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いずれ自分も被害者に

昨日は人影のない会津東山温泉に泊まりました。古い旅館ながら、レセプション回りやフリードリンクのラウンジ、浴室などそれなりに力を入れて改装しているのに、客室階4フロアのうち1層でさえ埋まっていないのは気の毒と言うしかありません。夕食がついて一人で泊まって払いきり5,500円という破格の値段に至っては、気軽に自粛しろという人への憎悪さえ生まれます。夕食を取る客は2名だけですので、館内で調理するはずもなく、夕食は仕出しですが食器が立派なので体裁は整います。滝のように流れる温泉や十分にきれいな施設、過不足ない設備などを考えるとやるだけ赤字です。怖いのは疫病ではなく扇動された群衆心理です。10年おきに起こる疫病騒動の恐怖を考えると、誰もこの業界でビジネスをやりたいとは思わなくなるでしょう。零細事業者が多く業界の組織力の弱い飲食、宿泊業はスケープゴートにされます。毎年インフルエンザで数千人が死んでいるときは誰も問題にしなかったのに、扇動に乗せられてヒステリックに反応するなら、いずれ自分も次の被害者になることに、多くの人は思い至らないのでしょう。

いい子は恥ずかしい?

昨日はラブラドールが下痢をして病院に行きました。生まれてこの方、決まった時間に同じ餌を食べているので、普段は規則正しく良好な便が出ます。人間とは違っていつもご機嫌で、よほど調子が悪くても自分では伝えません。甘えるように鳴くのは餌を食べたいときで、いつもの時間に欲しがらない日は要注意です。言葉で伝えることができないので行動の変化に気をつけます。山などで脚を少し引きずっているときはすでに肉球が破れて血が流れていたりします。人間なら気絶しかねない痛さだと思うのですが、文句も言わず健気に人に従います。日帰り百名山の最難関とされる平ヶ岳で熱中症になったときも、フラフラになりながら結局最後まで自分の脚で下山し、担架で運んだのは体を冷やした川から駐車場までの2、300mだけです。言葉を話さない犬は行動が全てですが、他方で人間は、言葉は誠実でも行動は不誠実な人が多いと思います。人から批判されることを恐れてか、誠実そうに振る舞うことを強要される世の中になりました。SDGsバッチに違和感があるのも、自分からいい子を演出する態度にどこか恥ずかしさを覚えるからです。

普通に生きるとカウントダウンが始まる?

昨日は久しぶりに株主総会に行きました。妻が証券会社勤務なので株取引には一定の制限を受け、わずかな銘柄を長期保有しています。好きに株式投資ができない不便さは短期の損得に執着せずに済むのでかえって好都合です。企業の将来性を占う有効な材料は経営者とマネジメントチームの力量を見ることだと思います。経営者に会える株主総会の質疑応答は、企業の生命力とも言える経営者の思いや姿勢を知る手がかりになります。その会社に関して言えば、当初の先鋭化された商品が徐々に影をひそめ、普通の企業になっていくことが気になっていました。一人一発言の制約では、十分な意思疎通は難しく、ほとばしるような生命の息吹を感じるには至りませんでした。会社が成長して大きくなると良い条件で仕入れができるなどビジネスは安定しますが、他方で創業時に持っていたストイックな理想追求の姿勢が失われていくと思います。人も企業も理想が衰退し惰性で普通に生きるようになると、命が尽きる時を告げるカウントダウンが始まるのでしょう。

命を奪うことなく暮らす

理想的なバランスで必須アミノ酸を得られる赤飯を炊く機会が増えました。小豆は、酵素を阻害する植物性ストレスホルモンのアブシシン酸を除去するために前の晩に水に浸けます。翌朝には小豆が膨らみ発芽しようとしているのが分かります。動物であれ植物であれ、食事をすることは命を奪うことを感じます。香港でもマカオでも市場に行くと生きた動物とその処理を目の当たりにしますが、日本では命を奪う屠殺が人目に触れることは稀です。それゆえわれわれは食べることに罪悪感を持つことなく気軽に食事にアクセスし、贅沢を善と考えます。人間の愚かな特性は手段が目的化することだと思います。生きるために食べるはずが、食べるために生きるようになります。時代の風潮に流されて、地位財を手にすれば幸せになれると錯覚することも同じで、結局は心身を蝕む生き方でしょう。人が生きること自体が他の生存を脅かすことであり、持続可能性などと綺麗事を言う事にも抵抗を感じます。誰にでも免罪符が必要な現代において唯一できることは、なるべく他の命を奪うことなく暮らすことでしょう。

ヴィーガン化はさらに進む

自分が年を重ねたと思うのは味覚が変わり、以前なら見向きもしなかった佃煮や漬物、湯豆腐が恋しくなるときです。一日の食事の回数が減り質素な食事でも感謝や喜びを持てることは好ましい変化でしょう。もう一つの変化は肉食をしなくなりパートタイムヴィーガンになったことです。人類が肉食になったのは250万年前の氷河期により樹木や果物が減ったことがきっかけとされますが、プラトンは肉食が始まり戦争が始まったと言います。現代栄養学のルーツであるカール・フォン・フォイトが唱えたカロリー理論と肉食礼賛を人類は100年以上信じてきましたが、今やどの街でもヴィーガンレストランを見つけることはできます。イギリス1部リーグのマンチェスターユナイテッドなどのチームが、炎症を助長し怪我のリスクを高める動物性食品を減らし乳製品をやめるなど、トップアスリートがヴィーガン化を強め、ネットフリックスのドキュメンタリー映画「ゲームチェンジャー: スポーツ栄養学の真実」も注目されました。肉食による腸内細菌の悪化は翌日の便で誰でも確認できますので、ヴィーガン化はさらに進むのかもしれません。

