
大月で炭焼窯を見せてもらいました。韓国のスッカマのように炭焼窯に入り汗を流す習慣が、日本にもあったのかが最も聞きたい点です。スモークサウナ、スッカマ、石風呂とサウナの歴史をたどるのは、現代の直火型よりはるかに長く使われてきた輻射熱による蓄熱型サウナの方が、健康効果が高いのではないかという仮説があるからです。相模川に通じる二級河川が目の前を流れ、江戸城、東照宮の造営に付近から木を伐り出して流して運んだとされます。東大寺の再建に重源が派遣され労働者のための石風呂を作った佐波川を想わせます。戦後は周辺で多くの炭焼きが行われ、昭和30年代で大半の炭焼きは終わったようです。戦後に作られたこの窯では、サウナのような使い方はしていなかったようですが、あと50cmも天井が高ければ中国地方で見た石風呂のように人が入れそうです。空間そのものを熱源にするかつてのサウナに魅かれます。
最恐のストレス

普段使っているThinkPadが突然起動しなくなりました。IBM時代のx20以来買ったThinkPadは少なくとも10数台で、最高スペックに近いものを買いますので、LTVはかなりの金額になるはずです。最初に買ったPC以降マッキントッシュを使っていて、何度かアップルに戻そうと試みましたが、ThinkPadから離れることができないのはキーボードから手を放す必要がない秀逸なポインティングデバイスの存在です。人間のストレスには様々なものがあり、その多くは仕事や経済問題、人間関係だと思います。他方で自営業の場合これらのストレスは比較的少なく、自分にとっての最大のストレスはパソコンなどのIT関連のような気がします。スマホアレルギーから、外界との接触の大半をパソコンに依存していて、生活が巨大なデジタル・システムに接続される現代においてPCが立ち上がらないことは死活問題と言えます。仕事と社会との接続を突然断たれるストレスは最恐のような気がします。
夏の終わり

この季節になると若い頃を思い出します。スローテンポでアンビエントな音楽が似合う、ピークを過ぎた気だるい暑さは、様々な思い出と結びつきます。ヒグラシの鳴く森に入ると、どこか物悲しい夏の終わりを想起させ、複雑な感情が起こります。自然に近い暮らしは、どの季節も美しく感じますが、それでも特別なのは美化された記憶を呼び覚ます夏の終わりです。あの頃は自動車、リゾートホテル、高級レストランといった、今となってはその先に幸せを感じられないゲームに夢中でした。若者の特権は、消費ゲームを無邪気に信じられることのような気がします。自分にとってのターニングポイントは、40代の終わりに肝炎で入院したことです。以後25kgのダイエットをし、生活もダウンサイジングしました。どこにもたどり着かないトレッドミルを降り、今は若者が乗りそうなN-VANが心地よいのは、未来に希望を持ったあの頃に戻れるからかもしれません。
サウナ75℃説

白河の古民家サウナは、身びいきながら最も気持ちの良いサウナの一つです。しかし営業施設ですから好き勝手に入ることもできず、白河でよく行くのが郊外にある割烹温泉観音湯です。林に面した露天風呂も気持ちが良いのですが、お勧めはサウナです。オートロウリュのついたサウナは75℃と低めで、無理なく汗を流すことができ、700円と良心的です。一時の熱狂的サウナブームは去った感があるのは、あまりにも熱いサウナと冷たい水風呂が礼賛された結果だと思います。日本のサウナの特徴は、短時間で汗をかくことにフォーカスしている点だと感じます。サウナが生活に溶け込む北欧では低い温度でゆったり楽しむ人が多く、フィンランドのサウナテント老舗サヴォッタの上限温度は75℃です。75℃はサウナ嫌いを増やす上限温度だと思っていて、ピクニックをしながらのんびりサウナを楽しむライフスタイルを日本にも定着させたいと考えています。
南会津の古民家サウナが放映されました

先日、南会津の古民家サウナをテレビ局に取材していただき、その様子が放送されました。
今日より1週間程度視聴できます。
https://tver.jp/episodes/ep8jz5eqam?p=1481
悪名は無名に勝る

