予防接種の嘘

寒くなり始めるとインフルエンザの流行が懸念され予防接種を呼びかける声を聞きます。会社によっては半強制的に予防接種を受けさせるようですが、自分は10年以上行っていません。発症することはありませんし、逆に予防接種をしていて感染した人の話を聞きます。インフルエンザワクチンの効果に疑問を呈する声は専門家のなかにもあります。記憶に新しいところでは子宮頸がんワクチンによる薬害が深刻な被害をもたらしました。ワクチン接種を法律で義務化したテキサス州では知事が製薬会社から多額の献金をもらい、ワクチンが逆に子宮頸がん発生リスクを44.6%も増加させていたとのアメリカ食品医薬品局の内部文書が暴露されたこともあります。産学による医薬品データ不正事件は後を絶ちません。血友病患者の4割をHIV感染させた薬害エイズ事件で中心的役割を果たした大手医薬品メーカーのミドリ十字の創立時の幹部は元731部隊です。戦争のための細菌兵器と医療が混然一体となった医産複合体は病人を増やすことで肥大化しました。中世ヨーロッパ以降近代まで信じられていた人体の血液を抜く治療法の瀉血と同じように、ワクチンには医学的根拠がないことがいずれ証明されるはずです。国を超えた大きな嘘に人々は気づきません。予防接種は後々様々な後遺症を発症させることで医療市場を潤わせることになるのでしょう。

感動が伝わる力

興味のなかったラグビーにこれほど魅かれるとは思いませんでした。ラグビーロスを癒やすために生では見ていない前回RWC2015の映像を見ました。W杯史上一度しか勝ったことのない日本の勝利倍率は、過去二度優勝している南アフリカの1に対して80とブライトンの奇跡を予期した人はいませんでした。ゲーム終了間際ワントライで逆転できる32対29と僅差に詰め寄った日本は13人のモールで押し込みインゴールしたものの79分25秒TMOでゲームが中断され結局トライとは認められません。80分を過ぎてゴール手前5メートルから日本ボールのスクラムと波状攻撃により、実況のアナウンサーが「行け!!」と絶叫するなか史上最大の番狂わせとして世界の耳目を集めたトライが決まります。歴史的勝利を収めた日本は予選プールで3回勝ちながら決勝トーナメントに進めなかった初めてのチームになりました。人々の心をここまで揺さぶるものはスポーツをおいて他にはないと思います。日本のスポーツ界に足りなかったのは感動が人々に伝わる力なのでしょう。

見直すべき人生のタイムライン

日本老年学会と日本老年医学会は高齢者の定義を65歳から75歳以上に見直すべきとの提言をしています。年金受給や定年を遅らせたい意図もあるのかもしれませんが、身体状況や活動能力は10~20年前と比べて5~10歳の若返りが見られるとされます。自分の印象では地方に行くと元気なお年寄りに会う機会が多く、那須湯本温泉の鹿の湯で会う80代の男性は現役で働いていて車も運転しますし、新潟の民宿では94歳の元気な女性が食事を作り送迎のマイクロバスを運転する75歳の男性は若者と呼ばれていました。都会の80代が働くと例外的とみなされますが、田舎に行くと仕事と言わなくても体を動かす役割があります。世界の多くの国が65歳以上を高齢者と定義しますが、人間はラベリングにより評価を固定し判断基準にしますから感覚的には80歳ぐらいからで良いと思います。老いという言葉がネガティブに受け取られる日本では「年だから体が悪くなって当たり前」と想起します。人体は良好な環境であれば120歳程度まで生きられるとされますので、100年時代が身近になった今人生のタイムラインを抜本的に見直すべきだと思います。

