
ネパールから東京に戻り2日目ですが、旅の痕跡は今も身体に残ります。クンプ咳は相変わらず出ますが、帰国翌日の大学の授業はのど飴とのどスプレーで乗り切りました。ふくらはぎに残る痛みにより、階段を下るときは不自然な動きになります。極地への徒歩旅行という肉体の酷使は、旅行者に一定の犠牲を強いますが、それこそがネパール旅行を特別なものにしていると感じます。現代的な旅は、珍しい景色を見た、異文化に触れた、という安全圏からの観察者としての消費ですが、エベレスト街道のような高地徒歩旅行は、寒さと低酸素により思考力が低下し、息が苦しく、咳が止まらず、足が壊れます。つまり旅行者として守られず、見る旅からそこに身を投じる旅に変わり、自己変容の段階に至ります。カオス状態のトリブバン空港も含めて、犠牲を払った分だけ旅は深くなり、摩擦が多いほど、旅は自己変容装置になりうる気がします。
お知らせ
日常の定義を壊す

自分史上最長の3週間も日本を空けてみると、身体の感覚はカトマンズのままです。そのためか昨日成田空港から直行したのは近所のインド・ネパール料理店です。ネパール航空の成田便で隣の席に乗り合わせた青年のようなスタッフが配膳してくれます。標高5,300m超の生存領域を超えるエベレスト街道は非日常性にふさわしい場所です。われわれの生活圏の半分しか空気がない世界では、体調の維持が難しくなり、呼吸をしなければ死ぬことが現実問題です。睡眠により呼吸が浅くなることを防ぐためにも大量の水を飲みます。多くの旅行のあとに残るのは大量の写真と領収書だけですが、エベレスト街道の記憶をとどめるのは今も続くクンブ咳と脚に残る筋肉の痛みです。そのエクストリームさは4割の参加者が入院などのためにヘリを使ったことが示します。崖から飛び出すルクラの飛行場も、川沿いのカトマンズの火葬場も日常の定義を壊してくれます。
途上国が好きなら


今朝ネパール航空で成田空港に着きました。日程の半分が標高4、5,000m超という非日常体験は体への負荷を伴いますが、そのリスクに見合い世界の屋根の風景は異次元です。高度順応のために大量の水分を摂取し、夜はほとんど眠れず、エベレストベースキャンプでの氷点下12度の中でのキャンプ生活はこたえますが、同時に高揚感ももたらします。エベレスト登頂隊のメンバーの半分が一時離脱したことを考えれば、これを一般旅行として売る事は難しく、費用も含めて誰もが行けるわけでは無い領域に、現代の観光は拡張しつつあります。最終日に行った川に面する寺院の焼き場も衝撃的で、カトマンズを特別な場所にしています。ネパール旅行の問題は遅延が常態化し、昨日も2時間遅れたネパール航空と、あたりまえのことができない空港インフラのマネージメントの欠如ですが、それも含めて途上国を楽しめる人にはお勧めです。
旅の疲れ

エベレスト街道からカトマンズに戻り、ルクラからのフライトキャンセルに備えた予備日二日間は山で消耗した体の回復に努めます。これほど体を酷使した旅行はなく、エベレスト隊4人のうちの2人が病院に行くためにカトマンズに戻り、ロブチェ隊5人のうち2人が入院のために山を降りました。ほぼ全員がクンブ咳と高山病症状を発症し、高度障害により低下した免疫力で感染症にかかり、高熱や嘔吐する人もいます。一般的な観光旅行でさえ、環境変化により体調を崩す事はありますが、標高5,300m超えの極地旅行の場合は、普段から体を鍛えてきた登山者にとってもサバイバルレースです。幸い私のクンブ咳は二日間のサウナ通いによって症状が和らぎました。今夜帰国の途につきますが、旅の疲れは旅が終わるまでに解消したいものです。
旅の効用


世界一危険とされるテンジンヒラリー空港からドルニエ228で、一直線に伸びる世界の屋根を見ながらカトマンズに戻り、タメル地区の宿に入ると、初日にこの宿に来た時の印象とは違い、ラグジュアリーホテルに思えます。山に行く人なら、不便で不衛生な生活に耐性がありますが、それが2週間も続くことは稀です。標高5,300m超のEBCでもシャワーを浴びることはできますが、風邪をひくリスクが高く、この2週間はシャワーを使っていません。カトマンズに戻り、最初にしたかったことはサウナに入ることです。アカを落としクンブ咳を改善するにはサウナが一番に思えます。どんなに高級なサウナでも、2週間の山行の後のタメル地区の雑居ビルのサウナの方が、はるかにありがたく感じます。旅の効用は自らの片寄った環境を客観視して、世界を知ることであり、物珍しさを集めることではない気がします。
旅の投資的価値

