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自然は牙を剥かない

中国甘粛省白銀市近郊で開催された100kmのトレイルランニングレースで21人が死亡した事故はトレイルランニング史上最悪なだけでなく、まれに見る山岳事故となりました。2019年に日本で開催されたUTMFで2位の表彰台に立ったリャン・ジン(Liang Jing)選手をはじめ上位6人のうち5選手が低体温等で死亡する異様さが天候悪化の激しさを思わせます。大会は中止され700人が救助に向かったものの標高2,000m前後の人里離れた山岳エリアだったことから悲劇的な結果を招きました。エマージェンシーブランケットが必携装備ながら参加者の多くが短パンやTシャツなどの軽装だったことは山岳競技のあり方への議論を呼びそうです。難易度の高いレースだけに完走者全員に払われるはずだった賞金も無理を招いた一因とされます。日本の山でも東京なら真夏とされる6月や9月に低体温症による死亡事故が起きます。日の出に合わせて八ヶ岳の山頂で迎える穏やかな夏の時間ほど人生の充実を感じるひとときはありませんが、季節が変わると同じ山域でも立つのも困難なほどの吹雪が数分前の足跡を消し去ります。自然が牙を剥くのではなく原因はいつでも畏怖の念を失った人間にあるのでしょう。

投資も食事もブレないバフェット

バランスよく色々なモノを食べる、一日30品目食べる、7色の野菜を食べるなどが健康に良いとされます。しかし、重要なのは食べるものではなく、食べた後に食品が栄養素として吸収され体内合成されるプロセスにあると思います。わが家に来て7年のラブラドールは毎日同じ餌ですが健康そのもので、糞も判で押したように理想的な状態です。同じ食事と言えば、90歳のウォーレン・バフェットは毎日チェリーコーク5本を飲み、朝食の代わりにオレオを食べ、週に3回はマクドナルドの肉以外の具材を抜いたクォーターパウンダーかチキンナゲットの昼食を食べ、本人が「摂取カロリーの4分の1はコカ・コーラ」と言うほど砂糖と加工肉ばかりの極度の偏食家として知られます。かなり盛られた話だとしても1年にコーラを500ccも飲まない側から見ると、よほどの変異体質でなければとっくに死んでいるはずです。彼が元気なのはバフェットが、感覚的経験の背後にある実在を論理的に説明することはできないとする不可知論者だからだと思います。本質を認識することは不可能と考え己のみを信じる姿勢は、ブレない投資スタイルと同じなのだと思います。

ブラタモリのアナウンサー

昨日は近所にある齋田記念館に行きました。環状七号線沿いとは思えないほど周囲の喧騒とは無縁の緑豊かな敷地に建ち、隣接する1,500坪の屋敷には昭和9年に落成した世田谷区の有形文化財の数寄屋造りの建物があります。木曽義仲の重臣が遠祖とされる齋田家は天正18年(1590年)にこの地に土着・帰農したと言います。長年住んでいて徒歩圏にありながら訪れるのは初めてです。自粛になるまでは遠くの観光地にばかり目が行きましたが、どの土地にも伝えるべき歴史や文化・風土は残るものだと思います。初めて通る道を歩くとトタンや有り合わせの材料で建てたようなバラックが密集し、そこだけは昭和30年代のまま時間が止まったような一角があります。その先に新宿のパークタワーを望む景色は、返還前の香港で見た懐かしい風景に似ています。JR山手線のさらに外周に環状線を作る昭和初期に計画された路線の遺構が最寄り駅の近くに残ることも昨日知りました。戦時中に墜落したB29の機体の破片を娘が通った中学で見ましたが、その墜落地点は普段ラブラドールと散歩をするあたりで、下調べを禁止されているブラタモリのアナウンサー状態です。

