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食べた後の虚しさ

消費を抑制する壮大な社会実験が月末まで延長され、同調圧力と先行き不安から消費はさらに落ち込むかもしれません。今年2月に公表された家計調査によると消費支出(総世帯)は前年比6.5%の減少となりました。コロナ禍のスケープゴートにされた外食業界には申し訳ないのですが、外食の自粛が健康に及ぼす影響に興味があります。外食費の比率がOECD加盟国のなかでは低く、食事を自炊する傾向が強い日本ですが、昨年の総死者数が実質3万人減少したように、自粛生活は日本人の健康を改善している可能性があります。飽食時代のライフスタイルにおいては食べないメリットの方が大きく、健康リスクの高い古い油や砂糖を摂取する機会も減ります。家での食事は食べ過ぎるリスクが少なく、満腹になったときの罪悪感と虚しさを味わわずに済みます。外食の場合、注文時と食べるときの時間差に満腹中枢が働き、料理が出たときには満腹ということがあり、残すことを良しとしない日本では食べ過ぎになりがちです。外食に熱狂できない理由は食べた後の虚しさを避けたいからかもしれません。

意味を再構成するブランド

村上開新堂のクッキーをいただきました。明治元年(1868年)に村上光保が国家政策の一環として洋菓子製造技術習得を命じられ、日本で最初の洋菓子専門店を営んだことが村上開新堂の始まりです。以来153年、現在6代目の歴代当主が工夫を重ねストイックに味の追求をして来たと言います。量産体制は味の低下を招くことからデパートの名店街などへの出店も断り、広告費用は味の向上に使う思いから行ないません。明治の欧化政策の象徴である鹿鳴館において洋菓子一切の製造を担当してきた日本洋菓子史そのものです。7千円というクッキーの値段にも驚きますが、転売屋の手を通すと3万円に跳ね上がり、今どき登録された顧客の紹介でしか買えず、以前は数ヶ月待ちだった予約は1年前に埋まるそうです。この背景を知るなら有り難く食べ、知らなければ古風なクッキーとして食べてしまうかもしれません。商品を評価する感情や記憶は客観的な知覚情報ではなく、入手できる全ての情報に影響を受け意味を再構成します。その偉大な歴史への賞賛、尊敬なしにはブランドは成立しないのでしょう。

ほしいものが、ほしいわ。

コロナ禍で迎える2度目のゴールデンウィークの人出は高尾山や江ノ島では昨年の4倍を超えました。Intageの調査でも今年のGWに消費する平均金額は昨年から21.5%増の15,908円となり、一昨年の28,178円の56%まで回復したものの依然道半ばです。連休に使ったお金は日常的な食料品の買い物だけで昨日は都立砧公園までラブラドールと散歩をしました。物心両面で満たされているわけでもないのですがかといって過不足もなく、かつての西武百貨店のポスターのキャッチコピーのように「ほしいものが、ほしいわ。」という心境で商業施設にも足が向きません。このコピーが話題になった1988年には、もちろん達観しているはずもなく、お金を使うことの意義を疑うことなどありませんでした。しかし大いなる誤解は、幸福は未来のある地点に存在しこれから幸せになるという思い込みです。今この瞬間に感じるものが幸せであり、将来に含みを残すものではないと思います。人為的に作り出された理想を追う生活では内面が満たされることはなく、消費者は欲望の奴隷になるだけでしょう。

