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飢餓状態が最高性能

雨が降り続くと短い夏が過ぎゆく寂しさがあり、水の豊かな日本は災害とも隣り合わせです。山でこれほど雨に降られると惨めになり、雨露をしのげる普段の暮らしの有り難さを思います。人類進化は常に便利さの追求ですが、一方でわれわれの身体は不便な生活で身体を動かすことに適応しています。食べることが人気なのは簡単に手に入る幸せだからですがそこにも矛盾があります。人類が欲を満たすために食べるようになったのは人類史からすればその時間はせいぜい0.1%に満たず、われわれの身体は飽食に適していません。食べる幸せが身体に悪いのは、消化器の負担を考えずに脳だけが喜ぶからです。欲を満たすのではなく、身体を維持するために食べると考えるとそれほどお腹は空かなくなります。食べない選択肢を検討することは有益ですが、人は身体を消耗させる誘惑に負けます。生産できない都会では常に欠乏を感じるように仕向けられ、誘惑から逃れることは容易ではありません。人体はあらゆる環境を生き延びるようにタフに作られていますが、最高性能を発揮するのが飢餓状態ということは皮肉でしょう。

世俗を断ち切りたい?

8月は先祖の霊と向き合う季節であり、広島、長崎、御巣鷹山、終戦と続く死と向き合う季節です。死生観を持つことの大切さは、限りある人生をどう生きるべきかと考えることだと思います。金銭欲や権力欲にまみれた快楽に溺れるような生き方は、物質的な現世を全てと考える短絡思考に端を発しますが、死生観が定まらなければ心の平安を保つことはできません。現代科学は死を明らかにできていませんが、死が全ての終わりではないことを徐々に解き明かしつつあります。山に登っているときは至るところに死があります。転倒したとき、もしあそこで止まっていなければと冷や汗をかくこともあります。交通事故で死ぬ確率と登山中に死ぬ確率なら後者が圧倒的に高いはずで、身近に交通事故で亡くなった人は稀ですが、山の事故で亡くなった人なら何人も数えることができます。山の事故の多くは下りで起き、一見危なくなさそうな意外な場所に危険が潜んでいて、死を意識せず鈍感に生きることも同様に死を招くのでしょう。人生の後半に仏門に入る人が増えるのは死生観と向き合うからで、世俗的な生き方を断ち切りたいと思うのは、死と向き合うことが普通になる心境変化なのかもしれません。

バリ島と同じ?

コロナ危機の収束が見えず生活は少なからず変わりました。しかし、元々積極的にお酒を飲むわけでも、外食をするわけでも、頻繁に人に会うわけでもない身にとっては、むしろ東京を離れるきっかけができ、その変化は好ましいかもしれません。困るとすれば世界が当分の間鎖国状態となり海外旅行に行けないことぐらいです。この目で確認したいものがいくつかありますが、それこそが不要不急の最たる消費でしょう。海外旅行に熱中していた頃は、ライステラスを望むガムランの響くテラス席での食事といったステレオタイプの経験をするためにわざわざバリ島まで行きました。しかし、東京へのこだわりが消えれば、ひぐらしが鳴く夕暮れの森にテーブルを持ち出し、夕焼けの空を眺めながらろうそくの火を灯して食事をすることにお金はかからず、そこでの時間の豊かさはバリ島とおそらく同じ価値です。世界の経済は不要不急の幻想を作り出し、消費者もあえてそこに加担する共犯として経済をまわしてきました。これからもその基本構造は変わりませんが、幻想から覚める人が増えるなら、旅行が最も有望な世界の成長セクターだという主張は幻に終わるのかもしれません。

スピリチュアル界の汚名を晴らす

昨日読んだ「最新科学とスピリチュアル-AI・量子力学と大発明家たちのひらめきの謎-」は久しぶりに読後感が爽やかな一冊でした。ホンダの知財部長という異色の?経歴の著者によるスピリチュアル本ですが、海外経験の豊富さ故か日本人にありがちな偏狭なレッテル貼りによる代替医療やスピリチュアル界の汚名を、量子力学などの観点などから晴らしてくれます。日本では同調圧力のためかスピリチュアルを学問の研究対象として大学レベルで研究するところはありませんが、英国などのスピリチュアル先進国ではここまで解明が進んでいるのかと驚かされます。読後感が爽やかな理由は物質主義者が闊歩する現代において、その拠り所となる基本概念を粉々にしてくれるからですが、これまで代替医療やスピリチュアル界で言われて来たことと最新科学の研究成果に整合性が見られることも腑に落ちます。何より視野が広がりコロナ禍に不安を抱える現代にあって、世界の変化を積極的に楽しもうという気にさせる本は貴重です。スピリチュアルと言った瞬間に条件反射的にレッテル貼りをする人には向きませんが。

パッシブ健康オタク

かつて20kgのダイエット効果があまりに劇的だったので以後糖質制限の信者になりましたが、今は糖質制限を意識せず何でも普通に食べています。空腹時に突然甘いものを食べるようなリスクをおかすことは避けますが、食べ物を気にすることはなくなりました。今は16時間以上血糖値を上げずインスリン分泌を控える時間を取ることの方がより重要だと思います。体重はさらに5、6kg落ち山に登っても体力の低下は感じません。何より健全な空腹を感じるようになり何でも美味しく食べられます。自称健康オタクですが、健康に良いとされるものを選んで食べることも、サプリメントを摂ることもありませんし、健康診断も含めて健康に良いとされることは何もしません。健康オタクには健康に良いことを積極的に行う人と、身体に悪いことをしないパッシブなオタクがいて、自分の場合は後者です。人間は、日の出とともに起き、なるべく運動をしてなるべく食べないことが本来の野生に近い状態であり、そんな暮らしが健康に近づく道でしょう。

