紙の日経新聞が値上げになり電子版に変えました。五感をフルに使って読む紙の方が頭に入りやすく、大切な本は今でも紙で所有しています。パソコンに残す記録より手書きノートを愛用するクリエイターも多く、人間の脳はアナログな手段と相性が良いはずです。今やデジタルによりその機能を奪われた脳は、デジタルデバイスなしには車を運転することも、山を歩くこともできなくなっています。現代人は便利さを享受するために、その代償を過小評価していると思います。現代社会に病気や不幸が蔓延するのは、本来は野性的に暮らすように設計されている人間が、都市部を中心に自らを飼い慣らす生活を求め、不自然な生き方をしているからでしょう。デジタルは大量のデータ処理に長けていますが、人が生きるのに必要な知識などごくわずかのはずです。核心が何であるかを見抜けないために、人は大量のデータを欲しがるのかもしれません。
お知らせ
消えない幸せ
東京の鮨屋は、ちょっとしたところは5万円が普通と、異様な急騰ぶりを見せていると言います。今や日本最大の資源は料理であり、インバウンドによって全く予約が出来ない状況が続いているようです。一方で高額消費のみを追い求め、豪華なカジノのイメージが強いモナコでは、レスポンシブル・ラグジュアリーを合言葉に、農業の復活など、持続可能な豊さの探求が活発とされます。有機農業スタートアップの進出により、農園は高級不動産物件のアピールポイントの一つになっているそうです。高級品や贅沢といった、不自然な欲望追求に対して、自然循環の一部として生かされていることを感じるライフスタイルこそ、持続可能な贅沢でしょう。消えない幸せは日常への感謝にしかなく、当たり前が有難いと思えることこそ、無駄に稼いで無駄に消費するより幸せな気がします。
エンジンには戻れない
草刈機を買いました。都会にいると使う機会は限られますが、田舎では必需品です。旅館のまわりの登山道整備などに使っていた20年ものの後継機は、2サイクルエンジンの排気臭とは無縁のバッテリー充電式です。エンジン始動の儀式もなく、ボタン一つで動く便利さや、その静かさに慣れると、もはやエンジンには戻れません。2サイクルエンジン25cc相当の36Vは1時間の充電で1時間使えるというカタログスペックに偽りはありません。電動草刈機は様々な機種が揃い、パワーを優先するなら最高峰はマキタの80Vになりますが、重量、バッテリーの持ち時間、価格とのトレードオフになり、たまに1時間程度使う分には40V程度の製品のバランスが良いと思います。電気自動車の普及には課題があり、今でも内燃焼機関が有利だと思いますが、草刈機に関しては山の中で丸一日作業をするようなヘビーユーザー以外は、電動化されそうです。
食糧自給率は100%にできる
玉川温泉への往復1,300kmは東京近郊を除いて一般道を使いました。往路は新潟から日本海側を抜け、山形、秋田と日本のコメどころを通りました。経済を石高で示す農業国日本の風景の美しさは水田によるものであり、どこまでも田圃が続く穀倉地帯を走ると幸せな気持ちになります。不思議に思うのは、国土の隅々まで農業生産が浸透しているように見える、この国の食糧自給率の低さです。我が家ではパンは嗜好品であり、主食の大半は国産米を食べ、近海で獲れた魚、野菜も果物もほぼ国産で、産地を追えない外食をほとんどしませんので、自給率は100%に近いはずです。食糧自給率の低さは、自分たちの文化にはない珍しいものを食べたい、安易に食べたい、安く食べたいという、無節操な欲求がもたらした結果であり、いつでも100%にできるのかもしれません。
毒を以て毒を制す
玉川温泉から戻りました。4泊は湯治期間としては不足で、5日目でも50%源泉の浴槽には満足に入れません。皮膚の弱い部分がただれ、かさぶたができるまでは、100%源泉に入るなどほぼ不可能です。日に3、4度温泉に入りますが、発汗が多く体力を消耗します。リフレッシュするどころか声が枯れ、満身創痍です。声が枯れるのは、普段からまないたんが出るからで、老廃物や毒素を排出し、次にはおできができると思います。他の温泉地と違う点は、難病の治癒といった話が公然と宣伝されていることです。通常、直接的な表現は問題になりますが、回復事例が多いだけに許されるのかもしれません。滞在期間が長いために海外に行くような大型キャリーケースの人が目立ちます。生命の生存を許さない有毒な玉川の上に旅館があるため、虫がほとんどいないことも特徴でしょう。毒を以て毒を制す、最強の温泉地であることは間違いありません。
旅の投資的価値
昨日、起きた時には喉が痛かったのですが、温泉で50%源泉を50ccほど飲むと痛みが消えました。朝食前には秋田焼山(1,366m)に登り、玉川温泉からの累積標高は645mのブナ原生林を抜ける美しいトレッキングルートです。旅には消費的側面と投資的側面があり、その場限りの楽しさや快楽に重きを置く消費的価値に対して、後者は将来のリターンをもたらします。健康への投資はその典型で、健康増進型リゾート施設である米国型スパに、玉川温泉は似ていると思います。欠けているのは体系化されたプログラムとスパ・キュイジーヌですが、岩盤浴や蒸気浴を含む様々な温浴と、ハイキングなどの運動を自分で組み合わせれば事足り、食事も決して胃が持たれるようなものではありません。健康への投資と言うと、人間ドックなどが思い浮かびますが、個人的には玉川温泉に滞在した方が、将来の健康利回りは高いと思います。
本家を超える新玉川温泉?
