
岸見の石風呂を見るために山口に行きましたが、収穫は大きくサウナを巡る旅の終着点は周防国かもしれません。事業者目線でサウナブームを見たとき、すでに市場の熱狂は去り、終焉の時を迎えていると思います。なぜ人はサウナに入るのか、サウナの本当の価値は何かを自問しながら、本場フィンランドに行くべきなのかとも考えました。しかし、岸見の石風呂に入り、その歴史を調べたことで霧が一気に晴れました。石風呂も北欧式スモークサウナも基本構造は同じで、おそらく発祥経緯も似たものだと思います。1180年の南都焼討により焼失した東大寺再建のため、巨木を求めて周防国佐波川上流の山奥を切り開き、労働者の保養と治癒に石風呂が作られました。石風呂は病に効くと評判になり戦後まで使われ続けました。東大寺再建を進言した時、重源上人が自分と同じ年齢であったことにも少し運命を感じます。
お知らせ
旅は止まらない

3連休にかけて、滋賀、京都、兵庫、岡山、広島、島根、山口、鳥取と8府県のサウナ施設と古民家を見ながら2,565kmを走りました。Googleマップを使い、通り道にある神社、巨樹、磐座も見ながらの旅にN-VANは最適で、大きな車が通れない裏路地に入り込むことができます。ブラタモリ的な男性一人旅が増えていると聞きますが、マニアックになるほど旅は一人で行くものでしょう。旅の性格は、物見遊山、宴会などの娯楽から、知見やインスピレーションを得る学びへと変化していると思います。知りたいことが、さらに知りたいことを広め、帰宅後は旅の目的であった石風呂について調べ始めました。その歴史は1180年の東大寺焼失に始まります。再建のために、後白河法皇の領地であった周防国から木材を調達し、労働者の保養や治療のために主には佐波川沿いに70か所以上が作られたとされます。山と同じで旅も止まらなくなります。
遅いけど遠くまで行ける

昨日は山口県の萩に泊まっていて夜中に目が覚め、そのままN-VANで出発しました。サウナ施設と古民家を見ながら日本海沿いに城崎温泉まで北上し、そのまま姫路に南下して、高速道路で東京に戻りました。城崎温泉は凄い人の数で、日本海の海鮮食材+温泉風情と言う最強の組み合わせが人を引き寄せるのかもしれません。結局東京に戻ったのは丸一日後で、1,150kmを走りました。そのうち600kmが一般道であることを考えるとN-VANほど長距離走行に適した車はありません。これまでは眠気覚ましにコーヒーを飲んでいましたが、優秀な寝台を備えたN-VANなら、眠気を感じた瞬間に、靴を脱ぐだけで熟睡態勢に入ることができ、2時間の仮眠で体は完全復活します。トラックのペースで走った高速の燃費は22km/Lと良好で、軽自動車×深夜料金なら姫路~東京は7,050円とリーズナブルです。遅いけど遠くまで行けるN-VANに乗ると、日本が小さく見えてきます。
山口県はサウナのメッカ



岸見の石風呂に入りました。写真を見ると子供が洋服を着て入っているので、熱くないだろうと思ったら凄い汗で、一般のサウナと変わりません。匂いのしないスモークサウナといった感じで、世界の入浴文化は洋の東西を問わないのだと思います。朝7時から石室内で火を焚き始め、10時に入った頃には火は外に出されていましたが、体感80℃です。ヨモギやセキショウなどの薬草の上にゴザが敷かれ、寝た状態で5人が入れます。夕方4時でも一応汗はかけるようで、石室はレプリカだと思いますがその蓄熱性には興味をひかれます。体調が良くなるという話も聞き、すごい汗のわりにシャワーを浴びたようにさっぱりして、なかなか体が冷めません。山口に遠征した甲斐がありましたが、近隣の寺にも同様の石風呂があり、再び訪れる必要がありそうです。北欧ばかり注目していましたが、灯台下暗しで日本の石風呂文化こそ復権させるべきでしょう。
地方にこそイノベーション

昨夜は津和野に泊まりました。高校生の冬に寝台列車で来て以来ですから、数十年ぶりです。当時もそうであったように、生業的な小さな宿には、他に宿泊客はありません。ついでにWi-Fiもなく、デジタルデトックスになります。到着してからお湯を沸かしてポットを持って来てくれるのですが、不便ながら、もてなされた気にはなります。風呂に入る時間を聞かれそれに合わせて脱衣所にストーブを用意してくれます。ストーブはなくても良いと言ってはみたものの、風呂場は倒れて運ばれそうなほど寒く、一方風呂はとても熱いのに、ふたがないので冷め放題です。経営感覚など不要だった時代の懐かしさを味わえるのも、時間の問題かもしれません。夕食も採算度外視的に豪華で、ご飯を3杯も食べてしまったのも高校以来の気がします。小京都と言われる城下町はどこか寂れた様子で、地方にこそイノベーションが求められていると感じます。
ただただありがたい





