四半世紀使っていた給湯器が壊れて交換してもらいました。冬は氷点下10度を下回る地域なので凍結による破裂を防ぐための水抜き作業が必要です。以前使っていたTOTO製も今のリンナイ製も5ヶ所ほどある水抜きバルブがどうしてこうも手の届かない場所にあり器具を使わないと手の力では回せないほど固いのか不思議でしたが、水抜きをするケースは市場の数%以下でメーカーとしてはなるべく触ってほしくない配慮からこのような設計にしているそうです。数%とは言え日本中の給湯器の普及率からすると巨大マーケットであり、極端に不便を感じているこの数%はロイヤリティの高い顧客になる可能性があるのに、外付け部品を替えるかカバーを付けるだけの簡単な対応をメーカーがしないのは不思議です。統計はしばし嘘をつきますが、平均値的な発想しかできない企業の内向き思考も、失われた30年の原因でしょう。大半の人には無関係でも少数の人にとっては切実なニーズこそが強固な顧客基盤を作るはずです。業界論理に支配されて硬直した発想から抜け出せない企業が多いことは、むしろビジネスチャンスとして喜ぶべきでしょう。
お知らせ
内発的食欲
東京のあまりの残暑に長野県に戻りました。一人なので、デトックスに最適なきのこ汁と炊き込みご飯を作り置きし、あとは豆腐と納豆程度なので、調理はほとんどしません。ネットもつながらない自然の元に来るとあらゆる消費の誘惑を遠ざけることができ、デジタルデトックスは心身のデトックスにもなります。おなかが空いてから食べるようになり、美味しそうだからと家にあるものをつい食べてしまうこともありません。モチベーションに内発的と外発的があるように、食欲にも内発的と外発的があると思います。前者が消化器系のお腹が鳴る反応なら、後者はつい食べてしまう脳の反応です。脳が空腹を訴えるのは血糖値スパイクに伴う低血糖への過剰反応で、SNSのフードポルノを見るだけでも空腹を感じます。内発的な食欲を知る方法は断食ですが、生存本能と逆の価値観を受け入れることは容易くありません。他方で、朝食を抜くだけでも立派な断食になり効果もあります。朝食を抜いた日は昼前にお腹が空かないことを体感できれば、脳のプログラムの書き換えが始まり、脳さえ躾けてしまえば過食に戻ることはないのでしょう。
都市の贅沢品
近所のインド料理店はもっとも足を運ぶ店の一つです。コロナ後初めて行ってみると、以前は活気のある店でしたが客の姿はなく料理人の数も半減していました。飲食店を支援したい気持ちはありますが、食べることに意識を向けると以前ほど多く食べる必要がないことに気づきます。簡単に幸せになる方法は森のなかで深呼吸をすることや、積雪のトレイルをリズミカルに走ることですが、都市に住む限りこれらは贅沢品です。一方、都市で最も手軽に幸せを感じる手段は食べることです。しかし、前者をいくら消費しても有益であるのに対し、食べることは麻薬的で体に負担をかけます。生命を維持し英気を養うために食べるのか、欲に任せて節操なく食べるのかによって同じ行為でも結果は異なります。体型を維持することが難しいのは、深い意識のレベルで正常な食欲をコントロールしなければならないからだと思います。一方、運動を継続することで人生の最盛期を延長できますが、運動を続けることも難しいと言われます。食欲のコントロールと運動を続けることの難しさは同根で、自己の内的探求なしには実現できないのでしょう。
肉体は思いと同調する
長野県と東京の間を移動するのは道路が空いた早朝が多いのですが、昨日は目が覚めると2時過ぎなのでそのまま起き出し東京に向かいました。しかし走っていると明かりのついた家が多いので改めて時計を見ると22時の間違いでした。1時間ほどしか寝ていないのですが、最初の誤解のまま体は朝だと信じているらしく東京まで3時間ほどの道中も全く眠くならずそのまま普通に一日を始めることができます。これは一種のプラシーボ効果で、薬が効くと信じた患者の体は、実際にはその薬を飲んでいないのに自分自身の解釈によって強力な化学物質を生成し薬効を享受できます。心のソフトウエアを書き換えると、かなりの程度体を変えることができると思います。1980年代にハーバード大学が行った研究では、70歳代の男性8人に5日間1959年当時の生活をしてもらうと、握力、機敏さ、聴力、視力など8項目中7項目に改善が見られ外見も若くなり、精神的な選択は器官、組織、細胞を若返らせることが分かりました。意識の深いところで私は若いと思えば若返り、幸せだと思えば、その感情が化学物質であるメッセンジャーを生み出し肉体はその思いと同調するのでしょう。
菅内閣終了?
