豆苗という耳慣れない若菜の植物工場を見たのは20年以上前で、当時は今より高級な食材として売られていました。今ではどこでも買えるサヤエンドウの若菜は一度収穫して食べた後に根元を残すと数日で脇芽が伸びて再度収穫できます。3度目以降は収穫量が落ちますが、次はサヤエンドウの苗として土に植え替えて育てればサヤエンドウとして収穫でき、採取した種から再び豆苗を育てることができます。これを繰り返していけば理論上豆苗を永久に収穫できることになります。家族が食べる程度でさえ自給自足は困難ですが、今の食生活を見直し生きていくための最低限の食を前提にするならハードルは下がります。ポストコロナの時代は半農半X的にドラスティックに暮らしを見直す人が増えると思います。50%程度の自給自足が可能なら人はもっと自由に生き一日のなかに自己を振り返る時間を持つことができるでしょう。日々成長する植物の生命力には不思議な力があり、そんな妄想をさせます。ホテル業界では造花を置くホテルはつぶれるという都市伝説がありますが、最も手軽に生命力を高める方法は身近に植物を置くことでしょう。
年: 2021年
お金と快楽が人を愚かにする
東京オリンピック・パラリンピックの海外観客の受け入れ断念に対し海外の報道は批判的とされます。現実を受け入れた判断ですがコロナ禍の世界に忘れられ、日本にとっては後味の悪い五輪開催になるのかもしれません。インバウンド・バブルを見込んで収支を計算したホテル業界とその出資者は最大の被害者と言えそうで悪夢の日々は続きます。市場環境が元に戻るまで数年を要するとも言われ巨額のイニシャルコストを回収する手立てはありません。1991年のバブル崩壊、2001年の米国テロ、2011年の東日本大震災に続く、2021年のオリンピックの番狂わせは10年おきに100年に一度の想定外が起こる環境下での意思決定やリスクマネジメントの難しさを考えさせられます。せいぜい100年しか生きない人間にとって未知のリスクを正当に評価することは難しく、オリンピック開催決定時の高揚は脳のセンサーを狂わせ人の感情を暴走させたと思います。お金を儲けたあとに破産する人が少なくないのも、手にしたお金と快楽がもたらす高揚感で麻痺した脳が愚かな判断をするからでしょう。
ひと手間が病を防ぐ
この一年の外出自粛でステイホームの時間が延び自炊の機会が増えました。昔ならサラダのドレッシングを買いましたが、オリーブオイルがあればその時の気分で味付けを変えて楽しむことができ、精製されたコーンシロップなど健康リスクの高い成分を排除できます。アイスクリームも作るのは面倒だと思い込み買っていたのですが、呆気ないほど簡単に作れます。子供の頃に母がふきんでこしながら作っていた記憶があり面倒だと思いましたが、昨今の手抜きレシピなら冷蔵庫を開けてから4、5分で作ることができ、健康リスクの高い砂糖の分量を減らして自分好みのアイスクリームを作れます。調理を仕事にする人なら農家が農薬を使うのと同じ罪悪感をいつも覚えると思います。健康のためには砂糖や塩を控えたいと思っても、多くの消費者は美味しさのみを求めますのでその期待に応えざるを得ません。料理を難しく考えずひと手間かける感覚を持つだけで、将来病に伏せるリスクをかなり下げられるはずです。空腹ならすべてのものは美味しいのですが、空腹を避けて刹那的快楽を求めるなら五感の感度が狂い病気に近づくと思います。
止まれば老いる
東証一部上場のワタベウェディングが事業再生ADRにより経営再建を目指すことが報じられました。コロナ禍の自然の成り行きに見えますが、理由はそれだけではないと思います。1973年にはハワイに出店するなど先見の明を持つリーディングカンパニーとして偉大な成長を遂げた故の手痛い復讐を受けた気がします。近年開業した直営のチャペルを見ると20世紀のまま時代感覚が止まったようで、そこには時代を切り開くかつての気概が感じられません。失われた30年の隘路に日本経済を導いた原因は先人の成功とその資産に安住した惰性の経営にあると思います。自戒の念を込めて言うなら自覚的に自分を律することなしに仕事を創り出すことも仕事を楽しむこともできないのでしょう。かつてプロ経営者がもてはやされる時代もありましたが、日清戦争で日本が超大国の清に勝った時、清の軍艦を指揮していたのは高給で雇われた西洋人で、一方の貧しい小国の日本は全員が日本人で自国を守る気概に溢れていました。未来を切り開こうとする気概を失えば国も企業も人も老いるのでしょう。
住む場所が幸せを決める
ビーチで泳ぐ人のいる那覇から肌寒い東京に戻ると花粉症も戻ってきます。それでも最悪期の一週間を東京から離れるだけで身体の負担は軽減されます。人体は内外のリズムに支配される存在で、息を吐き吸い、目を覚まし眠り、月の満ち欠けや季節の移り変わりが身体にリズムを与えます。季節の変わり目は気温変化で自律神経が乱れ免疫力が低下し風邪を引きますが、それによって身体は季節に適応する準備をします。日照時間が短く太陽の照度の低い冬時間から体内時計をリセットするために、南北に長い日本では移動により季節の変化を計画的に調整することができると思います。日本列島の多くが位置する北緯30度以上では冬の間に季節性情動障害を起こす可能性がありますが、北緯24度から28度の南北約400kmの島しょから構成される沖縄ではこうしたリスクを回避できます。本土と東南アジアの中間に位置する亜熱帯海洋性気候の地理的特性は精神衛生的に好ましく、住む場所を選べる自由こそ幸せに生きる第一歩なのかもしれません。
