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もうファックスはいらない?

今朝は雪で、フィアットの気温計は氷点下5度を指しています。ただ金曜日に受け取ったクリッパーのスノープラウでかくほどには駐車場の積雪はありません。

今日は旅館業、飲食業、温泉施設の営業許可に関する代表者変更と食品衛生責任者変更で白河市内にある県南保健所を訪れました。

保健所に行くと、今朝「フジヤホテルは電話に出ないが営業しているのか?」とお客様から保健所に問い合わせがあったと言われました。現在館内工事中で営業をしておらずご不便をおかけしております。

電話と言えば今後ファックスをとりはずすことにしました。私自身この10年ほどは誤送信や紛失の問題からファックスを使っていません。他方、ファックスで送られてくるのは「マイクロバス買い取ります」といった人の紙を使った売り込みばかりで苦々しく思っていたところで、毎月の電話料金が1,000円ほど下がることもありファックスは廃止することにしました。

温泉のエア混入はかなり激しく毎日のエア抜き作業は必須です。今朝はバルブのある温泉菅の枡は完全に雪に埋もれていて掘り出しました。

新幹線停車駅と国立公園がある村

新甲子温泉がある西郷村の人口は2万人ほどで、読谷村や東海村に次いで日本で三番目に人口が多い村です。日本で唯一新幹線停車駅があり、企業も多く、白河のベッドタウンとして人口が増えています。ちなみに人口上位100の村のうちで人口が増えているのは14の村だけです。こうした都市化の一方、村の一部である甲子地域は1950年に東北初の国立公園として指定されました。

西郷村の歴史で有名なのは旧陸軍の軍馬補充部です。白河支部は明治30年(1897年)に西郷村小田倉に設置されました。現在は西郷村歴史民俗資料館となる写真の建物は、昭和10年(1935年)に軍馬補充部白河支部事務所として建設されたものです。白河支部は軍馬補充部支部の中で最も東京に近いため、天皇や皇室が訪れ、写真右手の松は皇太子時代の昭和天皇が大正5年(1916年)に訪れ植えたものです。

昨日白河市立図書館で西郷村の歴史を読んでいたら実物を見たくなり、買い物に行く途中に寄ってみました。

冷静な歴史評価が必要なのでは?

東京では梅の花がほころぶ季節になり春を感じますが、ここ新甲子温泉でも午前中は暖かく、昼を過ぎてからは気温が急激に落ち始めました。金曜日に受け取ったスノープラウを試したかったのですが、幸か不幸か駐車場の雪は消えてしまいました。これだけアスファルトが露出するのは雪が少なかった正月以来です。

今日は午前中に白河市立図書館で、新甲子温泉の歴史を調べました。相談カウンターに聞くと、たちどころに10冊近い本を紹介してくれました。東京ならここまで手厚いサービスを受けるのは難しいかもしれません。

甲子高原フジヤホテルの50年の歴史は、1961年に開発された新甲子温泉の歴史よりはやや短いものの、日本の多くの観光地が経験した光と影、栄枯盛衰と重なり合います。かつては12軒あった旅館が今日では4軒という、うつろいやすい人の世のはかなさとでも言いましょうか、その歴史を学ぶことで何か教訓が得られるかもしれないと思い、この温泉地の歴史に興味を持ちました。

昔懐かしい手書きの資料などをめくっていると、希望に満ちた昭和40年前後の活気あふれる時代の息吹を感じることができます。歴史は繰り返すものなのだと感慨深くもあり、やたら成長戦略をとなえるどこかの国も、冷静な歴史評価が必要だと感じました。

もう東京では暮らせない?

東京に立ち寄ると体調が悪くなるのが分かります。別段、気分が悪くなるとか、自覚症状はないのですが、たった一日でも便が変わります。私は健康診断の数値より日々の便の方がはるかに体調管理には有益だと思っています。放射線の被爆など健康診断にはそれなりのリスクがあります。もちろんこれを言い始めると、宇宙からの放射線を浴びる飛行機に乗れなくなるのですが。

東京での暮らしが問題なのは、魅力的な誘惑が多いからついつい身体に悪そうなものを食べてしまうことです。身体は繊細で正直ですから反応して体調変化を教えてくれます。あまりにストイックな生活をするとストレスがたまるという意見もその通りだと思うのですが、私自身は明らかに体調が変わる外食を以前ほど楽しめなくなりました。

