正月三が日は初詣に行く以外、テレビも見ませんので普段の生活とほとんど変わりません。違いは必要以上に食べることですが、食べることも食べないことも同様に楽しむと正月太りの悩みから開放されます。食べる生活と食べない生活を交互に繰り返すことで成人以降最軽量の体重を維持しています。産業はシズル感の魔力で脳に幻想を抱かせ過剰な消費を迫りますが、その最大の書き入れ時はお正月でしょう。大半の人は操られた食欲で食べ、その背景にあるのは「食べられない」ことをネガティブにとらえる脳の過剰反応です。「食べたくなったら食べる」とポジティブに考えるだけで食べない時間は快適な内省の機会になり、清々しい静けさを自分の内面に生み出します。食べないことで食べることの大切さを理解でき、現代社会が脳を狂わせる刺激で満ち溢れ、味わうことなく乱暴に食べているかが分かります。われわれが食べることに熱中するのは飢餓時代の記憶と貧しい時代の豊かさへの憧れの名残だと思います。貧しい時代の脳に支配された豊かさが生活習慣病をもたらした後、物欲を卒業した豊かさは内省へと向かうのでしょう。
年: 2021年
遠い現代史のうねり
初詣はこの数年諏訪大社上社本宮に参拝します。例年なら家内安全を願いますが、今年ばかりは世界平和を祈らずにいられません。人類全てを巻き込んだコロナ危機は世界大戦以来75年ぶりに世界に転換をもたらし始めました。年初のアメリカの混乱から始まる混沌とする世界情勢から目を離せない一年となるでしょう。米国では歴史上4人の大統領が暗殺されましたが、1900年のウィリアム・マッキンリー、1960年のケネディと60年で一巡する庚子年に選ばれる大統領の暗殺が続いていることは不気味です。年末に三島由紀夫や近衛文麿に関する本を読みました。どちらも遠い現代史に見えて、われわれの生きる社会はこれらの時代と同じうねりと力学の上にあります。目の前の事実がどうであれ重要なことは自分の考え方と姿勢だと思います。心の持ちようこそ最後まで人間が手にする自由であり、人が死ぬ際に持って行けるものは心が満たされる幸福感だけです。内面の声に従い欲望と執着に惑わされず平常心でいられる一年にしたいものです。