アメとムチか無知とムチか

常に関心を持つのはモチベーションの引き出し方です。外的報酬を得るための外因的モチベーションと、活動自体が目的になる内因的モチベーションがあると言われますが、自発的に仕事に取り組む内因的モチベーションを実現している組織は少数で大半は小さな組織です。多くの企業は原始的なアメとムチか無知とムチに頼っているのが実情でしょう。古くはピラミッド建設の労働者がアルコール欲しさに働いたという説がありますが、現代の労働者のモチベーションはハイパーコンシューマリズムによる中毒かもしれません。ここでの問題は、過剰消費に浸かった人は短期思考になり思考領域が狭く、物事を二項対立で単純化し組織や社会を混乱させる存在という点です。金が全てという世俗の魔力に操られると、気づかぬうちに自ら精神を汚し幸せから遠ざかると思います。お金が生死を左右する人にとってはお金が全てですが、外的報酬への過剰依存が、常に欲求をエスカレートさせるヘドニック・トレッドミル患者を生み、社会という観点から見たモチベーションの問題を複雑にしていると感じます。

寝るために食べる

以前は7時間半程度眠っていてこれはもっとも長生きするとされる睡眠時間ですが、もう何年もワンサイクル減りこれが6時間になりました。最初は加齢により睡眠が浅くなるという俗説を信じていましたが、ちょうど糖質を制限し始めた頃と時期が重なり今は糖質を減らすと睡眠時間も減ると考えていて、その相関を指摘する専門家も居ます。この1、2年はさらに睡眠時間が短くなり今は5時間以下になりました。これは食事を一日二食以下にする生活を始めたタイミングと同じで、今の仮説は糖質や食事を減らすと睡眠時間も減るというものです。人類の祖先は現代のように満腹になるまで食べることはなく、野生動物に襲われる危険がある時代に明るくなるまで寝ることもなかったはずです。以前は寝るほど良いと思っていましたが、寝ることにもエネルギーが必要でそのために食べるという悪循環で体に負担をかけてきたと思います。人類史における環境変化を生き残った固体はほとんど食べなくてもあまり寝なくても大丈夫で、その淘汰が人体のデフォルトを作ったのでしょう。

残りは祈るしかない

昨日は日本工学院に行きましたが、旅館業も学校で教えることも対人サービスであり接客業である点は同じです。授業はエンターテイメントとして行うものではありませんので、本来ホスピタリティ産業ではありませんがその本質は似ていると思います。主人に従者が仕える関係がサービスなら、ホスピタリティやおもてなしは対等を前提とした主人と客人の関係と説明されます。派生語に奴隷があるサービスは主人の要望に忠実ですが、後者はもてなす側のこだわりが反映されます。コロナ禍以前からホテル、旅館業が苦境にあるのはこだわりを失ったからだと思います。多くの事業者は自分のこだわりに自信が持てず、旅行代理店や客の要望に応えようとしますが、そのありきたりなニーズがレッドオーシャン化を招いた原因でしょう。授業に関して言えば自分が学生時代に受けて苦痛だった文献棒読み的な授業を避け、他方で学生のうちに聞いておきたかった話を心がけますが、両者に共振が起きる関係とは程遠いのが実情です。かのピーター・ドラッカーでさえ1割の学生を引き付ければ他の3割はついてくる、残りは祈るしかないと語っていたことがせめての救いです。

集めるではなく選ぶ

引っ越す前の仮住まいが狭すぎて、大量にモノを捨てました。その結果今の家には比較的モノが少ないのですが、不思議と部屋が片付くとあまりモノが欲しくなくなります。断食や食事の回数を減らすと食欲に対して冷静でいられるのに似ています。外食が続くと薄味では物足りなくなるように人間の感覚は欲望のスパイラルにも、充足のスパイラルにも入ります。日常生活に意識を向けると、ハレのイベントがなくても日々の暮らしに充足を感じ取ることができると思います。血糖値が急上昇したあとインシュリンの大量分泌により低血糖に陥るようなドーパミン型の幸せに慣れてしまうと、普段の生活では物足りなくなり人為的な欲望を金で満たすサイクルに入ります。必需品だけで生活をしていると執着や中毒は起きにくいものですが、安いからといって大量に買えば必需品は必欲品に変わります。欲しいという感情は食糧を集めるという人類が生き残るための本能と言えますが、集める感情の危うさは際限のない執着を生むことです。コレクションには集める以外に選ぶという意味もありますが、人生を充足する価値を選ぶべきでしょう。

