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ランニングハイの季節

山では平年より1ヶ月早く初冠雪が記録され、突然秋が深まった印象です。夏山は言うに及ばず、天高く澄み切った空気の秋の山も、生命力あふれる新緑の初夏も、山の楽しさは尽きません。歩く楽しさのベストシーズンなら、あたり一面が白一色の世界で覆われ険しいトレイルが走りやすくなる冬です。夏と冬が半年おきにやってくる日本に生まれた幸せを感じます。自然の中を走ることの醍醐味はリラックスと緊張を同時に感じることです。自然という多様な条件下で、風を受ける頬の感触や木々の香り、小鳥のさえずりや森の美しさを感じるリラックスと、一歩一歩の着地に集中する緊張は、人間が本来の状態に近づく幸せを体感できます。夏山が近づくときの興奮と同じように、スノートレイルが待ち遠しい季節になります。βエンドルフィンの分泌によるランニングハイと糖質中毒のシュガーハイは、モルヒネ同様の作用を示す脳内麻薬という点ではおそらく同じだと思います。シュガーハイは血糖値上昇とインスリン大量分泌で代謝を乱し酸化ストレスを増やしあらゆる慢性疾患を生みますが、ランニングハイの副作用はほどほどに楽しむ程度ならほぼ無害で健康と幸福を手に入れられます。

共産圏は医療先進国?

タリバンが政権を掌握したアフガニスタンの映像を見る誰もマスクをしていません。ロイターのデータによると新規感染者はピーク時の2%とされ、国の混乱によりそもそもデータが取れていない可能性もありますが、先進国でも収束の兆しが見え難いのとは対照的です。以前、共産主義国キューバの医療制度の先進性が日本でも取り上げられた時期がありますが、政治制度と医療の間には一定の関係が見られると思います。科学的根拠が曖昧とされる東洋医学の有効性を最先端の量子力学が解き明かし始めていますが、この分野で先行していたのは1950年代以降のソ連です。その理由は軍拡に突き進むために医療にあまりお金をかけられず最短で人を健康にする方法を研究したからだともされます。一方で120年ほど前に医学部が制度化され、化学と統計学を使い薬による治療を中心とするアロパシー医学が世界の主流になると、医療は巨大産業となり、一方で数千年かけた膨大な蓄積のある伝承医学は廃れていきます。医師が増えると病気も増え、夕張のように病院が縮小すると病人も減る傾向については再考が必要だと感じます。

眠りは予約できる?

涼しくなりよく寝られる季節になりました。睡眠は、食事、運動、ストレス対処と並ぶ健康の要因です。若い頃はいくら寝ても足りないほどよく寝られましたが、もう記憶にないほど目覚まし時計を使ったことがありません。一種の特技の領域になり、4時に起きたいと思えば4時以前に目が覚め、2時に起きたいと思えばたとえ睡眠時間が1、2時間でも起きることができ、不思議なことに寝不足にはなりません。自己暗示なのか意識をすると自分の身体がそれに反応し睡眠時間を予約できます。30代で転職をした頃、2時起きブームがあり、以降どちらかと言えばショートスリーパーになり平均睡眠時間は健康に良いとされる7時間より2時間ほど少ないのですが、平均値には意味がないと思います。昔は食べることを善と考えましたが、今は食べないことを善と考えるように、眠りも良い面だけではありません。少食になると睡眠時間は比例して短くなり、睡眠が必要なのはそれだけ身体の回復が必要ということで健全とは言えないのでしょう。短時間睡眠の最大のメリットは近所の神社に行くにしても山に行くにしても、誰も起き出さない時間帯を独り占めできる贅沢だと思います。

