贅沢な日常


昨日はサウナイン新潟妙高高原に泊めていただきました。7,000㎡の森にあるトレーラー型サウナの内部は、10人程が入れる広さがあります。鉄分を含んだ井戸水の水風呂も十分な深さがあり、サウナを多く手掛けてきた企業だけに抜かりはありません。深い森に面する外気浴スペースは時間によって刻々と表情を変え、自然の移ろいを感じます。自然と調和する静寂さと、プライベートなくつろぎの時間こそが現代人には必要だと思います。夕暮れのサウナからファイアーピットの焚火を眺める無為の時間こそ、贅沢な日常でしょう。われわれは非日常的な豪華さ、贅沢さに心を奪われますが、本当に必要な贅沢とは上質な日常かもしれません。大半の部屋にキッチンを備えるのも、お仕着せの食事提供を嫌う層からは歓迎されそうです。地元の食材で普段通りに健康的な自炊をすることも、贅沢な日常と言えそうです。

地方創生の本質


週末は年に一度、親戚がゆるく集まる会食がありました。代替わりにより参加者は最盛期ほどではありませんが、親戚づきあいが疎遠になる現代において貴重な時間です。広島県にある瀬戸内海の小島にルーツを持ち、今も浄土真宗の寺が脈々と続いていることは、精神的な支柱としての役割を果たします。同じ苗字にルーツを持つ血のつながりは、最後の信用の証となる気がします。東京で仕事をしていると様々な苗字の人に出会いますが、地方では、特定の名前の人が目立つ閉鎖社会が一般的です。最近よく行く檜枝岐では、3つの苗字がおそらく村民の8割以上を占め、白河の古民家がある集落でも基本的に3つの苗字の家が大半です。若者ほど地方の閉鎖性を嫌いますが、信用や助け合いといった観点から地方を見ると、全く違った景色が見えてきます。地方創生の本質は、血の通う人間関係の再構築なのかもしれません。

物知りを超えた教養


われわれは四六時中、スマホでネット接続する生活をしています。どこでも誰もがスマホを見ていますが、それは二次情報の世界に生きることを示します。常に誰かの意図した情報に身をさらすことは危険だと思います。自分の年代を理解しているネット広告は、やたらとガンの早期診断の広告を表示し、頼みもしないのに、所有銘柄の株価を表示し続けます。これらの情報は、あなたはいずれガンになると人々を洗脳する傷害行為であり、心を乱す罪深い妨害です。さらに脅迫を受けたくなければ広告を消すオプション費用を払えと要求します。一方でAIの時代になると、おそらく社会人5年目ぐらいまでの仕事の大半は置き換えられてしまい、クリエイティビティの大半でさえ例外ではありません。着想やビジョン、ヒューマニティ、生命力、情熱、美意識と言った物知りを超えた教養は、五感という一次情報の世界にしかないはずです。

ガラパゴス規格が世界へ


小さな高級車というのはいつの時代も魅力的なコンセプトです。先月末に発売された三菱デリカミニは、受注がいきなり1万台を超え、驚くのはその4割が290万円超の最上級グレードということです。悪路走破性能が大幅に改善していることをアピールしており、オフロードワンボックスという世界的にも稀なカテゴリーのデリカファミリーを、三菱の核に据えようと考えているように見えます。セカンドカーや地方都市の足として使われてきた軽は、今や一台ですべてをまかなえるマルチパーパス車に進化しています。軽のスーパーハイトワゴンの車内は驚くほど広く、十分な動力性能や快適性に走破力が加われば、これで十分と考える人が増えるのは当然でしょう。軽で培った小型化技術、低コスト設計と経済性は、東南アジアやインドの成長市場で日本車がシェアを獲得する原動力であり、ガラパゴス規格は日本車の世界戦略の礎となっています。

運は生み出せる


ガソリンスタンドに行くとレギュラーガソリンが140円台に戻りました。半世紀以上続いたガソリン暫定税率廃止法が成立し、12月31日に正式廃止されます。決して燃費の良くないN-VANで、東京・福島・長野の三拠点生活で年間5万km以上走るのでその影響は小さくありません。ドライバーの悲願だけではなく、物流コストは誰もが享受できる点で重要です。ワープスピードで始動する高市政権は、やっている感を出すだけの既存政治から、結果を残す政治に転換したように見えます。強運を持つ高市氏ですが、運は生み出せると思います。運は決して超常現象ではなく、自分は運がいいと信じた結果の圧倒的な努力と行動量からもたらされ、落選翌日から徹底した有権者回りをする真摯な姿勢の結果でしょう。日本が明るくなったと感じるのは、努力と行動こそが成功に続くという、伝統的倫理観を取り戻したからかもしれません。

