自由は欠乏の裏返し?

妻が冬山訓練で富士山に行き、東京の寒い家に一人でいると自由を感じます。最も自由を感じる時は好きな時間に寝ることでもアマゾンプライムを見ることでもなく、好きな時間に食べることです。好きなものを食べる自由ではなく、好きな時間に食べることが重要です。すなわち、食べることも食べないことも選択できる自由です。現代人の脳は食べないパラダイムに慣れていないために、食べない自由に心地良さを感じません。しかし、何でも買える自由よりお金から自由になることが重要なように、何でも食べられる自由よりは食べることから開放されることが本来の自由だと思います。その理由は、前提条件が満たされればという制限付きの自由は本当の自由ではないからです。もう一つの理由は、お隣の国の汚職官僚が何兆円も蓄財しようとするように、欲望には際限がなく、金を持つほど金に汚くなり、食べ過ぎなのにまだ食べようとするからです。表面的な自由は欠乏の裏返しであり、結局は自分を縛り付けるだけなのでしょう。

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