玉川温泉から500mほど離れた姉妹館の新玉川温泉に行きました。後から作られただけに近代的で、露天風呂が追加され、岩盤浴も洗練されます。自炊部があり湯治場風情を残す本家とは違い、寝巻でふらふら歩くと違和感がありそうなリゾートホテルです。大浴場の作りは基本的に同じですが、なぜか蒸気浴はより熱く、50%源泉の濃度もこちらの方が濃いように感じます。どちらを選ぶかは好き好きですが、湯治場らしい情緒が希薄になり、3割以上高い新玉川を選ぶ理由はなさそうです。新玉川温泉が開業したのは1998年(平成10年)ですが、本家の歴史は1934年(昭和9年)に遡ります。湯治場開設の歴史はさらに古く1882年(明治15年)で、火薬原料としての硫黄採掘が始まったのは1681年(延宝8年)と言われます。今でも秘境中の秘境と言える山奥に、江戸時代初期から人が分け入っていた、労を厭わぬ先人の探求心の偉大さを感じます。
無為に時間を過ごす贅沢
玉川温泉での湯治2日目になると、湯あたりなのか、入浴初期に体調が悪化する好転反応なのか、何事をするにも普段の倍の時間がかかります。入浴と岩盤浴に行く以外は何もせず、ただただ無為に時間を過ごす贅沢は、10年ほど前に肝炎で入院した時を思い出します。宿は質素で豪華な要素など一つもありませんが、寝たいときに寝て起きたいときに起きる湯治場生活以上に、自分を甘やかす方法はないと思います。ピレネー山脈の麓にある秘境地ルルドには、不治の病を治す奇跡の泉があり、カトリック最大の巡礼地ですが、奇跡を起こす霊験あらたかなお湯が湧くことに関しては、玉川温泉も同じだと思います。しかしながら経営的には難しいようで、玉川温泉と新玉川温泉の経営会社は10年ほど前に変わり、以前売りに出ていた大規模な宿泊施設も今は解体されたようです。商売っ気がないところも、この温泉地の神秘性を増す理由かもしれません。
温泉は運動?
玉川温泉に来ました。東北の秘湯のうち最もリピートしているのが玉川温泉で、湯治の目的地として、ここ以上にふさわしい場所はありません。下諏訪の毒沢鉱泉も強酸性ですが、ここは包丁さえも一晩で溶かすpH1.2の強酸泉日本一で、皮膚が弱いために初日は50%に薄めた浴槽にしか入ることができません。岩盤浴や蒸気浴、飲泉もありますが、歯のエナメル質が溶けだすので口をゆすぐ必要があり、皮膚の弱い人は上がり湯を念入りに掛けます。秋田焼山に登る予定でしたが、有毒ガスの影響か玉川温泉側の登山口は封鎖されています。残念ですがあたりの森はブナ原生林で、温泉に入るだけで体力を消耗するので、一種の運動と言えるかもしれません。玉川温泉を信用しているのはガン患者の聖地という評判だけではなく、自身の体に起きた変化です。この温泉から帰るといつも大きなおできができ、毒素が排出されるのではないかと思います。
車で5分の秘湯
昨日は長野県下諏訪の毒沢鉱泉に行きました。諏訪大社の下社から車でわずか5分ですが、日本秘湯を守る会の会員施設です。昭和9年に医者に見放された幼少期の先代が、この鉱泉で命を救われたと言います。古くは永禄年間に金鉱発掘の際、けが人の治療に用いた信玄の隠し湯と伝わり、2014年までは公衆浴場がありました。pH2.53の硫酸塩泉は飲泉でき、貧血・慢性消化器病に効能があるとされます。源泉温度は2度と温泉ではありませんが、杉の老木が生い茂る暗い森に佇む秘湯は厳粛な気持ちになります。2日間の断食中でもあり、高額なスパに行くよりは健康になれそうです。気に入った場所でファスティングをしながらリラックスした時間が過ごすことは、お金もかからず心と体に静けさをもたらすと思います。幸か不幸か、現代はお金中心の比較思考が蔓延しますが、高級志向や贅沢を離れることなしに平穏は訪れないのかもしれません。