平穏だけでは生きられない

最高値を記録するニューヨーク株式市場を見ているといつか来た道を思い出します。バブル経済崩壊のときは誰もが異常を感じながらゲームから降りようとはしない熱狂がありました。来年のオリンピック・パラリンピックが決まった2013年当時から2019年経済ピークアウト説が囁かれていて経済の変調を示すニュースも聞こえ始めました。しかし、未来への不安や過去の失敗にとらわれていると人間は行動を起こせなくなります。人が後悔をするのは失敗そのものではなく、ベストを尽くさなかったことだと思います。人体が複雑なのは平穏無事な生活を願いながら、そのような生活をしているとドーパミンが減少しやがて喜びに対しても無感動になります。未知なるものへの恐怖心があってこそ達成感や幸福感は生まれるはずです。以前は楽ができる生活を目標にしていましたが、定年退職などでその目標が達成されてしまうと無気力な状態に陥り、ドーパミンが作れないパーキンソン病になることもあります。人類の歴史がそうさせるのか人間は平穏なだけでは生きられない生物なのだと思います。

SNSと幸せロンダリング

今に始まった話ではありませんが、学ぶ意欲の足りない学生が多いことは日本の教育界と産業界の泣き所でしょう。一方社会人大学院は少子化時代に新たな消費者を掘り起こし教育市場を拡張しました。ただし定員枠が広がれば修士や博士の価値が下がるのは必然で大学院の大衆化と深刻な質の低下を懸念する声もあります。学歴コンプレックスを消すための大学院進学などを学歴ロンダリングと呼びますが、SNS以降の流行りは幸せロンダリングだと思います。SNSは負の部分をカットして浄化し幸せそうなシーンだけを都合よく編集できます。幸せな人は世の中に何%ぐらいいるのか時々考えます。何不自由ない境遇なのに満たされない人もいますし、幸せそうに見えても他人が伺い知らない苦悩は誰にでもあるものです。金を自由に使える人に限ってヘドニックトレッドミルに毒され消費に幸せを見つけようとします。執着に取り憑かれた人は何物にも尺度をあて自分より不幸な人を見つけないと精神の安定を保てません。確かなことは幸せが内発的なことです。収入の多寡や友人の数、持っている車や勤めている企業の知名度は一定の影響があるにせよ決定的な理由ではなく、自分が置かれた境遇をどのように捉えるかにかかっていると思います。

長寿村と対象的な都市

長寿村に関心がありますが、昨日読んだ「ピオッピ式最高の長生き術」を含め世界の長寿村研究には共通事項を見出すことができます。ピオッピ(Pioppi)は地中海ダイエットを研究するアメリカ人生物学者が住んでいた人口200人に満たない村です。高脂肪低炭水化物の地中海式ダイエット発祥の地として知られ、隣村のアッチャロリ(Acciaroli)や山間部の村セッサ・チレント(Sessa Cilento)も世界屈指の百寿者が多い地域として知られます。共通するのはカタクチイワシやオリーブオイルなどの高脂肪、グリセミック指数が低い食事、地域が家族のようにつながり、歴史的に貧しい地域による粗食、傾斜地による高い強度の歩行と肉体労働、シエスタときれいな空気です。粗食で少食、たまに断食、肉体労働と十分な休息、豊かな人間関係があり生涯現役なのは長寿地域の共通項目と言えそうですが、これらは現代の都市とはまるで対照的な生活です。世界有数の長寿国日本に明るいイメージがないのは、長寿者と寝たきりのイメージが重なるからです。食べ過ぎで運動不足、人間関係は断絶し老後はやることがなく寿命だけが長いのは、糖質中心の食事による食べ過ぎ、安楽な生活の奨励、定年により仕事を失うことが原因だと思います。

ライトユーザーを広げたRWC

44日間に渡るラグビーワールドカップは日本にとって前代未聞のスポーツイベントでした。圧倒的なスピード感と格闘技を思わせる激しいぶつかり合いこそスポーツが持つ醍醐味でしょう。世界ランキング8位の日本ラグビーが世界レベルで戦えることを日本中に印象づけました。前回W杯1次リーグで日本に敗れ、今大会では唯一日本が負けた因縁のライバル南アフリカが優勝したことも最後まで盛り上がった理由です。白人ナショナリズムの象徴であったスプリングボックス127年の歴史で初めての黒人キャプテン、シヤ・コリシの物語は人々を鼓舞するものでした。非白人居住区の貧困家庭に生まれ、両親に代わり祖母が育て才能を見抜いた小学校時代の校長がブーツを買い与えたと言います。故国の英雄マンデラは「スポーツには世界を変える力がある」と言いました。スポーツほど人々の感情を揺さぶり情熱的にするものはありません。プロ野球やJリーグに新興企業の経営が移植されスポーツに投資が集まるようになったのは比較的最近の話です。観光にしてもスポーツにしても、にわかラグビーファンのようなライトユーザーとインバウンドの裾野を広げる経営技術が問われていると思います。