生き残るためのスィートスポット


銀座に行きました。隣国の自己経済制裁のおかげで、欧米インバウンド客が目立つ街は、大人の落ち着きを取り戻したように見えます。そのなかを、完全個室のラグジュアリサウナの代表格であるkudochi-saunaを宣伝するアドトラックが行きます。コロナ禍を契機に雨後の筍のように作られた個室サウナは、淘汰の時代を迎えていますが、そのなかにあってkudochi-saunaは独自のポジションを築いていると思います。豪華さを売りに2時間で2、3万円以上する高額サウナはさすがにマーケットが限られ、他方でその下の価格帯になると、設備が最小限でゆったりとはくつろげません。銀座のある中央区ではサウナの男女の個室利用を禁じていますが、それ以外の地域では男女利用を積極的に売っており、24時間の無人営業で8割以上の稼働率を見ると、生き残るためのスィートスポットを押さえているような気がします。

気軽な高級ホテル


昨日はグランドエクシブ那須白河ザ・ロッジに泊まりました。白河は工場進出する企業が多く、季節によってはビジネスホテルの価格が高騰しますが、ゴルフ場に併設されるこのホテルは、オフシーズンにはビジネスホテル並みの価格で品数の多い朝食ブッフェがつきます。新幹線の新白河駅から車で15分ほどとアクセスも良く、車さえあれば昔のリッツカールトンを彷彿とさせる、贅沢な白河の迎賓館(立地するのは西郷村)に泊まれます。シングルでも25㎡ある客室の天井高は2,800mmあり、バスタオルを置く位置なども欧米仕様で、清掃の女性が高すぎて置けないために化粧台の下にあります。このホテルの謎は、レセプションの前に置かれる巨大な花が造花なことです。ホテル業界では、造花は潰れるホテルの兆候として忌避されます。利用者としては開業20年を迎えた気軽な高級ホテルが、末永く存続してくれることを願うばかりです。

新たな山の楽しみ


昨日は打ち合わせの前に、南会津の古民家の裏山である大嵐山(1,635m)と湯ノ倉山(1,343m)に登りました。山頂からは会津駒ケ岳の冬景色を眺めることができます。2時間半ほどでラウンドできる気軽な山ですが、平日は登る人もなく熊被害が広がる昨今、不安もあります。藪から突然雉が飛び立ちヒヤリとさせられます。葉が落ちた森は明るくなりますが、このルートが今一つ好きになれないのは、谷筋を登っていくために、どこか陰気な気配を感じるからです。登山アプリの普及は、等高線と自分の現在位置が正確に分かることにより、地図読みの楽しみが加わりました。地図を見ていると尾根伝いに、古民家から直接アクセスできそうなバリエーションルートが作れそうです。トレイルにも自分のテンションを上げてくれる道と妙に疲れる道があり、バリエーションルートを創り出すことは、新たな山の楽しみかもしれません。

熊被害の真犯人


白河には頻繁に行きますが、旅館のあった西郷村に行く機会はめっきり減りました。この週末久しぶりに西郷村に行くと、太陽光パネルによる乱開発の惨状を目の当たりにすることになり、心が痛みます。熊被害の真犯人が太陽光パネルだ、という意見は極論だと思っていましたが、ここまで森を破壊し尽くせば、熊が居場所を追われて里に出没するのは当然の成り行きに思えます。SDGsを真に受ける人は減りましたが、利権政治は、いつの時代もきれいごとで化粧をして人々を欺きます。一見環境に良く見えた発電で安定収益を得ている人たちには、目先の短期利益だけではなく、これらのパネルが廃棄されるまでのライフサイクルコストに責任を負ってもらいたいものです。人々が目先の収益に惑わされるのは、食べ物とは違いお金はいくらあっても満たされることがない厄介な存在だからでしょう。

サウナは貸切に限る


どこで入ってもサウナは一緒だと思っていました。しかしそれはパブリックサウナの話です。昨夜は近所の来客が引けた後、土蔵のサウナストーブに薪を投入し、上段で推定95℃まで温度を上げロウリュをすると、サウナハットが欲しくなる熱波が襲います。7、8分も入れば十分過ぎる汗をかき、ガッシングシャワーを浴び、チラーなしで推定14℃の井戸水の水風呂に身を沈めると、至福の時が訪れます。手前味噌ながら控えめに言っても最高です。入浴した来客の全員が、しばらくサウナ室から出てこなかった理由が分かります。水風呂から上がり、白河の冷たい空気に身をさらすと、先ほどまで冷え切っていた体から一斉に湯気が立ち上ります。土蔵の外は東京では見られない満点の星空が、福島随一の縄文遺跡のある天王山を背景に広がります。サウナは自分でカスタマイズしてこそ至福体験となり、それゆえ貸切ニーズが強いのだと思います。

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