消去法でスノープラウに

今日はクリッパーに取り付けるスノープラウ(除雪板)を受け取りに長野県塩尻市まで遠征しました。年間3カ月だけのために、数百万のホイールローダー購入は非現実的だし、10馬力32万の手押し除雪機は中途半端だし、そこで50馬力あってキャビンもついているクリッパーに10万のスノープラウを取り付けることにしました。ディーラーの人も認めるように30cmを超える積雪には無理があるようですが、消去法で選択肢がないなかでの判断です。

クリッパーが長距離ドライブに最適だとは言いませんけれども、長距離ドライブは苦になりません。これで九州まで行けと言われても躊躇しないと思いますし、運転好きの私はむしろ喜んで行くと思います。途中中央道でアストンマーチンDB7としばらく並走しましたが、日本の制限速度を守る限り目的地への到着時刻はそう大きくは開きません。乗り出し価格90万のクリッパーとの価格差は20倍ほどで、バブル時代のエコノミークラスの格安チケットとファーストクラス正規料金ほどの差になります。

むこうは運転していることさえ忘れるほど快適でしょうけれども、こちらはほぼ全開状態でむしろ楽しめます。何回転で回っているのかつかみどころがないクリッパーのエンジンは、スピードメーターを使いきるぐらいの速度域になると、多気筒バイクのような乾いた快音を聞かせます。もちろん快音かどうかは受け止め方の問題ですが、本人が満足しているのでそれが真実なのです。

軍用車並みとか散々持ち上げてきたクリッパーの雪上走破性ですが、昨日はその限界があることを知らされました。一晩駐車をしていたら、タイヤが接地する4輪との接合面が凍って、自転車のローラー台のようになって動けないのです。工事に来た職人さん2人に押してもらって脱出しました。ディーラーのメカニックによると、パートタイム4WDはフロントとリアは3:7ぐらいの駆動力になっているようなのですが、リアタイヤばかりが空転していました。

クリッパーは納車から一か月半で、3,500kmを走り燃費は18.24km/Lで、カタログのJC08モードの19.6km/Lには及ばないものの、ほとんどを4WDで、しかも新雪をかき分け走ったわりには好燃費です。

Uber解禁こそが過疎地の暮らしを守る

今朝も4時過ぎから温泉に入りました。外は地吹雪で浴場の換気扇がうなりを上げて回り、温泉の6、7メートル先にあるブナの大木でさえ霞んで見えなくなります。流せる温泉の湯量は決められているのですが、この時期特有なのかエアの混入が激しく昨夜の3分の1程度の湯量になっています。自然に依存して暮らしているのでやむを得ないことなのですが、現在加温用のボイラーを止めて源泉掛け流しにしているために、湯量の減少は湯温の低下になります。よく言えば一日中入っていられる湯温で、悪く言えば浴槽から去りがたい状況です。

自然に依存しているのは温泉だけではなく、水も剣桂神社の沢から取水しています。写真の手前に小さな沢があり、この沢から取水をしているのはこの甲子高原フジヤホテルとお隣の那須甲子高原ホテルの2軒だけですからそのためだけに水道設備を維持する必要があるのです。かつては12軒の旅館が軒を連ねたという新甲子温泉も、今では4軒の旅館と2軒の民宿を残すだけとなり、いわば過疎化した限界集落同様の問題を抱えています。

自家源泉など温泉や水道を自前で持つ選択肢もありますが、とくに温泉などは数百メートル地下のポンプを数年おきに数百万かけて維持する必要があります。

もうひとつ過疎地で困るのが、移動する権利の確保です。公共交通としては福島交通のバスがありますが、1日3本というのは都会暮らしが長い人間にとってはないのと同義語です。どうしても自家用車に頼らざるを得ないのですが、社会問題化している高齢者ドライバーの問題に直面します。私自身車の運転が好きで、高齢者の運転に対しても肯定的ですが、2、3日前も朝、国道の凍った路面を下っているときに一時停止無視の高齢者ドライバーの車が目前に割り込み胆を冷やしました。確か同じ日だと思うのですが、白河の街の右折レーンを対向のやはり高齢者ドライバーの車が逆走してきました。おそらく対向車線に右折レーンのないところで右折をしたかったのだと思います。こう考えると地方においてはライドシェア、Uberなどの仕組みを全面的に開放すべきだと思います。ちなみにタクシーでホテルから白河の街に出ると片道で5,000円かかります。

