石風呂消滅の危機


快適に汗をかける石風呂がツボにはまり、この2日間で20か所を見ました。山口県の徳地を中心とした佐波川流域、大分県の緒方川流域の緒方町上自在を中心とした半径5km圏、香川県と愛媛県などに分布します。最も集積するのは緒方川流域ですが、記録が残っていただけであって現存するのは氷山の一角に過ぎないと思います。山口では石や土を重ねたドーム型の石室が中心なのに対して、大分県では地形を利用した横穴式の二段構造で下から火で暖める方式です。また愛媛には石風呂という地名が残りますが、香川ではから風呂と呼ばれます。昨日はGoogleマップを頼りに石風呂を探していて、近くを散歩していた80歳前後の女性に聞いても行ったことはないと言い、別の80歳ぐらいの男性も、庭先に石風呂があるのに入ったこともないし無関心でした。古民家が壊されることにもあせりを感じますが、忘れ去られた石風呂はその前に消滅の危機を迎えています。

イノベーションのジレンマを回避


安い宿に泊まり慣れているので多少の安さでは驚かないのですが、防府で泊まったビジネスホテルは込々4,600円なのに、大浴場が快適でバスタオルとハンドタオルが使い放題で、サウナにはハルビアのストーブが入る北欧式で、1階の中華料理屋からはルームサービスまで取れるというシティホテル並みの内容でした。老朽化に対する追加投資の目途は立っていないでしょうから手放しで喜ぶことはできませんが、長年のデフレに鍛え抜かれた日本の企業が提示する価格とクオリティに、インバウンド客が信じられないと唸るのも当然です。安易に付加価値を追求する企業より、安く良いものを提供する企業を尊敬します。ダイソーやユニクロは、海外ではブランド品として機能するほどの品質です。サイゼリアも含めた日本の企業は、イノベーションのジレンマを回避し、これからも生き残っていくのだと感じます。

キングオブサウナ


昨日は東大寺別院阿弥陀寺の石風呂に行きました。保存会の人により動かされている石風呂は全国的に先月行った岸見と2か所だけです。かつては大分や愛媛、広島県にも多くの石風呂が動いていましたが、この10年でも多くが休業状態になり、お二人のボランティアもいつまで続けられるのかと思ってしまいます。昭和56年に作られたレプリカですが、近くには建築年代の分からない小さな石風呂も残ります。井形に組まれた木を朝5時半から4時間燃やした燃え殻を囲炉裏に移し、水を撒き、近くで採取したショウブ科のセキショウとむしろを敷くと入れます。天井付近の温度は170℃で名物の焼き卵?がつるされます。毛布をかぶり10分も入ると滝のように汗がでますが、さらさらした汗でシャワーを浴びる必要がないのも岸見の石風呂と同じです。とにかく暖まり、同じ構造のスモークサウナがキングオブサウナと呼ばれる理由が分かります。

躊躇なくどこへでも


昨夜は語学留学に渡仏する娘を羽田空港に送り、その足で夜通しN-VANを運転して山口県に来ました。以前なら夜行運転するなど思いもしませんでしたが、いつでも熟睡できる居住空間を備えるN-VANなら、躊躇なくどこへでも行けます。N-VANが来てから旅行に出る回数が増え、月5,000kmペースで距離を伸ばしていますが、軽の商用車なのにこれまで乗ったどの車より疲れないのは意外です。これほど優れた車が100万円台なかばで買える日本人は幸せで、実用上何も困らないのにブランドやデザイン、過剰な性能と見栄という虚構に、法外なエクストラコストを払う気はなくなります。権威付けと洗脳によって多額の追加料金を払わせることで経済が成り立っている以上、それを否定することはできませんが、N-VANに満足すると消費社会に加わる気が減退します。

石風呂を巡る旅


理想のサウナを求めるなかでたどりついた石風呂は、山口県を中心に瀬戸内一帯に、説によっては数千か所あったとされます。伝統的な北欧サウナであるスモークサウナと同じ仕組みの石風呂が、平安時代に川の近くに作られたのは木材を運ぶためですが、海の近くにも見られるのは海藻により蒸気を出すためでしょう。自然の洞窟を利用した石風呂もありますが、大半は人工的に作られたもので、かつては日本中にあった瓦を焼くためのだるま窯に類似した形状です。だるま窯の歴史は安土桃山時代の関西地方の寺に始まるとされますが、そのルーツは古墳時代にさかのぼります。縄文や弥生の人々が野焼きで土器を焼いた時代から、人々が暖を取るためにその熱源を利用するのには、それほど時間がかからなかったはずです。サウナを巡る旅は石風呂のルーツをたどる旅になり、古代の窯の歴史を探る旅路へと向かいつつあります。

