必要なのは筋力と直感力

北アルプスでは魅力的な人々と出会い力を貰いました。強く印象に残るのは、登山界最高の栄誉とされるピオレドール賞を日本人最多受賞する世界的なアルピニストの平出和也氏です。氏と山で会うのは3度目で、最初は2018年のTJARの南アルプスで、二度目は翌2019年に同じ南アルプスで会い、今回の北アルプスは三度目です。早朝の北ノ俣岳山頂で選手の通過を待つ平出氏を見かけ、話をさせていただきました。K2挑戦の話が印象深く、コロナの影響により世界最高峰から離れたために、肉体のトレーニングはしていても、山との距離感を取り戻す時間が必要という話は示唆に富みます。限界状況では瞬間的に感じるインスピレーションが生死を分けるはずです。氏の肉体の美しさは並ぶものがありませんが、山で生き残るためには筋力を鍛えるように直感力を研ぎ澄ます必要があるのでしょう。

大倉喜八郎的贅沢さ

わが家の夏の最大イベントである北アルプス登山から戻りました。とは言え、登山口までは一般道で燃費の良いフィアットでアクセスし、キャンプ地の宿泊料は一人千円から二千円ですので、3泊して食費を含めても一人の出費はせいぜい1万円です。キャンプ道具があることは前提ですが、手付かずの雄大な自然の感動を存分に味わった対価の割にお金はかかりません。かつて、大倉財閥を築いた大倉喜八郎が89歳だった1926年に、南アルプスの自社所有地にある赤石岳(3,121m)に200人を従えた大名登山をした話は有名です。風呂桶をはじめ畳や寝台、シャンパンまで担ぎ上げ、道中では豆腐を作り、往復に使った草鞋は7,000足とされます。詰まる所お金のかかるレジャーとは、大倉喜八郎的な贅沢さを手に入れようとするからかもしれません。昨今の元気な89歳は、赤石岳なら自力で登るでしょうし、山上で家の風呂に憧れるから幸せが長く続くのだと思います。

人の能力を超える秘儀

世界一過酷な山岳レースTJAR(Trans Japan Alps Race)415kmを制した土井選手が、もはや超人的という月並みな表現では足りない記録で静岡県の大浜海岸にゴールしました。更新は不可能と思われていた5日切りの絶対王者の記録を縮める4日間17時間33分の偉業です。人間は疲労と回復のプロセスを繰り返しますが、回復を許さないほど過酷な5万Kcalもの途方もないエネルギー消費は、通常の人体なら生存は不可能に思えます。人類の歴史において前例がないほど短期間で人間のパフォーマンスが向上するのは、エクストリームスポーツがスポーツでありながらルールに守られず、スポーツの本質である人体の限界への挑戦という原初的な姿を留めるからだと思います。千数百年の歴史でわずかな達成者しかいない千日回峰行において、命がけの修行者が神を垣間見て人の能力を超える秘儀を身につけるように、極限のパフォーマンスが加速度的に向上する可能性を秘めているのかもしれません。

時代を変えるのは異端の存在

昨日は北アルプスの最奥部、標高2,600mに広がりアプローチの遠さから最後の秘境と呼ばれる雲ノ平に行きました。雲ノ平のもう一つのハイライトは雲ノ平山荘でしょう。日本の宿泊業界にあって、最も遅れているのは山小屋だと思います。国立公園内の宿泊施設を内務省が管理する米国のような体制がなく、ある種の放任主義的な運営方針が古くからの山小屋の経営スタイルを生み出したとも言えます。雲ノ平山荘は、山小屋に滞在しなければ生まれない時間の価値をテーマに、人々が創造性を持って自然と向き合える場所を追求しています。それは創業者が航空工学の若き研究者であり、敗戦により夢破れた人だからだと思います。美味しくて栄養がある手作りの料理はもちろん、山小屋とは思えない居住空間には、デジタル音源より豊かな音色を聞かせるレコードプレーヤー、オーディオ機器の機械美とマッチしたラックにまでこだわります。時代を変えるのは異端の存在なのでしょう。

旅にお金はかからない

世界一過酷な山岳レースTJAR(Trans Japan Alps Race)3日目は選手全員に追い抜かされたため、コースから外れて三俣山荘キャンプ場から鷲羽山(2,924.4m)を経由して、日本離れした景色の続く北アルプス裏銀座を野口五郎岳(2,924.5m)まで往復しました。首都圏からのアクセスに難点のある北アルプス裏銀座に行くのは初めてです。日本には人知れず美しい自然が残されており、それらを巡る旅にはたいしてお金はかかりません。ただし、手付かずの自然に触れるためには、自分の背負える範囲の荷物で、自力移動により旅をする必要があります。今回の山行でお会いした80歳の女性の肌は若々しく、体力も充実して元気に山を旅していて、周囲が力をもらいました。いくつになっても人の力など借りずに生きていく、と言う心づもりなしにそのような旅を続けることはできないのでしょう。

