お金をかけずに若返る!

医学は常に仮説の上に成り立ち、それが真理であることが臨床研究によって検証されるまでには長い時間が必要です。誰もが信じる医学常識にもフェイクが含まれ、今も流布され続けています。現代医学がある程度安全とみなされるのは、多くの先人の貢献と犠牲があったからであり、同時にわれわれも未来の子孫のための犠牲となる存在です。製薬会社の研究費が支配する医学界で薬害が無くなることはなく、他方で効果の怪しい健康食品も一大ビジネスを形成します。身体の衰えを感じ始めた人にとってアンチエイジングは最大の関心事で、いくら払っても良いと考える人もいます。しかし、効果が認められるアンチエイジング法はお金のかからないものばかりです。自然のなかで日光浴をしてアーシングする、運動をする、断食をする、瞑想をするなどはどれにもお金がかかりませんし、サウナに入って汗を流す程度ならかかる金額も知れています。産業が知られたくない真実は、お金をかけずに若返る確かな方法がいくらでもあることでしょう。

肉体は意識に従う

週末は妻が立山登山に行き、家人のいない日は断食の機会になります。食通の人にとって、せっかくの食事の機会を自ら手放すなど正気の沙汰とは思えないでしょうが、仕事の日や旅行などの外出時、一人で家にいるときは断食に適します。現代人は本能的に過食をしますから意図的に食事を減らし帳尻を合わせる必要があると思います。過食と断食を不規則に繰り返す事は一見体に悪そうですが、人類は長い間そういう食べ方をしてきたはずです。獲物にありつける幸運な日と、何も獲れない日を数十万年繰り返してきたのでしょう。何も食べずに過ごす週末が忍耐とは無縁の豊かなひとときなのは、使える時間がたっぷりあるからです。食事のかわりにジンジャーティーを飲んでお風呂につかり汗を流す時間は贅沢です。妻から送られてきた食事の写真を見ると空腹が一気に蘇りますが、それが幻想であることを脳にしつけてしまえばすぐに収まります。未だに世界では餓死がある反面、先進国を中心になるべく食べない健康志向のライフスタイルが広がる現象は矛盾に思えます。ほとんど食べない人が普通に生活できるのは、食べないことを意識が肯定するなら肉体はそれに従うからでしょう。

冷蔵庫が体型を決める?

糖質制限で20kg体重を落としてから直近3年でさらに4kg減量しました。20kg減量した結果、運動をしていた学生時代の体重に戻りそれ以上減らす必要はなかったのですが、気がつけば自然と体重が落ちて58kgがデフォルトになりました。その間の変化で思い当たることは冷蔵庫を小さくしたことです。ダイエットの敵は手の届く場所に置かれた食べ物ですが、それがストックされる可能性が高いのは冷蔵庫です。収納スペースに余裕があれば、安いからと余計に買い込まれた食品はそのまま胃袋に流し込まれます。時々風呂上がりにアイスクリームが無性に食べたくなることがありますが、仮に冷凍庫にストックがあれば躊躇なく食べるはずです。普段は理性的な人であっても、食べた後の後悔が食欲の先に立つことはないでしょう。人間は環境に適応する生き物ですから、冷蔵庫の大きさに合わせて食べ、それが体型を決めていると思います。妻の料理を見ていると玉ねぎ半分とか、4分の1という使い方をしますが、自分の場合は玉ねぎの最小単位は1個でした。ストック量が少なければ食材を大切に使うようになり、日々の積み重ねが自分の体型を形作るのでしょう。