エベレスト街道トレッキングの起点であるルクラにヘリコプターで戻りました。標高は2,840mあり、初夏の山岳リゾートの趣きです。空港に隣接するカフェのテラス席に出て、発着する航空機を眺めていると、背後には雪を抱いた巨大な山塊が迫り、起伏の激しいこの国の景色はどこを切り取っても絵になります。足元では露天商が店を広げ、ロバの隊列が市場を突っ切ります。何の役割も持たない自分は、ただ漂白の時間に身を任せます。さわやかな風がほおをさすり、ついつい睡魔に襲われます。旅を投資的価値と捉える自分としては、この旅を終えたあと、具体的にどのようなアクションを起こせるかに全てがかかっています。この旅が人生のあり方にまで、示唆を与えたことは間違いありません。
50%の状況から結果を出せる

エベレスト街道の旅も終盤に入りましたが、エベレスト、ロブチェ登頂をめざすチームはここからが本番です。ロブチェのハイキャンプに上がる昨日になって、エベレスト隊4人のうち2人が、ロブチェ隊5人のうち1人が体調を崩しカトマンズの病院に搬送されることになりヘリが呼ばれました。一方で良い知らせは20日の朝にヘリで下山しカトマンズの病院に入院していたロブチェ隊の17歳の高校生が退院して原隊復帰したことです。5,500m超での高度順応と、大量の水分摂取による眠れない夜、全員がほぼ症状の出るクンブ咳、キッチン隊が携行する食材と栄養素の偏り、連日の疲れの蓄積は徐々に全員の免役力を奪い、ちよっとした亜影響が高熱の原因になります。登山家とは、50%の状況から結果を出せる人のことかも知れません。
生存領域へ

一般客は滞在が難しいエベレストベースキャンプでの生活は4泊5日に及び、途中で高度順応をかねてカラパタール東峰に登りました。EBCはエベレストを間近に望むイメージがありますが、高台にあるヘリポートからわずかにその先端を望む程度の遥かなる山です。カラパタール東峰はプモリの登頂ルートにあたり小一時間で登れる丘に見えて、5,500m超の薄い空気が倍の時間を要しますがそこからのエベレストは絶景です。しかし、ここに至って全員が、クンブせきと高山病の洗礼を受け、ベストな健康状態で登るなど幻想に過ぎません。この限界環境からさらにゼロ富士登山に挑むようなものです。昨日は世界最高所のEBCから標高4,910mのロブチェに向け下山を始めましたが、空気が濃くなり体調がもどることを期待したいものです。
人生の目標を明確にする場所

20日7時前にロブチェ登頂隊の17歳の高校生が体調悪化のため下山することになり、EBCのヘリポートまで送りに行きました。学校と交渉し、アルバイトとクラウドファンディングで資金を作り、来年は史上最年少のエベレスト登頂を目指すと宣言していました。同行するエベレスト登頂隊を率いるのは自身のエベレスト登頂8度の成功に加え、日本人100人以上をその頂きに立たせてきた第一人者です。驚くのは、サポートに入るのが、社会人2年目の23歳ということです。エベレスト街道を歩けば、すぐに人生が変わることはありませんが、こうした若者の姿に刺激を受け軌道修正をすることはできる気がします。自分も新たな目標が持てるかもしれません。エベレストは人生を変える場所ではなく、人生の目標を明確にする場所かもしれません。
自然と不便を受け入れる

1 9日はエベレスト登山の安全祈願のプジャがベースキャンプの中央に設置された祭壇で行われました。お互いの顔に粉をつけ、酒を飲み踊る儀式なしに登頂することはありません。雪の舞う屋外での儀式とは対照的に、暖かなドーム型のダイニングテントは、産業化されたラグジュアリーホテルが作り得ない贅沢です。8,000m峰を眺めながら軽快な洋楽が流れ、温かいエスプレッソを伴う朝食に漂う静かな高揚感は、日本ではブームとして消費されたグランピングの最終形に見えます。客が自然と不便を受け入れ、自らも挑戦することにより到達するラグジュアリーこそが現代的な商品だと思います。屋外の魅力を多少付加した程度の中途半端さがブームを短命にした気がします。今最も関心があるのがオフグリッドキャビンですが、回復可能な範囲で人が自然を楽しむ観光のあり方を支えるべきは、様々な先端技術を持つ日本だと思います。