生活道具を担ぎ旅するのが本来の姿

世界一過酷な山岳レースTJAR(Trans Japan Alps Race)と巡る旅2日目は黒部五郎岳を経て三俣山荘のキャンプ場に移動し、途中今回の目的である、選手として出場するFacebook友達の元気な姿を見ることができました。雨露で1割ほど重くなった荷物を担ぎ強烈なアップダウンが連続するコースを辿ると、彼らの超人ぶりがよくわかります。北アルプスだけでも体力を消耗する難所なのに、中央アルプス、南アルプスと辿り最後は炎天下太平洋までの80kmのロードを駆け抜けると言う、素人にとっては到底希望の持てない距離です。昨日会った人は20kg近い荷物を背負い、剣岳から選手と同じルートをたどって応援に来ていました。ギャラリーもエクストリームであることは、TJAR観戦の特徴でしょう。生活道具を担ぎ旅するのが本来の姿かもしれません。

インスタントコーヒーさえも絶品

世界一過酷な山岳レースTJAR(Trans Japan Alps Race)との旅の初日は、北アルプス薬師岳(2,701m)山頂で大会新記録のペースでダントツ通過の土井選手とカメラクルーとして加わる、日本を代表する登山家の平出和也さんの軽やかな足取りを間近に見ました。そのルートを下りキャンプ場のテントで後続グループの到着を待ちます。選手が進む415kmもの絶望的な距離のごく一部とは言え、それを追体験しながら自分なりに肉体を酷使して進む山旅以上にリアリティーがあって鮮烈に記憶に残る旅はないでしょう。旅には、自分なりに印象を刻む感動さえあれば、遠くに出かけることも、豪華な宿泊施設に泊まることも、絶品の食事も不要でしょう。持参した赤飯と即席ラーメンだけのわびしい夕食ですが、山上での食事以上の美味しさはなく、食後のインスタントコーヒーさえも絶品です。

最も原初的な旅

掛け値なしに世界一過酷な山岳レースTJAR(Trans Japan Alps Race)の応援で1年ぶりに北アルプスに来ました。富山県をスタートして、北・中央・南アルプスの日本の屋根を縦断して太平洋に至る415km、累積標高27,000mをサポートなしに、サラリーマンが取得可能な1週間(8日以内)の休暇で走破する最も原初的な旅です。5万Kcalもの途方もないエネルギーを消費するという名誉も賞金もないレースが成立するのは、このレースが草の根から始まったように、トレイルランニングが商業スポーツへのカウンターカルチャーとしての性格を帯びるからでしょう。絶望的な距離の世界一過酷なレースに、人生を賭ける価値があるからこそ、エクストリームスポーツの世界は人類史に前例がないほど短期間でパフォーマンスの急激な向上が起きたのだと思います。選手がわずか数日で踏破する415kmの6分の1ほどのお気楽登山でも、人間の限界を超えた超人たちの体力と精神力を垣間見ることができます。

感謝で痩せる?

原爆投下の日を迎え戦争を意識する季節になり、同時に先祖のことを思います。子供時代は祖父の家の仏壇で毎日手を合わせましたが、いまや家庭の仏壇や神棚は絶滅状態です。仏壇の上には曾祖父母と幼くして亡くなった叔母の写真があり、毎朝先祖に感謝し手を合わせる仏壇はパワースポットであり、人間形成にも影響を及ぼすと思います。今や食事の前に手を合わせる習慣もなく乱暴に食べ、現代人は何に対しても感謝がなく、ひたすら我欲の追求に忙しいだけに見えます。わがままを言うと罰が当たるとかつては諭されましたが、今やただの迷信となり、恥知らずの強欲が闊歩する時代です。有史以来常に空腹だった祖先を思い、多少なりとも食事への感謝の気持ちがあるなら、生活習慣病もここまでひどくはならなかったでしょう。自分でも制御できない食欲を抑えるのは、食前に手を合わせる感謝の習慣かもしれません。

夏バテの正体は食べ過ぎ

暑い日が続くと夏バテを心配します。人気のある対策は栄養のあるものを食べることですが、これは食べることで体を養う栄養学の発想でしょう。栄養学が必ずしも健康的な食生活をもたらさない理由は、グリコーゲンを大量貯蔵できない考え方に偏っているからだと思います。人類が誕生以来現代まで続いて来たのは、食べ物を最大限に活用する能力を備えたからです。大半を占めたであろう食糧を見つけられない時期に脂肪を燃やすことで生き延びて来ました。すなわち空腹とはグリコーゲンの枯渇ではなく、脂肪を使い果たした時と言えます。バテた時ぐらいエネルギーを大量に使う消化を止めて回復に努めるべきですが、スタミナ料理を食べてタンパク質と脂質を過剰摂取し、その消化で体が疲れては本末転倒です。慢性的に栄養過多の現代人がそれでも食べるのは、空腹感という脳が作り出す妄想を信じるからでしょう。

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