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豊かなゆるい生活

週末は妻の友人夫妻と八ヶ岳に登りました。自然の元に来て波長の合う人と食事をして会話をしながら火を囲むといった休日はひとつの理想形に思えます。人は考え方やライフスタイルが似た人と付き合う傾向があり、自分の考えをより深めることになります。地方都市の近郊に住む友人は都心の会社に勤めリモートワークをしますが、半自給自足、地産地消の生活を志向します。お金を払うのではなく自分で体を動かすことは、食を人任せにしない健康的な暮らし方でしょう。アメリカでは1950年代以降一人当たりの所得が数倍になる反面、憂鬱感を覚える人は10倍に達するとされます。日本でも潜在鬱を含めると1,000万人以上、国民の10人に一人は鬱症状を抱えることになり、物質的に生活が豊かになることと幸福感に相関はなさそうです。豊かになるに従い、人は自由気ままで自分を甘やかす安楽なゆるい生活に陥り、運動不足による副交感神経優位の環境が自律神経を乱します。豊かな暮らしを金で買うために人は稼ごうとしますが、商業主義は決して顧客を満たすことはせず、中毒患者にして生涯顧客価値を高めるだけでしょう。

正常こそが狂気

食事を減らしていくと、食べるほどお腹がすき、稼ぐほどお金が欲しくなり、満たされようとするほど満たされない不都合な真理に気づきます。執着による負のスパイラルが永遠に自分を欺くことに眠れる羊は気づきません。それは今日の社会が便利になり、生活が快適になり、命を守ることができるのもひとえに人間の欲望と執着のおかげだからです。欲望を開放することこそが人類の明るい未来を開くとの信念は人類最大の宗教であり、天使の存在を否定できないゆえに、それが悪魔に豹変することも否定されるのでしょう。真実を明らかにしようとする行為は文明社会の共犯者である現代人の存在否定につながります。この矛盾が起こる理由は人間が利己的欲望を満たそうとするスタンドアローンの脳と、より大きなクラウドとも言える意識の二重支配を受けるからでしょう。食事を減らすことのメリットはたくさんがありますが、最も重要なことは頭がクリアに覚醒することで深い場所にある意識につながることです。食事を抜くだけでこの世の全てが有り難く思え、同時に正常こそが狂気だと気づくとき初めて至福に出会えると思います。

美食の誘惑

月曜日は夕食を食べようとしていたときに連絡をもらい父が運ばれた病院に行き、そのまま日付が変わるまで待っていたので食事を食べ損ないました。せっかくの機会なのでそのままもう一日食事を抜き、昨日は日本工学院に出講する日で、外出する日も一日一食です。数日の断食や一日一食の日を増やすと体調が良くなることを実感します。人と話していると公言せずとも一日一食の人が増えたことを実感します。三食を二食にすると身体が軽くなり、二食を一食にするとさらに軽くなり、数日の断食をすると毒素が抜けるのか皮膚の色艶も良くなります。比例して睡眠時間も減り、食べ過ぎてしまった日はいつもより睡眠時間が延びます。ファスティングはメスの要らない手術とも言われ、驚くべき健康効果が確認さています。人類史の大半が飢餓期であったことから、その性質を受け継いだ現代人も、人体を危機的状況に置くほど長寿遺伝子が活性化し、ミトコンドリアが強化され生命力を増します。食べないだけで健康になり、ガン、心筋梗塞や脳血管疾患、糖尿病など大半の現代病に効果があるという有り難い特性が過小評価されるのは、圧倒的な支持を受ける美食の誘惑があまりにも身近にあるからでしょう。

都市はプラスマイナスゼロ?