信じることでしか克服できない

甲子高原フジヤホテルのある西郷(にしごう)村が2021年の「経営力」で一位となり、全国1,741自治体の頂点に立ちました。総務省が公開する財政状況資料や市町村税などを数値化した自治体四季報の集計結果で、法人税増加などの特殊要因による一過性のものと見られますが、昨年の98位から2位以下を大きく引き離しての快挙です。財政基盤が比較的健全で、沖縄県の中城村に抜かれたものの全国で4番目の人口を抱え今も人口が増加し、唯一の新幹線停車駅を持つ豊かな村であることには違いありません。明治22年(1889年)の町村制の施行以来合併を免れた数少ない自治体として現在に至る西郷村は、企業誘致が進む産業面やベッドタウンとして脚光を浴びてきました。他方で、村の面積の4分の1が国立公園の恵まれた自然環境を生かすレジャー面は、温浴施設を中心とした複合施設の経営破綻など明るい話題がありません。ホテル・旅館事業者は今恐怖のどん底にあるかもしれません。しかし、自分を信じることでしかその恐怖を克服することはできず、現実に束縛されるとアイデアは枯渇するのでしょう。

怯えているときは大胆に

続投に意欲を見せていた首相の退陣は唐突な印象ですが、全敗記録を更新中の顔では戦えないという悲鳴が現場から上がったのでしょう。目標が決まれば確実に仕事をこなす優秀なマネージャーは、大きな国家観を描き皆を巻き込むリーダーにはなれなかったのかもしれません。それでも批判の多い親中派を道連れにしての引き際は見事との見方もあり、自民党にとっての救世主と言えそうです。後継レースはリセットされた形ですが、肝心なときには部下を裏切り人望のない軍事オタクや、人柄は良さそうながら主張が不明瞭な酒豪では役者不足で、急激に失速する自民支持を取り戻す起死回生の切り札は、国家観を持ち最も明確に政策を語る日本初の女性首相しかなさそうです。コロナショックからの回復に向けて、アベノミクスの再来とも言えるサナエノミクスに期待するむきもあり、小泉劇場に日本中が熱狂した、かつて見た光景が再現するのかもしれません。社会が熱狂しているときは臆病に、そして怯えているときは大胆になれるリーダーが必要だと思います。

妄想を形成する組織

池袋暴走事件の飯塚被告に禁錮5年の実刑判決が出ました。目を背けたくなる悲惨な事件は人間性を欠く上級国民の振る舞いに批判が集まりました。謝罪をして反省をしていれば被告の年齢からして量刑が緩和され執行猶予となった可能性もありますが、最後までメーカーに責任転嫁をしようとする自己中心的な唯我独尊ぶりに人間の愚かさと恐ろしさを感じます。被害者家族を苦しめ続ける二次犯罪を犯す被告の妄想は、閉鎖的組織が生み出した災いだと思います。一定の社会的地位がある人間が常識を欠く行為をするのは、長年の閉鎖的組織における成功体験が、常識より妄想を強化し揺るぎない誤った信念を形成するからでしょう。これが国家のリーダーであれば、おびただしい数の国民を虐殺してきたソ連のスターリンや中国の毛沢東を生みます。上司に評価される内側の論理にばかり忠実な構成員に汚染された組織は、日本にあっても少なくないのかもしれません。自由な発想ができない違和感より生活ができなくなる恐怖のほうが強い組織の場合、徐々に人間性を失わせて行くのでしょう。

幸せは自身の内側に

皇位継承者の宮家における結婚問題はありえない方向で決着するようです。事実上の勘当とは言え、年金詐取、傷病手当詐取、借金問題、相次ぐ身内の不審死などの深刻さを考えると、駆け落ちの影響は英国王室に向けられた嘲笑以上になるかもしれません。皇室の不自由な生活を離れたいにせよ、その自己破滅的な選択に今度ばかりは同情の声は聞かれません。誰にも幸せを追求する権利がありますが、皇室を離れれば幸せになれるという考えは、お金があれば幸せになれるという考えと同じです。条件付きの幸せが脆いのは条件の対象が常に自分の外側にあるからです。幸せになることは誰にとっても最終ゴールであるにもかかわらず、多くの人が回り道をする理由は、物質主義と消費社会という外の世界が自分を幸せにしてくれるとの迷信があるからだと思います。神経伝達物質はあまりに小さく短命ながら、物質であるために自身の思考や感情を把握する手がかりになります。数世紀かかり突き止められたその正体によって、幸せは自身の内側にあることが証明されるのでしょう。