注目の横浜市長選挙が終わり、お膝元でさえ勝てない菅内閣終了説が現実味を帯びてきました。間の悪いことに首都圏のIR候補地としての是非も注目され、現職と首相肝いりの新人に保守が分裂した結果、人格問題が取りざたされる左派系候補の圧勝に終わりました。選挙と言うと右派、左派という色眼鏡で見てしまいますが、これは民衆を分断する罠であり幻想でしょう。レッテルを貼った瞬間に私たちの思考は不自由になり、本質とは異なるところでイメージを作り上げます。人間を苦しめるのは、自分が何者かを知らないためにエゴの世界に生き、一過性の快楽や実在しない幻想にしがみつき、逆にそれらを恐れることだと思います。対象依存の人は外部の評価で他人の目を通じてしか自分自身を知ることができず、その幸せはいつも条件つきです。巨大化した消費社会にとっては、人々が金や物質主義の対象依存の催眠から醒めないことが重要です。しかし対象物は常に変化するのでこの思考の制約の中で生きる限り、自身の本質を知ることはありません。自分の推す候補者と推さない候補者に対して感じる快・不快の感情が、おそらくは自身の本質なのでしょう。
お告げか思い過ごしか
「夢」という美しい響きの言葉とは裏腹に睡眠中に見る夢は不快なもので、うなされて起きることもあります。子供の頃は誰かに追いかけられるような怖いものが多かったのですが、最近見る夢はそのなかで必死に考えることが特徴で、自分が出した解決策はどこか示唆的です。レム睡眠時に覚醒した脳が記憶の取捨選択をするプロセスで見る映像が夢で、多くの場合支離滅裂な内容ながら、過去の経験をつなぎあわせているので現実の出来事が登場します。前日に考えたことや会話を反映していることが多く、最近見た夢は昔のパワハラ系上司が出て来て自己変革を強要するのですが、これは自分の潜在意識がその必要性を認めているからでしょう。この夢も設定は不自然ながら話の筋が通っていて妙に具体的で、あたかもお告げのように感じられます。ビートルズのヒット曲イエスタデイはポール・マッカトニーが夢のなかで聞いたメロディとされますが、夢は意味のあるメッセージを伝えていると思います。アーユルヴェーダでは睡眠中の夢には心や脳を浄化する作用があると考えますが、不快な夢であれ恩恵をもたらしてくれるのでしょう。
欲しいものが消えていく
好ましい傾向ですが、年々欲しいものが消えていきます。数少ない趣味の自動車でさえ現在乗るフィアット以上の車はないと思っているのですが、先週米国で世界初公開されたフェアレディZは特別な存在です。世界中がカーボンニュートラルを目指すなか、電動化技術に背を向けたV6 3.0リッター405PSのツインターボエンジンと6速MTのFRスポーツカーを市場に出す日産の姿勢に共感しないわけにはいきません。ロングノーズ・ショートキャビンの伝統的なシルエットは初代S30型を彷彿とさせ、往年の240ZGや伝説の432の面影は当時の車好きにとっては手の届く夢のスポーツカーです。インストルメントパネル上の3連メーターも泣かせる演出ですが、何かの間違いでもなければ自分の車になることはないでしょう。わずか75psのフィアットでも700馬力超のフェラーリでも歓びを感じる時の神経伝達物質の分泌量は同じで、運転の楽しさは同じかせいぜい微細な差しかないからです。これはあらゆる商品に言え、朝採れの野菜とミシュラン星付きレストランの料理の美味しさも同じです。付加価値を乗せても人体の反応は同じであり、焦点をあわせるべきは商品ではなく自分の感覚でしょう。
