心身分離対心身一如

国際比較調査によると、コロナワクチン接種を「ぜひしたい」と回答した人の割合はブラジル68%、英国66%に対して日本は17%と調査対象国15カ国中最低でした。感染者や重症患者数を抑えているとは言え、世界一薬を消費する日本でワクチンが嫌われる理由は不可解です。ワクチン推進派は、過去100年間に寿命が伸びた背景にはワクチンの影響が大きく、確率論からしてワクチンの有効性には疑いの余地はないと主張します。一見理性的なこうした意見が見落としているのは、すべてのワクチンが有効とは限らないことと副作用の将来リスクが想定できないことだと思います。群馬県医師会の7万5千人を対象としたインフルエンザワクチンの調査では、打っても打たなくても羅漢率は同じでした。人間の生涯を通じた治験データは存在せず、日々健康常識は書き換えられています。米国ではワクチン接種を義務化した州知事が製薬会社から多額の献金を受けて問題になりました。医師が確率論を信じプラシーボ効果を嫌うのは西洋医学の成り立ちが心身分離だからであり、心身一如の立場なら自分が確信する方法の選択が正しいのでしょう。

存在するのは自覚だけ

2月7日に期限を迎える緊急事態宣言を1ヶ月延長する方向で調整に入ったとされます。なんとしてもオリンピックを開催して景気と支持率を浮揚させたい政権としては止む得ない選択なのでしょう。人間の意思決定のうち理性的、論理的なものは2、3割でその多くは感情に支配されます。感情的に生きれば悲観論に傾くのは人間の脳が生き残りのために悲観バイアスが強く働くからです。これから到来する状況は好ましいものではなさそうですが、破壊のもたらす良い面は新しいことが生まれる点でしょう。先行きの不安を抱えていても、自分の意志を失うことがなければ何とかならないことはありません。生きていくのに必要なものが増えるほど心配事が増えるように、最低限で暮らすことに満足を感じられるなら願望を追って執着を増やすより平静でいられます。人間の知覚は生理学的変化に慣れるためにやがて自粛生活にも慣れます。振り返ればわれわれは何を得ても満足できない快楽順応という儚い幸せで生きて来たことがわかります。人生に起こるすべての変化が流転の一部だと理解するなら、そこにあるのは自らの存在の自覚だけと気づくのでしょう。

健康の差は信仰の差

今の時期は自分と両親の確定申告をします。年に2、3度クリーニングで歯科医に行く以外に医療費は使いませんが、両親の医療費は膨大です。身の回りのことは一応自分でしますがいわゆる薬漬けです。医者を軽信し言われるままに従っていると誰しも薬漬けの人生を送る可能性が高まると思います。年を重ねれば高血圧はむしろ正常な反応なのに正常とされる数値は恣意的で簡単に病人や予備軍を生み出せます。現代医療が悪いと言うつもりはありませんが、経営がシビアな民間病院が多く、薬や医療行為を増やすほど利益が出る構造は一般企業と同じです。健康長寿を寿命と看做す欧米に対して、日本が世界最高レベルの長寿国であることは生かさず殺さず長く収奪し続けているからと考えることもできます。圧倒的な知識と情報量で優位にある医師に背いて薬を止めることなどできません。一方で薬や医者の世話にならずいつまでも自立して生活する人もいます。両者の違いは、年を重ねればやがて体は弱り誰しも病気が当たり前と考えるか、正常に扱えば人体は死ぬまで変化しながら健康体でいられると信じるかの信仰の差だと思います。

人生に隠された可能性

昨夜娘がインターン先の農家から戻りました。昼間は農家で作業をして日本時間の夕方から始まる英国の大学の授業をオンラインで受けられ、場所の拘束が消えることで時間が生み出され可能性が広がります。インターンは今でこそ一般化しましたが、学生時代に仕事を体験する経験の乏しかった自分の世代はその可能性が見えないままに終身雇用に身を投じて来ました。遠隔地との距離を消すテクノロジーは随分以前から存在しながら、企業も教育機関も医療機関も非接触を強制されるまで活用しなかった理由は単に長年の習慣を崩したくないからでしょう。対面授業に勝ることはないにしても一方で自由と自らの可能性を奪われてきた代償は少なくありません。企業や学校や病院を画一的なものとみなしその可能性を制限してきましたが、破綻と創造は紙一重のはずです。リスクに過敏に反応する日本人は否定的な意見によりさまざまな可能性を摘み取ってきたと思います。いくつになろうとも人生に隠されている可能性を知るなら人間は若いままでいられるのでしょう。

欠如する職業人の使命

与党議員が緊急事態宣言下の夜に銀座のクラブに通っていたことを首相が陳謝しました。和歌山のカラオケバーでは与党議員の公設秘書がクラスター感染するなど政権側の人間が自ら決めた方針を破るなど許されませんが、他方で開放の場を封じる自粛の延長には無理があるのかもしれません。緊急事態宣言の効果は定かでありませんが、経済は確実に破壊されます。発散の場が必要になるのは、理不尽なことがあっても上が決めたからと付き従っているうちに他人軸で働くようになるからでしょう。働き方改革が前進しないのもそのような環境を前提に考えられた施策だからです。お金や会社や誰かのために働く意識が強いと、自分のなかに流れる自然なリズムで生活をすることができなくなります。人目を気にせず自由に自分と向き合う人生を送れる職場など例外的かもしれません。大きな組織になるほど人は逃げ道を探し本気で取り組めなくなると思います。問題なのは待遇や労働環境ではなく、自分に正直になれる職業人としての使命が欠如していることでしょう。