快より善のために食べる

人間は五感の迷信で生きる動物だと思います。その代表が味覚で、好き嫌いがあるように快か不快かを判断します。快が常に善とは限らないことが問題で、脳の報酬系の暴走もあって多くの場合両者は矛盾します。美味しいと判断したきっかけや基準が味蕾がもたらした情報なのか、血糖値の変動なのかも曖昧です。味覚と空腹感のセンサーは狂いがちで正常に戻す方法は断食だと思います。朝食を抜くだけの間欠的断食はダイエット法と言うよりはもはや新しい食事法として浸透し始めています。肉食動物は基本一日一食ですし、日本人が三食食べるようになったのは江戸末期とも言われ、三食をきちんと食べるという洗脳にはたいした根拠がないか、あっても机上の空論でしょう。食間を最低16時間取ると血糖値スパイクによる低血糖がより顕著に起きますので、結果として糖質摂取に対して慎重になるのは好ましいことです。糖質に注意すると自分の身体に起こる症状について自分で解説できるようになります。たまに夕方低血糖症状になることがありますが、だいたい思い当たる節があります。快のためではなく善のために食べることこそ健康への大きな一歩でしょう。

必需品になった嗜好品

週末は久しぶりの快晴で山は賑わいました。良く登る西岳、編笠山は富士見登山口から10kmほどで累積標高1,270m、3時間ほどのトレイルですが、この程度の運動で空腹を感じることはありません。燃料補給なしにどこまで歩けるか試した北アルプスでも、何も食べずに一日歩いてもエネルギー切れを起こす兆候はありませんでした。不食を実践する人は世界に少数ながら存在し、300Kcal程度で一日を過ごすライトイーターなら数十万人規模になり、多くが長年の習慣から嗜好品的に食べていると言われます。確実に言えるのは、お腹が空くことと、食べたいという衝動は無関係で、われわれが感じる空腹は脳の反応です。人は感覚器官が伝える五感を使い生きていますが、空腹は低血糖を脳が感知する内部の反応のために、その実像を知ることを困難にしています。お腹が空いたのではなくお腹が空いたと思っているだけで、胃を満たすためではなく、血糖値を上げるために食べています。食べなければ死ぬという信仰があまりに強いために、嗜好品はいつしか必需品と入れ替わり食べることの意味を変えてしまったのだと思います。

小さい車はストレスも小さい

昨日出先の駐車場で、隣のロットに駐車しようとした車がグシャと音を立てて一台隣の車に後方から突っ込みました。どちらもきれいな大型の高級車で顛末は知りませんが、お互いにとって不快な週末になったことは間違いありません。もう何十年も前にデパートの駐車場で、駐車中の白い巨大なアメ車のフロントフェンダーにめり込む程激しくバックで突っ込む車を見たことがあります。当時はヤクザがアメ車に乗る時代でその車は動揺したのかそのまま走り去りました。バックをしながらの駐車は多くの人にとって苦手種目で、センサーやモニター、自動運転機能が搭載されるようになりました。一方、ヨーロッパの一部の国ではバンパーで他車を押して駐車スペースを確保するなんて話も聞きます。確かにフィアットのバンパーは頑丈に作られていて、かなりの衝撃を伴い後方から追突された時もバンパーに筋がついただけで外見の変形は見られず、一方追突した車はバンパーが変形し左右のヘッドライトが割れていました。軽自動車並に小さいフィアットは、駐車場でも気を使うことがなく人が敬遠する狭い場所へももぐり込め、トラブルに巻き込まれる可能性の低いストレスの小さい車だと思います。

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