一昨日は父が心筋梗塞で救急搬送され病院に行きました。カテーテル治療が始まったのは21時過ぎで日が変わる頃には無事に終わり容態は比較的安定しています。自身は健康診断も受けない主義で病院に行くことはほとんどありませんが、救急救命は現代医学の恩恵を最も享受するものだと思います。何より真夜中の処置がなければおそらく助からなかったはずで、受け入れてくれる救急病院にアクセスできることは都市に住むことの最大のメリットでしょう。人命を守るために多くの人が日中と同じように働く深夜の大病院にいると、われわれは多くの人の力に支えられて生かされていることを実感します。普段は批判されがちな立派な道路も人命を救うことがあります。地方に住む親戚が農作業中に怪我をしたときは、事故の直前に完成した橋がなければフェリーを使うしかなく助からなかったと言います。他方で都市的な暮らしが華美な食生活を奨励し、便利さゆえの運動不足が人を病気にすることも事実であり、都市での生活はプラスマイナスゼロなのかもしれません。

自分の波動が実現する

月曜日に旅館の書類を整理するなかで半世紀前(昭和47年)の増築工事の図面が出てきました。二代前の経営会社の時代で当時はホテル甲雲と呼ばれていました。この年はグアム島で旧日本陸軍の横井庄一さんが見つかり、沖縄が返還され、日本赤軍がイスラエルのテルアビブ空港で乱射事件を起こし、ウォーターゲート事件が発覚し、ミュンヘンオリンピックでテロ事件が発生した激動の一年でした。1970年代は、戦争の残滓がかすかに漂う60年代とも、狂乱の80年代とも違う、どこか坂の上の雲的な時代だったと思います。写真は旅館の新館増築に伴い作られたバーのパースで、いまや物置となり廃墟同然ですが館内で一番眺めが良く、昭和の香りを今に伝える最も好きな場所です。15席のバーの前にはラウンジもあり、当時の栄華がしのばれます。その後の半世紀の狂乱と残酷な衰退を考えるとき、50年周期で景気が循環するコンドラチェフ波動を思い出します。人はいつの時代も自分が生きる時間を時代の節目と錯覚し特別視しますが、未来とは外部環境が決めるものではなく、自分が発する波動と共鳴することで実現する事象でしょう。

幸福に寄与する美しさ

昨日は旅館のある甲子高原に行きました。標高800m付近では紅葉が見頃を迎え、平日にも関わらず行楽地に向かう道の交通量は目立って増え道の駅は車であふれます。落葉広葉樹中心の森が美しいのは生命力あふれる新緑と冬を目前とした紅葉の季節です。やがて葉が散ると純白が支配する厳冬期が訪れ、再び芽生えの季節がめぐり、燃えるような夏がやってきます。宿の周りの木々は自生しているもので、派手さはありませんが美しさに引き寄せられます。美的経験は喜びでありながら、食欲や功利欲のように衝動的な欲望を引き起こさず、欲望を伴うものは美的経験ではありません。人間には欲望と感動の2つのシステムがあり両者は大概矛盾しますので、身体に悪いと思って食べている美食は美的経験ではないのでしょう。美しいと人々が感じる多くのパターンは自然物から生まれ、時間が経過してもその美しさは変わりません。美しいものに囲まれた環境は、人間の体を健康にして認知機能や気分を向上させます。週末に人々が都市を離れ自然の元へ向かうのは美しさが人間の幸福に寄与することを知っているからでしょう。

意識が外界に影響を与える

理想的な週末には動と静のバランスが必要だと思います。土曜日は4時前に家を出て山中湖近くの石割神社と富士山を望む付近の稜線を歩き、日曜日は「あなたという習慣を断つ」(ジョー・ディスペンザ著)を読んで過ごしました。薄い本なら一日に4、5冊は読みますが、この本は一日をかけて読むにふさわしい内容でした。タイトルからはありがちな自己啓発本に見えますが、量子物理学、脳科学から哲学、宗教など全てを包含した統合メソッドは、読むだけで内面と向き合える小旅行のような平和な休日になります。その主張は、あなたが望む結果をコントロールしたいなら、原因と結果というニュートン物理学的世界観から脱却し、量子場に潜在的に存在する未来の現実を書き換えるという壮大なものです。6年ほど前に出版された本書は世界26か国以上で翻訳されベストセラーとなり、人の感覚を超越した量子場では主観的な意識が客観的な外界に影響を与え思考が現実を創り出すという荒唐無稽な主張を多く人が受け入れたことは驚きです。しかし、科学的な根拠を理解すれば、このパラダイムがありうる話だと思えるのでしょう。

