進歩がわれわれを救えない


13歳という年齢もあり、このままでは年を越すのは難しいと思っていたラブラドールが、にわかに回復しました。3日間の入院とその後のドクターショッピングで手痛い出費を強いられましたが、治ったのは自らが持つ自然治癒力のおかげだと思います。2週間ほど何も食べなくなり、下痢を繰り返したことで体内の浄化が進んだように見えます。体が治るのは医学の力だとわれわれは信じますが、多くの場合体を元に戻すのは、生物が本来備えるホメオスタシスの力かもしれません。外科的な症状や感染症など、現代医学がその能力を発揮する分野は少なくありませんが、他方で医学が進歩してもガンの脅威など慢性疾患は広がる一方です。人々が現代医学を妄信した結果、生物が内部環境を保ち続ける生体恒常化作用を軽んじたことこそ、科学の進歩がわれわれを救えない原因のような気がします。

連続起業家だけが生き残る


ロボット掃除機の代名詞「ルンバ」を手がける米iRobotがチャプター11の適用を申請しました。強力なサイクロン技術で一世風靡したダイソン、「感動のトースター」で日本の家電市場に革命を起こしたバルミューダなど、時代を作った企業の黄昏は避けられない宿命に見えます。成功することで開発投資は株主配当に回され、イノベーションのジレンマが起こります。ダイソンのEVやバルミューダのスマホのように、致命的な戦略ミスがあったにせよ、ジェネリック化により先行者利益を失うまでの時間は限られています。そもそも革新的な製品で市場を独占し、高価格帯で利益を上げるプレミアム戦略は、まぐれあたりの要素が強く再現性がない気がします。連続起業家のように頂点で手を引き、戦場を変えて次のビッグウェーブを待つことが有効な戦略かもしれません。

驚異と脅威


2025年は人類が本格的にAIを活用し始めた年として記憶されると思います。大半の企業がAIで武装を行うなか、先月リリースされたGoogleの最新AI、「Gemini 3.0 Pro」と「Nano Banana Pro 」が見せた進化は異次元クラスで、しかも無料開放です。大半のホワイトカラーは絶滅する運命にあり、生き残るのはAIをフル活用するブルーカラーや、アドバンスト・エッセンシャルワーカーとも言われます。驚異と同時に脅威を感じ、馬車が自動車に変わるとき人々が拒絶した状況に似ているかもしれません。人間に残される仕事は身体性を伴うものになり、アナログな世界で感じる感覚器官の鋭敏さが求められる気がします。他方でスマホの普及はわれわれをデジタル世界に縛り付け、人々は自らをアバターにしているように見えます。言い換えると、AIを使う主体的な理由のある人だけが報われる世界の到来なのだと思います。

文化大革命再び


隣の独裁国家と日本がもめています。デカップリングを望む日本人は、隣国による日本制裁を応援していますが、騒げば騒ぐほど墓穴を掘り、打つ手の全てが悪手となり、逆包囲網が敷かれます。その典型が国内問題のはずだった台湾有事が、世界の関心を集め国際問題に格上げされたことです。シンガポールの開発独裁ように、優秀なリーダーが率いる限り独裁は、平均点しか取れない民主主義より劇的な成果を上げますが、権力を手にすれば私利私欲に走るのが人の常です。露中に共通するのは拡張主義で、その強欲がやがて自滅につながることは歴史が証明してきました。中国政府の実質負債は、地方と中央で4,000兆円に達し、日本のバブルとはけた違いの多重債務にハードランディングは不可避に見えます。威圧に依存した国家はもろく、われわれは文化大革命を再び目撃しようとしているのかもしれません。

早期発見は手遅れ


YouTubeを見ていると、ガンの早期発見の広告が頻繁に表示されます。定期的な健康診断を制度化して日本に導入した張本人が生涯健康診断を受けなかったように、早期発見神話の半分は嘘だと思います。ガンが画像として認識できるまでには、ガンの発生から長い年月が必要であり、見つかった時にはすでに早期とは言えません。他方でアメリカでは、最大の死因は医原病と言われるように、早期発見が必ずしも良い結果を招かないことも事実でしょう。ガンが大量の糖を吸収するように、血液を浄化するための最終手段と考える説には一定の合理性があり、「早期発見」をされたときにはすでに手遅れです。本当の早期発見とは、人が毎日行う排泄だと思います。便、尿、汗を観察していれば、今自分の体内で何が起きているかを推測することができます。免疫を司る腸内環境を正常に保つなら、病気になる確率を劇的に下げることができる気がします。