自然は神秘にあふれている
普段は一人で山に入りますが、昨日は妻とラブラドールが一緒でした。八ヶ岳稜線の静かな樹林帯に来ると自分が戻るべき場所に戻ってきた安堵感があります。人間が感じる最も美しい風景は自然の中にあると思います。かつて建築家の隈研吾氏はスリランカの建築家ジェフリー・バワを評して「庭の建築家」と呼びました。そして建築の時代が終わり庭の時代が始まると言ったように、都市の時代が終わり森の時代が始まる気がします。生産手段を持たない都市が生み出せる唯一のものはお金ですが、その前提にあった集積と消費が機能不全を起こすと、人間が本来いるべき場所に戻る時代へと向かうのかもしれません。都市は麻薬的な刺激で人を魅了しますが、自然のなかで感じるフロー的な感覚も脳内の働きはおそらく同じだと思います。どちらも我を忘れ夢中にさせますが、違いはそれが外部から操られた結果か、内部から自然発生的に生まれるかです。都市という閉鎖空間における刺激は洗脳に近いものですが、山を走るときに感じるフローは異次元とつながる感覚です。都市に神秘を感じることはありませんが、自然はいつも神秘にあふれていると思います。
アナログ脳な車
フィアットが車検から帰ってきました。代車を借りておいて文句を言ってはいけないのですが、日本車の操作系は人間工学とは程遠い世界にあると思います。一見便利な液晶モニターは要らない機能満載で操作には慣れが必要で、一度だって快適だったためしがないオートエアコン、運転中は使わないはずの目的地設定ボタンが一番手元でエアコンボタンが最も遠いところにある間抜けなスイッチの配置、メーターパネルから独立して視線を移さないといけない位置の時計は太陽光で全く見えません。一方、フィアットの無骨な昔ながらのダイヤル式の空調スイッチは目をつぶっていても直感的に操作できます。瞬時に時間がわかるアナログ時計が今でも好まれるように、人間に適した操作系はデジタルよりアナログだと思います。人間がAIに勝てるのはアナログ脳と呼ばれる右脳ですが、フィアットはアナログ脳的な車であることに愛着がわきます。良い車の条件は愛着があり執着がないことだと思います。最小セグメントでこれより下がないフィアットはある意味突き抜けていて執着の対象になりません。
ダイエットの二つの誤解
できないときは絶望的なまでに困難に思えるのに、できてしまえば訳無く感じられるものがダイエットだと思います。あらゆるダイエットに失敗して絶望していたのに、20kg落ちた体重は最近さらに数kg落ち、以前は感じなかった子供のような身体感覚が戻ってきました。山を駆け下りるときに自分の身体を思うままに操る感覚は歓びをもたらします。ダイエットを難しくするのは二つの誤解だと思います。一つは世の中にはダイエット法があるとの誤解です。人体はそれぞれに個性的で、ダイエット法は自分で見つけるしかありません。もう一つの誤解は、食べ物や食べ方、運動などの生活習慣にこだわり過ぎることです。それらは結果でしか無く、一番大切なのは脳のプログラムのアップデートです。以前は糖質制限を人に勧めましたが、今は糖質制限を意識していません。他方で16時間以上食間をあける間欠的断食は糖質制限と同様の効果があり、本当の食欲を理解でき脳がアップデートされます。長寿遺伝子が活性化されて若返り、指導を受ける必要も器具も要らず、お金も時間もかからず今すぐ始められる点で最強だと思います。最大の障壁は、あまりに簡単過ぎて有り難みがないことと、理由をつけては変化を嫌う人間の習性かもしれません。