新発明には理性と慎重さ


週初めに妙高に行った帰り道、国道17号線の中央車線で事故を起こしたプリウスを見ました。先日京都に行った時も、中央分離帯の近くで横転して、原型をとどめていなかった車もプリウスでした。環境性能で知られるプリウスは、一方で加速の良さから、スピード狂にも愛用されます。速度超過で抜き去って行く車も、プリウスやその兄弟車であることがしばしばです。起動からの速さという電動化の副産物は、しばしば人間の運転能力を超えて危険性を高めます。逆風にさらされる電気自動車ですが、事故時にドアが開かず火災発生により死亡するケースは中国、韓国や米国で報道されます。電気自動車の危険性はバッテリーの発火だけではなく、初速の速さ故に、ペダルの踏み間違えによる事故をより深刻なものにします。新発明には理性と慎重さが求められるものでしょう。

vision board


年の瀬になると今年の目標達成率は何%か考えます。そもそも掲げた目標すら記憶が怪しく、いずれにしても結果は悲惨です。その原因は、目標の立て方が致命的に間違っているからです。そこで今年のうちに、2026年版vision boardを作りました。自分がイメージングの力を認識したのは10代の頃です。当時は試験場でしか受験できず難関とされた自動二輪車の大型免許(限定解除)を一度で取れたのは、イメージトレーニングのおかげです。当時府中試験場で使われていた3つのコースを完全に頭に入れていたので、一本橋の手前で期せずしてエンジンが止まった時も反射的に再起動させ、自分でも会心の出来でした。成功者に共通するのは潜在意識の力を活用していることです。脳はビジュアル化したものを潜在意識の力によって現実にします。理想の将来を毎日見ることは楽しく、脳はハックされ想像通りの未来を作ります。企業も無益な経営計画よりvision boardを作るべき気がします。

人を幸せにする車


N-VANが車検から戻りました。商用車の最初の車検は2年ですが、登録から半年の新古車で、購入後は福島に置き走行距離が伸びず、直近一年間で5万km走ったことになります。燃費の悪さや坂道での非力さはあるものの、それを許せる魅力があります。軽自動車の安全基準は概ね普通車の8割ですが、スピードが出ない分事故に会う確率は低く、速度超過によるダメージを回避できます。一方で小さい車はぶつけるリスクが減り、フィアット以降の26万kmはかすったことがありません。たいていどこでも駐車スペースを確保でき、狭い路地に入り込めるのも魅力です。来日時に軽に魅了されたトランプ大統領も、米国内での軽自動車の製造・販売を認める方針です。軽自動車は誰もが同じ排気量と寸法というヒエラルキーのない世界で、他者と比較する必要がなくなります。これ以上は不要と思えて執着を捨てられる心の安寧は、人を幸せにすると思います。

旅館再生再び


旅館再生という言葉には独特の魅力があります。親しまれてきた施設を残すことには社会的な意義があり、文化財的な建造物も存在します。作っては壊す戦後の価値観は、建材がリサイクルされたとしてもサスティナブルではなく、その結果生まれる街並みは醜いものになります。1年前に大江戸温泉物語と湯快リゾートが統合されたように、旅館再生は曲がり角を迎えています。飲食店の居抜き店舗が、内装・造作の手軽な投資で済むのとは違い、旅館再生のネックは建築コストです。一昨日宿泊したサウナイン新潟妙高高原も、廃業施設をリノベーションしたものですが、どこも真新しく快適で、古さを感じることがありません。古民家再生に生きがいを感じるのは、金継ぎのように古いものを修繕して使い続ける文化が、日本人のDNAに刷り込まれた喜びだからかもしれません。既存建物という制約があるからこそ創造性が発揮される気がします。

贅沢な日常


昨日はサウナイン新潟妙高高原に泊めていただきました。7,000㎡の森にあるトレーラー型サウナの内部は、10人程が入れる広さがあります。鉄分を含んだ井戸水の水風呂も十分な深さがあり、サウナを多く手掛けてきた企業だけに抜かりはありません。深い森に面する外気浴スペースは時間によって刻々と表情を変え、自然の移ろいを感じます。自然と調和する静寂さと、プライベートなくつろぎの時間こそが現代人には必要だと思います。夕暮れのサウナからファイアーピットの焚火を眺める無為の時間こそ、贅沢な日常でしょう。われわれは非日常的な豪華さ、贅沢さに心を奪われますが、本当に必要な贅沢とは上質な日常かもしれません。大半の部屋にキッチンを備えるのも、お仕着せの食事提供を嫌う層からは歓迎されそうです。地元の食材で普段通りに健康的な自炊をすることも、贅沢な日常と言えそうです。

