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社会現象が味覚を決める

日々の買い物を除き商業施設に行くことも少なくなりましたが、妻によるとデパートの食品売り場では以前より高額なケーキが売れているそうです。自粛疲れで買いたい意欲が鬱積した裕福な消費者にとって、多少の価格上昇など問題ではないのでしょう。近所の商店街を歩くと自分では買わないであろう高額な食パンが一人一本の販売制限で売られ、開店前から人が並んでいます。食べたことはありませんが、たまに買う業務スーパーの天然酵母食パンとのブラインドテストなら3、4倍の価格差は感じないはずです。美味しさを感じるメカニズムは複雑で、食べ物を咀嚼すると食品の組織が破壊され唾液と混ざり、成分中の分子やイオンが溶出し味蕾がこの化学物質を感じます。味覚を含む五感情報は大脳皮質の感覚野に伝わったあと大脳皮質連合野に集まり必要な栄養素を含むか判断し、扁桃体が血糖値などの生理状態と照合した上で美味しいと感じ視床下部の摂食中枢を刺激します。世界有数の企業やホテルが協力したアメリカの研究では、人気のないヘルシーな料理の名前を変えただけで売上が76%上がったと言います。おそらく高値で売られる社会現象が味覚を決めるのでしょう。

テレビは不快なメールマガジン

日米でメディア各社の経営悪化が伝えられます。NHK放送文化研究所によると10代、20代の半数がほぼテレビを見ない実態が浮かび上がり、高齢層を除きテレビ離れが加速しているようです。一昨日は話題の映画ボヘミアン・ラプソディが放送されましたが、ネットでいつでも見られる映画をテレビ局指定の時間にテレビの前に集まる習慣は今となっては滑稽です。テレビも新聞も見ませんが仕事上も困ることは何一つありません。昔の営業は顧客と雑談をするために毎朝スポーツ新聞を読む必要?がありましたが、今どき誰もがプロ野球を見るわけではありません。もちろん気づきや啓発を与える有益なテレビ番組もありますが、一覧性があるとか社会の空気を知る、人と話を合わせるなどの言い訳でダラダラ見る習慣は時代遅れの思い込みでしょう。日々膨大な情報にさらされ、いくつかのYou Tube動画、積まれた読むべき本、ダウンロードしたPDFなど人間の処理能力が追いつかない状態でテレビをつけられると、欲しくもないメールマガジンが送りつけられたようで不快になります。連日のコロナ報道で視聴者を脅すしか能のないメディアに辟易していることを知らないのは本人だけでしょう。

最も偉大な格言

強要したわけではないのですが妻も朝食を食べなくなり朝のひとときが静かな時間に変わりました。食べる量を減らすと食事が美味しくなり体調は良くなり、買うものもゴミも減り良いことばかりです。食べなくてはいけない、寝なくてはいけないという脅迫観念から解放され、食べたくなれば食べる、眠くなれば寝るという体の要求に従う生活に切り替えると体が軽くなります。体に負荷をかける生活をするから長く眠る必要があるのだと思います。夜10時頃に寝る生活を10年ほど続けていますが食べる量と睡眠時間は連動しているようで、3時には起き出してラブラドールと神社に行きます。鳥が鳴き始める時間にはばらつきがありますが決まっている事は最も早い時刻が日の出45分前と言う事です。これは研究者が調べた木々が最も多く酸素を吐き出す時間帯と一致します。徐々にあたりが明るくなる夜明け前の時間帯が最も美しいのに、多くの人はこの神秘的な時刻を知らずにベッドのなかで過ごします。「早起きは三文の徳」は「腹八分目」同様に先人が残した最も偉大な格言でしょう。

