ブラタモリのアナウンサー

昨日は近所にある齋田記念館に行きました。環状七号線沿いとは思えないほど周囲の喧騒とは無縁の緑豊かな敷地に建ち、隣接する1,500坪の屋敷には昭和9年に落成した世田谷区の有形文化財の数寄屋造りの建物があります。木曽義仲の重臣が遠祖とされる齋田家は天正18年(1590年)にこの地に土着・帰農したと言います。長年住んでいて徒歩圏にありながら訪れるのは初めてです。自粛になるまでは遠くの観光地にばかり目が行きましたが、どの土地にも伝えるべき歴史や文化・風土は残るものだと思います。初めて通る道を歩くとトタンや有り合わせの材料で建てたようなバラックが密集し、そこだけは昭和30年代のまま時間が止まったような一角があります。その先に新宿のパークタワーを望む景色は、返還前の香港で見た懐かしい風景に似ています。JR山手線のさらに外周に環状線を作る昭和初期に計画された路線の遺構が最寄り駅の近くに残ることも昨日知りました。戦時中に墜落したB29の機体の破片を娘が通った中学で見ましたが、その墜落地点は普段ラブラドールと散歩をするあたりで、下調べを禁止されているブラタモリのアナウンサー状態です。

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