限界集落はユートピア

「山奥ニートやってます。」を読みました。人口5人、平均年齢82歳の限界集落のかつての分校での15人のニートによる毎月18,000円の暮らしは、アマゾンとNetflixのおかげで都市と変わらぬ快適さだと言います。アニメを見てゲームやSNSをして寝るだけの競争相手も管理者もいない堕落した生活はユートピアでしょう。しかし引きこもる範囲が自分の部屋から限界集落に広がり、今では鹿を罠で捕らえ解体する逞しさを身に付けています。食事当番も時間も決めず作りたい人が全員分を作りグループチャットで知らせるため、何日も顔を合わせないこともあるそうです。限界集落という隔絶された世界に、失われて行く先人の知恵を継承する最後のチャンスに彼らが辿り着いたことには意味があると思います。限りない自由を求めた彼らの対極にあるのが理想なる人生でしょう。人は理想の生活を求め競争し、少しでも人より優位に立とうとして自分を貶めます。賢明なのはお金への執着を生む理想追求の幻想を捨て、今あるもので贅沢に暮らし満足する生き方だと思います。

負債を売る社会

昨年まで4年連続で就職人気ランキング一位だったANAが大変なことになっています。大型機の半分以上を処分し本格的な副業解禁どころかなりふり構わず社外に雇用の場を求めています。昨日は日本工学院に行きましたが、就職を控える学生にはロバート・キヨサキのESBIの話をします。従業員(Employee)は時間の自由はないが、ノーリスクで様々な勉強やトライができるので社会勉強になる企業や組織を選ぶべきと話します。そしてお金を稼ぐためにはリスクをとって自営業者(Self employee)や経営者(Business owner)、投資家(Investor)になることで税制優遇を受けられると伝えます。世界で6,000万部を売った金持ち父さんシリーズの教えは「金持ちは資産を買い、貧乏人は負債を買う」だけです。皆がお金持ちになりたいのに、負債と資産を装った負債を売ることで社会が成り立っていることは大いなる矛盾でしょう。ロバート・キヨサキは事業で失敗し夫婦でホームレスになり友人宅の地下室に住んでいたと言います。この本は際限のない金持ちを目指す指南書ではなく、惨めな生活から抜け出すための切実なノウハウだったのだと思います。

継続するワーケーション

火曜日は徳島県の企業誘致セミナーに行きました。人口100万以下の首長として初めて全国知事会会長に就任した飯泉知事のプレゼンテーションも秀逸でしたが、最も感銘を受けたのは仕事のストレスで辞めざるを得なかったメンバーと再び仕事をするために海辺の古民家をサテライトオフィスにした企業の話です。にわかなワーケーションブームですが、この社員はサテライトオフィスの隣家に自宅を買っており、こうした骨太の取り組みが地元との良好な関係を作り一過性のブームではなく継続していくと思います。不健康な生活をしていたエンジニアがクリエイティビティを発揮するだけでなく、企業のブランド価値向上とマスコミ露出により優秀人材を集めやすくなった点は注目すべきでしょう。RPAの導入により会計業務の96.2%を削減した徳島県庁の取り組みのように、無目的で無意味で無駄な惰性仕事を破壊し、仕事の本質を問うきっかけになるかもしれません。前例踏襲のやらされ仕事に疑問を持たない惰性化は緊張感が薄れ投げやりになりますが、能動的な生活と仕事は集中力とモチベーションを高め、チャレンジしようと人生に前向きになるはずです。

