共振こそが宿の価値

今朝は快晴で、3時過ぎの温泉からは満天の星空を望めます。天候不順だった今年の夏は晴天に恵まれませんでしたが、一昨日あたりから青空が戻ってきました。ここ新甲子温泉一帯は阿武隈源流の地として知られますが、降水量が多いゆえに源流であり、那須おろしのような風が強い地域なので雲が通過するのだと思います。

今朝は古くからの妻の友人夫妻と茶臼岳に登りました。山頂付近の気温は10.2度で生憎の強風のために冬のような寒さです。しかし下山して温泉に入ったあと、青空のもと火を囲む朝食のひと時は豪華ではないけど十分に幸せです。趣味嗜好の近い人との会話ほど楽しいものはなく、こうした共振関係こそが宿の価値だと思います。

宿の庭木には不思議なキノコが群生しています。

自然の近くの暮らし

昨日も気持ちのよい快晴で、南湖公園に行きました。宿からは特徴的な旭岳の美しい稜線が眺められます。

朝夕の新甲子温泉はすっかり秋の気配が漂います。天気が悪くない限り阿武隈源流と剣桂神社の2km弱のトレイルを歩きます。清流の傍らに来ると清らかな気持ちになります。早朝の朝霧や、日が差し込む原生林を歩くときは、自然と生きていることへの感謝の念がわきます。日が沈み薄暗くなった森を抜け剣桂神社で手をあわせると、今日一日の行いを反省する気持ちになります。都市の暮らしはあわただしく、同じ日本にいながら気候や時間の移り変わりに何かを感じることがありません。人間は自然の近くで暮らすべきだと思います。

偽りのホスピタリティ

30年と5ヶ月に及ぶサラリーマン生活に別れを告げてちょうど今日で1年になります。初めて新甲子温泉に来たのが退職後約1ヶ月の昨年10月3日。後先のことを考えず、ただ面白そうという直感に頼って旅館を買い決済したのがその2ヵ月後の11月28日です。

変に利口で思慮深くなかったからこんなに刺激的な経験ができることを思うと、人生は何が幸いするか分からないと思います。そこから苦難の日々が始まるのですが、どのエピソードもなぜか美化されて今となってはよい思い出です。それは多くの人が見返りを期待しない善意により助けてくれたからだと思います。

宿泊業はホスピタリティ産業といわれますが、ホスピタリティは本来見返りを期待しない無償の行為です。しかし産業としての宿が提供するのは金のための偽りのホスピタリティです。金を中心に経済が回っている以上避けられない問題ですが、答えを探っていきたいと思います。

晴耕雨読の住まい

今朝の新甲子温泉はさわやかな秋空が広がっています。

那須塩原市にある乃木希典那須野旧宅(乃木別邸)に行きました。乃木将軍が生涯4度の休職のおり晴耕雨読の生活を過ごした場所です。旧家、母屋ともに不審火と過激派による放火で消失しています。ぼくにはそうした思想的背景はなく、晴耕雨読のために自ら設計したという建物に魅かれます。

昨日は東京にいたのですが、ぼくにとっての都市は誘惑と中毒により欲望を金に変える箱です。ものを生産できない都市では錬金術が発達し、そのテクニックはより巧妙に洗練されていると思います。錬金術の分かりやすい対象が健康です。食事と嗜好品を散々売って体を蝕んだ上で、今度は薬や健康食品を売りつけます。この滑稽な罠にぼくを含む多くの人がはまるのは、都市では誰もがこの生態系とは無縁では生きられないからだと思います。今日はデトックスのために食事を抜きます。

店と客の共振関係

例年は夏の暑さに辟易していて、この時期には夏の疲れが出るものですが、冷涼な高原でひと夏を過ごしたために暑い夏へのあこがれがあります。人間には欠けたるものを補う心の欲求があるのでしょう。今朝は残暑厳しい湘南に行きました。山の暮らしに魅せられているぼくでも、海辺の独特の空気は魅力的です。

久しぶりに七里ガ浜のBillsで朝食を食べました。散歩ついでに来たといった風情の一人客の女性がテラス席に目立ちます。冬に来て、潮風に吹かれながら日がな一日読書をして、日光浴をしたいと思えるロケーションです。みな高額の飲み物を避け、料理をシェアする人が多いのは今のノリだと思います。そのためかスタッフはより高額なメニューに露骨に誘導します。店が客から多く取ろうとすれば店と客の間には共振関係は起きないと思います。