理屈抜きに今がベストシーズン

今朝は明るくなり始める6時過ぎからスノーシューで剣桂神社に行きました。ちょっとそこまで行くつもりだったのですが、ちょっとした冒険でいい運動になりました。剣桂神社の背丈ほどある灯篭は雪に没していました。動物の踏み跡しかない新雪をどこでも自由に歩きまわれるのは一種の快感です。

帰路は阿武隈源流沿いの遊歩道から帰りました。古代ブナ原生林に分け入ると、雪に閉ざされた深山幽谷の白い世界は幻想的でスピリチュアルな感覚です。雪をかきわける音しかしない幽玄な世界に身を置くと、いまこそベストシーズンだと確信します。

帰路は登山道なので、横着してかかとのない長靴にスノーシューをつけてきたために時々靴がはずれたり、ストックを突くとグリップまで埋まったりして汗をかきました。

それでもこのスノーシューの阿武隈源流散策は、理屈抜きに快感で、なぜ今まで売ってこなかったのか不思議なくらいです。

歴史を感じる等身大の街

今日の午前中は、風は冷たいが雪のない白河に行きました。国道289号線は凍結していて2速ギアでそろそろと下りました。冬用のタイヤを履いていないのか、途中何台も立ち往生している車があります。白河の街には雪がありませんので、無理もないことかもしれません。

いつも車で通過するだけの白河の街を少しだけ歩いてみました。白河駅の近くには千本格子の美しい町屋が残っています。

街道から奥に入った寺には、白河口の戦いの際に戦死した官軍の墓石90基が場所柄忘れ去られたようにひっそりと立っています。二十二歳、慶応四年(明治元年)といった文字が読めます。外壁に白河石が使われた石造りの美容院は大正時代に建てられたものです。近くには明治時代に建てられた商家もあります。

白河の街を歩いているとよく挨拶をされます。これ以上大きな街になると挨拶はしないのでしょうが、そんな等身大の落ち着いた街が好きです。

40リットルを飲み込むストーブのアメリカ車

今私が暮らしている新甲子温泉を「田舎に暮らしている」と表現することが多いのですが、その意味するところはユニークさです。都会より優れた点も多いですし、15分で都会的かつ温暖な白河の街に出られることはいいところ取りができる、好立地だと思っています。なんといっても最大のユニークさは自然環境の素晴らしさです。まさに山の天気で、自然の穏やかさと厳しさを身近に体感することができます。

昨日の昼までは暖かく快晴の穏やかな陽気だったのですが、午後からは雪が降り始め、今朝は地吹雪で、温泉浴場前の樹高15メートルほどのブナの大木が、唸りをあげてヤナギのように揺れるさまは恐怖を感じます。吹き上げられた雪で視界が真っ白になり、離れの建物にあたり自動車の風洞実験室のようです。今朝はフィアットのドアも凍りついて開かず、ホテル前の国道の路面も凍結して、冬用タイヤを履いたトラックがさらに金属チェーンをつけています。

今朝は館内で火災警報が鳴りました。原因はジェットヒーターです。昨日は事務所の塗り壁を職人さんに塗ってもらったのですが、寒さで手が震えないようにジェットヒーターを使っています。自動車業界で言えばかつてのV8全盛期のアメリカ車で、1日に40リットルの灯油を飲み込む職人さんの味方なのです。

春が来た?

今日は新甲子温泉の気温は7度まで上昇し、寒さに耐えてきた身としては暑いぐらいです。昨日、今日の春が来たと思わせるような気候で屋根の雪はほとんど落ちました。朝、ホテル近くの展望台からは大きな虹を見ることができました。

午前中、白河の街に降りたのですが、国道を通るときはいつも新甲子温泉にある3軒の旅館と2軒の民宿の駐車場の入り込み状況を見ます。途中ですれ違う旅館送迎のバスも乗っている乗客数を見てしまいます。2軒の旅館はこの季節でもいつも入り込みがあり、50年来経営をしている会社なので地元マーケットをしっかり押さえていて、新規参入の寸分の余地もなさそうです。

健康増進など、より施設の性格を明確にする必要があるといつも感じています。白河に出る途中で西郷村役場に立ち寄り、商工観光課を表敬訪問しました。村でも来年度は健康増進の方向で施策を打ち出すことを考えているようで、今後プロモーションなどで連携できるかもしれません。

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