空腹こそが友人

最近は朝食を食べることがなくなり、必然的に食間が16時間以上空き正常な食欲が戻ってきました。更年期を過ぎた体にとって一日3食は過食で、1、2食が適量だと思います。正常な食欲とは正常な食欲抑制を伴い食事回数が減ったからと言って一度に食べる量が増えるわけではありません。従来の栄養学では体重により基礎代謝量が決まり、身体活動レベルをかけることで1日に必要なエネルギー量を算出してきました。一方でこの推定は、あらゆる生物実験で4割ほど食事を減らしたときに長寿化する生命のメカニズムと矛盾します。栄養学が主張する一日に必要なカロリーという常識に疑問を持ったのは、長時間山を歩いても補給が不要な経験からです。逆に糖質などを摂ると体は短いサイクルで追加の食事を要求しめまいを起こします。飢餓状態で生み出されるケトン体により体を動かすメカニズムを体が覚えると、脂肪の燃焼と同時にミトコンドリアが活性化され体は活力を取り戻します。食べろという社会の常識は栄養学を根拠にしますが、体内のエネルギー合成という前提が変わることで、一定条件を前提とした数値は事実ではなく意見に変わります。

瞑想に適する餃子?

昨夜は一人の食事で餃子を作りました。食べる瞑想の定番がチョコレートやレーズンなら、作る瞑想に適した料理は餃子だと思います。毎日2,000個と言われるかつての餃子の王将の調理人ほどのスピードで包むことはできなくても、包む作業に集中すると無駄な感情が薄れ一種の瞑想効果がありそうです。冷蔵庫に残る野菜を消費でき、切って包んで焼くだけのシンプルな料理は肉、野菜、糖質を一度に摂れるので手間もかからず一人の食事に適します。食事を瞑想にするには静かな環境で食べる一人の食事が最適で、食べないこと、作ること、食べることに意味を与えます。お腹が空いてから食べるとインスリンの分泌時間が減りレプチン感受性が高まり食欲が正常に戻ります。人や時間に合わせて食べ続けるとインスリン抵抗性がレプチン抵抗性を引き起こし、脳は体が飢えていると判断し食欲にブレーキがかからなくなります。人類の祖先は数十万年の飢餓時代を生き抜き、われわれの体にはわずかな食事でも体に脂肪を貯める素晴らしい倹約遺伝子が備わりますが、快楽に変わった現代の食事で正気を取り戻すには瞑想が必要だと思います。

上品な幻想

二年連続の自粛を要請されるゴールデンウィークはSNSにも控え目な投稿が目立ち、豪華で刹那的なレジャー消費のあり方を見直す機会になるのかもしれません。疲れるために人混みに出かけ散財する消費の虚しさを昔は無視しましたが、束の間の贅沢を望む消費脳が満たされることはなく、永遠にお金を使い続けるように動機づけられます。7万ドルの年収を超えると幸福度が上がらないように、人間の幸福や生活満足は消費額と比例しません。一方で、満足に直結しない豪華さや希少さの演出にお金を落としてもらうことで経済は回ります。脳の研究が近年注目されるのは、刺激を求める脳を麻痺させることが、最も効率的に売る方法であることにビジネス界が気づいたからでしょう。欲望と執着を上品な幻想で包み隠したときに消費量は最大化されますが、不都合な現実を認めたくない点において消費者も企業と共犯関係です。食べれば食べるほど食べたくなるように、欲望を暴走させる脳を躾けない限り、人生を満たしたいという飢餓感が消えることはないのでしょう。

脳が休まる自炊

甘いもの好きが糖質制限をする最良の方法はデザートを自作することで、昨日はティラミスを作りました。旅館でパエリアを出し始めてから、最大70人分を作りましたが、毎回作る人数が違うので同じレシピで火加減などを変えながら感覚を掴むまで毎度の食事がパエリアになり一生分は食べました。ティラミスのようなシンプルで簡単に作れるメニューでも、チーズの量やはちみつと砂糖の配分、ホイップクリームの硬さなどを変えながら見た目も含め、食材原価率25%の値付けで売れる品質を目標に食べ続けるのは旅館時代の癖です。仕入れは業務スーパーですが、同じ材料が安定的に入手できず数種類の食材と異なる分量に対応するために感覚を掴むまで繰り返します。外食の機会は元々少ないのですが、自作し始めるとさらに足が遠のきます。ステイホームで宅配が本格化するとデリバリ専門店を始める人も増え、一方でミールシェア市場が成長すればフードビジネスと家庭の味の境界は消えて行きます。食べることが瞑想なら料理を作ることも瞑想になり、脳が休まることも自炊のメリットだと思います。

