週末は2日とも八ヶ岳南端の西岳、編笠山に登りました。通年登れる西岳は長野にいるときによく登る山で、昨年は40回ほど登りました。登山者の少ない早朝なら動物と遭遇することが多く昨日も鹿の群れが登山道を横切ります。山に行くときに非常食は持ちますがいつも食事を摂らずに登り、空腹と有酸素運動の組み合わせはミトコンドリアが活性化される最強の健康法だと思います。食事の回数を減らして起こった変化は「美味しい」と言う回数が増えたことです。別段妻の料理の腕が上がったわけではなく、これまでは感謝もなく食べていたからだと思います。グルメ番組などでタレントが大げさに驚くときの常套句はたいてい、「ぷりぷり」とか「柔らかい」という美味しさとは別の表現です。高い店なら条件反射で美味しいを連発しますが、食べ物は感謝をして食べればどれも美味しく感じます。出汁をとり生姜を添えるなどひと手間かけ、塩などの基本的な調味料のコストを惜しまなければ、美味しさの起源を分析的に見極めるまでもなく日々の食事が美味しくなり幸せになれると思います。
酸欠の金魚
昨日は4ヶ月ぶりに八ヶ岳に登りました。朝の清涼な空気を吸いながら高度を上げていくことに勝る喜びはありません。山に来ると全身が喜ぶのが分かり、同時に都会の空気の汚れを感じます。断食をすると食事を摂ることの体への負担が分かるのと同じです。普段から散歩中に何かを思いつくことが多いのですが、山に来るとその頻度が上がるのは自然のゆらぎと脳がシンクロすることによりインスピレーションを受け取りやすくなるからだと思います。自分は人生でこんなことがしたかったのだ、と直感的に本音が分かる瞬間が時々ありますが、それは決まって自然のなかに身を置くときで、静寂こそが自分自身と世界のありように気づくきっかけになります。自然に帰りたい本能から人は週末の行楽地へ出かけて酸欠の金魚のようにきれいな空気を吸おうとしますが、自然の元で深呼吸をすることの素晴らしさを忘れさせるために、収奪装置としての都市は金と娯楽の力で人を引き留めます。人体は本来野性の環境で能力を発揮するように設計され、自然と共に暮らす恩恵を忘れた現代人はそのわずかな才能しか使わず生きていると思います。
どこか行きたい?
以前なら休暇の予定を立てる時期ですが、世間には「欲しがりません勝つまでは」の雰囲気が広がります。お金を使いたい人はいくらでもいてすぐに需要は回復するという楽観論と、消費者の意識と世界は元には戻らないという悲観論がありどちらにも一理ありそうです。行きたい場所を考えるとバリ島のウブドあたりで夕刻の熱帯特有の風情のなかでガムランや蛙の声を聞きたいとか、アメリカの国立公園で大草原を移動する動物を眺めながら山に沈む夕日を見たいとかありましたが、少し心境が変わり外からのアトラクティブな刺激よりも、山のなかで一人自分と向き合える場所で時間を過ごしたいと思います。誘惑にかられる人生は何かに依存する人生であり、自分の欲求においても人間関係においても依存は見返りを要求します。自分の判断だと思っていた脳内システムは気づかぬうちに外から操られ、言われるままに財布を開くようになります。外部の刺激はいつも魅力的な表情を見せますが、一方で日々の何気ない瞬間に満たされる権利を放棄していると思います。毎日が嬉しくて仕方がないような充足した日々は消費では実現できないのでしょう。
人は信念と習慣で自らを欺く
食事の回数を減らすことで食欲について考えるようになりました。食欲には少なくとも2つのタイプがあると思います。それは食欲が、睡眠欲や排泄欲、性欲のように、動物の生理機能上欠かせない欲求であると同時に、物欲や出世欲といった必要を超えた個人的・社会的な欲求でもあるからです。食欲は生存に必須である一方、主には中毒症状を介して生存を脅かす存在になります。食欲は自明故にそれを抑制、調節する研究はされてもその発生メカニズムについての解明は不十分だと思います。何かのきっかけで空腹感は蘇り、一方で選択的にコントロールして眠らせることもできます。現代社会は欲の解放を礼賛し扇動しますが、それに身を任せれば偽の欲望や見せかけの欲望に翻弄され心の平静は訪れません。人間の遺伝子には欲望という生物学的インセンティブがプログラムされているために生存の意欲を持ち続けることができますが、一方で欲望を抑えられないために人生の転落が始まります。人は信念の力と長年の習慣によって自らをも欺くことができる存在ゆえに欲の問題は根深く、その解明が解決の糸口になるのでしょう。
ろうそくで暮らしたい
今日は新月ですが、自然の少ない都会に暮らすと季節の変化を身近に感じる喜びを忘れ、月齢も意識しなくなります。人間は本来リズミカルな存在で、自然の不思議な営みは体内にリズムとなって宿ると思います。満月から新月は体から古いものが排出され、とくに新月は身体の浄化力が高まりデトックス効果が高いとされます。食事回数を減らし体重が安定している今では体感することが無くなりましたが、以前は新月の日に断食をすると体重が一気に落ちることを体感していました。多くの生物で満月にかけて出産数が有意に増加することを示す研究データがありますが、都会を不夜城にして暑い夏を冷房で冷やす現代のライフスタイルを送る人間でも満月や新月の晩にお産が増えるという経験則が語られます。毎朝鳥が鳴き始める時刻は季節とともに移り変わりながらほぼ正確ですが、人間は自然の摂理の中で生かされていることを忘れ、季節や時刻に逆らう生き方をします。自然とともに生きるライフスタイルこそが病気を遠ざけ、夜はろうそくで暮らすような生活が理想です。
化粧が下手な日本人?