時間の流れは一方向ではない

昨日は石割山(1,413 m)八合目にある石割神社に行きました。駐車場から403段の階段を登ると突如現れる巨石は、鎮座という表現がふさわしく超常的な力が働いたとしか思えない神秘的なものです。古事記にある天の岩戸伝説の地とされる神域であり、巨石信仰の対象となる磐座は日本中にありますが、屈指と言って良い存在感でしょう。天の岩戸とされる場所は西日本を中心に何ヶ所かありますが、見事に割れたご神体の巨石を祀るこの神社こそがふさわしく思えます。高さ15m、幅60cm、長さ15mの大岩の隙間を時計回りに三度まわると運が開けると言われ、山中湖を経て相模川に注ぐ桂川の源流となっている岩に滴る水は眼病に効く薬水とされます。日本伝来の古神道における自然崇拝では岩や木を神の御神体として信仰の対象としますが、やがて時代とともに社が常設され信仰の対象は神社に移っていきます。山に入るとそこに存在することがいかにも不自然な巨石をしばしば目にしますが、おそらくそれらは神社の原始形態である祭祀遺跡だと思います。はるか縄文以前の時代に巨石を信仰した祖先の精神性を考えるとき、時間の流れが一方向ではないことを感じます。

封印された野生

野菜の値段は落ち着きを取り戻しましたが、燃料価格の上昇は止まらず世界的なスタグフレーションも心配されます。値上げがそれほど気にならないのは、消費への依存を減らすべきと思うのでむしろ好都合だからです。2度の食事を1度にすれば食費は半減しますしその方がより健康になれます。消費することを止められない私たちは産業界に都合よく操られとめどなく消費を続けますが、世帯収入などの客観的満足が主観的満足と比例しないことを多くの研究が示します。それでもお金がかかると信じられているのが長寿化に伴う医療費です。しかし無駄に食べずに生涯働けば病気になることも寝たきりになることもありません。誰もが長寿に関心を持ちますが食事の回数を減らせば睡眠時間も減り、自ずと一日が長くなり長寿と同じ効果をもたらします。寝具メーカーは睡眠の重要性を強調しますが、普段から短眠ならマットレスの感触を意識する前に眠りに落ちます。食事を減らしていつも空腹なら、全ての食べ物がワクワクするごちそうに変わり星付きの店に行かずとも満足できます。所詮人間は動物であり封印された野生の特性を取り戻せば、産業化された社会から遠ざかっても生きていけると思います。

多くのリスクを背負える人生

日本工学院の授業準備のために企業の決算資料を読んでいると、新興企業を中心に賃料などオフィス関連の固定資産関係費用を削減して収益を改善する例が目立ちます。娘のインターン先のスタートアップ企業でも都心のオフィスを手放し、社員は日本全国に散らばり、娘は英国で働き、南アフリカに暮らす社員もいると言います。ポストコロナを好機と捉える企業は、デジタルシフトにより新たなビジネス機会と強い収益構造を実現できるところでしょう。国家戦略の一つにスポーツの成長産業化がありますが、スタジアム・アリーナ改革、スポーツツーリズム推進の二本柱がコロナ禍により崩壊しました。一方で世界のスポーツビジネス関係者の7割以上がスポーツビジネスにチャンスを見出し、その数はコロナ前よりも増えています。DXの波に乗りそのスリムなルールに従うなら、取り得るリスクの幅と事業機会はむしろ広がりますが、それを理解できない企業はひたすらリスク回避をしようとします。人生も同じで、最も大切な財産である自分の体を健康に保つシンプルなルールさえ理解すれば、不安が減りより多くのリスクを背負うことができるのでしょう。

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