察する力


先日銀座を歩いていると2台の白バイがLUUPの取り締まりをしていました。社会インフラとして定着する電動キックボードですが、利用者のマナーは追いついていないと思います。車体が小さい割に起動時の加速が早いために、車を運転していると突然視界に飛び込んで来る恐怖があります。自転車同様の気楽さもあって、運転者は交通マナーを守るという自覚が欠如しているように見えます。来年4月施行の道路交通法改正で、自転車にもいわゆる青切符制度が導入されます。歩行者と車両の中間にあって、交通法規を柔軟に解釈できることは自転車のメリットでしたが、傍若無人で危険な運転がここまで広がると取り締まりは必要と感じます。見通しの悪い一時停止を全く減速しない自転車をしばしば見かけますが、その原因の一端はスマホによる脳の破壊かもしれません。人工的なノイズに晒され続け、周囲の気配を察する力が劣化した気がします。

行列は伊達ではない


ラブラドールが体調を崩してから1か月になります。以前のかかりつけ医は経営が変わって以来拝金主義に豹変し、他のクリニックに移りました。治療費は半分になったものの、餌を食べない症状は改善せず、医師も頼りない感じで昨日は別の動物病院に行きました。ドクターショッピングはネガティブなニュアンスを持ちますが、命がかかっている以上納得のいく治療を受けたいと思います。昔からこの動物病院を知るのは、いつも道路まで診察待ちの行列ができているからです。わずか20㎡ほどの診療所に、診察室と手術室に加え、入院用のケージが8頭分あり、医師1名と看護師7名が働くために待合室は3組しか入れません。至るところに大量のカルテが置かれ、足の踏み場もありませんが、職場は和やかで医師は親身で説明は適切です。途上国の病院のような雑然さですが、大量の患者が来れば品質の高い治療を低額で受けられるのは道理です。

それなりとすごくの差


以前は高嶺の花だったうなぎの値段が下がり、スーパーで一尾1,000円のうなぎを買いました。トースターでよく焼いて食べると1.5流店並みの美味しさです。2人で食べたので、一人当たり500円と考えると手軽で手の届く贅沢です。高級食パンに続き、鰻の成瀬が店舗数を半減させたように、すぐに廃れるFCビジネスの悲劇は繰り返されます。最初は高級店の半値と思われた1,600円のうな重も、今となっては競合より割高に感じます。うなぎの美味しい名店はありますが、一人あたり500円でそれなりに美味しいなら、すごく美味しいうなぎのために払う追加コストや行く手間を正当化できなくなり、美味しいものを食べるのであれば、まず空腹を心掛けるべきだと思います。もちろん店で食べることには、伝統や技といった情緒に訴えかける価値もありますが、わざわざ訪れるための世界観やストーリーが構築されるケースは例外的と感じます。

脳をブーストさせる


冬最強のモーニング・ルーティンは、寒さを逆手にとった水シャワーだと思います。苦行のように見えて、風呂で体を十分に温めるので、サウナの水風呂同様のご褒美になります。屋外のドライエリアに出てインフィニティチェアに横たわると、全身から一斉に湯気が立ちのぼります。湯舟で血管を十分に拡張させてから冷水を浴び収縮させると、ポンプ作用が促進され、寝起きで滞っていた脳と全身への血流が劇的に良くなります。脳に酸素が回り、頭がクリアになれば集中力とやる気が湧き始めます。地下住戸は外部からの視線が気にならず、植栽の紅葉の背景に広がる青い空を眺め鳥の声を聞くと、一種の瞑想状態が訪れます。成功に必要なのは能力よりも行動力であり、体を起こしモチベーションを高める朝一番のルーティンは有効です。このルーティンは脳をブーストさせるために、日中も繰り返し使えます。

自身で錯覚させたい


体調を崩したラブラドールの世話のため家を空けることができなくなり、山に行く機会がなくなりました。普段通りに食事をしていると体は正直で、ズボンが苦しくなります。土曜日は自宅から歩ける豪徳寺、実相院、松陰神社、八幡山森巖寺を回り、日曜日は両親の墓のある築地本願寺和田堀廟所まで歩き、朝7時からの勤行に参加しました。東京を逃げ出さなくても、工夫次第で自宅から歩ける範囲で自然を感じ、マインドフルネスを感じることはできます。散歩の時は20Lのザックを背負い、途中で普段は行かない店で野菜などの買い物をするので一石二鳥です。長年の産業界の洗脳により、人はお金を払わないことに価値を感じませんが、それは錯覚です。朝の本堂で聞く読経の声やそのリズムには、1/fのゆらぎが含まれ、森にいるような清々しさに癒やされます。人は錯覚の生き物ですから、他人ではなく自分自身で錯覚させたいものです。

Translate »