
新卒入社したばかりの娘は、今週は長野県でリモートワークをすると言います。サービス残業や長時間労働、パワハラにも寛容だった時代を知る世代からすると、隔世の感があります。それでも「最近の若い者は」と嘆く気になれないのは、長年の経験に基づく直観やそこに至る努力は、もはやビジネス界におけるプレゼンスとは言えないからです。AIが普及をすれば長いだけの経験に価値はなく、DXを背景とした新・新人類の出現は、かつてのネアンデルタール人のように、旧・新人類を駆逐してしまうかもしれません。他方で、DX化による便利さは、PayPayに紐づけされ口座の預金が引き出されてしまうように、脆弱な面もあります。結局のところ、われわれ旧・新人類が生き残る方法は、経験に裏打ちされた感性や審美眼といった、身体化されたアナログ・トランスフォーメーション(AX)しかないのかもしれません。
年: 2025年
繰り返される奇跡

今の時期に隔年で開かれるTJARは、今年はありませんがその裏レースとして、日本海から太平洋まで富士山をはじめ日本の主峰を超え、もはや本家を凌駕する4、500kmの大会が開かれます。唯一関心があり感情移入できるスポーツはトレイルランニングで、北アルプスに観戦に行くこともあります。TJARに世間の耳目が集まるのは、人体の無限の可能性を感じるからだと思います。7年間毎日欠かさず、長い時には80kmを超える山道をわずかな粗食で歩き続ける千日回峰行にせよ、58歳のマルコ・オルモが100マイルレースの最高峰UTMBにおいて2年連続優勝した偉業も、現代栄養学が説明を避けてきた、無限とも言える人体のエネルギー産生メカニズムによるものです。こうした奇跡は、人類の歴史において幾度となく繰り返され、科学は常に修正されてきたのでしょう。
プチ千日回峰行の生活

三連休に入り、街では交通渋滞が起き、山は人であふれます。経済がまわるのは良いのですが、人混みと渋滞が嫌いなので、世間の行動パターンを回避する必要があります。朝西岳に登ることが長野県にいるときの日課ですが、この時期はマイナーな山にも人が押し寄せるので、暗いうちに登り始めます。多い年には50回以上登る勝手知ったる山ですが、累積標高は1,000mを超え、肌寒い昨日でもたっぷりと汗をかきます。東京、福島、長野の三拠点生活のどこか一つを選ぶなら、毎朝八ヶ岳に登るプチ千日回峰行の暮らしができる長野県です。厳しい食事制限と極度の身体活動という本家の荒行は、現代栄養学の常識では説明できませんが、修行者の体内ではファットアダプテーション現象が起き、ケトン体をエネルギー源とする代謝回路が活性化すると考えられます。多くの宗教家が長寿なのは、荒行には健康増進の効果があるからかもしれません。
予定調和のファンタジー

賛否の意見が入り乱れるジャングリアですが、賛成派は沖縄資本の入るパークの経済効果など事業の意義を評価し、反対派はパークの絶対的なキャパシティ不足とクオリティを問題にしているようです。新しいチャレンジは暖かい目で大目に見るべきとの意見がある反面、沖縄経済のためには、継続して利益を生みだせるクオリティが必要との主張ももっともです。TDRでさえ人生で3度しか行っていな自分には評価の資格がありませんが、映像を見る限りごく普通という印象で、行くことはなさそうです。どこにでもある自然や冒険を金で買うことにはどうしても納得ができません。自然のなかで体を動かせばそこに身体感覚も加わり、リアリティのある体験になるのに、わざわざ劣化した商品にお金を出す気になれません。予定調和のファンタジーというテーマパークが抱える矛盾を、ジャングリアは露見させてしまったのかもしれません。
理想の食事

白河に来ると日中でも22℃と、灼熱の東京とは別世界で一息つけます。自宅を離れるときは一日一食ですが、食事を減らす方が明らかに体の調子がよくなります。健康界における議論の一つに、一日三度の食事をすべきか、それともオートファジーなどを促すいわゆる16時間断食をするべきかという真逆の主張があります。一日一食が健康に良いと考えるのは、自身が二食より一食の方が体調が良くなる実感がある事と、一日一食の実践者に肥満体形の人がいないことです。他方で一日一食生活への批判は、1回の食事では1日に必要な全ての栄養素をバランス良く摂取することが難しく、とくにタンパク質などの栄養不足とそれによる筋肉量の低下です。現状の結論は、一度の食事を高タンパク・高栄養を意識し、空腹を感じる時はタンパク質、脂質、食物繊維、ビタミン、ミネラルが豊富なナッツをつまむことです。
下積み不要説の真偽

