天気が変えられないなら


秋の長雨でこの時期は山に行く機会が限られます。これを過ぎると秋晴れの行楽シーズンがやってきますが、人のいない山が好きなので、夏と秋の行楽シーズンの狭間に山に行くことは重要です。そこで活用するのが「てんきとくらす」です。山の天気を3時間ごとにABCの三段階で評価します。重要なのはBの定義が「風または雨が強く、やや登山に適していません」という点です。つまりAは晴天を意味せず、雨や風が強くなければAになる場合があります。降水確率を判断基準にせず、雨が降る日も登山適日と考えるなら登山可能日を増やすことができます。天気という環境を変えるのが無理なら、登る基準を変えるという発想は目から鱗です。晴天だけを登山日と考えれば、秋の山は混雑する日にしか行けなくなります。一方、雨や風が強くなければよいと要求水準を下げる割り切りは、人の少ない山を歩くためには必要でしょう。

熊鈴論争


コロナ禍のマスクと似て、山道で熊鈴を鳴らす人が幾分減った気がします。明確な傾向があって、ハイカーの過半数は熊鈴を付けますが、トレイルランナーやスピードハイカーで使用する人は少数です。なかにはご丁寧に熊鈴を二連でつける人もいて、御嶽山で二羽の雷鳥を観察していた時、近づいて来たハイカーが鳴らした熊鈴に驚き飛び去ってしまいました。熊スプレーの有効性に関しては米国などにエビデンスがありますが、熊鈴についてはありません。その熊スプレーもどのような状況での実験なのかによりますし、粗悪品も多く、また人前で噴射するなどのトラブルを考えると持ち歩きたくありません。それよりも大切なのはあたりを観察しながら静かに歩き、万が一の遭遇の際に冷静に行動することだと思います。熊鈴を鳴らしている人のなかには、こちらが背後を歩いても全く気付かない人も多く、過度な熊鈴依存はむしろ危険度を高める気がします。

手を汚す経験


30年ぶりのパンクでタイヤ交換をしました。その間、年平均2万kmほど走っていますので珍しいことです。前回はタイヤがバーストして、真冬の夜、中央高速の路肩で交換しました。厳密に言うとその後も一度北海道でパンクをしていて、幸い泊まっていたホテルの目の前がガソリンスタンドで、そこで直してもらい予約していたフェリーに間に合いました。昨日も山から下山して、打ち合わせに行こうとした矢先のパンクでした。もはやパンクは想定外の出来事で、まずスペアタイヤを探す必要があります。リアの床の内装材をはがしてみたものの、荷室の容量を稼ぎたい商用車がそんなところにタイヤを入れるはずもなく、説明書を読みリアバンパーをはずして車体に吊ってあるものを引き出します。昔は誰でもタイヤ交換や軽整備、金属チェーンの取り付けができましたが、今の優秀で便利な自動車では、生涯手を汚す経験なく過ごす人が大半でしょう。

粋と野暮の境界


塩尻の市街地から近い、朝日そばふじもりに行きました。築100数十年の養蚕農家を改修して、13年前に開業した蕎麦店は、木組みと土壁という昔ながらの工法で10か月かけて再生したものです。設えの細部に至るまで空間が繊細に作られていて破綻がなく、接客にも客をもてなそうという気持ちが表れています。唯一残念だったのは店中に響くような音を出してそばをすする客の存在です。静かにそばを味わうために、こだわって生み出した世界観と空間価値を、無粋に壊しています。蕎麦をすすって香りを楽しむ行為に、日本の食文化は寛容です。しかしどんなに音を立ててもよいという免罪符ではなく、店の雰囲気を破壊するのは野暮というものでしょう。私の観察ではこの手の客は中高年男性が圧倒的に多く、断片的な作法の知識で、大きな音を出せば粋と勘違いをし、その場に合わせて振る舞うという、もっと大切な作法を理解していないのだと思います。

昭和系の生き残り


日本海が目前の雨飾山に登ったついでに、富山郊外にあるサウナの名店スパ・アルプスに行きました。地方都市の郊外で3時間1,600円は微妙な価格帯です。駐車場がほぼ満車なのは競合施設が少ないからでしょう。96℃強の昭和ストロング系サウナは可も不可もなく、水風呂がウリのようですが、最近は水風呂をあまり使いません。水風呂で強制冷却しない方が心地よく、肌もしっとりする気がするからです。館内着とタオルが自由に使えて、サウナ室のマットも適切に交換されますが、施設は全般に古く再訪はなさそうです。温浴施設が比較的充実する松本でサウナが人気の林檎の湯屋が、900円で一日居られることを考えると、どうしても館内着がほしいという人以外にとって割高な気がします。サウナ業界は北欧系サウナ専業、昭和系サウナ専業、スーパー銭湯に大別できますが、地方の名店に多い昭和系への支持がこれからも続くのか注目されます。

