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旅は人間の可能性追求

雪渓と花畑が印象的な北アルプスから昨夜戻りました。天候が安定する梅雨明け10日は山が最も輝き、旅をするには最高の季節です。山に行く一つの目的は、日本海から日本アルプスを越えて太平洋に至る415kmの山岳レースTJARのコースをたどることですが、今回のルートはその前半のハイライトとも呼べる山域です。レースを来月に控え出場選手数名にもお会いし、一般ハイカーの数倍の距離を涼しげにこなすその超人的な体力と精神力を垣間見ることができました。旅が多くの人により奨励されるのは、それが人生の縮図だからだと思います。人間の限界を超えた冒険が世間の耳目を集めるのは、そこに人間の可能性追求の姿勢があるからだと思います。運動中のエネルギー補給は従来糖質を中心に考えられましたが、数年前に、活動中は補給をしない方がエネルギー切れを起こさないことに気づきました。2、30km程度のトレイルランニングではその有効性を確認していましたが、今回は24時間断食の無補給で12、3kgの荷物を背負い山で行動できる人体の可能性を確認できました。人生の本質が人間の可能性の追求であるなら、旅はその縮図であるべきでしょう。

今この瞬間こそが本質

日の出時間は日々遅くなり始めていますが、それでも4時前に薄明かりのなか青空を見ることができます。何層もの雲に紅をさす光景はアスファルトで埋め尽くされた都会で自然を感じる数少ない機会です。日の出前の神社の森に行き、蝉が鳴き始めるのを聞くと遠い夏の日が蘇ります。それは小学校時代の夏休みであったり、伊豆や日光など特定の場所であったりしますが、いつもどこか切ない感情を伴います。蝉の地上での命がはかないように、夏が激しく過ぎ行く季節だからでしょう。はかなさを感じるもうひとつの理由は、華やかな人生の頂点を夏と重ね合わせるからだと思います。本質と違う生き方は虚しさやはかなさを伴います。人は何も持たずに世を去るように持ち物の多寡を競う野望や刹那的快楽を味わい尽くす執念が本質でないことは明らかです。同様に戻ることのできない過去を後悔し、これから作り出せる未来に不安を覚えることも本質から離れた考えでしょう。今この瞬間こそが唯一自分の帰るべき場所というシンプルな事実に気づくだけで人生は楽になります。

人生は日々の正しい選択の積み重ね

夜は2、3分で眠りに落ちますが、眠れない日や午前を回った頃に目覚めて起き出す日もあります。7時間睡眠長寿説を信じていた頃は無理に眠ろうとしましたが、体が眠りを必要としていないと考え身体の反応に従うようになりました。7時間眠らなくてはならない、三食きちんと食べなくてはならない、という窮屈な思考に体を従わせる生き方は○○だけで健康になれるという、怪しげな健康法と同じで、むしろ体に毒だと思います。朝起きたらお湯を飲めとか個人の趣味を後講釈で押し売りする健康本なども余計なお世話です。「せねばならない」思考に陥る理由の多くはインナーチャイルドが癒やされないために自分の直感が冴えないからでしょう。金に執着する人が金額でしか商品の価値を判断できないのは、貧しさのコンプレックスを内部に抱え審美眼を持たないからです。ヘドニックトレッドミルの上を走り続ける生き方は傍目には滑稽ですが、虚構を信じる当事者はその生き方を疑いません。欲を追う生き方は失う恐怖を同時に抱え込み、残された時間と競い合い自分を苦しめます。人生は日々の正しい選択の積み重ねですが、自身の最も深いところにある本質に耳を傾けるなら難しいことではないのでしょう。

人体はハイブリッド車

ハイブリッド車を運転するときインパネのモニターには回生ブレーキが生み出した電気がバッテリー側に戻される矢印が表示され、アクセルを踏み込むと今度はバッテリーから駆動輪側にエネルギーが放出される様子が分かります。このモニターが示唆的なのは自動車のバッテリーのエネルギーを人間の体脂肪に置き換えると、回生ブレーキはインスリン分泌であり余分な食事が脂肪に取り込まれ、逆にファスティングでインスリン値が上昇しなければ脂肪を消費します。ハイブリッド車と人体の違いは人体のバッテリーとも言うべき体脂肪がとてつもなく大容量であることと、脂肪の蓄積が肥満につながり健康を阻害することです。食べる時間が長いほど体はエネルギーを脂肪に変換して蓄え、食べる時間を減らすと体脂肪が燃やされます。山を歩くとき体の燃料源がグリコーゲンから体脂肪に切り替わるとハイブリッド車並の燃費となり無補給でどこまでも歩き続けることができます。ハイブリッド車と人体の最も顕著な違いは、人体はエネルギーが枯渇すると血管内皮の脂肪のかたまりであるプラークまで燃やし体内を浄化してくれることでしょう。

判断力か想像力か

昨日は箱根の長尾峠からを金時山まで歩きました。炎天下での運動は体への負荷が高いのですが、あまり人通りのない箱根外輪山でも半数程度の人がマスクをしているのは考えものです。言われたことを生真面目に守る従順さは日本人的な美徳ですが、反面より深刻なリスクを呼ぶ判断力の無さに見えます。今や屋外でもマスクがノーマルになってしまい酷暑の都会で死人が出ないか心配です。緊急事態宣言の乱発や無観客のオリンピックなど、実態以上にコロナ危機を演出したい意図を感じますが、妙にアグレッシブな強引さが審判を受けるのは今年の冬でしょう。人生は不確実性の連続ですが、変化が顕在化する時代には独立した個人としての判断が求められます。仕事を行う上で必要なのは判断力と執行能力とされますが、ムラ社会の同調圧力に弱い日本人は前者が欠如していると思います。他方で判断力を身に付けると想像力や先見性が低下すると言われるのは、判断力の成熟が選択肢を排除するプロセスだからで両者のバランスが必要でしょう。

