昨年の医療費が過去60年で初めて対前年減少となりました。毎年2~3%程度増加していた国民医療費が前年度から2~3%台の減少となり、国民皆保険が施行された1961年4月以来異例の珍事とされます。感染症流行に伴い不要不急のコンビニ受診が控えられ、ウイルス干渉による感染症が激減したことも理由でしょう。医療技術の高度化、高薬価医薬品の開発、国民の高齢化に伴う医療費の自然増がこれまでの常識でしたが、興味深いのは受診の抑制が健康悪化につながっていないことです。人口動態統計によると昨年1~10月の死亡者数は前年同期比で14,315人減少しており、こちらも例年にない珍事です。ウイルス対策の強化が他の感染症の死亡者を減らしたと考えられますが、皮肉な見方をすれば医療へのアクセスを絶つことで健康になったとも言えます。過去30年医師の数とガンなどの生活習慣病がパラレルに増加している事実を知るなら医原病の影響は排除できないと思います。コンビニ受診のみならず、栄養剤や風邪薬を気軽に用いる風潮が健康を害していることもやがて明らかになるでしょう。
年: 2021年
残るのは虚しさと生活習慣病
高級官僚13人が繰り返し接待を受けた問題で事務次官候補と言われた内閣広報官が辞職しました。相も変わらぬ政官業癒着の馴れ合い金権体質はコロナ禍に苦しんでいる世間とは隔世の感があります。息子を政務秘書官に起用して顔をつないだ上で利害関係が明確な会社に就職させた総理、予算委員会の質疑で菅さんの息子とは知らなかったなどと見え透いた答弁をする高級官僚らの緊張感の無さは嘆かわしいばかりです。夜の銀座でわずか数時間に一人3、40万使う人にとっては7万の接待など物の数ではないでしょうが、標準的な市民感情とは乖離します。金を使うことに意味を見出す虚栄心は貧しさの裏返しでしかなく、過ぎ去ってしまえば華やかな日々は虚しさと生活習慣病しか残しません。人生の成功者ほど豪奢な生活をしているとイメージ操作されますが、執着と失う恐怖にいつも支配されることになります。仏教における三界のように、あらゆる宗教は欲望にとらわれる欲界を最下位に置きます。欲望を超越し物質的条件にもとらわれなくなった時、初めて心の平穏が訪れるのでしょう。
美と官能と逃避の理想郷
週末にジェフリー・バワの本を読みました。20世紀のアジアを代表する建築家の一人で現代のアジアのリゾートホテルは何らかの形で彼の影響を受けているはずです。最も強い影響を受けかつその世界観を世に知らしめたのはアマンリゾーツで、借景とプールを一体に見せるインフィニティプールなどは一例でしょう。トロピカル・モダニズムの熱帯建築家と称されるバワですが、その生涯は変革と融合の連続であり、コロンボの自宅と郊外のカントリーハウスを生涯改造し続けました。ヨーロッパ人とアジア人のアイデンティティを持つ洗練された同性愛者であり、華やかさの反面ミステリアスで人間らしい葛藤の狭間で生きたように見えます。彼の死後18年でバワ建築のいくつかの建物が取り壊され、認識できないほど改造されましたが、彼は熱帯建築家というレッテルを嫌い、遺産として作品が残ることは避けたかったと思います。クライアントの求める機能性の要件を明確にすることから設計は始まり、前提が変われば設計やデザインは意味を持たないのでしょう。彼のファンが未だにスリランカ詣をするのは作品に共感するからではなく、彼が美と官能と逃避の理想郷を生み出して行くプロセスをトレースしたいからだと思います。
少なく食べる贅沢
