぎます。仕事をする時や、人工的な欲望に夢中になる時は脳がひとつのことに集中しているのに対して、自然環境での脳の興味は分散され疲れません。それは、不規則な規則性を持つゆらぎに満ちた自然がもたらす、刺激のない刺激こそ人類が長年シンクロしてきた環境だからでしょう。