幸せは感受性の問題

一日のなかで最も幸せに包まれるのは、毎日数分もないのですが、ベッドに入り眠り落ちるまでのわずかな時間です。マットレスに身を預けるときに感じる浮遊感と心地よさは、スレッドカウントの高いシーツや軽い布団であれば申し分ないのでしょうが、高級寝具である必要もなく誰もが毎日享受できます。ことに雨の日や荒天の日には雨風をしのげる安堵感、睡眠欲が満たされる満足感のまま眠りにつくときは全てを手放し、無料で毎日受けられるスパのような心地良さがあります。睡眠時間は短い方ですが、眠るのに3分もかからず、528hzの音楽もラベンダーの匂い袋もいりません。数日食べなくても人体に影響はありませんが、睡眠は大半の人にとって不可欠で、成長ホルモンを分泌し体を修復する毎日の恵みです。一方で人為的にもたらされる豊かさはもろく持続性がありません。幸せは追い求めるものではなく、日々の暮らしのなかで感じるものだと気づくと無性に何かがしたいといった欲求が起きなくなります。湯船に身を沈める瞬間でも食事の前の空腹でも、ありがたみを感じることで邪気が払われ幸せを感じることができると思います。

月が身を清める

紅茶をよく飲み、食物繊維の豊富なバナナも好きですが、これらは農薬のリスクが高いとされます。気にし始めると空気の悪い東京には住めませんし、健康リスクのない食品を入手することは現代ではほぼ不可能でしょう。安全な食品という幻想を捨て、許容できる範囲で食べると考えるのが現実的です。人体には解毒能力が備わりますので、安全性の議論は受け入れることが許容できるかどうかと考えると気が楽になります。農薬を気にして洗い過ぎれば栄養素も落ち、食中毒を考え始めると塩素消毒などのリスクにさらされます。入を制御する最良の方法は食べるものを減らすことと、同じものをなるべく食べないことですが、重金属に汚染された大型魚などリスクの高い食品や深酒を避け肝臓や腎臓の負荷を下げることだと思います。一方で、デトックスは入浴や運動で血液循環を良くし、効果があるとされる食物繊維を豊富に含むきのこ類を意識的に食べ、深い睡眠で代謝を正常化する生活です。最も強力なデトックスは新月の頃に行うファスティングですが、体をリセットすることで消費至上主義に毒された心身も清めてくれます。

明るさが気にならない日本人

一年前に今の家に引っ越した頃は家人から部屋が暗いと言われましたが従前の日本の住宅は明る過ぎると思います。これは慣れの問題で、オフィスはともかく家でも蛍光灯を煌々と点灯させる日本の住宅は異端でしょう。日本人は目の虹彩が濃く光の影響を受けにくいために欧米人ほど明るさが気にならないこともその原因とされます。アマンリゾーツなどのラグジュアリーホテルでは照明設計を専門企業に任せて多額の設計料を払いますが、日本人にその感覚はなく、ただ明るさだけを求めます。人類は数百万年もの間暗闇で過ごしましたが、140年前に電球が発明されてからすべてが一変しました。せめて寝る前3時間はできるだけ光量を落としパソコンの画面も暗くしますが、夜間も明るい都市の生活は不健康です。以前地方都市に住む友人宅で夜ラブラドールの散歩に行くと街灯がないために自動販売機の明るさに目が眩んだのを思い出しますが、これは正常な感覚でしょう。一度暗さに慣れてしまえば夕刻以降は明る過ぎるコンビニに入りたくなくなります。闇夜にキャンドルで食事をするようなロマンティックな生活は日本の住宅には似合わないのでしょうか。

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