守りに入ったときから衰退が始まる

年を重ねると感動する機会が減りますが、同様に緊張する機会も減ります。上意下達の企業組織にいる時なら多少は緊張する機会もありますが、組織を離れた今はほぼ皆無です。ご多分にもれず昔は人前で話すことが苦手で、頭のなかが真っ白になる経験をしましたが、コンサルティング会社でプレゼンの機会が増えると人前で話すことはむしろ得意種目になり、昨日のような日本工学院の授業など不測の事態が起きても緊張することはありません。一方で緊張感がなくなると何事にも惰性的になり生命力を失います。現代病の7、8割の原因は過度な緊張状態が続き交感神経が優位になり過ぎることですが、人間は緊張と弛緩の間を常に揺れ動いてバランスを取ります。緊張と同時にリラックスする余裕を合わせ持つとき、緊迫する場面であっても冷静に状況と同化できると思います。最近緊張した経験と言えば、南アルプスの数百メートルの切り立った、つかまる草もない崩壊地を這うようにして通過したときぐらいで、中年を迎えてからエクストリームスポーツにハマる人が多いのもうなずける気がします。人生は、緊張を伴う挑戦を避け守りに入ったときから衰退が始まるのでしょう。

最小限で暮らす幸せ

3人家族の我が家の冷蔵庫は仮住まいで使用した単身者用です。外食はほとんどしませんが収納スペースはいつも余裕があって冷蔵効率が良いために上段の食品が凍ることもあります。冷蔵庫、冷凍庫に収納する適量は、無駄に溜め込まず食品廃棄を出さないとされる70%以下です。家庭の食品廃棄率は25%とされますが、冷蔵庫の奥から年代モノの食品が出てくることもありません。日本の道路が軽自動車で過不足ないのと同じで、3人家族の冷蔵庫なら170Lもあれば十分でしょう。以前使っていた倍以上の容量の冷蔵庫は、食品を廃棄する日まで電気代を払って無駄に冷やしていたに過ぎません。小さな冷蔵庫で不自由しない理由は、冷蔵庫の制約があるためにスーパーの特売などで割安買いの罠にはまり買い過ぎる習慣が無くなったからです。必要以上に買って食品を傷ませずに使い切ることで浪費も防げ、ものが減ると食品を大切に扱うようになり、冷蔵庫にあるもので食事を賄おうとします。極小空間のタイニーハウスが昨今注目されますが、大きな家で不用品に埋もれるより、最小限の気に入ったもので暮らす方が幸せを感じます。

少食と運動だけ

安全な食べ物の入手が難しくなるのは、医療と食糧が節度のない金儲けの道具として悪意により支配されているからだと思います。安全な食べ物と農業に関心が向かうのは自然な反応でしょう。体に良いはずの野菜の栄養価は年々下がり、農薬と遺伝子組み換えリスクは高まり、カット野菜は塩素まみれです。それでも人々が無関心なのは、科学の進歩が平均寿命の伸びなど健康をもたらすと信じているからです。ガンの増加は長寿化の弊害と説明されますが、寿命の短い途上国でも同様に増えています。20年前に購入した腐敗しないマクドナルドのハンバーガー映像も衝撃的ですが、広範囲に使われる添加物や高果糖コーンシロップなどの遺伝子組み換え食品の健康リスクも未知数です。知らずに摂取する人工甘味料のアスパルテームなども、抑うつ、頭痛などを起こし食欲抑制が効かなくなる強い神経毒とされます。できることは加工食品を避け、なるべく食を人任せにしないこと、全ての食品にリスクがあることを前提に少量の摂取に留めること、取り込んだ毒を排出することしかないと思います。一方で過度に健康食品にこだわることも心を病む原因となり、自分なりの結論は少食と運動だけで良いと思います。

睡眠負債の効用

医療は人を病人に仕立て上げることで成り立っている側面があると思います。高血圧の基準値を下げれば降圧剤を売れますし、医者の数とガンなどの死者数が比例して上昇しているのを見ると早期発見が本当に正しいことなのかは疑うべきでしょう。一日三食規則正しく食べることは、少なくとも更年期を過ぎた人にとっては弊害の方が大きい気がします。人類史の多くの時間を飢餓とともに暮らしたことを考えると、食事を減らすほど健康実感が改善していくことには納得が行きます。同様に睡眠にまつわる常識も疑った方が良いと思います。人類史から見れば夜間に安眠できるようになったのは比較的最近のことで、短時間しか眠らないことを前提に体が最適化されている可能性があります。眠りは疲れを取り、体のメンテナンスをしますが、体を修復する成長ホルモンが大量に分泌されるのは最初のノンレム睡眠のときであり、重要なのは最初の睡眠深度です。巷で言われるような7時間睡眠にこだわるより、短眠で適度の睡眠負債があった方が数分とかからず寝落ちして短時間であってもぐっすり眠れます。重要なのは量より質の問題であることは食べることも眠ることも同じだと思います。