無謀登山は論点にあらず

富士山山頂から3,000m付近まで滑落した男性が先週生放送していた動画を見ました。滑落の直前に男性が見た美しい雲海の景色とは裏腹にあまりの寒さに苦痛を訴えますが、死の危険が足元に忍び寄っていることには気づいていないように見えます。足を滑らせ滑落が始まり10秒ほどで動画は終わりますが、自分も何度か滑落しかかっているので身の毛がよだつ映像です。ネットには登山の無謀さを批判するコメントが並びますが論点はそこではないと思います。事故の3日前に飛行機からこの映像と同じように雲海に突き出た雪化粧の富士山を見ました。夏山でも15時には行動を終えることが登山の基本なのに軽装備で日没の早い時期の14時40分に日本最高峰の山頂に立つことは自殺行為です。しかし、男性は今年4度も富士山に登っていて降雪期も知りながらそれでも犯した判断ミスを無謀の一言で片付けることはむしろ危険です。福島に暮らすようになって6月と9月に山の遭難が多いことを知りました。都会の感覚では夏ですが山は突然冬の顔に豹変し牙を剥きます。小さな失敗で痛い目に会いながら人は危険を学びますが、自然と接する機会が少なく安楽に生活できる都市の暮らしが、自然のもたらす危険に対する感度を鈍らせていることを論じるべきだと思います。

今と過去をつなぐ首里城

天皇即位やワールドカップの明るい話題の反面、度重なる水害に続き沖縄のアイデンティティである首里城まで焼け落ちた2019年は記憶される年になるのでしょう。歴史文化の象徴である首里城は記録に残るだけでも過去4度消失していて、日本軍の総司令部が置かれた沖縄戦で破壊された後は城壁や建物の基礎の一部を残す状態だったとされます。一瞬で焼け落ちた首里城には33年間で240億円が投じられており、原因究明もされない段階での再建ありきの議論は疑問です。世界遺産に登録されるのは「首里城跡」であり復元された建物群は含まれません。首里城は何度か訪れていて今年の3月も行きました。正直なところ自分に何かを訴えかける場所ではありません。かつては信仰の対象でもあり特別な場所のはずなのに復元された建物にはそこに宿る生命力とでも言うオーラが感じられないのです。何年か前にアンコール・ワットから40kmほど離れたジャングルにあるアンコール遺跡群のひとつベンメリアに行ったとき、その場所から離れがたいほどの情感があふれてきました。全貌が明らかになればアンコール・ワットを凌ぐといわれるベンメリアですが崩壊が著しく原形を留めていません。深い森に打ち捨てられた遺跡を通してこそ直に歴史とつながることができます。見世物ではなく今と過去をつなぐ首里城のあり方が議論されるべきだと思います。

パソコンを捨てよ

昨日は日本工学院の授業があり、その前にマクドナルドで準備をするのですが直前になってパソコンが不調になりました。いま使っているパソコンにどこか愛着が湧くのは機械らしくなくて、放っておき数日休ませるとまた普通に動き出します。パソコンが動かないとき以前は苛立ちましたが最近は神がパソコンを捨てよと告げている気がします。知識の大半をパソコンに依存しているのですが、自分が社会人になった頃はパソコンのない生活だったので、パソコンなしに人は生きていけるはずです。パソコンが起動しなかったとき、手ぶらで4コマの授業をする方法を直前になって考えるのは刺激的です。元来心配性なので前もって周到に準備をする方でしたが、あるときから直前に準備しても結果は同じだということに気づきました。ドーパミンが分泌されるのかデッドラインの直前になればなるほど集中力が高まり何事も乗り切ることができます。生活が便利になるほど人は機械に依存して生きるようになりますが、一方でそれが人の能力を奪っているのだと思います。

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