付帯事業としてのサウナ


サウナ施設巡りをしていると、入浴をしなくても写真やYouTubeから内部の様子は大概分かります。しかしその例外が福島県にあるサウナ発達です。昔ながらの建物が所々に残る風情のある地域とも言えますが、田舎にありがちな特徴のない住宅街に立地します。一歩間違うとゴミ屋敷のような雑然とした庭先に異様なアースバッグサウナがあり、とても人気施設の入口には見えず、初めて訪れる人は躊躇するはずです。あまり自分好みではない独特過ぎる世界観と、5時間で23,400円の貸し切り価格に一人では利用する気になれませんが、見る価値を感じる場所です。空き家を修繕し、災害ゴミを利用して完成させた宿は、敷地内で営業する飲食店の食事や地元の魚屋さんの刺身やお菓子屋さんのケーキを頼むことができます。サウナを単独営業するのではなく、他の事業との相乗効果を出す付帯事業化は今後も増えそうな気がします。

現役を貫き通した人生


かつて同じ会社に在籍していた経済アナリストの森永卓郎氏が、原発不明がんのため67歳で逝去しました。たまにエレベーターに乗り合わせるぐらいでしたが、親近感があります。包み隠さず話す独特のキャラクターで愛された森永氏は、2023年末にステージ4のすい臓がんであることを公表した後も驚異的な復活で執筆活動に励み、1か月間に13冊を書き上げたと言います。メディア出演も精力的に続け、亡くなる前日もTBSと文化放送に生出演し、数時間前までは放送局と次回の出演の話をしていたほどで、まさに生涯現役を貫き通した人生です。何かをやり遂げたいという使命感は、年収300万円時代やザイム真理教などの流行語を生み出し、死を間近に失うものが無くなったことで壮絶さを増していったように見えます。生涯現役で働くことは幸せだと思いますが、これほどの使命感を持てる人生こそ、生きるに値するのでしょう。

日々機嫌よく過ごす


先日は小学校以来の友人宅に行き、94歳になるお母様にも会いました。大変お元気な様子で、ユーモアのセンスがあり笑い通しでした。92歳になる義理の父も含めて、年を重ねて元気な人に共通するのは、深刻に考え過ぎないメンタルの強さであり柔軟さだと思います。笑いが健康に良いことは知られますが、心身一如と言われるように、考え過ぎや悩むことによるストレスや不安が、身体的な不調を引き起こしていると思います。この逆も然りで、身体の不調が精神に影響を与えるように、心身は切り離せない不可分の存在のはずです。年をとるほどに頑固になり、自我を押し通して人と対立する人もいれば、老年的超越の境地に至り日々機嫌よく過ごす人もあり、どちらが健康に良いかは論ずるまでもないのでしょう。将来の健康の8割は自分で決められると言われますが、何事も良い心掛け次第なのかもしれません。

1泊分の値段で1か月


昨日は土湯温泉の御とめ湯りに宿泊しました。土湯温泉は全国でも数少ないオトメユリの群生地です。日帰り温浴施設に隣接する20㎡ほどのワンルームは、電子レンジや冷蔵庫を備え、簡単な調理が可能で3,980円で泊まれます。旅館やホテル近隣の空き家やアパートを、分散型客室として収益化するのは合理的な方法だと思います。Wi-Fiも早く、コワーキングスペース風のカフェもあってコーヒーが無料で飲め、車で10分走るとスーパーがあるのも魅力です。週額19,800円、月額59,800円の値付けも良心的で、山々を望む魅力的な露天風呂、サウナと冷たい沢水を引いた水風呂、アルカリ性単純泉の源泉かけ流しにつかる生活は、仕事もはかどりそうです。高級な宿なら1泊分の値段ですが、1か月温泉地に滞在し、近隣の共同浴場を巡りトレッキングをする方が、はるかに豊かな気がします。

有益で合理的な趣味


昨日は宮ケ瀬湖の近くにある仏果山(ぶっかさん747 m)と高取山(706m)に登りました。愛川ふれあいの村を起点にすると2時間ほどでラウンドできる低山ながら、宮ヶ瀬湖と丹沢表尾根、関東平野を一望する景色が見事です。自動車なら我が家から1時間ほどと手軽で、夜明け前から登り始めれば他の予定を犠牲にする必要もなく、早朝の低山ハイクは最も有益で合理的な趣味だと思います。しかし、これは東京に住む場合の話に限られ、日本の大半の地方や郊外であれば15分程度の時間距離で、このような里山にアクセスできます。晴天の日曜日の朝でさえ登山道で人に会うことがなく、これほどマインドフルネスで、刺激的で健康的な娯楽はなく、しかも数人で同行するならわずかな交通費しかかかりません。都市的な消費の罠は、それを重ねるうちに商業的な取引でしか幸せを感じられなくなることなのかもしれません。

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