自然との融合が働き方の原点

ICT、MICE、地方創生、シェアエコなど多方面で活躍しキーマンを組織化する大津山訓男さんの伊豆熱川のビラに、先週は二度伺いました。コロナ禍の働き方と空き家対策として東伊豆で設立したNPOの拠点施設であり、豊かな自然のなかで働くことをライフワークにする自分にとっては個性的な人が集まる魅力の再発見になりました。リゾート地で働けない業種はたくさんありますが、問題はテレワークができるのに都会の窮屈な環境で非生産的な働き方をすることです。ワーケーションという言葉にどこか馴染めないのは、仕事を個別的に捉えて働くためにわざわざリゾート地に出かけるイメージがあるからです。自然と融合した人生こそが人間的な働き方の原点にあると思います。サラリーマン生活の半分以上を裁量労働で働いてきたので、自身のモチベーションと生産性を高める方法に関心があります。自宅、喫茶店、機内など様々な場所で働きますが、最も生産性が高いのは機内で最も低いのが会社のオフィスです。オフィスレイアウトやデザインに凝る会社は少なくありませんが、オフィスの生産性が低い原因はその働き方のソフトの問題であってハードは無関係でしょう。

自然は想像を超える

鈍感なのか年を重ねたせいか、感動することがありません。若い頃ならアマンリゾートの豪華さに無邪気に感動したものですが、それも今となっては感動したのか感動した気になっていたのか分かりません。どんなホテルを見ても感動を呼ぶとか、心を動かされることなどなく、予定調和を確認しに行くだけです。所詮人が作ったものはどれも想像の範囲で写真を見れば見に行くまでもないと思います。海外の観光地も同じでわざわざ確認するために行く場所など少数でしょう。一方で自然の創造物には心を動かされます。昨日は東伊豆町にあるシラヌタの大杉を見ました。急傾斜地の暗い人工林に、あたりとは全く不釣り合いな森の巨人といった風情の大木が、静まり返った森を支配しているような威厳さで佇みます。まわりとの比較が無意味な巨木が1,000年もの間、天城山系の森で風雪に耐えてきた姿を想像すると、その神々しさに立ち去り難くなります。巨樹はいつも想像を超え、その反面撮った写真を後で見るとあまりの小ささに失望します。近くにはおばけ杉と呼ばれる異様に多くの枝を持つ杉の大木があり、シラヌタの大杉を見ていなければこれも驚愕すべき大きさです。そのあと南伊豆町に行き、海岸で夕日を眺めているといつまでも飽きません。

自転車を漕ぐために自動車に乗る

行列に並ぶことや、何分も待つことが苦手です。行列のできる飲食店に入るぐらいなら何も食べない方がはるかにマシですし、車の渋滞を避けるためなら夜中に移動することも厭いません。家族には辛抱が足りないと言われますが、辛抱をしてまで買う価値のあるものが世の中にあるのか疑問です。観光シーズンともなると高尾山のケーブルカーを待っている間に人力なら山頂まで往復できそうですし、これが中央アルプスの駒ヶ岳ロープウェイともなると5時間も待つと言います。最も効率のよい運動は日常生活に人力移動を活用することですが、自転車による移動が快適な季節になりました。昨日行った新宿までは直線距離で6kmほどですが、電車よりも自動車よりも早いのは一方通行を無視できる自転車の特権です。お金も環境負荷もかからず、スポーツクラブに行かなくても下半身と体幹を使う有酸素運動により体脂肪燃焼や筋持久力、心肺機能の向上が期待できます。その爽快さを知れば一部の富裕層が車を捨て自転車に乗ることは理解できます。しかし世界の経済は、動かない自転車を漕ぐために自動車でフィットネスクラブに行くことで成り立っています。

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