パタゴニア信者になるための洗礼


ワークマンのソフトシェルトレックライトパンツを山用に買いました。軽さ、伸縮性、耐久性、撥水機能など、機能面では見劣りせず、競合を寄せ付けない1,900円です。細見のシルエットがスタイリッシュで、一見してワークマンと分かるロゴが見えないこともポイントです。類似するパタゴニアのテルボンヌ・ジョガーズは14,300円しますが、ロゴを見なければ両者の判別は困難です。パタゴニアの優位性は145gの軽さで、ワークマンに40gの差をつけます。撥水材にフッ素が入らないリサイクルポリエステルや、UPF40の紫外線カットなどの違いはありますが、両者は生地感も似ています。おそらく最大の違いは、縫製工場にそれなりのお金を払うフェアトレードでしょう。他方ワークマンはポケットが多く、裾部分にファスナーが付くなど機能的です。8倍のプレミアムを払うことは、パタゴニア信者になるための洗礼なのでしょう。

山はマインドフルネスの手段


四季を感じるのに、山ほどふさわしい場所はないと思います。梅雨が明け天候が安定する今は、山が一年で最も輝く時期で、三連休ともなれば人が殺到しちょっとしたオーバーツーリズムが起きます。日の出前に富士見高原登山口から登り始めると、権現岳には6:30頃に着き、編笠山の山小屋を出発したハイカーで山頂付近は渋滞します。山に行く目的は人それぞれですが、自分との対話の時間を重視するなら、人気のある名山ではなく知る人の少ない静かな低山がふさわしいでしょう。その点で日本百名山の踏破に関心はなく、勝手を知る山に異なる季節に登ることが好きです。同じ山に行くメリットは、負荷が一定なのでその日の体調を知ることができる点です。山を目的地ではなく、マインドフルネスの手段ととらえるなら、最も輝く季節は山が雪に覆われ、美しい白一色の世界に変わり始める初冬だと思います。

気配を感じる力


長野県にいた初日は西岳に日の出の頃と午前中に2回登り、2日目は編笠山、権現岳、三ツ頭から観音平に下山し再び西岳に登り返しました。2日間の累積標高は4,700mほどになり、酷使された体にはメンテナンスが必要です。多少ハードな山行が現代人に必要なのは、普段からストレス、食べ過ぎ、運動不足の病的生活習慣にさらされているかです。もう一つ現代人が失ったものは、気配を感じ取る力だと思います。半袖シャツから入れ墨をした腕を出している若者が山で前を歩いていて、からまれたくないので、しばらく音をたてて数メートル後を歩くのですが、全く気づく様子がなく、恐る恐る「こんにちは」と声をかけると飛び上がるほど驚きます。この若者に限らず老若男女を問わず、同行者との話に夢中になっているわけでもないのに、背後の人に全く気付かない人の多さは驚きです。天敵を失った人類は気配を感じる力も奪われたのでしょう。

永遠の30代


今朝は富士見高原登山口から、編笠山、権現岳、三ツ頭を経て観音平に下り、青年小屋経由で西岳を8の字に回る八ヶ岳4ピークスに行きました。トレイルランニングをする人にとっては朝飯前のルートですが、コースタイムは15:10あり肥満していた30代の頃なら日帰りで行こうなどとは考えなかった行程です。いつの日か体が衰えるとしても、30代当時の体力を下回る日が来るのは人生の最晩年だと思います。つまり自分の体は30代当時より若いと当分の間は強弁することができ、その点でアンチエイジングは実際に起こりえます。これは人生に起こるあらゆることに関してもあてはまり、若い頃に人生の頂点を極めてしまえば、後は坂道をころがり落ちるしかなく、人生の前半において、人に誇れるような実績もなく、平凡に生きてきた人の方が、第二の人生を前向きに楽しめる気がします。

知的で最高のレジャー


長野県に来ると、朝はストーブが欲しいほど冷え込み、体が楽になると同時に転地効果により脳のモードが切り替わるのか仕事もはかどります。自然のなかで仕事をするリゾートオフィスは、昔からその構想があり、社会人になった1980年代はバブル景気を反映して、盛んに作られた時代です。結局それらの施設の多くは使われることなく廃れて行きましたが、コロナ禍を契機に働き方の潮流は大きく変わり、全国でサブスクの宿泊施設が生まれ、人々が自然のなかでリモートワークをすることが日常になりました。今朝は日の出とともに西岳に登りましたが、2時間程度の登山は最高の気晴らしになり、仕事の効率も高まります。ビル・ゲイツのように湖畔の山荘に水上機で行かずとも、手近な森に入り体を動かし仕事をする週末こそ、知的で最高のレジャーかもしれません。