都市生活は通過儀礼

昨日は久しぶりに都心に出かけ、以前の職場に近いホテルオークラに行きました。かつての本館と南館の意匠と雰囲気を忠実に踏襲したロビー以外に見るべきものはなく、年々都市不感症になっていく自分にとっては何の感慨もありません。都市に魅力を感じないのは路面店に空き家とテナント募集の張り紙が目立つからだけではないと思います。ストレッチされたファントムやマクラーレンを見ても同じで、あれほど熱中したホテルや車も魅力を伝えません。都市の消費はハロウィンの仮装パーティーのようなもので、本来の自分の内面とは無関係なものを身にまとう割り切ったゲームです。高額な消費をしなければ贅沢な暮らしができないと思い込んでいる消費者は集金装置である都市にとって好都合です。都市生活は人間として成熟する際の通過儀礼かもしれませんが、留まり続ける場所ではないと思います。Go To Eatキャンペーンを悪用したトリキの錬金術や無限くら寿司が起きる背景と同じで、消費にこそ意味を見出す貧しさの裏返しだと思います。時間とお金の浪費で得た感情の高まりが一瞬で蒸発するヘドニック・トレッドミルなのでしょう。

食生活を変えられない人の健康法

月に何度か間欠断食(Intermittent fasting)を行います。流行のダイエット手法と捉える向きもあるように数kgの体重は容易に落ち、先週は2日間の絶食時間で成人以降最軽量の56kg代に入りました。筋肉を落とさないためには運動を併用すべきで、土日は北アルプスと八ヶ岳に登りましたが、普段とペースは変わりません。長期的な効果に関する科学的根拠が不充分との指摘がある一方で、米国のハーバード大学やジョンズホプキンズ大学の近頃の研究によれば、間欠断食はサーチュイン遺伝子を活性化する健康的な生活習慣になることが分かっています。絶食と摂食を交互に繰り返すことで細胞が急速にアクセス可能な糖質系燃料を枯渇させ、より代謝プロセスの遅い脂肪を燃料にする際に長寿遺伝子が目を覚まします。この結果、血糖制御の改善、炎症の抑制、血圧と血中脂質レベルと休息時心拍数の低下、インスリン感受性の改善と肥満・糖尿病関連リスク因子の改善、脳の健康にも役立つとのエビデンスがあります。断食というと眉をひそめる人もいますが、間欠断食は一日三食の食生活を変えられない人でも取り入れやすい最良の健康法だと思います。

バーチャルなフィジカルスポーツ

昨日は八ヶ岳の編笠山(2,524m)に登りました。気楽なハイキングコースですが、タイムを意識すれば立派なスポーツになります。この週末は多くのFB友達が各々のペースで100マイルを走るVirtual UTMFに参加しました。日本屈指の大会だけに参加者は1万人を超え、ウルトラエンデュランス系競技の根強い人気を感じます。トレイルランニングのような自然のなかで行う個人競技の場合、GPSウォッチやGPSランニングアプリの長足の進歩により、タイム計測を行いバーチャルな大会により順位を競うことが可能です。特定のトレイルコースの最速タイムを競うFKT(Fastest Known Time)は高精度のGPSを使い世界中のランナーと疑似的に競技を行うことができます。バーチャルといってもフィジカルスポーツであることには変わりがなく、eスポーツとも異なるポストコロナの第三の競技カテゴリーを築いていくと思います。集客力こそが収益化の基礎であるスポーツビジネスにとっての致命的な欠陥を持ち、他の競技者との実際の競り合いはないものの、己との戦いというスポーツの持つストイックな面がクローズアップされるはずです。

自分軸の贅沢

昨日は北アルプスの爺ヶ岳(2,669.8m)南峰に登りました。1,350mの扇沢から石畳のように良く整備された登山道が続く山頂までは2時間半ほどで、おそらく北アルプスの稜線に上がる最短ルートです。雪まじりの強風とはいえ秋と冬が交差する荘厳な景色を誰もいない稜線で独り占めにする贅沢は得難いものです。山が時折見せる神々しい表情以上に生きる価値を見いだせるものはありません。雪が積もり始める季節は多くのハイカーにとってオフシーズンですが、山が最も霊的なエネルギーを高めてくれる季節だと思います。下山して小淵沢のリゾナーレの前を通ると駐車場には相変わらず車があふれ、星野リゾートの巧みな集客術は尊敬に値します。ある種のゲームと割り切る都市型の消費を自然のなかに持ち込むことに昔は違和感を覚えませんでした。長年ストレスの多い都市で働いてきた理由は金で手に入れる気楽な娯楽と贅沢のためでしたが、今となってはお金を払うこと自体に意義を見出す消費に見えます。贅沢品は合理性と言う点では意味を持たず、持ち物を減らしすでに持っているもので暮らすことこそ自分軸の贅沢だと思います。