人類史の0.0%以下

非常事態宣言の延長により非常事態が日常になる好ましい面は、浪費の価値観が逆転することです。元々高級な飲食店に行く習慣はありあませんが、日々の一食一食を大切に食べることの重要性を認識させられます。豪華で素晴らしい非日常というものに人はすぐに慣れてしまい、反動で日常が退屈でつまらないものに見えます。贅沢な料理を食べ、高級車を乗り回し、遠くまでレジャーに出かけるような生活が好ましいのは景気浮揚効果だけだと思うのは、自分で生活のハードルを上げるほど日常に不平不満を持つようになるからです。人間は大概の刺激には慣れる特性があるために、生涯に渡って常にドーパミンが出るような刺激を与え続ける生き方は疲れます。生活を節制して消費を我慢するより目の前の人生を謳歌し方が良いと思えるのは健康なときだけです。人生全体の収支バランスを考えるなら、体に異変が現れるまで生活を改めず、症状が快方に向かえば元の生活に戻る愚かさは避けるべきでしょう。人類の歴史がどこから始まるかは諸説ありますが、どこを起点にしてもわれわれが信奉する現代的なライフスタイルは人類史の0.0%以下でしかないのですから。

Conscientiousな人生

住宅街を歩くと所狭しと植木鉢を並べる家を見かけますが、緑を身近に置きたいのは自然な欲求でしょう。日の出前に近所の神社に行くとそこだけは鬱蒼とした森が出現する別世界で、見上げるほどの木々の下で手をあわせることは都市で一日を始めるのに好ましいルーチンに思えます。同じ時間に参拝する中年女性の所作の美しさは、人を騙さず真面目に働いてきた日本人の誠実な姿を感じさせます。現代の日本が世界有数の長寿国になれた理由はマクガバンレポートに書かれる伝統的日本食よりも、島国特有の良心的で誠実な生き方にあると思います。人類史上最も長期に渡る健康に関する調査は1921年にスタンフォード大学のルイス・ターマンが当時10歳前後の児童1,528人を対象に始めたものです。ターマン教授の死後この研究はカリフォルニア大学のハワード・S・フリードマンに引き継がれ足掛け80年に渡った研究プロジェクトの結論は、健康長寿のキーワードはConscientious(誠実な)な性格でした。真面目で良心的で誠実な人は健康的な習慣を維持でき、心のブレ幅が少なく、欲を追わず今の生活に満足をしているからでしょう。

小利口が生きる目的?

一年で最も日中の時間が長い6月に入りすでに今年も半分が過ぎた感覚です。月日の経過を早く感じるのは歳を取ったからではなく生活が単調だからでしょう。やるべきことがないと時間を持て余し退屈するのではなく、何をするのもゆっくりになるので一日があっという間に終わります。近所を歩くと自分の10年後、20年後と思しき人があてもなくただ通り過ぎる人を眺めている光景を見かけます。別の時間に通ってもそこに佇んでいる姿を見ると、リタイアという思い込みの残酷さを考えます。それは生活の一断面に過ぎず必要なルーチンかもしれませんが、その表情は生気に欠けます。昔ならアーリーリタイアが夢でしたが、仕事のある日常こそが生きる力を与えると思います。組織内でうまく立ち回る小聡さが優秀と評価されがちなサラリーマン生活に慣れると、自分は利口であらねばならぬと思い込み、自分の本音ではなく他人の基準で小利口に生きることが目的になります。優秀なサラリーマンのリタイア後が必ずしも幸せとは限らないのは、長年の習慣が自分の本音と居場所を見つけにくくしているからかもしれません。

人類史最大の皮肉

人生を変える・・というのは宣伝の常套句ですが人生を変えるような出来事など実際には滅多に起きません。自分の身に起きたことで考えると糖質制限で20kg痩せたことは人生の転機になりました。それまではあらゆるダイエットに挫折したのに糖質制限だけはリバウンドなしに文字通り信じがたいほどの勢いで体重が落ち膝痛をはじめとしたあらゆる不調が消え、学生時代以来の運動を始めました。それまでの怠惰な浪費生活から半分足を洗うことができ、少食になり何を見ても無闇に欲しいという感情が起こらなくなりました。私の回りでも同様の方法でダイエットをする人がいてその勝率はおおよそ半々で、成功するのは素直で信じやすい人です。今でこそ断食や一日一食を生活に取り入れる人は増えてきましたが、一方で一日三食では人生が短すぎると嘆く意見が大半でしょう。しかし人類が長い年月をかけてせっかく手に入れたほとんど食べずに生き延びる超省エネ設計の素晴らしい体の有り難みを忘れ、今では食べることが人生の生きがいを構成していることは人類史最大の皮肉でしょう。