思い出の価値

フェイスブックは時々過去の思い出を共有することを推奨します。思い出機能は使いませんが、エクセルに日記を付けているので、過去20年の今日を振り返ることができ、ときどき3年前、5年前、10年前の自分に会いたくなることがあります。思い出には今の自分を前向きにしてくれるものとその反対があります。スティーブ・ジョブズはがんになったあと自分はじき死ぬということを毎朝思い出し、生きる力にしていたと思います。それがこの上なく悲劇的なものであったとしても今の自分を励ましポジティブに強化するなら、消し去りたい過去でさえ良い思い出になります。思い出が必要なのは今を生きるためであり、それが過去を肯定するものであれ否定するものであれ同じでしょう。思い出の曲を聴くだけでかつての自分に戻ることができ、自律神経のバランスが整い脳の神経ネットワークが強化されて今の自分に恩恵をもたらします。過去に戻ってあれこれ考えても居場所は今この瞬間しかなく、現在から出発して成長することにのみ思い出の価値があるのでしょう。

都市に作られた森

梅雨が明けた昨日は表参道駅から徒歩数分の青山北町アパート跡地に開発された「のの青山」に行きました。江戸時代には江戸城を警固する百人組の同心屋敷が並ぶ青山百人町と呼ばれ、明治33年から昭和11年まで青山師範学校があり、戦後は都営住宅が建てられました。高層・集約化による創出用地にはシラカシ、アカガシ、スダジイなどの常緑樹を中心に照葉樹林の森(3,500㎡)が作られビオトープにはトンボが集まります。2014年4月に竣工した大手町タワーでもほぼ同規模の「大手町の森」が作られました。千葉県君津市の山林で3年かけて施工方法や植物の生育、適切な管理方法を検証し移植した森は竣工1年半後には施工時100種だった樹木・地被類が300種に増え、中には国や都のレッドリストに記載される希少種が含まれていたとされます。都市に作られた森としては明治神宮が有名ですが、殺風景な都会の公園はこのような森に変えてほしいものです。ロンドンなど海外の都市で羨ましいと思うのは、森深い美しい公園の存在ですが、どんぐりから作るポット苗を植えるだけならお金もかかりません。

悪魔のイデオロギーを見直す

昨年度の税収はコロナ禍にもかかわらず過去最高になったと伝えられます。昨年は総死者数が減るという異例の年でもあり、全体として見れば日本は恐れていたほど悲惨な状況にはありません。一方で海上保安庁の調査では全国の海水浴場の4割は開設されず批判を恐れて自粛や無観客を善と考えるコロナ脳の汚染の方が深刻です。環境変化の時代に適応するには失うものをなるべく減らしておくことが重要だと思います。森のなかで感じる生命の輝き以上の価値を都市に感じることができなくなり、個人的には飲食店が自粛を強要されても海外旅行に行けなくても不自由は感じません。お金のかかる贅沢より自然と調和して暮らす生活を選ぶなら、刹那的快楽の幻想に夢中になることもお金に執着することもなくなります。自分の体に正直になろうとするなら無闇に食べたいと思う欲望もなくなり、脳を麻痺させていたかつての消費スタイルを冷静に見ることができます。唯物主義の派手な消費で、人間らしい感性を破壊してきた悪魔のイデオロギーを見直す時期に来ているのかもしれません。

紀元前の知識だけで十分?

中世、近代、現代と人類がリニアに進化して、現代人だけが豊かで健康的な生活を謳歌するようになったと思っていましたが、これはおそらく錯覚でしょう。ノルマンディー上陸作戦で初めて使われた抗生物質のおかげで乳幼児の死亡が減り寿命を押し上げたとされます。しかし一方で自己免疫疾患に苦しむ人を世界中で増やしたように、深刻な慢性疾患のいくつかは医原病であることが疑われます。紀元前400年頃の古代ギリシャの医学者ヒポクラテスは、医学を臨床と観察を重んじる経験科学へ発展させました。すべての病気は腸から始まると考え、ほとんどの食物は薬になり、一方でファスティングや散歩を勧め自然との不調和が疾病をもたらすと示しました。17世紀になり科学的な研究により物質と精神を分ける心身分離の思想が広がると医学利権は自然治癒力を否定し始めました。現代の科学技術が解き明かす人体のメカニズムは紀元前の洞察を後講釈で証明したに過ぎません。皮肉なことに紀元前の知識だけでわれわれは十分健康になれるのでしょう。

蔓延する薬物依存

西日本が梅雨明けし夏本番の暑さが目前です。晴天の日がそれなりに多く気候的には過ごしやすい東京ですが、花粉症の季節と真夏の酷暑は例外です。花粉症の季節はこの数年ベトナムか沖縄にいましたのでその被害は半減し、一方で夏の暑さは居室の大半が地下にある今の家なら扇風機で過ごすことができます。扇風機はエアコンの数十分の一の電気代ながら換気能力が高く洗濯物もよく乾き、何よりエアコンで体を冷やされる不快さがありません。この一年は冬も含めてエアコンを使うことがなくなり意外にも地下の家は健康的に過ごせます。クーラーで体が冷え過ぎることの不快さと食べ過ぎたときの不快さ、お金を使ったあとの虚しさは似ています。スィーツやお酒で多幸感を得るのは化学物質が脳のドーパミン報酬系に作用する一種の薬物依存であり、同様に人が物質的利益に弱いのも幸せを感じるように脳を麻痺させるからです。自分の内面に充足を問うなら、生理的で一過性の快楽にお金を使い虚しさを味わうこともなくなるのでしょう。

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