昨日は白河に行きました。地方でよく見かけるのがいわゆる「キリスト看板」です。聖書配布協力会が設置する黒塗りのトタン製看板は、「神と和解せよ」、「死後さばきにあう」などと高圧的で不気味です。好感度を狙った布教ではなく、自動車で通り過ぎる人に、強烈な短い言葉で、一瞬で印象を刻み込む手法です。古い民家、空き家など広告看板の設置がイメージダウンになる場所を選び、気味の悪いメッセージを掲げることは、一見すると逆効果に見えますが、悪名は無名に勝るということなのでしょう。商品広告として考えれば異常な手法ですが、われわれが目にする広告もポジティブな感情を刺激するものはむしろ少数です。サプリを売る広告は加齢による身体の不調を前面に人に恐怖を植え付ける点では同じです。好感度ではなく、恐怖により認知され、記憶され、選択肢に入れるという本質を教えてくれるのがキリスト看板なのかもしれません。
自然と調和した生き方

1カ月ぶりに八ヶ岳から東京に戻り、入手できなかった食材などを買いに行きました。今やどこにいても仕事ができAmazonも届きますが、人々が都市を離れないのは職場が首都圏に集中しているからです。学生の頃白馬でしばらくアルバイトをした後、新宿駅の人混みが怖くて歩けなかったことを思い出します。離れてみると人口過密な都市は、人体に負荷を与える場所ですが、一方で選択肢が広がり消費機会が増える魅力があります。しかし、魅力的な誘惑が増えるほど健康の維持は難しくなり、消費の多様さに魅力を感じない人間にとっては、都市に住む必然性は見出しにくくなります。何でも手に入ることが豊かさなのか、必要なものだけで満たされることが豊かさなのか、考えさせられます。八ヶ岳の麓はすでに秋の気配で、これから厳しい冬に向います。それでも人間らしい五感を磨くのは自然と調和した生き方だと思います。
空腹を楽しむ

甲斐駒ヶ岳の黒戸尾根を往復した翌日は、やけにお腹が空きます。前回登った際のYAMAPのデータによると消費カロリーは4,000kcalほどになります。日曜日は山頂の先にある摩利支天には行きませんでしたので、これよりは少ない運動量ですが、昨今の運動不足を解消するには十分です。このような長時間の持久性運動によりエネルギーの赤字を作ると、翌日はエネルギー補充を求めて食欲が強くなると感じます。普段から朝食を摂りませんので、甲斐駒ヶ岳の山頂までは無補給です。空腹で長時間の運動をするとエネルギー不足のシグナルが出され、脂質利用やミトコンドリア新生が促されます。空腹は身体に良いと脳が学習すれば、空腹を楽しめるようになり、やがて空腹を感じにくい体質に変わります。さらに何を食べても美味しく感じるようになり、一方で肥満体だった体重は面白いほど落ちました。自分にとっての健康の秘訣は、空腹で運動することに尽きます。
マウンテン・マゾヒストの山


甲斐駒ヶ岳に登りました。標高770mから2,967mまで、約2,200mを一気に登る黒戸尾根は日本三大急登に数えられる、国内屈指のスパルタンなルートです。一般のハイカーは標高2,000m超の北沢峠から登りますが、両者の強度差は全く別の山と言えます。山頂までの圧倒的な標高差と距離、山岳信仰の名残である石仏・石碑が多く、近代登山以前の山岳文化の空気を濃厚に残していることが好きです。加えて中央本線側からみた山容と山頂からの南アルプスの眺望、ハイカーが少ないテクニカルなコースであることも理由です。七合目には七丈小屋がありますが、このルートを使う人の多くは日帰りで、累積標高2,516mと18kmを身体の鍛錬目的のジムにしているマウンテン・マゾヒストに見えます。トレラン競技のトップ選手に会いましたが、山頂で景色を楽しむ間もなく引き返すストイックな姿は、かつての修行としての登山を今に伝えている気がします。
理想にこそ警戒を

終戦の日の昨日は、4万発を打ち上げ例年50万人の人出がある、諏訪湖の花火大会に行きました。諏訪湖SAを閉鎖するほどの人気に、混まずに観られる場所を探している際、諏訪湖に近い大熊城跡を教えてもらいました。椅子を用意する地元の人もいる穴場は、静かに花火を見ることができます。蒸し暑いイメージのある終戦の日ですが、昨夜は涼しく虫の声が響き秋を思わせます。美しくも儚く夜空に消える花火を見ていると、国を守るための尊い先人の犠牲を思わずにはいられません。美しいものほど、失われるのは一瞬です。戦後生まれの日本人が大半を占める今、単に平和の大切さを訴えるだけでは不十分だと思います。共産主義が世界でおびただしい数の自国民を死に追いやったことを考えると、理想を掲げる思想ほど、現実との乖離を警戒しなければならない気がします。