地方創生の本質


週末は年に一度、親戚がゆるく集まる会食がありました。代替わりにより参加者は最盛期ほどではありませんが、親戚づきあいが疎遠になる現代において貴重な時間です。広島県にある瀬戸内海の小島にルーツを持ち、今も浄土真宗の寺が脈々と続いていることは、精神的な支柱としての役割を果たします。同じ苗字にルーツを持つ血のつながりは、最後の信用の証となる気がします。東京で仕事をしていると様々な苗字の人に出会いますが、地方では、特定の名前の人が目立つ閉鎖社会が一般的です。最近よく行く檜枝岐では、3つの苗字がおそらく村民の8割以上を占め、白河の古民家がある集落でも基本的に3つの苗字の家が大半です。若者ほど地方の閉鎖性を嫌いますが、信用や助け合いといった観点から地方を見ると、全く違った景色が見えてきます。地方創生の本質は、血の通う人間関係の再構築なのかもしれません。

物知りを超えた教養


われわれは四六時中、スマホでネット接続する生活をしています。どこでも誰もがスマホを見ていますが、それは二次情報の世界に生きることを示します。常に誰かの意図した情報に身をさらすことは危険だと思います。自分の年代を理解しているネット広告は、やたらとガンの早期診断の広告を表示し、頼みもしないのに、所有銘柄の株価を表示し続けます。これらの情報は、あなたはいずれガンになると人々を洗脳する傷害行為であり、心を乱す罪深い妨害です。さらに脅迫を受けたくなければ広告を消すオプション費用を払えと要求します。一方でAIの時代になると、おそらく社会人5年目ぐらいまでの仕事の大半は置き換えられてしまい、クリエイティビティの大半でさえ例外ではありません。着想やビジョン、ヒューマニティ、生命力、情熱、美意識と言った物知りを超えた教養は、五感という一次情報の世界にしかないはずです。

ガラパゴス規格が世界へ


小さな高級車というのはいつの時代も魅力的なコンセプトです。先月末に発売された三菱デリカミニは、受注がいきなり1万台を超え、驚くのはその4割が290万円超の最上級グレードということです。悪路走破性能が大幅に改善していることをアピールしており、オフロードワンボックスという世界的にも稀なカテゴリーのデリカファミリーを、三菱の核に据えようと考えているように見えます。セカンドカーや地方都市の足として使われてきた軽は、今や一台ですべてをまかなえるマルチパーパス車に進化しています。軽のスーパーハイトワゴンの車内は驚くほど広く、十分な動力性能や快適性に走破力が加われば、これで十分と考える人が増えるのは当然でしょう。軽で培った小型化技術、低コスト設計と経済性は、東南アジアやインドの成長市場で日本車がシェアを獲得する原動力であり、ガラパゴス規格は日本車の世界戦略の礎となっています。

運は生み出せる


ガソリンスタンドに行くとレギュラーガソリンが140円台に戻りました。半世紀以上続いたガソリン暫定税率廃止法が成立し、12月31日に正式廃止されます。決して燃費の良くないN-VANで、東京・福島・長野の三拠点生活で年間5万km以上走るのでその影響は小さくありません。ドライバーの悲願だけではなく、物流コストは誰もが享受できる点で重要です。ワープスピードで始動する高市政権は、やっている感を出すだけの既存政治から、結果を残す政治に転換したように見えます。強運を持つ高市氏ですが、運は生み出せると思います。運は決して超常現象ではなく、自分は運がいいと信じた結果の圧倒的な努力と行動量からもたらされ、落選翌日から徹底した有権者回りをする真摯な姿勢の結果でしょう。日本が明るくなったと感じるのは、努力と行動こそが成功に続くという、伝統的倫理観を取り戻したからかもしれません。

生き残るためのスィートスポット


銀座に行きました。隣国の自己経済制裁のおかげで、欧米インバウンド客が目立つ街は、大人の落ち着きを取り戻したように見えます。そのなかを、完全個室のラグジュアリサウナの代表格であるkudochi-saunaを宣伝するアドトラックが行きます。コロナ禍を契機に雨後の筍のように作られた個室サウナは、淘汰の時代を迎えていますが、そのなかにあってkudochi-saunaは独自のポジションを築いていると思います。豪華さを売りに2時間で2、3万円以上する高額サウナはさすがにマーケットが限られ、他方でその下の価格帯になると、設備が最小限でゆったりとはくつろげません。銀座のある中央区ではサウナの男女の個室利用を禁じていますが、それ以外の地域では男女利用を積極的に売っており、24時間の無人営業で8割以上の稼働率を見ると、生き残るためのスィートスポットを押さえているような気がします。

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