痛みや老化の正体


ストレッチの施術を受け腰痛が改善したものの、自分で行う日々のセルフケアを怠ると痛みが戻ってきます。長年酷使した体が臨界点を超えることで悲鳴を上げるのは、適切なメンテナンスにより元に戻る点で不可逆的な老化とは異なると思います。健康とは廃用性萎縮との戦いとも言い換えることができ、使わなくなれば中高年以降の体をすぐに錆びついてしまいます。体を正常に維持するには、アクティブであり続ける必要がありそうです。人間は必要に迫られないと行動しませんので、痛みや老化の正体とは、自分の体とアクティブに向き合い続けるためのモチベーションのような気がします。アンチエイジングと言うと、若返りなどありえないと言われますが、0.2程度まで落ちた視力が、福島の自然のなかで生活するようになり1.5まで戻りましたし、本来あるべき生活習慣により生じる、局所的な若返りはいくらでも起こりうるはずです。

多幸感をもたらす寺社仏閣


参政党が掲げた、神社国有化政策が波紋を呼びました。明治から戦前まで神社が国有化されたことから、一部にアレルギーがあるのはやむを得ないのかもしれません。批判を受け今は政策から外されますが、日本の精神文化の象徴である神社や、伝統儀式の維持保存に関する問題提起には共感します。占領政策によって、日本独自の文化遺産は軍国主義と紐づけられ、先祖を敬う神社参拝すら政治問題化されてきました。現在84,000以上の神道系宗教法人があるとされますが、守る人がいなくなればその伝統は断絶します。神社が日本人の生活に定着させた「祈り」が、心身の健康や幸福感に良い影響を与える可能性が示唆されたのは比較的最近です。ポジティブな内容の祈りは、多幸感をもたらすβ-エンドルフィン、ドーパミン、オキシトシンの分泌を促すとされ、先祖が大切にしてきた寺社仏閣は、健やかで満たされた人生を送る一助となると思います。

選択肢を絶たれた有権者


自公の地滑り的大敗が固まり、20年国債利回りは2000年以来の水準に上昇します。日銀のアンケートでは生活にゆとりがない国民が6割を超え、16年ぶりの危険水準に達します。5年後の暮らしが良くなると回答した5%に対して、40%超は未来を悲観しています。左傾化した自民党は許容できませんが、他方で悪夢の政権交代ものぞみません。選択肢を絶たれた有権者は、正しいと思える投票行動をするしかなく、政党政治の歪は限界を迎えたように感じます。住民投票や首相公選制などの直接民主制や、政治資金規正法の改正など、ゆるやかな改革が効果を生むには時間がかかり過ぎると思います。政治という特殊な世界に風穴を開けようとする、再生の道の試みは有益ですが、スタートアップ政党に過度な期待もできません。これほど合意形成を複雑にしているのは、正しく合意されては困る利権構造があるからのような気がします。

すでに起こった限界費用ゼロ社会


「限界費用ゼロ社会」が日本で出版されたのは7、8年前ですが、そのときは、産業革命による未来図に衝撃を受け、バラ色の未来に期待を持ちました。しかし、現実はエネルギーコストの高騰にあえぎ、理想の社会は遠ざかる印象がありました。当時はAIの発達がここまで急速とは予想できませんでしたが、AIを手にした現代人は、まぎれもなく限界費用ゼロ社会を生きていると思います。多くの相談業務がAIに置き換わるだけではなく、人間の創造性が到達しえなかった領域まで、われわれを連れて行ってくれることを日々実感します。以前はAIの苦手分野はクリエイティビティとされましたが、クリエイティブクラスはAIとの共同作業なしに、もはや創造をなしうることができなくなりました。これからの時代に必要なのは、人並外れたセンスではなく、創造にかける強い意志だと感じます。

移動を身体化する


腰痛が改善して以来、体を動かすことに前向きになり、この一月ほど自転車に乗る機会が増えました。乗り始めると筋肉が慣れ、ペダルをこぐことが苦痛ではなくなります。8段ギアながら、幹線道路以外であれば車の流れに乗ることができ、自宅から半径5km程度なら車より早く目的地に到達します。エネルギーコストゼロの移動手段の魅力は、心と身体の両面に働きかけ、自己肯定感を高めることだと思います。心肺機能と筋力を強化する有酸素運動は、高揚をもたらす神経伝達物質の分泌を促します。自転車の大半がモーターのアシストを受けるハイブリッド構造ですが、モーターを持たない軽量の車体こそ、自分の体との一体感を高め、移動を身体化すると感じます。自分の力で前に進み風を受けるスピード感は爽快で、自己効力感を高め、坂を登り切ったときの達成感や、バランス感覚により高まる集中力は、最も安上がりな気分転換と言えそうです。

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