高級車、広い家、豪華な料理、海外旅行といった良い暮らしを以前は人間のごく自然な欲求だと思っていました。しかし、これらは巧妙に操作された大衆扇動の幻想であり、人を欠乏マインドで支配します。話題の書「FIRE 最強の早期リタイア術」は「金持ち父さん」シリーズと同様のエッセンスを持ちながら、生活のための支出額から人生を見直す点が新鮮で投資額の4%以内で生活することを奨励します。凡人は良い生活をするために稼ぐことに心を奪われますが、収入起点の発想は満たされることを知らず、支出も増加するのでいつまでも働き続ける必要があります。支出額から逆算して30年後も変わらぬ元本を維持する投資戦略は金融商品の増えた現在では容易になりました。年を重ねるほどお金より時間の重要さが増すはずですが、滅私奉公してきた日本のサラリーマンのリタイア後はとくにしたいこともありません。何不自由ない悠々自適な暮らしなのに、気持ちの満たされない退屈な日常は自律神経のバランスを崩し睡眠の質も低下させます。せっかく寿命が伸びてもその時間が充実しないのは、欠乏マインドの生き方を変えることができないからかもしれません。
月: 2020年10月
生き方を変える機会
2ヶ月以上を残す2020年は世界史の3つの出来事をまとめて経験する稀代な年として記憶されるかもしれません。19世紀後半に中国から広がったペスト大流行、20世紀前半の世界大恐慌、20世紀後半の中国の文化大革命(大躍進政策)、とわれわれが目撃している現実の世界は近代史・現代史の大事件を辿っているように見えます。戦後未曾有の経済危機がわれわれを襲うとすればこれからです。菅政権のブレーンのなかには数百兆の資金投入の余力があると考える経済学者もいて、最小限の被害で乗り切れる可能性もあります。安倍さんのような華やかさとは無縁の菅さんですが、着実に手を打つその方向感は好ましく感じます。一方で7月以降3ヶ月連続して自殺者が対前年で増加に転じました。雇用統計と自殺者に相関があることは知られ、強いストレスを感じた人の8年後の死亡リスクが43%高まるという米国の調査もあります。ただしこの調査で死亡したのは、ストレスは健康に悪いと考えていた人たちだけでした。重要なことは人生を人任せにしない主体性であり、生き方を変える機会だと肯定的に受け止める考え方なのでしょう。
衝動のままに行動させる報酬
昨日は妻が通うケーキ教室について行きました。予想していたとは言え糖質制限派から見ると卒倒するほどの砂糖を入れる場面を間近にすると、製造工程を知らずに食べることの恐ろしさを感じます。地方に行くと塩辛すぎて食べられない漬物やおぞましいほどの砂糖を入れるきのこ汁など、食べることをはばかられる食品が今も存在しますが、様々なスィーツが売られる都会も事情は同じです。栄養やエネルギー摂取より美味しさや満腹になることが優先される外食は害食になります。食料が乏しい時代は体脂肪を蓄えることが生存機会を増やし、糖分や塩分、脂肪を求める太古からの本能が現代人の脳を支配します。沖縄の男性が戦後若くして死ぬようになったように、現代人の食生活は人体が環境適応する時間を与えないほど急激に変化し肥満や生活習慣病を増やしました。美味しいものを食べ欲求が満たされたときに感じる幸福感の正体は、遠い祖先が食料を獲得するための原始的モチベーションとなるドーパミンで、この報酬システムは衝動のままに人を行動させて中毒にします。現代の生き残り戦略は脳の欲求を行動につなげない習慣でしょう。
冬は新たな文化を生み出す