料理は挑戦の場

今日は、世界一のパエリア職人を決める「国際パエリアコンクール」の国際部門で2013年に優勝し、日本パエリア協会の設立を主導した栗原さんが代表を務める、日本で唯一薪火を使い炊くパエリアの専門店、El Tragón(エルトラゴン)に行きました。

ランチは大なべで炊いたパエリアをガスで温めていますので、ディナーに炊き立てを食べないとベンチマークにはならないのですが、味、見た目、米の硬さなど模範となる基準を知ることができて有益でした。料理を作るようになって以来、外食は楽しみの場というより勉強の場、研究の場になりました。どうやって作るのか、という探究心ができたことで料理に対する見方が変わり、観察力もついたと思います。薪は長野県から仕入れた細く割られた杉の間伐材です。パエリアパンとの位置関係なども参考になります。薪を使うことで日々調理の状況が異なるために、料理はルーチンワークではなく発見の場、挑戦の場になります。

人生を後悔する恐怖

新甲子温泉で暮らし始めて9ヶ月が過ぎ感じるのは、これまでの半生は惰性で生きてきたことです。黙っていても毎月給料が入るサラリーマンというシステムは社会保障の基盤としてはきわめて優れています。他方で、このすばらしい恩恵を受け続けていると人はいつしかそれを所与のものと錯覚し惰性で生きるようになると思います。不安定な日々ながら今の生活を好ましいと思えるのは、人生をより主体的に生きていると実感できるからです。

昨日お越しいただいた慶應義塾大学大学院システムデザインマネジメント研究科(SDM)前野ゼミの皆さまの研究領域は幸福学(well-being)ですが、より自分らしく生きている実感により幸福度は増したと思います。ぼくの場合、失敗するリスクや恐怖より、人生を後悔する恐怖の方が強いのでしょう。

幸せに出逢える宿

昨日は慶應義塾大学大学院システムデザインマネジメント研究科(SDM)前野ゼミの皆さまにお越しいただきました。幸福学(well-being)を研究される方々ゆえか、ゼミ合宿の堅苦しさはなく、ご家族連れでの参加も目立ち幸福のオーラに触れる2日間でした。幸せに出逢える宿を目指したいと思います。

山と温泉があれば何もいらない

昨日も那須湯元温泉の鹿の湯に行きました。平日にしか行ったことがありませんが、朝のうちは6つある浴槽に4、5人しかいませんので、ファンの回る音と硫黄泉の流れる湯音だけの浴場は時が止まったような癒しの空間です。温いお湯が好きだったぼくでさえ、鹿の湯の46度、48度の高温浴槽には魅せられています。浴槽に身を沈めた瞬間思わずため息がでます。もちろん効能もあって、水仕事で荒れた手などは2、3日で治ります。山に登って温泉に入る毎日なら、ほかには何もいらないと思えます。

もうひとつのひそかな楽しみは、高温浴槽を固めるレジェンドたちと一見客の行動を見ることです。年間100日以上来ている人が多く、芸術的な湯もみや湯面を揺らさないのにすばやく浴槽から出る技を目の当たりにできます。中には持ち物だけは一人前でレジェンドの域に達していない人もいます。湯温を聞くとわかります。レジェンドの誤差は鹿の湯の電子温度計と0.2度以内です。ぼくでさえ0.5度の誤差なら当てることができますが、似非レジェンドは1度ぐらい違う温度を言います。

悪趣味ながら、一見客の行動はほとんどエンターテイメントの世界です。勢いよく入って自分が乱した湯面の熱さに耐えられず浴槽から飛び出します。浴槽の周りの雰囲気や壁の注意書きに気がついてもらいたいものです。

神の領域の朝焼け

今朝は4時半に峠の茶屋を出発してラブラドールと朝日岳、茶臼岳に登りました。朝日岳を背景に見る朝焼けの美しさはもはや神の領域です。宿を出て1時間も経たずにこの景色に出会える日常はやはり贅沢です。下山後は那須湯元温泉の鹿の湯が7時40分に開くのを待って温泉に入りました。

昨日は以前からやってみたかった玄米のパエリアを作りました。玄米は手ごわく白米とは全く別物です。いつもより強火にしますがいつまで経っても炊ける気がしません。先を急がず話しでもしながら料理のプロセスを楽しむにはよいのですが、夕方から始めたのに気がついたら満天の星空になっていました。

玄米特有のわずかな苦味がオリーブオイルとローズマリーに調和して気に入っています。阿武隈源流の沢音と虫の音しか聞こえない暗闇ですっかり秋の気配の夜風に吹かれていると全身の力が脱力していきます。

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