英断か早計か

オリンピック以上に楽しみにしていた日本を縦断する山岳レースTJARが台風の接近により中止されました。基準に基づく判断とされますが難しい決断だったと思います。この背景には今年5月に中国甘粛省で起きた100kmのトレイルラン二ング大会での、トップ選手を含む21人が死亡する大惨事が影響していることは確実です。撤退判断に勇気が必要なのは当然ですが、このレースのために何年も準備し、自らの限界に挑み、可能性を追求することに全てをかけてきた選手の無念を想うと、フェイスブックに並ぶ中止判断を称賛するコメントには違和感を覚えます。厳正な選考会で選ばれた山のエキスパートであり、トップアスリート揃いであることを考慮するなら、安全第一と言った瞬間に一切のエクストリームスポーツは成立しなくなります。当事者ではありませんし、その場にいるわけではないので想像で言うしかありませんが、判断の裏には何事にも反対し批判する思考停止のポリコレが世間の空気を支配する風潮があると思います。誰もが非難を恐れてビクビク生きる社会は挑戦の芽を摘み取り、記録もイノベーションも生まれないでしょう。

遠ざけるしかない

甘いモノが無性に食べたくなることがあります。車で15分のセブンイレブンだとしても今すぐ買いに行きたい衝動に、たまに駆られます。これが不健全な欲求であることは明白で、食べたいものと食べるべきものはたいてい同じではありません。人が食欲に過剰に反応するのは脳の誤作動だけが原因ではなく、食べないと死ぬとの思い込みが強いからだと思います。個人的な経験ではよほどカロリーを消費するスポーツでもしない限り、何も食べなくても4、5日は普通に生活ができます。大半の人が葛藤することなく自由奔放に食べる理由は、生きにくい時代を生きる上で、唯一食事は欲望の規制を外し発散することが許される場だからでしょう。食べない理由が山程あったとしてもそれらが検討されることはありません。空腹がサーチュイン遺伝子を活性化し人体を生きながらえさせるように、人体はあらゆる過酷な環境を乗り越えて今日に生命をつないでいますが、人類数百万年の歴史で唯一の例外は、飽食という快適すぎる現代の環境にわれわれの身体が適応していないことです。物理的に食べ物を遠ざける以外に誘惑を断ち切る方法はないのでしょう。

自給自足的に暮らす

連休は一人で長野県にいて自炊をします。食べる回数が少ない上に、炊き込みご飯や味噌汁を多めに作り、納豆や冷奴は調理不要であとは一品作る程度なので手間もかかりません。手を抜くためによく作るのは、よもぎの天ぷらで、どこにでも生えている野草ですが香りが良くラブラドールとの散歩の途中に摘めば無農薬の食材が手に入ります。天ぷらと言っても少量のオリーブオイルで揚げているのでほぼフリッター状態ですが、こだわりは無用で美味しく食べられます。わらびやふきなど食べられる山野草は身近に多く、自生する植物だけで食生活を賄えないものかと妄想します。何でもお金で買う消費社会の対極にある生活が魅力的なのは、消費のヒエラルキーから離れ、モアアンドモアの呪縛から解放されることで、それ以上理想を追求する必要も執着も不要だからだと思います。森のなかでそよ風に吹かれながらお茶を飲んで読書をしているとき、もうこれ以上何もいらないと思えますが、これは産業に依存しなくても手に入る満足です。消費中心だった人生の疲れを癒やしてくれるのは、自然のなかで自給自足的に暮らすことなのでしょう。

本当に豊かな長寿国

2020年の日本人の平均寿命は9年連続で延び、女性が87.74歳、男性が81.64歳と、ともに過去最高を更新しました。地域として除外された香港を除けば、女性は世界1位、男性は2位と世界最長寿の国となりました。ところで、日本勢の活躍が目立つオリンピックですが、選手村の食事も概ね好評のようです。一方選手村に立ち入りができない一部のプレス関係者は日本のコンビニ食を絶賛しているようです。本家アメリカを凌駕するまでに進化した日本のコンビニは、海外生活から戻った日本人にとっても驚異のコストパフォマンスに映ります。食べたいときに食べたいものを買えるコンビニのある生活は一見豊かに見えて、健康面からは好ましいものではありません。血糖値が上がり続ける状況を想定していない人体にとってコンビニに並ぶ魅力的な商品群はどれも悪魔の食べ物です。人はその魅力に抗することができず自分を甘やかしますが、食べる理由を見失ったとき人は不健康になると思います。欲を満たすためではなく、身体を維持するために食べる習慣が根付くなら、日本は本当に豊かな長寿国になるのでしょう。

テントは現代の庵

数十年ぶりにテントを買いました。最近の山行では妻のテントを借りていましたが昨今のテントは耐水圧と透湿性の性能が向上した高強度繊維を使い、軽量ながらキャンプに付き物の雨や結露時の快適さを改善しています。しかしそれ以上に自分のテントを持つメリットは自分の庵を持てることです。日本では古来より僧侶などが世俗を離れて用いる質素な佇まいの庵が庶民からも憧れの対象となってきました。人間の居住場所から遠く離れた森や山岳地帯などの隔絶された土地に作られるインドのアシュラムなど、このトレンドは世界共通だと思います。人工的な外部刺激を遮断して自分の内面と向き合うための静寂で神聖な寺院を個人的に持つ喜びは、人生で最上のものに見えます。山の早朝も素敵ですが、日没の山頂に佇むだけで何をするわけでもなく満たされた時間を持てそうです。今一番引きつけられるのはそんな場所に身を置くことで、大半の人にとっては極端過ぎるかもしれませんが、質素でスパルタンな暮らしがあらゆるレベルで健康を促し心身のバランスを調整してくれると思います。

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