昨日宿泊した岡山県湯郷温泉にある旅館かつらぎは、過去一バリューな宿でした。宿泊した別館9Rは、従業員宿舎として使われていた建物ですが、デザイン性が高く12㎡の客室に過不足はありません。何より皇太子時代の上皇・上皇后が宿泊した宿に、税サ込3,700円で泊まれるのは驚きです。浴室にはハルビアのストーブが入る素敵なサウナまであります。別館は一度本館から外に出る必要がありますが、その分セブンイレブンへは徒歩1分とむしろ好都合です。シーズンオフということもありますが、5,000円前後の宿のなかには驚くほどコスパの高いものが少なくありません。高価格の宿なら良くて当たり前ですから、感動することなどありませんが、信じられないほど低価格なのに滞在を満喫できる満足感と感動は、この価格帯の宿でしか得られません。Wi-Fiが遅いとか風呂が温いとか、些細な文句を言う気もなくなり、ただただありがたいだけです。
未来を見据えた近江商人





昨日はラコリーナと叶匠壽庵(かのうしょうじゅあん)寿長生の郷(すないのさと)を見ました。前者は1872年創業の和菓子店の㈱たねやであり、後者は大津市職員であった芝田清次氏が1958年に設立した和菓子店です。共通するのは滋賀県発祥の和菓子店の製造拠点となるファクトリーパークで、どちらの施設も農場を併設します。バブルの時代にもファクトリーパークが流行しましたが、企業の目指す世界観を本格的に表現する力の入れ方が当時とは違います。寿長生の郷は「農工一体」の思想を取り入れ、350種の樹木が認められる63,000坪の里山に梅や柚子など約800種の植物を植えたと言います。世界的にも評価の高い日本のお菓子メーカーは、魅力的なファクトリーパークを持ちますが、滋賀県を代表する二社の遠い未来を見据えた本気度は、近江商人の血がそうさせるのかもしれません。
感性を使った仕事

年末年始は長野県内の小旅行に出かけました。戸隠神社のような豪雪がSNS映えするパワースポットは賑わい、9割方がインバウンド客です。他方で、妻籠宿のようなちょっと地味な観光地は人影がまばらです。マスメディアはオーバーツーリズムが全国的な問題かのようなイメージを伝えますが、大半の地域はインバウンド客による需要増の恩恵に浴していません。よく行く会津も、行くたびにほっとするのは日本人ばかりではなく、本当はこうした独自の文化や信仰が残る地域を見て欲しいし、欧米人が本当に見たい日本だと思います。各地には観光協会に変わりDMOが立ち上がりますが、機能しているのはわずかな例外だけに見えます。効果的なディレクションとプロモーションという、感性を使った仕事は、業界慣習に馴染んだ人にはハードルが高そうです。本当は感性を使った仕事は頭のエネルギーを使わないから楽なのですが。
僻地サウナ

サウナ視察は実益を兼ねた趣味で、アウトドア型のサウナに魅かれます。ロケーションを選ばないテントサウナも魅力的ですが、常設されたサウナ小屋の落ち着きは望めません。郡山市のOUSE SAUNA TUULIは、北欧を思わせるサウナで、水辺にある本場のサマーコテージもきっとこうなのだろうと空想させます。新潟県五泉市にあるななほしサウナは、湧水の里に移築された古民家に、フィンランドの伝統的なサウナ小屋を再現した施設構成が魅力的でした。雪のなか訪れた荒波打ち寄せる柏崎市のSHIIYA VILLAGEが、真冬に人を集めることができるのは、ジビエをはじめ、イタリアン、フレンチ、日本食の料理人を呼ぶオーベルジュという理想的な組み合わせの妙にあると感じました。冬をトップシーズンにし、倒木を燃料として活用でき、里山とともに集落の空き家を再生できる、自然、古民家、北欧式サウナの組み合わせによる僻地サウナは、地方創生の切り札になる気がします。
直し続けて住む暮らし

昨年後半にN-VANが来てから生活が一変し、各地のサウナと古民家を頻繁に見に行きました。以前なら遠くて行けないと思う場所でも、日本一安いキャンピングカーとの呼声が高いN-VANなら、その恐るべき居住性と長距離走破能力により、地続きである限り行けない場所はありません。古民家というと茅葺屋根のいかにも昔懐かしい形状をイメージしますが、新建材によって醜く改造されてしまった寂れた家屋のなかにも、手彫りの太い梁が通っている建物があり、これも立派な古民家だと思います。日本中の空き家の大半は残す価値のない粗製乱造された工業製品ですが、今後建てられることのない、郷愁を掻き立てる家は再生すべきでしょう。快適性という美名のもとに改悪されてしまった部分を自然素材に戻し塗装をするだけで、風景に溶け込む美しい家に再生できます。家の価値を上げながら直し続けて住む暮らしを定着させたいものです。