経済にとって好ましい幸せ
コロナ禍でほぼ外食が無くなりモノも買わなくなりました。洋服収納を見るとこの1、2年で新たに加わった衣類はありません。Amazonの注文履歴で2年以内に買った最も高額な商品はラブラドールの10kgのドッグフードぐらいでいずれも必需品ばかりです。消費をしないことは消費をすることと同様に心を豊かにすると思います。次々と発売される新商品が欲しくなる移り気なドーパミン系の快楽に対して、同じものを大切に使うオキシトシン系の快感があり、ハイパーコンシューマリズムの狂気から覚醒すれば自分の内面に目が行きます。消費に夢中になり人生を騒々しくするために金を使い、金を稼ぐために人生をすり減らすなら、いつまでも失う不安を抱えることになります。人が幸せを感じるホルモンは4つあるとされますが、オキシトシン的な幸せが気づくことに対して、ドーパミン的幸せは何かを手に入れることで得られる幸せです。手に入れる幸せは次の報酬を求めてその欲求が際限なくエスカレートして幸せが続かないために、どこまで行っても欠乏感のある、経済にとって好ましい幸せなのでしょう。
社会現象が味覚を決める
日々の買い物を除き商業施設に行くことも少なくなりましたが、妻によるとデパートの食品売り場では以前より高額なケーキが売れているそうです。自粛疲れで買いたい意欲が鬱積した裕福な消費者にとって、多少の価格上昇など問題ではないのでしょう。近所の商店街を歩くと自分では買わないであろう高額な食パンが一人一本の販売制限で売られ、開店前から人が並んでいます。食べたことはありませんが、たまに買う業務スーパーの天然酵母食パンとのブラインドテストなら3、4倍の価格差は感じないはずです。美味しさを感じるメカニズムは複雑で、食べ物を咀嚼すると食品の組織が破壊され唾液と混ざり、成分中の分子やイオンが溶出し味蕾がこの化学物質を感じます。味覚を含む五感情報は大脳皮質の感覚野に伝わったあと大脳皮質連合野に集まり必要な栄養素を含むか判断し、扁桃体が血糖値などの生理状態と照合した上で美味しいと感じ視床下部の摂食中枢を刺激します。世界有数の企業やホテルが協力したアメリカの研究では、人気のないヘルシーな料理の名前を変えただけで売上が76%上がったと言います。おそらく高値で売られる社会現象が味覚を決めるのでしょう。
テレビは不快なメールマガジン
日米でメディア各社の経営悪化が伝えられます。NHK放送文化研究所によると10代、20代の半数がほぼテレビを見ない実態が浮かび上がり、高齢層を除きテレビ離れが加速しているようです。一昨日は話題の映画ボヘミアン・ラプソディが放送されましたが、ネットでいつでも見られる映画をテレビ局指定の時間にテレビの前に集まる習慣は今となっては滑稽です。テレビも新聞も見ませんが仕事上も困ることは何一つありません。昔の営業は顧客と雑談をするために毎朝スポーツ新聞を読む必要?がありましたが、今どき誰もがプロ野球を見るわけではありません。もちろん気づきや啓発を与える有益なテレビ番組もありますが、一覧性があるとか社会の空気を知る、人と話を合わせるなどの言い訳でダラダラ見る習慣は時代遅れの思い込みでしょう。日々膨大な情報にさらされ、いくつかのYou Tube動画、積まれた読むべき本、ダウンロードしたPDFなど人間の処理能力が追いつかない状態でテレビをつけられると、欲しくもないメールマガジンが送りつけられたようで不快になります。連日のコロナ報道で視聴者を脅すしか能のないメディアに辟易していることを知らないのは本人だけでしょう。
最も偉大な格言
強要したわけではないのですが妻も朝食を食べなくなり朝のひとときが静かな時間に変わりました。食べる量を減らすと食事が美味しくなり体調は良くなり、買うものもゴミも減り良いことばかりです。食べなくてはいけない、寝なくてはいけないという脅迫観念から解放され、食べたくなれば食べる、眠くなれば寝るという体の要求に従う生活に切り替えると体が軽くなります。体に負荷をかける生活をするから長く眠る必要があるのだと思います。夜10時頃に寝る生活を10年ほど続けていますが食べる量と睡眠時間は連動しているようで、3時には起き出してラブラドールと神社に行きます。鳥が鳴き始める時間にはばらつきがありますが決まっている事は最も早い時刻が日の出45分前と言う事です。これは研究者が調べた木々が最も多く酸素を吐き出す時間帯と一致します。徐々にあたりが明るくなる夜明け前の時間帯が最も美しいのに、多くの人はこの神秘的な時刻を知らずにベッドのなかで過ごします。「早起きは三文の徳」は「腹八分目」同様に先人が残した最も偉大な格言でしょう。