現代科学は人類史の異端

トンガ沖で発生した海底火山の大規模噴火による地球の寒冷化が農業や畜産業に影響し、食糧危機が起こると危惧する声があります。しかし戦後77年も平和が保たれた現代の日本において本気で飢餓を心配する人はなく、健康を脅かしているのはいつも食べ過ぎです。われわれが当然の権利と錯覚する、望めばいつでも食べられるという環境は、明らかに人類史における異端です。狩猟採集の時代には何日も獲物にありつけない日もあったはずで、そもそも猟に出るのは空腹を感じてからです。人体はお腹がすいてから猟に出て獲物を追って活動し、場合によっては何日も食べられない生活に順応しています。「空腹⇒活動⇒食べる」が生物本来のサイクルですが、「空腹=食べる」を奨励してきた愚かな現代科学が、テロメラーゼやオートファジーの証明により紀元前の知恵に追いつき、飢餓こそが健康の鍵だと気づいたのはわずか20年ほどのことです。たかだか数百年の歴史しかもたない現代科学こそ人類史の異端なのでしょう。

自由は欠乏の裏返し?

妻が冬山訓練で富士山に行き、東京の寒い家に一人でいると自由を感じます。最も自由を感じる時は好きな時間に寝ることでもアマゾンプライムを見ることでもなく、好きな時間に食べることです。好きなものを食べる自由ではなく、好きな時間に食べることが重要です。すなわち、食べることも食べないことも選択できる自由です。現代人の脳は食べないパラダイムに慣れていないために、食べない自由に心地良さを感じません。しかし、何でも買える自由よりお金から自由になることが重要なように、何でも食べられる自由よりは食べることから開放されることが本来の自由だと思います。その理由は、前提条件が満たされればという制限付きの自由は本当の自由ではないからです。もう一つの理由は、お隣の国の汚職官僚が何兆円も蓄財しようとするように、欲望には際限がなく、金を持つほど金に汚くなり、食べ過ぎなのにまだ食べようとするからです。表面的な自由は欠乏の裏返しであり、結局は自分を縛り付けるだけなのでしょう。

産業化より伝統文化

ランニングをする人にとっての神学論争は足のどこから着地するかです。長年のプロパガンダによって一般人はかかと着地以外の選択肢を考えませんが、メキシコ北西部の山岳に暮らす走る民族タラウマラ(ララムリ)が、世界的ベストセラーになった「BORN TO RUN–走るために生まれた」で紹介された頃からつま先着地のフォアフット走法が注目されるようになりました。ゴムタイヤと革紐のワラーチか裸足で走る彼らは、レジャーや競技のためではなく生きるために走り、それは人間本来の走り方に近いと考えられます。長年信じられてきたかかと着地のヒールストライク走法を分析的に見ると、実はあまりメリットがありません。一方接地時間が短かく、筋肉への負担が和らぐフォアフットは効率的なだけではなく、拇指球、小指球、踵の3点を結ぶアーチが足にかかる衝撃を吸収し膝や腰の故障を回避します。さらにふくらはぎのポンプ機能が働きやすく血行も改善します。日本の草履もフォアフットに適した構造ですが、産業化がもたらす生活変化よりも伝統文化に学ぶべきことは多いと思います。

使うではなく買う

トヨタ、ランドクルーザーの納期が4年程度と伝えられます。トヨタのジャストインタイムをしても縮めることができない納車期間が、当初5年とも言われた超長期に及ぶのは、一連のサプライチェーンの混乱に加え世界受注が好評で日本への割当が減っていることも一因のようです。フェアレディZやサバンナRX-7などのスポーツカーがプアマンズポルシェと呼ばれた70年代、80年代、レクサスやインフィニティが金持ちに見えないビル・ゲイツなどの新興富裕層に買われたのが80年代、90年代なら、今世界を席巻するのはランドクルーザーや常に納車一年待ちのジムニーなどのオフロード志向の車でしょう。テロリストの軍用車として売られることが国際問題になるほど砂漠での信頼性も絶大です。過激過ぎる温暖化対策へのささやかな抵抗なのか、転売目的の注文が含まれるにしても、若年層の車離れなど明るい話題の少ない自動車業界にとっては朗報でしょう。自分なら一年でも待ちませんが、現代の消費は使うことではなく、買うことに意味があるのかもしれません。

起業は当たり前

サテライトオフィス発祥の地とされる神山町を擁する徳島県のイベントに行きました。人が人を引き寄せる神山町の軌跡を見ると、補助金のメリットだけで企業や住民を呼ぼうとする自治体とは対照的です。来てほしい企業を逆指名したり、ユニークな取り組みが奏功して日本のどこにでもある中山間地域の人口5,000人の町が全国区の知名度を得ました。全域に光ファイバーが敷設されるなどインフラ上の利点はあるものの、その誘致手法は戦略的です。20年以上続くアーティスト・イン・レジデンスを皮切りにワーク・イン・レジデンスでサテライトオフィスを誘致し、シェフ・イン・レジデンスなどのレジデンス戦略が秀逸です。レジデンスとは滞在期間を示し、他の自治体のように移住にこだわらず、いわば出入り自由の関係人口構築を当初からコンセプトにしました。その総仕上げとも言えるのが2023年春開校予定の神山まるごと高専です。認可されるとノルウェーにある大学に次ぐ世界で二番目に小さい町の高等教育機関になります。起業家が創業メンバーとなるこの学校の卒業生にとって、起業が当たり前になることを期待したいです。

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