人生の価値を奪うテレビ

コロナ禍でCM出稿が激減したメディア業界の苦戦が伝えられます。昨年9月期の売上高が前年同期比16.8%減の日本テレビは56億円の赤字に転落しました。テレビを見ることはないので個人的には困りませんし、まわりでもテレビを見ない人は少なくありません。マスゴミと揶揄されるテレビですが、無自覚に見ていると老化するなど健康にも悪いことが知られます。オーストラリアのクイーンズランド大学の調査ではテレビを1日6時間見る人は見ない人より寿命が4年半短いとされ、ハーバード大学の調査でも視聴時間が2時間増えると糖尿病リスクが20%上昇すると言います。テレビが無くなれば身体活動量が増え、静寂な時間を取り戻すことができます。受動的な娯楽は人から思考力や集中力を奪い、悲劇を好む報道姿勢により不幸にされます。日夜命がけで日本の領土を守る海上保安庁の年度予算が2,200億円なのに、大切なことを伝えず日本の国益のために働いていると思えないNHKが7,400億円も使うことにも違和感があります。主体性を奪う安易な娯楽は意欲を奪い人生の価値をも奪うと思います。

非接触都市の未来

昨日は誕生日で自分が生まれた頃に建てられたマンションを見に表参道、神宮前に行きました。今ではヴィンテージマンションと呼ばれるこれらの建物群は半世紀が過ぎた今でも色褪せない魅力を放ちます。ル・コルビュジエに師事した坂倉準三の流れを組むモダニズム建築は経済成長期に入る頃、SOHOのさきがけとなる都心居住と仕事の両立を考えていました。世界は人の接触量を増やすことにより成長してきましたが、非接触社会はその流れを止めます。街を歩くと営業しているはずの店に人影はなく、誰もが知る有名店が撤退し路上生活者が増えました。半世紀以上前に生まれたマンションが今も輝きを放つのは未来を描いていたからだと思います。今の時代に未来を描くとしたら何が提案できるのか考えます。それはすでに顕在化しているがごくわずかな人しか気づいていない生き方であり、ワーケーション的な具現化したコンセプトではない気がします。目先の収支を我々は気にしますが、ポストコロナの時代には生産性概念そのものが変化を遂げていくのでしょう。

人は思い込みで食べてきた

ステイホームの結果自炊率が上がり多少手間をかけると家でも美味しいものが食べられます。飲食店は営業時間を短縮し席数が減らされ感染対策で売上低下とコスト上昇に苦しみます。そのしわ寄せは食材原価に及んだようで、昨日行った店でも家で作った料理とさほど味が変わらないと感じます。巣ごもり特需のプチ贅沢に陰りが見え始める一方、自炊率が上がり料理に関心を持つ人が増えると外食産業を見る目がシビアになり足が遠のく人もいるかもしれません。もはや心置きなく談笑することさえ許されない外食の楽しみは色褪せていきます。人の関心は常に自分の外部世界に向かい美味しいものを食べることに情熱を燃やしますが、むしろ重要なのは自分の内面を見つめることでしょう。食べる行為は味覚、視覚、嗅覚など脳への刺激に対する繊細さを磨くことが重要で、専門家を含む多くの人がブラインドテストに耐える味覚を持っていないことは様々な研究から明かされてきました。食べるプロセスの瞬間を捉え自覚的に食べると、食事に関して作り上げた思い込みや先入観に振り回されてきたことが分かります。

働き方がイノベーションを殺してきた

オリンピック開催が悲観視されるなか電通グループが過去最大級の3,000億円規模とされる本社ビルの売却に踏み切ると報道されます。パンデミックリスクの高い都心にオフィスを構える必要性が薄れる非接触社会が到来しつつあります。オフィス面積の削減が進み東京都心5区のオフィス空室は前年同月比3倍に拡大しましたが、働き方の自由度を奪うオフィスがなくなることは好ましいと思います。削減される賃料や通勤コストを原資としたリストラクチャリングにより次の事業を生み出す方が合理的ですが、オフィスが持つ不自由さのなかに安心感を覚える生き方もあります。サラリーマンの多くは自由と安定の間で葛藤します。企業経営はこの半世紀に何度か危機に見舞われながら結局ドラスティックな働き方の変化は起こらなかったように見えます。だから今度も大丈夫だと思うのは危険で、平成元年に世界時価総額トップ30の大半を日本企業が占めていた事実を知るなら、古いメンタルモデルに安住する働き方がイノベーションを殺してきたことに向き合うべきだと思います。

素晴らしき80代現役社会

8,000万票を得たはずの米大統領就任式の演説動画が異様に高いバッド率と再生回数が上がるに従い低評価が下がるという奇妙な現象で話題になっています。一方でトランプ支持派の間では2022年の中間選挙にフロリダ州から下院選へ出馬したトランプが下院議長となり、大統領と副大統領を弾劾し2023年からの大統領代行期間を含む6年間ホワイトハウスに戻る妄想が囁かれ始めました。内外に敵を抱えながら大半の公約を果たしたトランプなら81歳を迎える2028年までに再び偉業を成し遂げると支持者は期待します。バイデンが任期を全うするなら82歳になるはずで、80歳代が米国のトップとして激務をこなすことは素晴らしいと思います。80歳がエベレストに登り、世界のリーダーを80代が務めるなら、高齢者という誤った先入観と固定観念から開放されます。どれほど年を重ねても高齢者施設に入ることだけは避けたいのですが、多くの人がいずれ介護されるという思い込みのもとに人生計画を立てていることが日本の不幸でしょう。80代現役時代が到来すれば個人の尊厳が保たれ社会の抱える問題の多くが解決されると思います。

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