捏造された食欲

行政が自宅謹慎を主導する非常事態は、見方を変えると最高のデトックスかもしれません。デジタルデトックスの有用性は以前から知られますが、そのメリットはフードポルノなどにより喚起される執着を避け、自律神経のバランスを取り戻すことだと思います。スマホの高性能化により美しく撮影された料理を見るとそれまでは感じなかった食欲が喚起され、旅先の美しい写真を見れば旅に出たくなり、あるいは羨ましいという嫉妬が起こります。ドットの集合体に過ぎないデジタル信号によって食欲は簡単に外部から操作され感情は操られます。購買意欲をそそるシズル広告に消費者が加担してくれる状況は店にとってはありがたい限りで、最近では写真撮影を禁じる店も少なくなりました。無闇に外出して店に近づかなければ購買欲求は起こらず、買えば買うほど執着は増幅され、外部のノイズにさらされるほど捏造された食欲で感受性は劣化していくのかもしれません。世俗的な幸せを追うほど、欲と嫉妬と執着の終わりなきサイクルから抜け出せなくなるのでしょう。

人生は消費量を競うゲーム?

昨日は自宅から徒歩20分ほどにある曹洞宗の鶴松山実相院に行きました。手入れの行き届いた深閑とした境内に入ると鎌倉あたりの有料寺院と遜色ない庭が広がり、誰もいない朝の静寂は都内であることを忘れます。半世紀以上住みながら遠方の観光地にばかり気を取られ自宅の徒歩圏にこれほどの卓越した場所があることに気づきませんでした。自分の感性よりマスメディアに影響を受けると、より遠くへ、より豪華に、より大量に、と人生は消費量を競うゲームだと信じ、誘惑を誘うものに自らひき寄せられます。外因的な欲望に突き動かされる心理は中毒症状に根ざしたもので、そのサイクルで得られる満足こそが真実だと錯覚します。食事で最も幸せなのが最初の1口であるように幸福感のピークは買って消費した瞬間から逓減していきます。その効用を補うためにあてがわれる次の欲望は生産者にとっても消費者にとっても好都合です。これが社会のコンセンサスになり、経済とは中毒依存を利用した騙し合いとも言えます。自分の外に幸せを求めるより、幸せ感度を上げ、日常にありがたさを感じる心を取り戻せば見える景色は自ずと異なるのでしょう。

公園にはカフェを

昨日は渋谷区の公園で初となるPark-PFI(公募設置管理制度)で運営する北谷公園に行きました。1963年に開園した960㎡の公園を民間資金の活用で先月リニューアルオープンし整備・管理を行うものです。公園通りから細い路地を入る場所にある公園の存在を知る人は少ないと思いますが、以前は駐輪場や喫煙場利用者が訪れる公園だったようです。ブルーボトルコーヒーが出店することもあり、周辺はコーヒーショップの集積地域になりつつあり、公園に人が集まることで裏通りに人の流れができ周辺の不動産価値も上がりそうです。キーテナント以外にフードトラックの出店スペースや半屋外のイベントスペースがあり地域活性化の拠点となる可能性があります。近くにある渋谷区立宮下公園ではPPPによる30年間の定期借地権で公園を改修し、地上17mの立体都市公園として商業施設やホテルを整備しており、関心が高まりそうです。彫刻家のイサム・ノグチ氏が基本設計を手がけミシュラン星付きレストランまで入れた札幌近郊のモエレ沼公園などのように、全国に11万以上ある都市公園等が活用される端緒になるのかもしれません。

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