「今年こそ運動をする」と新年の誓いを立てる人が多いようで、フィットネスクラブは1月に新規会員が増えると言われます。同時にいきなり運動することによる突然死も多いと聞きます。食事、運動、睡眠(回復)が健康の三大要素であることは知られますが、前者2つの実行が難しい理由は、脳のアップデートが必要だからだと思います。食べないことや体を鍛えることはどちらも苦痛で、寒い季節に戸外に出て運動するなど避けたい事態です。「人は食べなければ死ぬ」、「加齢により肉体は衰える」という常識が間違いと言えないところにパラドックスが生じます。つまり一定量超えると死に至るストレスが、間欠的、軽度なストレッサーである限り、ミトコンドリアを活性化してエネルギー産生を劇的に促進し、長寿遺伝子を目覚めさせるホルミシス効果です。その効能を確信する人だけが恩恵に浴せるのでしょう。
お知らせ
飽食が空腹を加速する
昔は年末年始に太ることを心配しましたが、今年は一日一食を守り、ジャンクフードも排除したので、体はむしろスリムになりました。食べる量を決めておけばゆっくりと味わうようになり、不思議とお腹がすく感覚が薄らいでいきます。食べるほどに食べたくなり、逆に食を節すると食欲は穏やかなものになります。空腹で食べると味覚は鮮明に美味しさを伝え、薪ストーブでじっくり焼いたやき芋や湯豆腐は、贅沢とは無縁の食べ物ですが、絶品と言うしかありません。食糧生産が工業的に行われる飽食の時代が始まるまでは、人類は現代ほど空腹を感じなかったと思います。少食を実行すると食欲と冷静に向き合うことができ、腹八分が実行できます。次々に刺激的な食べ物が現れる現代は、人々に味わう余裕を与えず、常に次の食べ物を求めるように洗脳をしている気がします。
日本人は神経質過ぎる?
長野県で過ごすこの時期最大の楽しみは薪ストーブです。やさしい暖かさが眠気を誘います。クッキングストーブではないものの、豆を煮たり、やき芋を焼いたりと何かと重宝します。最初は炉が痛むから針葉樹は使わない方が良いとアドバイスされ、広葉樹だけを燃やしましたが、その後は簡単に入手できる倒木の針葉樹を燃やすようになりました。以前は薪割をして十分に乾燥をさせていましたが、だんだん横着になり、薪割をせずに丸太のまま投入していますが、それでも温度は上がります。乾燥が不十分だと火のつきが悪く、煙が多く出ると言われますが、隣接する人家はないのでとくに問題は感じません。煙突は毎年掃除をするように言われましたが、30年以上掃除をしていないにも関わらず、昔と変わらず調子よく燃えます。単に運が良いだけかもしれませんが、日本人は少々神経質過ぎるのかもしれません。
個人もBCP
元旦に能登半島地震が発生し、2日には日航機と救援物資を運ぶ海上保安庁機が衝突しました。2024年を占う凶兆とは思いたくありませんが、日航機の全員が避難できたことはせめてもの救いです。世界に類を見ない複雑な地殻の上にのり、海と急峻な山に囲まれた日本列島は常に災害リスクと隣り合わせです。ミュンヘン再保険会社のデータによると、東京・横浜のリスクは世界主要都市と比べてけた違いに高く、東日本大震災と原発事故によって、多くの人が不自由な生活を強いられました。震災を契機に、車には常に燃料を満たすように心がけ、水とガスボンベの備蓄も始めました。缶詰などの食品備蓄は多くありませんが、少ない食事でエネルギーをつくり出せるように日頃から体を慣らしています。企業が作る事業継続計画(BCP)に事業拠点の分散があるように、個人も生活のバックアップ拠点を持つなど、生活を続ける体制構築が今年は必要かもしれません。
自然崇拝の神聖な空間
初詣は諏訪大社に行きます。日の出前に参拝するので寒い年は氷点下10度まで下がりますが、今年は氷点下3.5度の穏やかな元旦です。諏訪大社は創建年代が不明ながら、日本書紀に記録が残る最古の神社の一つとされ、伊勢神宮や熱田神宮より古い歴史を持ちます。全国に25,000社ある諏訪神社の総本社だけに四宮が散在し、例年は上社本宮に初詣をします。今年は一番古い社で、かつては祭祀の中心地とされる上社前宮に行きました。初詣客であふれる立派な本宮とは異なり、自然信仰の形態をとどめた前宮は、初期の神社らしくひっそりと静まり返り、むしろ有難みを感じます。日本人が年初に神社に行くのは、神道が自然と共生する暮らしの中に、独特の宗教観を育んだからでしょう。ご神体である背後の守屋山の鬱蒼とした森、見上げる大木、山の奥から湧き出る泉が流れる境内は、日本人が古来より崇め大切にしてきた自然崇拝の神聖な空間に見えます。
究極のサバイバル
