注目の横浜市長選挙が終わり、お膝元でさえ勝てない菅内閣終了説が現実味を帯びてきました。間の悪いことに首都圏のIR候補地としての是非も注目され、現職と首相肝いりの新人に保守が分裂した結果、人格問題が取りざたされる左派系候補の圧勝に終わりました。選挙と言うと右派、左派という色眼鏡で見てしまいますが、これは民衆を分断する罠であり幻想でしょう。レッテルを貼った瞬間に私たちの思考は不自由になり、本質とは異なるところでイメージを作り上げます。人間を苦しめるのは、自分が何者かを知らないためにエゴの世界に生き、一過性の快楽や実在しない幻想にしがみつき、逆にそれらを恐れることだと思います。対象依存の人は外部の評価で他人の目を通じてしか自分自身を知ることができず、その幸せはいつも条件つきです。巨大化した消費社会にとっては、人々が金や物質主義の対象依存の催眠から醒めないことが重要です。しかし対象物は常に変化するのでこの思考の制約の中で生きる限り、自身の本質を知ることはありません。自分の推す候補者と推さない候補者に対して感じる快・不快の感情が、おそらくは自身の本質なのでしょう。