嘘が非合理な日本

紀州のドン・ファン殺害の犯人が捕まり、関連書籍3冊をついつい読んでしまいました。類は友を呼ぶのか犯人と被害者の共通点は虚言癖のようです。嘘は罪悪感がないほど見抜くのが難しく、失うものが大きいほど強固になります。嘘が罪になるのは偽証などに限られますが、信頼を重んずる日本では嘘は恥ずべき行為と考えられます。他方で同調圧力の強い日本では本音と建前の文化があり自分を偽り生きることを強いられます。嘘の原因は虚栄心であったり劣等感であったり、多くは人間の弱さから始まると思います。嘘が合理的な社会では嘘がまかり通りますが、日本は最終的には嘘が報いを受ける社会です。それでも自分で創作した嘘の物語を拡散するSNSなど小さな嘘なら誰でもつきます。一般に女性は観察力が鋭く、妻は嘘をつく時のぼくの表情の変化を知っているらしく、必然的に隠し事は減りお互いを詮索することも無くなりました。一方で家族だからといって一切隠し事をしないというのも疲れます。自分や他人を嘘で傷つけないためには、なるべく本音で語り、隠し事を最小化することでしょう。

アナログこそが心を動かす

天皇誕生日と言えば今でも4月29日で天皇と言えば昭和の印象が強く、昨日は昭和を回顧する日でした。平成生まれが成人を迎えたことに驚いたのは最近の気がしますが、もはや平成生まれが社会で活躍し日本企業が世界を席巻した昭和は歴史の一頁です。64年に及ぶ最長の元号は戦争の世紀であり、後半は戦争が開花させた技術資産を活かして世界屈指の工業国に発展しました。ゼロ戦を生み出した航空技術者が流入した自動車産業は現在の日本を支えています。日本企業が没落を始めたのはGAFAに代表されるデジタル革命に乗り遅れたからで、かつては独壇場だった半導体や液晶パネルなど電機産業が壊滅状態に陥りました。今は性急な脱炭素社会化が自動車産業に暗い影を落とします。昭和の時代にある種の憧憬を感じるのは明日に夢を感じられたからでも単なる懐古趣味でもなく、全てがデジタル信号に置き換えられる以前の世界こそが人間に真の豊かさをもたらしたからだと思います。昭和の時代に多くの人がオーディオ製品に熱狂したのはまだ貧しかったからではなく、アナログオーディオこそ人間の心を動かすことをかぎ分けていたからでしょう。

狂気の堕落

「紀州のドン・ファン」と呼ばれた資産家の殺人容疑でドバイに逃亡予定だった元妻が逮捕されました。高級クラブでの散財と4,000人と公言する女性との関係が生きがいとは言え、殺された上に、必死に築き上げた会社を乗っ取られては浮かばれないでしょう。溺愛し幸福になる自信があると語っていた妻に殺される結婚3ヵ月の結末は予定調和に見えます。かつて若い女性に6,000万相当の金品を盗まれた際の奔放な発言と3度目の結婚が55歳年下の相手とマスコミネタに欠くことのない人生は金のある不幸に見えます。金目当ての人生は同類を引き寄せ、唯一信用できたのは同じように覚醒剤で殺された愛犬のミニチュアダックスフントだけだったのでしょう。ギャンブルやリスキーな株取引で破産する人が多いのも、欲が深くなると我が身を見失い、結果判断も狂い最後は身を滅ぼすからです。人類進化の歴史は欲を暴走させる歴史とも言えますが、誤った信念体系は行動やふるまいを狂気のレベルまで堕落させまわりを巻き込んで不幸を拡散するのでしょう。

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