新社会人4カ月の娘を見ていると、下積みは大変だなと思う反面、リモートワークの普及によって、自分の時代には常態化していた、付き合い残業とは無縁の生活がうらやましくもあります。建前が後退して、組織が成果を追求する機能体に近づくと、他方で弊害も生じます。終身雇用が崩れ、転職が当たり前になると、疲弊した中間管理職に新人を育てる余裕はなくなり、他方でインターネットの普及により、専門知識やスキルに比較的容易にアクセスできるようになると、下積み不要説も真実味を帯びます。身体化された職人の技や感覚、長年の経験で培われる目利きや、医療従事者のような膨大な基礎知識と臨床経験の積み重ねこそが、これまでの日本クオリティの基盤を作ってきたことを考えると、終身雇用、年功序列、企業内組合などの昭和の家族的経営が必ずしも時代遅れとは言えず、急速な働き方の変化には一抹の不安を覚えます。
スマホを捨てよ

5年半ぶりに新しいスマホを手にしたあとに、地獄はやってきます。ひどいのがGoogleへのログインの際に表示される崩された文字によるCAPTCHA画像で、ここまで崩されると人間のパターン認識では読めません。CAPTCHAを突破するために専門化したAIを使ったボットは通過できても、人間が読めないという本末転倒が起きます。限定された用途にしかスマホを使わないため、不慣れなデバイスで無益な確認を何度も繰り返される苦痛は地獄という表現が適切です。あまりにも不自然に歪められ、ノイズが多過ぎ、文字同士が融合すると、人間の脳はそれを意味のある文字として認識できなくなります。一方、AIは純粋にピクセルのパターンを解析するため、人間が混乱するような歪みでも、学習したデータに基づいて正解を導き出します。攻撃者が得意なCAPTCHAを最後の砦にするGoogleからの警告は、「スマホを捨てよ」と聞こえます。
招き入れたトリガーフード

5年半使ったiPhone 8をiPhone 16に変更しました。大きく厚く重くなったボディーはむしろ退化で、そのハイスペックにふさわしい使い方はしていません。今やスマホがなければ社会生活はできませんが、脳を刺激してマインドフルネスから遠ざけ、健康を阻害しているのもスマホです。近年企業のトップマネジメントや起業家の間で、修行僧(Monk)のように禁欲的で規律正しい生活を送る「モンクモード」が注目を集めます。物質的な欲望から離れ、内観と瞑想によって精神的な成長を求めるために、SNSやインターネットの過剰な情報から距離を置き、平穏を取り戻すことでビジネスにおける成功を目指します。集中を奪う外部刺激を遮断することは、クリエイターや作家などが創造性を高め、質の高い作品を生み出すためにも必要です。新しいiPhoneを手にしてもうれしくないのは、食べ過ぎてしまうトリガーフードを自宅に招き入れた気がするからです。
外食の必要性を疑う

妻が食事を作ってくれるときは一日二食ですが、長野県などに来て自分で食事を用意するときは一日一度です。食事を作るのが面倒だからという理由ばかりではなく、二食は食べ過ぎに思えるからです。最近は油を使わず健康的とされる蒸し料理が多く、せいろに入れて蒸すだけの手軽さは、もはや調理とは言えないレベルの簡単さです。蒸すだけのシンプルな料理こそ食材本来の味が引き立ち、塩や醤油といった基礎的な調味料にお金をかけたくなります。シュウマイなどを買ってきて野菜と蒸せば、もはや立派な料理になり、これ以上に手をかける必要があるのかと感じます。外食に蒸し料理店が少ないのは、飲茶などの一部の業態を除けば付加価値がつけにくく、人々が外食の必要性を疑うようになるからかもしれません。
食べることよりエネルギー産生

山が身近にある生活をするとエネルギー摂取について考えます。20km程度のトレッキングであれば無補給で歩き、もちろん朝食も食べません。食事や外食にそれほど興味がわかないのは、食べること以上に自分の体がどこまでエネルギーを産生できるかの探求に魅かれるからです。数年前に雲の平山荘から三俣山荘、黒部五郎小屋を経て、北ノ俣岳から北ノ俣岳登山口まで、12kgの荷物を背負い歩いたときは5,400kcal程度を消費しているはずですが、前日から無補給でそのまま車を運転して帰りました。食べることと、自分でエネルギーを生み出す能力はトレードオフの関係にあり、飢餓に近い状態でトレーニングを積むことで、より効率よくファット・アダプテーションによりエネルギーが作られます。脂肪を燃やせば生活習慣病の予防やアンチエイジングにも効果があり、体形も良くなるとあればやらない理由などありません。