昨日は北アルプスの最奥部、標高2,600mに広がりアプローチの遠さから最後の秘境と呼ばれる雲ノ平に行きました。雲ノ平のもう一つのハイライトは雲ノ平山荘でしょう。日本の宿泊業界にあって、最も遅れているのは山小屋だと思います。国立公園内の宿泊施設を内務省が管理する米国のような体制がなく、ある種の放任主義的な運営方針が古くからの山小屋の経営スタイルを生み出したとも言えます。雲ノ平山荘は、山小屋に滞在しなければ生まれない時間の価値をテーマに、人々が創造性を持って自然と向き合える場所を追求しています。それは創業者が航空工学の若き研究者であり、敗戦により夢破れた人だからだと思います。美味しくて栄養がある手作りの料理はもちろん、山小屋とは思えない居住空間には、デジタル音源より豊かな音色を聞かせるレコードプレーヤー、オーディオ機器の機械美とマッチしたラックにまでこだわります。時代を変えるのは異端の存在なのでしょう。
お知らせ
旅にお金はかからない
世界一過酷な山岳レースTJAR(Trans Japan Alps Race)3日目は選手全員に追い抜かされたため、コースから外れて三俣山荘キャンプ場から鷲羽山(2,924.4m)を経由して、日本離れした景色の続く北アルプス裏銀座を野口五郎岳(2,924.5m)まで往復しました。首都圏からのアクセスに難点のある北アルプス裏銀座に行くのは初めてです。日本には人知れず美しい自然が残されており、それらを巡る旅にはたいしてお金はかかりません。ただし、手付かずの自然に触れるためには、自分の背負える範囲の荷物で、自力移動により旅をする必要があります。今回の山行でお会いした80歳の女性の肌は若々しく、体力も充実して元気に山を旅していて、周囲が力をもらいました。いくつになっても人の力など借りずに生きていく、と言う心づもりなしにそのような旅を続けることはできないのでしょう。
生活道具を担ぎ旅するのが本来の姿
世界一過酷な山岳レースTJAR(Trans Japan Alps Race)と巡る旅2日目は黒部五郎岳を経て三俣山荘のキャンプ場に移動し、途中今回の目的である、選手として出場するFacebook友達の元気な姿を見ることができました。雨露で1割ほど重くなった荷物を担ぎ強烈なアップダウンが連続するコースを辿ると、彼らの超人ぶりがよくわかります。北アルプスだけでも体力を消耗する難所なのに、中央アルプス、南アルプスと辿り最後は炎天下太平洋までの80kmのロードを駆け抜けると言う、素人にとっては到底希望の持てない距離です。昨日会った人は20kg近い荷物を背負い、剣岳から選手と同じルートをたどって応援に来ていました。ギャラリーもエクストリームであることは、TJAR観戦の特徴でしょう。生活道具を担ぎ旅するのが本来の姿かもしれません。
インスタントコーヒーさえも絶品
世界一過酷な山岳レースTJAR(Trans Japan Alps Race)との旅の初日は、北アルプス薬師岳(2,701m)山頂で大会新記録のペースでダントツ通過の土井選手とカメラクルーとして加わる、日本を代表する登山家の平出和也さんの軽やかな足取りを間近に見ました。そのルートを下りキャンプ場のテントで後続グループの到着を待ちます。選手が進む415kmもの絶望的な距離のごく一部とは言え、それを追体験しながら自分なりに肉体を酷使して進む山旅以上にリアリティーがあって鮮烈に記憶に残る旅はないでしょう。旅には、自分なりに印象を刻む感動さえあれば、遠くに出かけることも、豪華な宿泊施設に泊まることも、絶品の食事も不要でしょう。持参した赤飯と即席ラーメンだけのわびしい夕食ですが、山上での食事以上の美味しさはなく、食後のインスタントコーヒーさえも絶品です。
最も原初的な旅
掛け値なしに世界一過酷な山岳レースTJAR(Trans Japan Alps Race)の応援で1年ぶりに北アルプスに来ました。富山県をスタートして、北・中央・南アルプスの日本の屋根を縦断して太平洋に至る415km、累積標高27,000mをサポートなしに、サラリーマンが取得可能な1週間(8日以内)の休暇で走破する最も原初的な旅です。5万Kcalもの途方もないエネルギーを消費するという名誉も賞金もないレースが成立するのは、このレースが草の根から始まったように、トレイルランニングが商業スポーツへのカウンターカルチャーとしての性格を帯びるからでしょう。絶望的な距離の世界一過酷なレースに、人生を賭ける価値があるからこそ、エクストリームスポーツの世界は人類史に前例がないほど短期間でパフォーマンスの急激な向上が起きたのだと思います。選手がわずか数日で踏破する415kmの6分の1ほどのお気楽登山でも、人間の限界を超えた超人たちの体力と精神力を垣間見ることができます。
感謝で痩せる?