本年もよろしくお願い致します。2024年を占うとき、脳は一般に悪い方に将来を見積もる癖があり、他方で災害は忘れた頃にやって来ます。コロナ禍が収束した2023年の世界は、戦火の拡大という新たな悲劇に見舞われました。しかし、過去を悲観すれば、未来への姿勢は萎縮し、唯一変えられる自分の未来だけを信じるしかありません。希望的な未来は、強固な基盤の上にしか成立せず、それは生命力を高める肉体改造と、自立した生活基盤だと思います。前者はジャンクフードを止め、小食でなるべく体を動かすことに尽きます。後者は、東日本大震災で露呈したぜい弱な都市以外の場所で、自給自足を念頭に非常時のオフグリッド拠点を確保することだと思います。どちらもネガティブに聞こえますが、サバイバルに励むことに希望を感じ、もはや趣味と言えます。究極のサバイバルとは、食べずに生きられる体かもしれません。
間違いなく幸せになる方法
昨日は西岳に登りました。登山口の気温は氷点下5度で、標高差1,000mの山頂は6度低いはずですが、風もなく穏やかな快晴です。往復2時間半の有酸素運動と寒さ、空腹の三点セットは最強の健康法だと思います。生命力の源であるミトコンドリアを活性化する最高の条件が揃い、同時にケトン体を産生します。ケトン体は脂肪酸が分解され肝臓で合成されるエネルギー源ですが、脂肪として蓄積される糖質とは異なり、長寿遺伝子を活性化し、脳の反応速度を速め、抗酸化作用をもたらします。ケトン体を作る酵素に欠損があったために、ネアンデルタール人は滅びたとする説もあります。加えて早朝の山歩きは森林浴の効果があり、リズミカルな下りはセロトニンが分泌され、さらにスピードを上げるとゾーンに入る集中瞑想で、脳疲労に効果的です。健康によく、お金がかからず、間違いなく幸せになる朝のルーティンを、来年は増やしたいものです。
静けさを内面にもたらす
来年の個人的テーマは「食べ物と向き合う少食」で、来年と言わず年末から始めます。都合の良いことに、妻が娘のいる英国に行くために、年末年始は一人長野県で過ごし好きに食べることができます。食べ物は麻薬なので近くに置かず、誘惑の少ない場所で迎える年明けは好都合です。大量買いをする買い物客を後目に、納豆、豆腐と生野菜程度しか買わず、あとは妻が持たせてくれた総菜で5日間の食事を賄います。食べると食べるほど食べたくなり、買うと買うほど買いたくなり、稼ぐと稼ぐほど金が欲しくなる人間の拡張願望が、あながち無益とも言えないのは、留まらない欲望が便利な生活をもたらしたからです。他方で、お金があると専らの関心はお金を使う外部の世界に向かい、消費の高揚感で人は脳を麻痺させ愚かになります。わずかな食べ物で過ごすと食との向き合い方が変わり、ミニマルな休日は、静けさを内面にもたらす気がします。
自分の原点に戻る年
日本漢字能力検定協会が発表する今年の漢字は、2014年に続き「税」が選ばれました。個人的に今年の漢字を選ぶなら「戻」でしょう。陰陽五行説の六十干支の干支が一巡して第二の人生というスタートラインに戻る一年と言えます。六十干支の最初の年は、十干の甲と十二支の子を合わせた「甲子」ですが、自分が第二の人生を始めるにあたり手に入れた旅館が引湯している温泉が、南北朝時代の至徳元年(1384年)、すなわち甲子(きのえね)の年に発見された名の由来を持つことには何か運命を感じます。他人軸で生きることの多かったそれまでの人生をから離れ、自分の原点に戻り本当にやりたいことを始める場所が、原点回帰の意味を持つ「甲子」だったことは単なる偶然とも思えません。第二の人生に必要なものは、お金でも時間でもなく、自分の本音に最も近いやりがいだと思います。
超越的な世界観が広がる?
今年の個人的なニュースは白河の戊辰戦争前の古民家改修計画が決まり、南会津に明治期の古民家を入手したことです。しかし一番は干支が一巡したことでしょう。定年が延びようとも、第二の人生を始める節目のはずです。第一の人生と第二の人生を特徴づけるのは、物質性から精神性に生き方の軸足を移すことだと思います。このぐらいの期間生きると、特段欲しいモノもなく、食べたい衝動も覚えず、行きたい場所も思いつきません。いわゆる「枯れる」ということですが、悪いことではない気がします。枯れるとは、勢いがなくなり生命を保つことができなくなることですが、同時に欲望と執着が減り精神的に安定することを示します。相変わらず未熟ながら腹を立てる機会が減り、肥満体型だった30代の頃より体力は充実しますので、本当にやりたいこととアグレッシブな気持ちさえあれば、超越的な世界観が広がるのかもしれません。