身近に自然が少ない都心で過ごすと運動不足になりがちです。体重を一定に保つには食べる量を調整することが必要で、朝食を摂らずにごく軽い昼食と夕食だけの1.5食の食べ方は無理なく食べる量を抑えられます。午前中に多少の空腹を感じますがその食欲がどこから来るのか意識を向けると、それが嗅覚から始まることが分かります。嗅覚が五感のなかで唯一大脳新皮質を経由せずに直接海馬や扁桃体につながるのは、生存に必要な栄養素を嗅ぎ分ける機能があるからでしょう。空腹を客観視できるとそれは耐え難い欲望ではなく、昼食が待ち遠しくなり食べないことを楽しめます。昼食はごく少量にして食事に集中して時間をかけた動的瞑想にします。16時間以上の食間をあけても少量で満足でき、注意深く味わうことが贅沢な食事であることに気づきます。ストレスを貯めない方法は昼と夜の食べ方を変えることで、夕食は一切の制限なしに食べますが、実際には食べる量は自ずと抑制が効きます。家畜化された現代人は運動機能と視覚、聴覚、嗅覚、味覚の感覚器官を退化させたと考えられますが、原始の祖先と同じ飢餓環境で五感を研ぎ澄ますことが感情の暴走を抑えると思います。
豊かな人生とは賢い消費者になること
近所の商店街ではマクドナルドやバーガーキング、サイゼリアといったチェーン店ばかりか、採算度外視に見えた個人商店までが閉店し、シャッター街は地方都市だけの問題ではありません。自宅から最も近いセブンイレブンが15mほど移転して新装開店し、一部商品の30円引きと福袋のプロモーションで客を集めていました。福袋は人間の生存本能ともいえる損得感情に巧みに訴え、買う必要のないものを買わせます。ニーズの無いところに需要を生み出す福袋のマジックはあらゆる分野で活用されます。増量中というお得感を演出するのも一種の洗脳で、消費者に内容量あたりの価格を計算させて無駄に大きなポーションに誘導します。1950年以降の世界経済の繁栄は不要なものを買わせる無限再生の福袋経済で潤ってきたと思います。消費の満足ではなく購買に満足を感じさせ、無用な物を買い込み、無駄に大きな冷蔵庫で腐らせ、もったいないからと無理に食べてしまいます。豊かな人生とは賢い選択をすることを通じて賢い消費者になることでしょう。
1984は現実世界
「国民のために働く内閣」として発足から5ヶ月の菅政権が、森おろしに自信を深めたマスメディアのターゲットになっています。首相の息子らしからぬ写真を見せつけられると、菅さんを擁護してきた人達も沈黙せざるを得ません。外見で人を判断してはいけないのですが、内面は外面に現れます。バイデン一家ほど深刻でなくても政権トップとして国家運営を任せて良いものかその資質を不安視するのは正常な反応だと思います。苦労人のトップ故に家庭を省みる余裕がなかったのかもしれませんが、人々が大枚をはたいてダイエットに勤しむのは、自己管理ができない人物とみなされたくないからです。出身母体の役所の問題だけに息子は息子と強弁するにも限界があるでしょう。嘆かわしいのはスキャンダルを暴く週刊誌ぐらいしか、マスメディアに存在価値が見出せないことです。ウィグル問題や尖閣問題など内外に深刻な脅威がありながら、コロナウィルスが沈静に向かうと別の些細な問題で国民感情を煽り社会問題の本質から目をそらせる手口を見ると、ジョージ・オーウェルの1984はまさに今の現実世界なのだと思います。
日本には産業博物館が必要
昨日FB友達の投稿を見ていて、以前見たゼロ戦とスピットファイアの展示を思い出しました。タイプ394と呼ばれる後期型のスピットファイアは息を呑むほど美しく、現代のエアレースでも通用しそうな芸術品で、その場に釘付けになりました。航空力学が生み出した偶然の産物ではなく、戦争という非常事態にあってさえ設計者は作品として美へのこだわりを捨てなかったのでしょう。一方のゼロ戦はセンチメンタルの入り込む余地のない兵器特有の機能美に引き付けられます。1943年2月のポートダーウィン上空で交戦した両者は、長時間飛行で飛来した零戦が5機喪失したのに対して、レーダー管制で待ち伏せ迎撃したスピットファイアは42機を失いました。ロンドンにある国立科学産業博物館に行くと産業革命発祥の地らしく英国製造業の底力を見せつけられます。同じくロンドンにある大英帝国戦争博物館は歴史博物館でありながら、戦争が起こした産業のイノベーションについて学べます。製造業の復活を嫌った占領政策のためか日本には実質的な戦争博物館がなく、現在に至る産業史を学べる博物館が身近にないことは経済衰退の一つの遠因だと思います。