昨日は関東以西の太平洋岸で軒並み気温が下がり、東京の日中の気温は12月上旬から中旬並みとされ、八ヶ岳など山間部では昨年より早く初冠雪が記録されました。東京にいると暑いだけの夏も寒いだけの冬も良い季節ではありませんが、降雪期の山の美しさを知ると冬はベストシーズンに変わります。日照時間が短かく太陽の照度が低い冬はセロトニン分泌が減りウィンターブルーで意欲もわかず、日本海側の地域では長期にわたる低気圧により気分が落ち込みがちです。アフリカ大陸など熱帯で生まれた人類は元来寒さに弱く冬は風邪、肺炎、脳卒中、心筋梗塞、高血圧、ガンなどの死亡率が上昇することが知られています。一方、自然の元では冬は満天に輝く星空が美しく、パウダースノーのトレッキングは歩くだけで幸せな気分になり、暖炉の火を眺めると心が落ち着きます。甲子高原のある阿武隈源流においても白一色の世界と静寂が支配する冬の神秘性はベストシーズンと言えます。都会がその華やかさで人々を引きつけ都市文化が発展したように、テレワークにより居住の束縛が解かれると冬は新たな文化を生み出す可能性を秘めていると思います。
アンビバレンスな習慣
英国にいる娘から昨夜LINEがあり、防護服を着た二人が寮の隣室のドアを凄い勢いでノックしていると言います。ジョンソン首相まで感染したイギリスは今も深刻な状態です。大統領選挙直前になってホワイトハウスがクラスターになり、英米の政治指導者がともに感染する不自然さといい、世界で進行するパンデミックの背後には何らかの意図を感じます。人工ウィルス説は今でも根強く、他方で検査数を増やせばパンデミックを演出して都市封鎖により経済を破壊することができます。不可解さは恐怖を増幅し、不安は人々から判断能力を奪い世論を誘導します。集団免疫獲得を狙ったスウェーデンは当初批判を受けましたが8月以降新たな陽性者が激減し日常生活を取り戻しているとされます。思い切った判断が奏功した形ですが、一見無策に見え獲得免疫の保有率が低い日本が感染者を抑え込めた理由は依然不可解で自然免疫が病原体を排除する幸運だった可能性があります。マスメディアやSNSによるデマ拡散を鵜呑みにせず、自分の思考回路を冷静に捉えて矛盾や相反する側面を客観視するアンビバレンスな脳の習慣が心理的な安定をもたらすのでしょう。
土のない都市
昨日は9ヶ月ぶりの対面授業で八王子に行きました。家でリモート授業をしているときは気づきませんが、一限がZOOMで二限が対面授業だと両者の違いが明確になります。対面授業に比べてZOOM授業は1.5倍程のスピードで進んでしまい、学生から授業についていけないと言われる理由がわかります。一方、東洋大学の調査では通学がなくなり復習もできるリモート授業を対面授業より支持する学生が多いと言います。授業の性格により両者の使い分けが進み、いずれ堅苦しい教室はシェアオフィスやスターバックスなどに分散化されると思います。好きな場所に住めるようになれば都会を離れる動きが進む一方で、最先端の消費現場の空気を吸えて、すぐに人に会える都心に住みたい人も多いはずです。しかし大半の場所は行かなくても想像がつき、今更どうしてもそこに身を置きたいと思える場所などないはずです。見る必要のないものを見て、会う必要のない人に会い、食べる必要のないものを食べることに時間を奪われるのが都市だと思います。世界中で文明病が蔓延するのは豊かさを求めて人々が都会に移り住んだ結果であり、身土不二が示すように本来人間と土は一体であり、土のない都市は脳を活性化するために旅する場所であって住むべき場所ではないと思います。
オフィスや教室を離れる罪悪感
1月23日に授業をして以来、ほぼ9ヶ月ぶりに今日から日本工学院の対面授業が始まります。一限はオンライン、二限が対面授業という新旧のやり方が併存する不規則な形態は、学校経営的にはより多くのリソースを消費します。企業のリモートワークは、通勤やマイクロマネジメントによる損失、賃料負担を消すだけではない多くのメリットがありますが、空気を共有する双方向性に一定の意味を持つ授業であるなら対面が望ましいと思います。しかし、コロナ惨禍の世界は一変し、誰もが予想し得ないスピードで進化が加速して、ZOOMやYou Tubeを通じて学ぶ時代は現実です。リモートワークや副業解禁への企業の姿勢が一つの踏み絵になるように、リモート授業への取り組みは規制産業での生き残りを決めるでしょう。成果重視で最大効果を狙うのであれば、仕事も学びも森の中や海辺、お風呂など、自分にとってより快適な環境で行うべきでありそれを阻害するのは、できないという思い込みとオフィスや教室を離れることへの罪悪感だけでしょう。