市場の見る目は確か


雨飾山に登る前に小谷村で二軒の古民家を見ました。日本有数の豪雪地帯では雪に閉ざされる冬が長く、外部の機能や働く設備を家に取り込む必要から古民家は巨大です。一軒は小谷村が1億2,600万円をかけてレストランへ改修し、有名シェフと指定管理契約を結んだ施設で、開業直前のスキャンダルもあって2年で撤退し、今は地元企業が蕎麦などを出しています。投資額の割に、ただ広いホールは間延びし、古い家のリアリティが感じられずレプリカに見えます。晴れた土曜の昼時に、客は私の他に1人だけでした。もう一軒はさらに山深い場所にあり、クリエイターとライターの夫婦が暮らしながら営むカフェです。大きさは変わりませんが、投資額は数分の一でしょう。こちらは芸が細かく、都会的でありながら雪国の暮らしに想像を巡らせる真実味があります。昼時をかなり過ぎても客足は止まらず、市場の見る目は確かだと思います。

凝縮された場所


紅葉で知られる日本百名山の雨飾山に登りました。山頂から日本海が間近に見えるので、東京から遠いと思っていましたが、よく行く白馬から登山口までは30分の距離です。標高1,963mで累積標高は1,000mと手軽です。雨飾高原キャンプ場からの往復は3時間ですが、地元のトレイルランナーなら半分の時間で戻ってきます。昨日の山頂付近は突風で早々に下山しましたが、天候が良ければ日本海が足元に広がる360度のパノラマを楽しめます。この山のすばらしさは、ブナの巨樹の森の美しさにあると思います。登山口の手前にある鎌池のブナ原生林も見ごたえがあり、登山口に近い300円程度の寸志で入れる露天風呂もブナ林の中にあります。高い山脈が海岸に迫る日本にあっても、海と山を間近に望む固有の景色は珍しくそれが人々を引き付けている気がします。海、山、ブナの森、そして温泉が凝縮された場所が雨飾山なのでしょう。

外古内新


松本のブックカフェ栞日に行きました。「高橋ラジオ商会」の看板が残る電気店だった建物を借りてリノベーションしたものです。独立系出版物を扱う2階の天井高は5m以上ある片流れの屋根で、太い鉄骨が工場跡を思わせます。いかにもリビセンらしい定石通りの内装に意外性はありませんが、アンティーク家具が置かれ落ち着きます。1階に置かる活版印刷機は東京の印刷所で使われていたもので、アクセントになります。スターバックスで働いた経験のあるオーナーは、カフェ激戦地の松本にブックカフェを2013年に開業し、2016年には現在の場所に移転、旧店舗は宿泊施設にして、2020年には真向いの銭湯「菊の湯」を事業承継、2022年には市議選に無職属で出馬し、他県出身者ながらトップ当選しました。地元の人たちに親しまれた街の景観を変えることなく、街に新しい機能を加えた温故知新ならぬ「外古内新」の実績が評価されたのだと思います。

衝撃のツケ


ThinkPadがメーカーの修理から戻ってきました。システムボードを交換したので、もう一台買えるほどの修理費ですが、身代金なので払わざるを得ません。IBM時代のx20以来、四半世紀以上ThinkPadを使い続けているので、キーボードから手を離す必要のない人間工学的に優れたキーボード+TrackPointはもはや体の一部です。IBM時代には宇宙船に積まれ、戦場でも酷使された堅牢性と信頼性がウリでしたが、今のThinkPad は2年と経たずに壊れます。ChatGPTによると熱と物理的ストレスが故障原因のようで、確かにYogiboに腰掛け膝の上で操作するとき、底面の吸気口が塞がれPCが熱くなることがありました。また液晶パネルを開いた状態で片手で持つことなども筐体に負荷をかけ悪影響があるようです。PCは精密機器ですから日々衝撃を与え疲労を蓄積しないことが重要なのでしょう。扱い方を誤ると、どこかでそのツケを払わされるのは人体と同じなのかもしれません。

使い切る達成感


常念岳と蝶ヶ岳をまわる途中で、トレランシューズのソールがはがれ始めました。同じモデルを毎年更新していますが、ソールの剥離は初めてです。4月のエベレスト街道から使い始め、甲斐駒ヶ岳の黒戸尾根ピストン、御嶽山、赤岳を含む船山サーキット、そして八ヶ岳にいる間は毎朝のように西岳と編笠山を通るラウンドに使い続けてきましたので、壊れたことよりも、むしろ使い切ったという達成感があります。これは私が山に求めているものと似ている気がします。人々が山に向かう動機や、そこで得る報酬はさまざまです。百名山のようにピークハントに喜びを感じる人もいれば、山頂で過ごす時間を楽しむ人もいます。私の場合は、日帰りのスピードハイクで、最小限の荷物で、同じ道を通らずにスタート地点へ戻ることに面白さを感じます。感じているのは、山に登るという達成感ではなく、自分の身体を使い切ったという自己効力感なのだと思います。

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