非合理な第二の人生
JTBが資本金を23億円から1億円に減資することで税制上の中小企業扱いになると報じられます。節税メリットのある中小企業化はスカイマークや毎日新聞社でも話題になりました。これらの企業が属するのは、需要が衰退する斜陽産業どころか存在価値すら怪しい事業になり始めています。国税庁によると資本金1億円超の大企業は2011年度の24,380社から7年連続して減少し2018年度に18,810社となりました。時代を反映してか、若い世代は大きな組織で高いポジションを目指す生き方から比較的自由です。所詮社畜のトップを目指すだけと冷ややかに見る向きもあり、起業を考える人は増えたと思います。大企業の持つ安定性、高い生涯賃金、世間体といった分かりやすい外部基準に幸せを感じるのは本能ですが、落とし穴もあります。人は自分の世界観のなかでしか生きられず、気づかぬうちに他人との比較でしか自分の居場所を確認できなくなります。いつかはポジションを失うピークアウト型の人生が虚しさを伴うのはそのためでしょう。百寿者の心理的特徴に年を重ねるほど幸福感を高める老年的超越があります。物質的、刹那的な快感から離れ、非合理な自分なりの世界観に移っていくことが第二の人生なのでしょう。
不遇でさえ尊厳に変わる
グランドスラムでの優勝回数を18にしたジョコビッチは世界ランキングで歴代最長のロジャー・フェデラーが持つ310週を抜いて1位通算在位記録を達成しました。全豪オープンでは選手の隔離環境に関して要望をまとめたリストを主催者に提出したことで各所からの批判を招きました。「メディアにより事態がエスカレートした」「気持ちの面で過去最高に過酷な大会の一つだったと思う」と本音を明かします。トップに君臨し続けるには逆境を乗り越える強さが必要です。33歳とは言えトップアスリートの世界は体力との戦いでもあり、「老いたとは思っていないが、10年前とは違う。ベストなパフォーマンスを出すにはより賢くなるべきだ」と語ります。いかなるスポーツであれ世界最高峰の試合に魅せられるのは極限状態での葛藤に生き様を見るからだと思います。限界でも常に辛い選択肢を選ぶ強靭な精神力を支えるものこそ生きる意味でしょう。トレイルランニングの最高峰レースUTMBで58歳、59歳で二連覇をしたマルコ・オルモは走ることは不遇だった人生へのリベンジだと語ります。人生という冒険を乗り切ることが生きる意味なら不遇でさえ尊厳に変わるのでしょう。
糖質制限がもたらす偉業
大坂なおみに続きジョコビッチが全豪オープン9度目の優勝、2度目の3連覇という偉業を達成しました。ジョコビッチは小麦などに含まれるグルテンに対する自己免疫疾患であるセリアック病を患っており、彼の著書はカーボローディングなどの迷信を信じていたスポーツ界に衝撃を与えました。テレビで試合を見た栄養学者が倒れた様子を見てこの症状が喘息ではなく食べ物が原因の呼吸困難だと気づいたのがきっかけです。検査の結果グルテン不耐性が判明し、2010年にグルテンフリーの食事を取り入れ翌年からの大躍進が始まりました。効果は短期間で現れ、不調が改善しただけではなくケトン体を使うことで脳と体の反応速度が上がり、早く動くことで守備範囲が広がりました。解糖系からケトン体系燃料に切り替えるとATP産出が25%高くなり燃費効率が改善され、ケトン体そのものには抗酸化作用や抗炎症作用があり血糖値も上げません。遺伝子組み換えが小麦を、グルテン含有量が人の耐性限度を超え、手っ取り早く快楽を得られるドラッグ食材に変えました。産業が健康を破壊する以前の人間本来の食べ方に戻るべきだと思います。