食欲は自らが生み出すストレス

一昨日から2日間断食をしましたが、慣れると苦痛ではなくなり人生における食欲の優先順位は下がっていきます。猿人から人類に至る進化の歴史の大半は狩猟採集生活で、いつでも食べられる飽食社会に人体は適応していません。プラトンやソクラテス、ヒポクラテスを始め多くの賢人が節食の習慣を最良の薬として生きたように、古より言い伝えられる教訓に勝るものはないと思います。現代の最先端医学とてそれを後追いで確認しているに過ぎません。飽食社会の異常さに気づいてもそれを改める人はわずかです。欲望を解放する衝動は人間の自然な反応であり、我慢をするぐらいなら、太く短く生きると言う人もいます。しかし、それは人生を乱暴に生き、与えられた命を粗末にしているに過ぎません。一人のときに断食をすると食欲に悩まされることはなく、嗅覚や視覚などちょっとした外部刺激で食欲は瞬時に戻ってきます。空腹は自明であり多くの人は食欲の正体を深くは考えませんが、食欲の正体は自らが生み出すストレス反応です。外部刺激のない隔絶された環境であれば断食は誰にとっても容易で最も強力な健康増進法になります。

学位の形骸化という歪

昨日は日本工学院に行きましたが、一限リモート、二限対面の授業はポストコロナ時代の授業を考えるのに役立ちます。学生から積極的なリアクションが得られないとしても、対面授業はチャットだけのリアクションよりはるかにましです。ディスタンス・ラーニングは衛星放送の時代から普及しますが、一部の学生が布団のなかで授業を受けるなど、惰性で受講する学生にとっては授業から遠ざかるきっかけになります。学位の形骸化という社会の歪が解消さない限りこの矛盾は続きます。学びが本来的な意味を取り戻すなら、対面授業の重要性は増し今より少人数の対話形式のものへと変わっていくはずです。知識以上の熱量を伝える場でなければ対面授業は意味を失い、学ぶ意味を伝え学びたいと思わせる重要性が増すならリモート授業には限界があります。アリストテレスは風光明媚な森に自らの学校リュケイオンを開きその散歩道を歩きながら少人数の講義や議論をしたと言われ、学びの場としてゆらぎのある屋外は理想的です。生涯学ぶ時代には旅行をしながらの集中講義などその形態は多様化していくはずです。

人生のドル・コスト平均法

M&Aを手掛けるレコフによると1~9月の会社売却金額は5兆1,645億円と2009年以来のハイペースで前年同期の5倍の金額に当たると報じられます。上場企業が非中核事業や子会社を投資ファンドなどに売却する動きが活発になり、体力のある大企業でさえ生き残りが正念場を迎えているようです。政府支援による中小零細企業の延命措置にも限りがあり、年末から来年にかけて大量廃業が進むと見られます。脳は人類が生き延びるために危険を回避するバイアスが組み込まれていて、人は必要以上に不安や恐怖を感じます。湧き上がる感情をわれわれは止められませんが、選択理論心理学が主張するように、どのように受け止め行動するかは自らの意思により選択できます。この反応選択の自由こそが人類の持つ最強の生き残り策だと思います。値動きの大きいハイリスクの金融商品でも定期的に定額を買うドル・コスト平均法なら長期的にはリスクを分散しながら資産を形成することができます。山高ければ谷深しは人生も同じで、目先の状況に一喜一憂せずコツコツと積み重ねることが大切なのでしょう。

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