原爆投下の日を迎え戦争を意識する季節になり、同時に先祖のことを思います。子供時代は祖父の家の仏壇で毎日手を合わせましたが、いまや家庭の仏壇や神棚は絶滅状態です。仏壇の上には曾祖父母と幼くして亡くなった叔母の写真があり、毎朝先祖に感謝し手を合わせる仏壇はパワースポットであり、人間形成にも影響を及ぼすと思います。今や食事の前に手を合わせる習慣もなく乱暴に食べ、現代人は何に対しても感謝がなく、ひたすら我欲の追求に忙しいだけに見えます。わがままを言うと罰が当たるとかつては諭されましたが、今やただの迷信となり、恥知らずの強欲が闊歩する時代です。有史以来常に空腹だった祖先を思い、多少なりとも食事への感謝の気持ちがあるなら、生活習慣病もここまでひどくはならなかったでしょう。自分でも制御できない食欲を抑えるのは、食前に手を合わせる感謝の習慣かもしれません。
夏バテの正体は食べ過ぎ
暑い日が続くと夏バテを心配します。人気のある対策は栄養のあるものを食べることですが、これは食べることで体を養う栄養学の発想でしょう。栄養学が必ずしも健康的な食生活をもたらさない理由は、グリコーゲンを大量貯蔵できない考え方に偏っているからだと思います。人類が誕生以来現代まで続いて来たのは、食べ物を最大限に活用する能力を備えたからです。大半を占めたであろう食糧を見つけられない時期に脂肪を燃やすことで生き延びて来ました。すなわち空腹とはグリコーゲンの枯渇ではなく、脂肪を使い果たした時と言えます。バテた時ぐらいエネルギーを大量に使う消化を止めて回復に努めるべきですが、スタミナ料理を食べてタンパク質と脂質を過剰摂取し、その消化で体が疲れては本末転倒です。慢性的に栄養過多の現代人がそれでも食べるのは、空腹感という脳が作り出す妄想を信じるからでしょう。
理想的食生活は隠居?
長野県にいるときの食事は、赤飯、味噌汁、ぬか漬け、納豆、サラダに時々魚の干物といったワンパターンですが、飽きることがなく一汁三菜的料理の偉大さを感じます。このペースを崩さなければ体調は良好で、山でスタミナ切れになることも、余計な出費をすることも、調理の手間もありません。東京の自宅に戻ると料理のバリエーションが豊かになりありがたい反面、誰かが持ち込んだ好ましからざる菓子類についつい手が伸びます。最も忌避すべき小麦粉のお菓子などは食べ始めると偏桃体をハイジャックされ食べ続けるはめになります。健康リスクの高いジャンクフードを、買わない、作らない、持ち込まない、といった三原則は一人暮らしなら可能ですが、家族に強要するにも限界があります。至る所に罠や気を散らすものがある飽食時代は健康を蝕む点が悩ましく、世捨て人のように隠居する必要があるのかもしれません。
健康カルトという病
人は一晩にコップ1、2杯の汗をかくと言いますが、この季節はそれを実感します。クーラーによる体調不良よりは寝汗の方がマシで、その不快さも朝入る水風呂で一掃されます。われわれが進歩と呼ぶものの大半は対症療法による一時の気休めに過ぎず、物理的に気温を下げるより水風呂は爽快です。検査数値を信奉し、何かが身体に良いと聞けばそれを信じ込む健康カルトより、この爽快という実感の方が大切でしょう。医学はいつの時代も発展途上であり、そこで語られる真実は、前提によっては結果が変わるご都合主義の仮の結論に過ぎません。すべての食品は毒にも薬にもなり、昨今人気のオメガ3脂肪酸やオリーブオイルの危険性も語られ始めています。古代より賢人が伝えてきたように、中庸を知り、身体が感じる爽快さに真理を見出すことこそ最善の道のような気がします。
正論こそ疑う
和田秀樹氏の「70歳が老化の分かれ道」を読みました。70代も働き続けることが健康の秘訣との主張には同意しますが、高齢期からは小太り、7時間睡眠、肉食が健康という、世間に流布される説は感心しません。百寿者に関してはこの結論の真逆とする研究もあり、個性的な人体をひとくくりにすることは乱暴で、因果関係はいずれも証明されておらず第三の因子があるのでしょう。唯一信用できるのは統計処理されたデータという、一見正論にこそミスリードを疑うべきだと思います。睡眠で大切なのは最初のノンレム睡眠であって、注視すべきは睡眠深度です。肉食説も体内合成のメカニズムや、身体を酸化する肉食のネガティブな側面を完全に無視している点は問題です。ライザップで減量に成功してもライザップ流が自分のライフスタイルに合わなければ継続できずリバウンドするように、何を信じるかは自分の身体との相性を基準に決めるべきでしょう。