ハイブリッドの古民家


年末年始もなるべく古民家を訪れ、昨日は馬籠、妻籠宿から塩尻に至る中山道沿いの宿場街の古い街並みを見ました。古民家の定義には定まったものはなく、概ね築100年以上、すなわち大正以前の建築という解釈が一般的と思われます。新建材が使われず、マシンカットされる以前の、基礎に固定されていない家というのが自分なりの定義です。築何年ということがあまり重要とは思わないのは、代々改装されながら使い続けてきた古民家は、新旧部材のハイブリッド構造で、年代を経るごとにオリジナル部分が少なくなるからです。極論すれば礎石を残してほぼすべてが新品の材料と交換されてしまうことさえあると思います。他方で、古民家を立派に改装して、現代住宅のように快適にすることが良いやり方と思わないのは、以前真冬の宿場町で泊まった宿には暖房も現代的なサッシもなく、コタツに足を入れて寝た思い出が今なお鮮明に残るからです。

雪の美しさが人を幸せにする


普段は信心深くない人でもこの時期は神社に参拝します。戸隠は大都会長野の中心部から30分ほどの距離とは思えないほど深山幽谷の趣があり、ことに深い雪に閉ざされるこの時期にこそ訪れる価値があります。昨日は戸隠神社の奥社まで歩き、ここでも多くはインバウンド客ですが、この厳かさの魅力に魅かれるのは古今東西、老若男女を問わないのでしょう。トレイルランニングが最も幸せなのもパウダースノーの絨毯を走ることができる季節ですが、雪の美しさは人を幸せにする力を持つのかもしれません。もはや冬季オリンピックを開催できる国は、日本を含めてごく少数です。雪国という世界的にも稀有な卓越性こそ、世界に誇る観光資源だと思います。日本では当たり前だったことの価値に、多くのインバウンド客が訪れることで、初めてわれわれが認識するのかもしれません。

内省する年末年始


テレビもネット常時接続もない正月を過ごすようになり、豊かさの捉え方が変わりました。昔なら紅白に始まり正月番組を見ながら、買ったおせち料理を食べ続けるという不健康な生活でした。大晦日のスーパーでは皆数万円の買い物をしますが、普段と変わらない買い物で、買うのは蒲鉾ぐらいの簡素なおせち料理です。この2、30年は元旦に諏訪大社へ初詣をして、近所の山に登るのが恒例です。この時期の天候は安定し昨日も絶好の山日和でした。お正月はテレビやネットの雑音を消して静かに過ごし、普段からの食べ過ぎと運動不足を解消する好機なのかもしれません。人はお金を使うことで知らない世界を拡張し、より多くの幸せが得られると考えますが、本当に大切なものにはたいしてお金がかからないと思います。雪の積もる森を歩き、火を眺めるだけの時間が、生き方を内省する年末年始にこそふさわしい気がします。

知恵の詰まった古民家

【知恵の詰まった古民家】
戦後80年の2025年が幕を開けました。戦争の記憶は薄らぎますが、過去に学ばなければ誤りの歴史を繰り返すことになります。昨年はサウナ施設と同時に多くの古民家を見に行きました。戦後の日本は進歩という名の恣意的な方向性を妄信するあまり、先人達の古い暮らしの知恵を軽んじてきたと思います。便利さや快適さを必要以上に追及した結果、新建材で建てられた家屋は自然とは相いれない異物として街並みを破壊しました。他方で、地震大国日本では年々耐震基準が強化されますが、現代の家は揺れによりひとたび軸が狂えば全てが廃棄物になります。伝統的な日本家屋は基礎に固定されていませんので、自ずと免振構造となり揺れに強く、傾いても元に戻すことができます。法律に縛られる今日の建物は自然とは相いれず、持続可能性も低いものかもしれません。建築基準法以前の先祖の知恵の詰まった古民家を、一軒でも残したいものです。

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