競走馬として生きる帝国ホテル
日本の迎賓館として長年君臨してきた帝国ホテルの建て替えが報じられます。需要回復を睨んだ投資がある反面、2019年から2021年の新規供給客室数が既存市場の5割に達する京都などでは供給過多が現在進行形で進んでいます。アメニティ水準を上げ部屋数を減らすのが順当な方向ですが、筆頭株主の三井不動産が主導するなら沖縄のハレクラニが本家オアフ島の贋作とみなされるように期待は禁物かもしれません。日本の市場はホテルに対して保守的で一昨日大阪に開業したWホテルは20年以上経過しての初進出で、トレンドの到達が世界で最も遅い地域が日本だと思います。帝国ホテルの保守的な顧客は、古い価値観から自由になることを許さないでしょう。自動車産業が自動運転やレシプロエンジンの終焉という時代の荒波に飲まれるように、シェアリングエコノミーの真っ只中に放り出されるホテル業界も変革のときを迎えると思います。トヨタ自動車の豊田章男社長は1,500万頭の馬が車に変わり馬は競走馬として生き残ったと言いましたが、伝統的なホテルの一部はサラブレッドとしてこれからも生き続けるのでしょう。
佇むだけで幸せ
那覇に一週間滞在して日頃の運動不足と溜め込んだ未消化物が一掃され、ベストな体重に戻りました。滞在したいと思える国内の都市の筆頭は那覇でしょう。幸せな都市を定量的に測ろうとすれば世帯収入や住宅の広さ、医療機関の充実や文化施設へのアクセスなどの指標が考えられますが、那覇にいるとそんなクライテリアは無意味に思えます。人口集中により幹線道路は渋滞し、マンションやアパートが目立つ住環境も良好とは言えず、収入が高くない割に若年者を中心に失業率が国内最高水準でおそらくランキングの上位には来ないはずです。しかし早朝に甘い花の香りが漂う海岸を散歩していると何がなくても生きていけるような安堵感が広がり、ただ日々の暮らしの中に幸せを感じることができます。人々が南国に楽園を見るのは心地良さを感じる全てがそこにあるからで、佇むだけで幸せになれそう時間を観光客として慌ただしく通り過ぎるのはもったいないと思います。時期を選ばなければホテルは驚くほど安く、どこにでもある洒落たカフェで仕事をするだけで贅沢な旅行になります。
自分だけのスパ
3密を避けながら近場で過ごマイクロツーリズムやワーケーションが注目されますが、那覇は最適な場所かもしれません。大都市らしからぬ色鮮やかな花々、南国らしい鳥の鳴き声、亜熱帯気候の植生に加え、街中で挨拶する年配者が多く、他のどの都市とも違います。仕事とプライベートの境界が曖昧になると旅行や観光の範疇はますます希薄化していきます。ワーケーションのメリットは両者が融合することで視点を変え生産性向上と気晴らしを同時に実現することです。それは自分の内面にも向けられ内省に留まらず、身体を休め同時に動かすことで心身を健全に保つデトックスになります。旅行中はなるべく食事を減らして運動を増やす自分だけのスパを、家を離れることで徹底することができます。旅の魅力が食にあることに間違いないのですが、食べる回数よりも目の前の一食に集中したほうが心地良く、何を食べるかで頭を悩ませる回数も減ります。転地や旅行による気分転換がストレスマネジメントには効果的とされ、運動療法や海洋療法を組み合わせた健康志向のビジネス旅行者は今後も増えていくのでしょう。
感情をかき立てる戦跡と市場
昨日は那覇にある旧海軍砲台跡を見ました。国内で戦時中の砲台が完全に近い形で残るのは極めてまれですが、自衛隊那覇基地内にあることから自由に見ることはできません。旧海軍小禄飛行場に昭和18年に設置された15cm砲台6基のうち唯一破壊を免れたもので、昭和20年4月上旬の沖縄戦に際して米海軍軽巡洋艦1隻を撃沈しているとされます。自衛隊の人によるとこの砲台だけが米艦船からの砲撃を免れていることから稼働していなかった可能性もあるそうです。博物館の展示品とは異なり、廃墟に心を揺さぶられるのは朽ち行くところにある種の生命を感じるからなのかもしれません。その点で場末の商店街や古い市場にも同様の生命の感覚が宿ると思います。東南アジアのような雑踏と亜熱帯の個性的な食材が並ぶ第一牧志公設市場は2022年に開業するときはエキゾティックさを失いスーパーのようなつまらない店舗になることでしょう。昭和の風情と言うよりは戦後のどさくさといった感じの商店街や市場と戦跡だけが、生命の息吹をリアルに伝え感情をかき立てる場所に思えます。
学ばないことこそ最悪
昨日は那覇に赴任している中学以来の友人にひめゆりの塔や平和祈念公園などを案内してもらいました。沖縄陸軍病院第三外科が置かれた深さ14mの壕が巨大で不気味な口を開ける威容に圧倒されます。看護要員とし従軍していた15歳から19歳の女学生の過酷な環境下での死はここだけの話ではないはずです。18万8千人とされる沖縄戦犠牲者の半数が住民とされ餓死者、病死者、疎開船の撃沈による被害を含めると20万人をはるかに超え、やりきれないのは戦局が絶望的になった後に犠牲が増えていることです。愚かな判断はこうした最前線から遠く離れた安全地帯で行われ、無実の献身的な人々の命を奪い、それは今も世界のどこかで続いています。戦跡ほど心を動かされるものはありませんが、われわれは観光客としてそこを通り過ぎ自分の欲を満たすためだけの生活に戻ります。残念なのはこうした多くの人が見るべき施設が有料であり、写真撮影さえ禁止していることです。学ばないことこそ最悪なのだと思います。