お金と切り離せない幸せ
昨日は上野原にある浜沢の大ケヤキを見ました。浜沢薬師堂の境内にある高さ19.5m、根回り9.5mのケヤキは樹齢300年とされます。谷に落ちる急傾斜地に立つケヤキは落雷などで主幹が途中で折れ、大きな亀裂が縦に走る幹は巨人が立ち上がったような異様な姿です。大きな空洞はかつては子どもたちの遊び場だったようですが、悪条件にもかかわらず樹勢は旺盛で、強い生命力を感じます。近所の茶店で薪がくべられるかまどで蒸した酒饅頭を買いました。饅頭の起源とされる酒饅頭は洗練とは程遠い食べ物ですが、火のある素朴な暮らしというコンテクストに置かれると魅力的です。質素な酒饅頭は洗練された美味しい食べ物のように、さらにおいしいものを求めて執着を増やし終わりのない双六を始めることもありません。欲望の増殖が止まらない構造は産業が成長するための条件です。都会的消費とは効用が長く続かず、たいした満足も与えない幸せに大金を払うことだと思います。お金と言う何でも図れる便利な尺度を手にしたために、われわれはお金と幸せを切り離すことができなくなったのでしょう。
教わらないのに何でも知っている
ラブラドールと権現岳に登りました。人間に付き合い不平も言わず無心について来る姿を見ると野生の偉大さを考えずにはいられません。人間が鎖に掴まる岩壁を、教えられたわけでもないのに器用に登り、登れなければ迂回ルートを探し出します。愚痴も言わず常にご機嫌で、人間よりはるかに高い運動能力とスタミナでぴったりと寄り添います。野生という言葉は野蛮や未開と同様に尊敬の対象ではありません。野生を失い文化的になった人間は、持ち物と雑念と余計な脂肪が増えただけで、今更マインドフルネスを学ぼうとします。犬はお産の仕方から人間との付き合い方まで、何も教わらないのに何でも知っていますが、何でも知りたがる人間は無知なままです。常に雑念に支配されデフォルト・モード・ネットワークが脳を疲労させ、何事にも執着し、損得を考え、常に不機嫌でいつも人目が気になり心は休まりません。人間の脳と筋肉組織がピークを迎えたのは7万年前から1万年前とされ、農耕中心の共同体をつくり定住してからは体力も頭脳も衰えたと考えられます。先進国で野生回帰の気運が高まるのは、人間社会を生き抜くために、断片化された五感を研ぎ澄ます必要が生じたからでしょう。
欲しいのは無為に過ごす時間
暑さが和らいだと思えば、火の恋しい季節になりました。人類の祖先がアフリカ大陸を離れ各地に広がったのは170万年前から70万年前と推定され、アフリカより寒い土地では火を使うことが必要になりました。ホモサピエンスの祖先は5、60人の集団で住んでいたと考えられ、暖を取るための火を囲み調理にも使い始めたのでしょう。多くの宗教が火を崇拝の対象と考え神聖視する伝統は、シリコンバレーの経営者が参加する年に一度のバーニングマンにも受け継がれます。カルト宗教とも言える3万人の参加者の興奮の渦が最高潮に達するのは、砂漠に建てられた10メートルを超える寺院と木像に火がつけられた時と言われます。焚き火も、森のなかのトレッキングも、ただそこに身を置き無為の時間を過ごすだけで幸せになれるのは、それが人類進化の過程で刷り込まれた遺伝情報であり、ストレスの反動や飢餓感の代償行為としての消費と違い、執着の入り込む余地がないからだと思います。本当に必要なものは森のなかの小さな小屋と暖炉、それに無為に過ごす時間でしょう。